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人の一生で脳の大きさがどう変化するかが明らかに

Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2022.220607

原文:Nature (2022-04-06) | doi: 10.1038/d41586-022-00971-1 | Your brain expands and shrinks over time — these charts show how

Max Kozlov

人の脳が年齢とともにどのように拡大・収縮するかを示す包括的な成長曲線が、初めて作成された。将来、日常的な臨床ツールとして使用されるかもしれない。

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DNY59/E+/Getty

2022年4月初旬、生後15カ月の息子を健診に連れて行った神経科学者のJakob Seidlitzは、満たされない気分で診察室を後にした。息子には何の問題もなかった。医師が使用した身長と体重の成長曲線によると、息子は典型的なペースで成長しているようだった。Seidlitzが欠けていると感じたのは、息子の脳の成長を評価できる、身長と体重の成長曲線のような指標だった。ペンシルベニア大学(米国フィラデルフィア)に所属するSeidlitzは、「脳という重要な臓器について、医師たちが知っている生物学的情報がこれほど少ないのは衝撃的です」と言う。

間もなく、彼はそれを変えることができるかもしれない。Seidlitzは共同研究者たちと共に12万以上の脳スキャン画像を集め(この種のデータ収集として最大規模)、脳発達についての初めての包括的な成長曲線を作成し、Nature 2022年4月21日号525ページで発表した(R. A. I. Bethlehem et al. Nature 604, 525–533; 2022)。この成長曲線は、ヒトの脳が人生の早い段階で急速に拡大し、その後、加齢とともにゆっくりと縮小する様子を視覚的に示している。この研究の規模の大きさは、研究の再現性の問題に長い間取り組んできた神経科学者たちを驚かせた。再現性の問題の一因は、試料数が少ないことだった。それは磁気共鳴画像法(MRI)が高価なせいで、実験の参加者の数が限られてしまうことが多いためだ。

「彼らが集めた膨大なデータセットは非常に印象的で、間違いなくこの分野の新しい基準となるでしょう」と、フロリダ国際大学(米国マイアミ)の認知神経科学者であるAngela Lairdは言う。

それでも、Seidlitzを含む論文著者たちは「このデータベースは完全に包括的とはいえない」と注意を促す。世界のあらゆる地域から脳スキャン画像を集めるのは難しかった。現状の成長曲線は最初の原案にすぎず、臨床現場で使うには微調整が必要になるだろうと彼らは言う。

やがて小児科医が成長曲線を使い始めるようになった場合、誤解が起こらないように細心の注意を払う必要があると、ワシントン大学(米国シアトル)の小児神経科医であるHannah Tullyは言う。「脳が大きいからといって機能が優れているとは限りません」と彼女は言う。

脳の構造は人によって大きく異なるので、Seidlitzらは、統計学的に有意な成長曲線を作成するために膨大な数のスキャンを集める必要があった。それは簡単な作業ではないと話すのは、ケンブリッジ大学(英国)の神経科学者で、この研究論文の共著者でもあるRichard Bethlehemだ。何千ものスキャンを自分たちで行えば何十年もかかる上に、費用も莫大になる。そこで彼らは、既に完了している神経画像研究に目を向けた。

BethlehemとSeidlitzは、世界中の研究者に電子メールを送って、プロジェクトのために神経画像データを共有させてもらえないかと尋ねた。返信の数に、2人は驚いたという。

研究チームは、受胎後16週の胎児から100歳までの10万1457人から、計12万3894枚のMRIスキャン画像を集めた。この中には、神経学的障害のない人々だけでなく、自閉スペクトラム症など神経認知的差異がある人の脳画像も含まれていた。研究者たちは、統計モデルを使用して画像から情報を抽出し、使用されたMRI装置のタイプに関係なく、スキャンを直接比較できるようにした。

最終結果として、いくつかの主要な脳の指標に関して年齢による変化をプロットした「成長曲線」のセットが得られた。灰白質の体積や平均皮質厚(灰白質の幅)などのいくつかの指標は、個人の発達の初期にピークに達するが、脳の深部にある白質の体積は30歳頃までにピークに達する傾向がある(「脳の変化」参照)。特に、脳室の体積(脳内の脳脊髄液の量)に関するデータは、Bethlehemを驚かせた。この量は通常脳萎縮に関連しているため、年齢とともに増加することは知られていたが、成人後期に急速に増加する傾向があることにBethlehemはショックを受けた。

