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全ての生物はメタンを作るのかもしれない

Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2022.220650

原文:Nature (2022-03-17) | doi: 10.1038/d41586-022-00206-3 | Methane might be made by all living organisms

Chang Liu(劉昌)& Jingyao Zhang(張靖尭)

酵素を使ってメタンを生成できる細菌が存在することは、教科書にも書かれている。今回、活発に代謝を行う全ての細胞で、酵素に依存しない別の方式によってメタンが生産されているという証拠が示された。

活発に代謝を行っている生細胞内で、非酵素的にメタン(CH4)が生産されることが突き止められた。 | 拡大する

vchal/iStock / Getty Images Plus/Getty

メタン(CH4)は、主として絶対嫌気(無酸素)条件下でメタン生成アーキアと呼ばれる微生物によって酵素を介して生産されている。一方、ある種の植物や真菌など、酸素に依存する種の中にもメタンを生産できるものがいることが、過去10年の間に明らかになってきている1。しかし、この新たなメタン生成過程のメカニズムは明らかにされていない。このほど、環境中の酸素の有無を問わず、全ての生物に存在し得る、活性酸素種(ROS)を原動力にしたメタン生産過程を、ハイデルベルク大学(ドイツ)およびマックス・プランク陸生微生物学研究所(ドイツ・マールブルク)のLeonard Ernstら2が、Nature 2022年3月17日号の482ページで明らかにした。このメタン生成過程は特定の酵素を全く必要とせず、ROSと遊離鉄、そして適当なメチル基供与体があれば進行する。

今回の論文を発表した研究チームは、2014年、実験室において酵素によらない非生物系でメタンを生成することができる3段階の経路を発表した3。その過程は主たる3つの因子、すなわち過酸化水素(H2O2)と呼ばれるROS、遊離鉄、そして適切なメチル基供与体化合物を必要とする。まず、フェントン反応(H2O2と遊離鉄の一要素である還元型の第一鉄イオン[Fe2+]との反応)により、他の副生成物と共に、ヒドロキシルラジカル(•OH)と呼ばれる反応性の高いタイプのROSが生じる4。次に、•OHとメチル基供与体との相互作用でメチルラジカル(•CH3)が生じる5。最後に、•CH3と水素ラジカル(•H)との反応でメタンが生じる。

Ernstらは、生細胞でも非酵素的なメタン生産が行われている可能性があると考えた(図1)。この仮説を支持するように、上述の既報の実験室反応は、細胞内と同様の環境条件で起こっていた。また通常の代謝過程の中で、細胞は、ROS(H2O2を含む)6、各種のメチル化合物7、および遊離鉄イオン8を絶えず生成し、放出している。

図1 細胞内の非酵素的なメタン生産
Ernstら2は、生細胞内で活性酸素種が駆動する3段階の過程によってメタン(CH4)が生産されることを示した。このメタン生成は細胞が活発に代謝を行っていることが前提で、そうした細胞では過酸化水素(H2O2)、第一鉄イオン(Fe2+)、ジメチルスルホキシド(DMSO;(CH32SO)などのメチル化合物、および水素ラジカル(•H)が生じる。第一の段階では、Fe2+とH2O2との反応(フェントン反応)により、第二鉄イオン(Fe3+)、水酸化物イオン(OH-)、およびヒドロキシルラジカル(•OH)が生じる。第二の段階では、•OHによるDMSOの酸化的脱メチル化によってメチルラジカル(•CH3)が生じる。そして第三の段階で、•CH3と•Hが反応してメタンが生産される。 | 拡大する

Ernstらは、この仮説を枯草菌(Bacillus subtilis)で検証した。枯草菌は、周囲の栄養が豊富なときは活発に増殖している(栄養細胞と呼ばれ、代謝活性が高い状態)が、周囲の栄養が枯渇すると芽胞を形成する「休眠状態」(代謝的には不活性状態)となる生活環を持っている。Ernstらは、メチル基供与体のジメチルスルホキシド(DMSO;(CH3SO)を含む培地で枯草菌を培養した。すると、栄養細胞は絶え間なく自発的にメタンを生産していることが明らかになった。一方、休眠中の細胞ではメタン生産が起こらなかった。

次に、細胞が利用可能なDMSOや遊離鉄の濃度を変化させると、枯草菌の栄養細胞のメタン生産量も変化することが分かった。メタン生成量の増加は、酸化ストレス(多くの生理的状況下や病理的状況下で、細胞が正常な酸化還元バランスを維持できないと発生する、危険なほど過剰なROS)の誘導でも引き起こされた。研究データを総合すると、非酵素的なメタン生成の主要な前提条件は、全ての生物に見られる活発な代謝であることが明らかになった。Ernstらはさらに、真菌、植物、そしてヒト細胞でもその過程が機能していることを実証し、ROSが駆動するメタン生産が普遍的である証拠を示した。

