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放射性炭素年代測定法が絵画の贋作を見破る捜査ツールに

Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2022.220618

原文:Nature (2022-03-09) | doi: 10.1038/d41586-022-00582-w | Police rely on radiocarbon dating to identify forged paintings

Carolyn Wilke

炭素14を測定する技術が進歩を遂げ、偽造美術品を見極めるためのツールとしての評価が高まった。

贋作は人類の歴史認識を汚染する恐れがあると、研究者は指摘する。 | 拡大する

STEVE RUSSELL/TORONTO STAR/GETTY

放射性炭素年代測定法が、フランスで偽造絵画2点を見破った。警察の捜査でその技術が利用されたのは、おそらくこれが初めてだろう。その絵画は、20世紀初頭ごろの印象派と点描派の作品と考えられていた。しかし、パリ・サクレー大学(フランス)の文化遺産科学者Lucile Beckが率いるチームは、キャンバスの繊維に含まれる放射性炭素のレベルを利用して、その絵画が過去70年以内のものであることを明らかにした。2022年2月4日付で受理されたForensic Science International の掲載論文1で、その絵画は現代に作られた贋作だと結論付けられた。

美術品の科学捜査で、放射性炭素年代測定法の利用が進み始めている。これは、技術の進歩によって調査に用いる試料が以前よりも少量で済むようになったおかげだ。競売会社や美術館、絵画の所有者にとって、作品から採取する試料は少ないほど好ましい。絵画が本物(であり、従って高価なもの)である可能性があるならば、試料を多く採取して作品を傷つけることを避けたいのだと、ライデン大学(オランダ)の美術史家Anna Tummersは話す。Tummersは今回の研究には関与していない。

今回、放射性炭素年代測定法が制作年代判定に優れた力を発揮することが示されたことで、美術界ではこの技術に頼ろうとする向きが増えるかもしれないと、Tummersは語る。研究者が絵画の偽造を見抜くに当たって一般的に用いるのは、イメージング装置を使った分析と化学分析だ。そうした方法は、絵画の筆遣いの下を探って材料がどれほど古いかを探ることはできるが、絵画の年代を確定させることはできない。

偽造美術品の影響は、毎年数百億ドル(数兆円)が動く世界の美術品市場で偽造者を不当にもうけさせるだけではない。贋作は作品の意味に関する人々の理解を損なうとTummersは言う。「念入りに排除しなければ、私たち自身の文化遺産や歴史の理解が本当にゆがめられかねません」。

その2点の絵画は、ある修復家の工房でフランスの捜査員が2019年に発見した作品群の中にあった。約600点の絵画のうち数十点は、19世紀後半から20世紀前半にかけての中程度の秀作とみられた。しかし、絵具が比較的新しそうだったことから、専門家たちはその作品の真贋を疑った。

疑惑の作品を調べるため、フランス政府の文化財産不正取引取締中央部(OCBC)はBeckを頼った。Beckらは、印象派画家による庭園の光景と点描派画家による港の風景を含め、数点を選んで検査を行った。OCBCの庁舎で小刀を使い、キャンバスのわずかな繊維などの試料を採取した。

Beckらはキャンバスから繊維を採取し、絵画の真贋を調べた。 | 拡大する

L. BECK

分野の進歩

生きている全ての生物は大気と食物から炭素を取り込んでおり、その中には放射性の炭素14が含まれる。植物は、キャンバスの作製に広く使用されている亜麻や麻も含め、生を終えると、取り込まれていた炭素14が崩壊していく。放射性炭素年代測定法は、その残りを測定して経過時間を推定する(2012年5月号「放射性炭素14の超高感度測定法」、2020年7月号「放射性炭素年代測定法が大幅改訂へ」参照)。そう説明するのは、国立核物理学研究所(イタリア・フィレンツェ)の物理学者Mariaelena Fediだ。その技術がはじき出すのは、作品について考えられる最も早い絶対年代だ。亜麻がキャンバス用に収穫されてから絵画が描かれるまでに何年かかったかは分からないからだ。

1940年代に始まって1950年代に盛んに行われた原子爆弾実験により、大気中の炭素14の量は、自然に生成するレベルを超えて跳ね上がった。その量は1964年ごろにピークに達し、核実験の部分的禁止の後に漸減する。原爆に由来する現代の放射性炭素を含む材料は、炭素14の濃度が1950年代以前のレベルを超えているため、容易に識別することができる。

Beckらは試料を分析し、原爆由来の放射性炭素14の特徴が試料に見つかるかどうかを調べた。実験室ではまず、材料のクリーニングと乾燥を行い、数mgの炭素を1mg程度まで削る。それを圧縮して固形のグラファイトを作製し、加速器質量分析計で測定する。

印象派と点描派の2点の絵画から採取したキャンバスの繊維に含まれる炭素14は、1950年代半ば、もしくは2000年以降のもので間違いないことが、論文で明らかにされている(測定された炭素14の濃度は原爆によるピークの前後どちらかに対応すると考えられる数値だったため)。同じ点描画の表面に塗られたワニスから剥ぎ取った別の繊維(絵筆のものと考えられる)も、1950年以降のものだった。Beckは、理想としてはさらに化学分析を行ってその知見を裏付けたいところだと認めるが、捜査の時間的制約に縛られていた。

警察の捜査で偽造美術品を見破るのに放射性炭素年代測定法が利用された最初の報告例と考えられる

今回のBeckらによる調査は、警察の捜査で偽造美術品を見破るのに放射性炭素年代測定法が利用された最初の報告例と考えられるが、研究者たちはこれまで10年にわたってその基礎を固めていた。

2014年、Fediらは、ペギー・グッゲンハイム・コレクション(イタリア・ベネチア)の偽造絵画を放射性炭素年代測定法で見破ったことを初めて発表した。Fediらはキャンバスの切れ端を採集し、その絵画が描かれた年代が、推定される画家の死後であることを明らかにして、その絵画が贋作だったと結論付けた2

2019年、Laura Hendriksらは、贋作と分かっている農村風景画を使って、使用する試料の量がそれ以前の方法よりもはるかに少ない放射性炭素年代測定法を試した。西スイス応用科学芸術大学(フリブール)の化学者であるHendriksは、その風景画の油絵具の試料を二酸化炭素ガスに変換し、質量分析計に導入した。その結果、絵画から採集したわずか数μgの試料からその贋作の年代が特定された3。その微量の試料は「ほんの数粒のほこり」だったとHendriksは言う。

そうした進歩は、美術界にとって朗報だ。贋作を見抜くための客観的なツールが待望されていたとFediは言う。他の方法と組み合わせ、そうした複雑な対象物の歴史の解釈を補助することができる美術学者の専門知識も得れば、放射性炭素年代測定法は最高のものになると、Fediは語る。

(翻訳:小林盛方)

参考文献

  1. Beck, L. et al. Forensic Sci. Int. 333, 111214 (2022).
  2. Caforio, L. et al. Eur. Phys. J. Plus 129, 6 (2014).
  3. Hendriks, L. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 116, 27 (2019).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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