脳の変化
研究者たちは、12万以上の脳スキャン画像を分析して、これまでで最も包括的な脳の成長曲線を作り上げた。白質と灰白質の体積と平均皮質厚(灰白質の幅)は発達の初期に急速に増加するが、脳室の体積(脳内の脳脊髄液の量)は人生の後半に急速に増加する。 | 拡大する

R. A. I. BETHLEHEM ET AL. NATURE HTTPS://DOI.ORG/HPKN (2022)

最初の原案

彼らの論文が発表される少し前、衝撃的な論文がNature 2022年3月24日号に掲載された(S. Marek et al. Nature 603, 654–660; 2022)。この論文は、ほとんどの脳画像化実験はスキャン数が少な過ぎるために脳機能と行動の相関を確実に検出できていない、つまり結論が正しくない可能性があることを示していた(9ページ「脳スキャンに基づく研究結果の多くは信頼性不足」参照)。この知見を踏まえてLairdは、この分野の研究がSeidlitzとBethlehemのようなやり方を採用する方向に進むことを期待している。

非常に多くのデータセットを収集することは一種の「外交的手段による傑作」といえると、Nature 2022年3月24日号の論文の共著者であるワシントン大学(米国ミズーリ州セントルイス)の神経科学者Nico Dosenbachは言う。また彼は、研究者が脳の画像を集めるときには、SeidlitzとBethlehemの研究と同程度の規模で行うべきだと言う。

データセットのサイズにもかかわらず、SeidlitzとBethlehemと共同研究者たちは、彼らの研究が神経画像研究に特有の問題を抱えていること、つまり多様性が著しく欠如していることを認めている。彼らが集めた脳スキャン画像は主に北米と欧州のものであったため、「白人で、大学生の年齢で、都会に住む裕福な人々」が不釣り合いに多くなっている。この調査には、南米からは3つ、アフリカからは1つのデータセットしか含まれておらず、これは、調査で使用された全脳スキャン画像の約1%にすぎない。

世界中にはMRI装置を使えない人々が何十億人もいるため、多様な脳画像データを入手するのが困難だとLairdは言う。しかし、Seidlitzらは試みを続けている。彼らは、脳スキャン画像が加わるにつれて成長曲線をリアルタイムで更新しようと、Webサイトを立ち上げた(go.nature.com/3rctwfd参照)。

大きなデータセット、大きな責任

もう1つの課題は、成長曲線の作成に使用した脳スキャン画像の所有者へのクレジット方法だった。利用した画像にはオープンアクセスデータセットからのものと非公開データからのものがあり、後者のスキャン画像は、その所有者が成長曲線に組み込むことができるように追加の作業を行った。この研究者たちは、著者として論文に名前が掲載された。

一方、オープンアクセスデータセットの所有者たちは、論文で引用されたのみだ。これは、助成金や共同研究、昇進を求める研究者にとって、それほどの名声とはいえない。こちらのデータの処理は、SeidlitzとBethlehemと共同研究者が行い、ほとんどの場合、データセットの所有者との直接の接触はなかったとBethlehemは言う。

データセットが公開されない理由はいくつかある。例えば、健康データのプライバシーを保護するためだ。しかし、データセットを公開した研究者が著者の資格を得られないのは不公平だとBethlehemとSeidlitzは言う。彼らは、Nature をはじめとする学術誌の著者ガイドライン(著者は、例えばデータの分析や解釈に「実質的な貢献」をした場合としている)が障害だと主張している。なお、Nature のニュースチームは、発行元から編集の独立性を保っている。

Nature の広報担当者は、この問題は「編集者と著者によって、我々の著者ガイドラインに従って慎重に検討され」、そして「全てのデータセットは我々のデータ引用方針に従って適切にクレジットされた」と回答している。

これらの懸念は、研究者が科学的事業によってどのように評価されているかというところにまでさかのぼると、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(米国)の社会疫学者Kaja LeWinnは言う。特に、こうした大規模な研究がより一般的になるにつれ、資金提供者、学術誌、研究機関などの利害関係者は、脳科学研究が適切に認識され、報われる方法を再評価する必要があると、彼女は言う。

(翻訳:古川奈々子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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