ROSによるメタンの生成は、ROS、遊離鉄、そしてメチル化合物が主原料となってメタンを生産する自動生産過程とみることができる。ROSは多くの重要な代謝過程で生じ、正常な細胞の機能において主要なシグナル伝達分子となっている。ROSが駆動するメタン生成は、代謝活性が高い状況で細胞が過剰なROSを分解する方法として機能しているのかもしれない。潜在的に有害なROSが蓄積し続ければ、DNAやRNA、タンパク質や脂質などの極めて重要な分子が損傷を受ける可能性がある9

生物によるこの非酵素的なメタン生成の枠組みは、医学から地球科学、さらには宇宙生物学まで、さまざまな領域で研究の進展に道を開く。例えば、Ernstらの研究成果は細胞の機能の理解に大きな影響を与えることが考えられる。過剰なメタンが細胞内に存在したり組織全体に広がったりした状態は、細胞のストレスや酸化還元の不均衡、細胞内の過剰な鉄の存在を示している可能性がある。メタンは、細胞の酸化還元状態の適応や調節において中心的なシグナル伝達分子でさえあるのかもしれない。次の重要なステップは、メタン濃度がいつ、どのように変動するのか、そして健全な状態や疾患状態の細胞や組織にメタン分子がどのように分布しているのかについて、解明することだろう。もう1つの興味深い問題として、メタン濃度の変動に応答して細胞内のROSや鉄の濃度を元に戻す未発見の分子センサーやトランスデューサーが存在するのかどうかが挙げられる。そうした分子があるとすれば、既知にせよ未知にせよ、どんな経路に供給されているのだろうか。

今回、生物の全てのドメインにわたってin vitroとin vivoでメタンを生成するための反応経路が明らかになった。今後のメタン研究では、ROSで生じたメタンの検出や、細胞内や組織内のメタンの利用など、新たな方法を確立しなければならない。さらにこの成果は、別の興味深い視点から今後の研究に関わってくると考えられる。それは医学研究だ。ROSが駆動するメタン生成は、ROS濃度の指標になるかもしれない。呼気や血液、組織に含まれるメタンの検出は、診断検査法として使える可能性がある。イヌで行われた研究10では、吸入ガスに含まれたメタンが、酸化ストレスと炎症を緩和することにより、虚血再灌流障害(酸欠状態の組織に酸素を含む血液が再流入して生じる障害)を抑制できることが明らかにされている。これは、ROSが駆動するメタン生成の生物学を理解することに潜在的な価値があることを示す有望な証拠だ。

生物学研究以外でも、全ての生物が絶えずメタンを生産しているという認識には、地球科学者や気候科学者が興味を示すと考えられる。というのも、メタンは温室効果ガスだからだ。ただし、ROSが駆動するメタン生産に地球のメタン総排出量に対する何らかの実質的な寄与があるのかどうかについて、見極めるのは容易でないと考えられる。Ernstらの重要な発見が持つ意味を完全に理解できるようになるまでには、さらに多くの研究を積み重ねる必要があるのだ。

(翻訳:小林盛方)

Chang Liu(劉昌)& Jingyao Zhang(張靖尭)は、共に西安交通大学第一附属医院(中国)に所属。張靖尭は秦創原イノベーションプラットフォーム(中国)にも所属。

参考文献

  1. Boros, M. & Keppler, F. Front. Physiol. 10, 1244 (2019).
  2. Ernst, L. et al. Nature 603, 482–487 (2022).
  3. Althoff, F. et al. Nature Commun. 5, 4205 (2014).
  4. Fenton, H. J. H. J. Chem. Soc. Trans. 65, 899–910 (1894).
  5. Lee, Y., Lee, C. & Yoon, J. Wat. Res. 38, 2579–2588 (2004).
  6. Giorgio, M., Trinei, M., Migliaccio, E. & Pelicci, P. G. Nature Rev. Mol. Cell Biol. 8, 722–728 (2007).
  7. Dunbar, K. L., Scharf, D. H., Litomska, A. & Hertweck, C. Chem. Rev. 117, 5521–5577 (2017).
  8. Muckenthaler, M. U., Rivella, S., Hentze, M. W. & Galy, B. Cell 168, 344–361 (2017).
  9. Sies, H. & Jones, D. P. Nature Rev. Mol. Cell Biol. 21, 363–383 (2020).
  10. Boros, M. et al. Crit. Care Med. 40, 1269–1278 (2012).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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