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コロナウイルスの「亡霊」が腸に何カ月も残留

死にゆく細胞から出芽するSARS-CoV-2粒子(青く着色してある)。 Credit: NIAID

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック(世界的大流行)が始まった当初の混沌とした状況の中、スタンフォード大学医学大学院(米国カリフォルニア州)の腫瘍学者で遺伝学者のAmi Bhattは、その原因ウイルスである重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の感染者に嘔吐と下痢の症状が見られるという報告が広く寄せられていることに興味を持った。「当時は、SARS-CoV-2は呼吸器系ウイルスだと考えられていたからです」と彼女は言う。このウイルスと消化器症状の間には関連があるのかもしれないと考えた彼女は、同僚と共に患者の便検体を集め始めた。

同じ頃、Bhattの研究室から数千km離れたインスブルック医科大学(オーストリア)の消化器内科医Timon Adolphも、COVID-19患者の消化器症状に関する報告を不思議に思い、同僚と共に腸生検組織を集め始めた。

パンデミックの始まりから2年がすぎた今、彼らの洞察の正しさが明らかになった。両チームは2022年4月、SARS-CoV-2の断片が初感染後数カ月にわたって腸に残留する可能性を示唆する研究成果1,2を発表した。現在、体内に残留するウイルスの断片が、「COVID-19後遺症(long COVID)」と呼ばれる謎の罹患後症状に寄与しているのではないかとする仮説を支持する証拠が集まってきている。彼らの発見も、これに連なるものである。

Bhattは科学者たちに、先入観に捉われないことの大切さを説くと同時に、体内に残留するウイルス断片(Bhattはこれをコロナウイルスの「亡霊」と呼ぶ)とlong COVIDとの関連はまだ突き止められたわけではないともくぎを刺す。「確認にはさらなる研究が必要であり、それは容易なことではありません」と彼女は言う。

long COVIDは、しばしば急性感染後12週間以上経過しても残る症状として定義される。long COVIDと関連付けられている症状は200種類以上もあり、軽いものから激しい衰弱を引き起こすものまで、重症度はさまざまである。その原因としては、有害な免疫反応、微小な血栓、ウイルスリザーバーの残存などが提案されている。

SARS-CoV-2が体内に残留する可能性は、マウントサイナイ・アイカーン医科大学(米国ニューヨーク)の消化器内科医Saurabh Mehandruらが2021年に発表した論文3によっていち早く示唆されていた。その頃には、SARS-CoV-2が腸の細胞に感染できることが明らかになっていた。

Mehandruらは、平均4カ月前にCOVID-19と診断された人々から採取した腸組織中に、ウイルスの核酸とタンパク質を発見した。研究チームは参加者のメモリーB細胞(免疫系で重要な役割を担う細胞)も調べたところ、メモリーB細胞が産生する抗体は進化を続けており、初感染から6カ月が経過した時点でもまだ、SARS-CoV-2が産生する分子に反応していることが明らかになった。

この研究に触発されたBhattらは、少数の人は、最初の軽症または中等症のSARS-CoV-2感染から7カ月後、呼吸器症状が消失して十分な時間が経過した後もなお、便中にウイルスRNAを排出し続けていることを明らかにした1

腸を狙うウイルス

Adolphは、この2021年の論文に刺激されて、検体中にコロナウイルスの痕跡がないかどうかチームで調べてみたと語る。その結果、研究に参加した軽症のCOVID-19患者46人のうち32人で、急性感染から7カ月が経過した時点でも腸内にウイルス分子が存在している証拠が得られた。そして、この32人のうちの約3分の2にlong COVIDの症状があった。

ただ、この研究の参加者は全員、腸の自己免疫疾患を持っており、Adolphは、自分のデータはこうした人々の体内に活性のあるウイルスが存在していることや、ウイルス由来の物質がlong COVIDを引き起こしていることを証明するものではないとしている。

腸以外の場所もウイルスリザーバーが残存していることを示唆する研究も増えている。別の研究チームは、COVID-19と診断された44人の病理解剖の際に採取した組織を調べ、心臓、目、脳をはじめとする多くの部位にウイルスRNAが存在している証拠を発見した4。ウイルスのRNAとタンパク質は、感染後230日まで検出された。なお、この研究はまだ査読を受けていない。

上述の研究では対象者のほぼ全員が重症だったが、軽症でもlong COVIDを発症した2人に関する別の研究では、虫垂(ちゅうすい)と乳房でウイルスRNAが検出された5。この論文もまだ査読を受けていないが、論文共著者であるシンガポール科学技術研究庁 分子細胞生物学研究所の病理学者Joe Yeongは、ウイルスはマクロファージと呼ばれる免疫細胞の中に潜んでいるのではないかと推測している(2022年6月号「何がCOVID-19の重症化を引き起こすのか」参照)。

Mehandruは、これらの研究はいずれも長期的なウイルスリザーバーがlong COVIDに寄与している可能性を裏付けるものではあるが、その関連を決定的に示すためにはさらなる研究が必要だと指摘する。研究者は、コロナウイルスが免疫系に問題のない人々の体内で進化していることを証明する必要があり、そうした進化とlong COVIDの症状とを関連付ける必要がある。「現時点では個人の見解に基づいた証拠しかなく、分かっていない部分が多いのです」とMehandruは言う。

Bhattは、ウイルスリザーバー仮説を検証するための検体が利用可能になることを期待している。例えば、国立衛生研究所(NIH;米国メリーランド州ベセスダ)は、long COVIDの原因究明を目的とした大規模な研究を進めていて、一部の参加者から腸組織を採取することになっている。

しかしShengは、さらなる検体を入手するために10億ドル(約1300億円)規模の研究を待つ必要はないと言う。彼はlong COVIDの患者団体から連絡を受け、感染後にがんの診断などのために生検を受けたメンバーの検体を提供したいと言われたという。「本当にランダムですが、あらゆる場所から組織を入手することができます。彼らは、自然によくなるのをただ待っているのは嫌なのです」とShengは言う。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2022.220715

原文

Coronavirus ‘ghosts’ found lingering in the gut
  • Nature (2022-05-11) | DOI: 10.1038/d41586-022-01280-3
  • Heidi Ledford

参考文献

  1. Natarajan, A. et al. Med https://doi.org/10.1016/j.medj.2022.04.001 (2022).
  2. Zollner, A. et al. Gasteroenterology https://doi.org/10.1053/j.gastro.2022.04.037 (2022).
  3. Gaebler, C. et al. Nature 591, 639–644 (2021).
  4. Chertow, D. et al. Preprint at Research Square https://doi.org/10.21203/rs.3.rs-1139035/v1 (2021).
  5. Goh, D. et al. Preprint at Research Square https://doi.org/10.21203/rs.3.rs-1379777/v1 (2022).