パルサーによる重力波検出に一歩接近
Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2022.220620
原文:Nature (2022-01-27) | doi: 10.1038/d41586-022-00170-y | Astronomers close in on new way to detect gravitational waves
パルサーを使って重力波を検出する計画が世界各地の大型電波望遠鏡を使って進んでいる。検出に向けて重要な兆候が見えてきた。
NASA's Goddard Space Flight Center
世界各地の大型電波望遠鏡を使ってパルサーを観測することで重力波の検出を試みている国際共同研究計画「国際パルサータイミングアレイ」(IPTA)がこのほど、検出に向けて重要な兆候が見え始めたことを報告する論文を発表した。観測データの中に「レッドノイズ」と呼ばれる、特徴的な信号が現れ始めた。しかし、重力波検出を宣言するために不可欠なもう1つの特徴は、まだ見つかっていない。研究グループはさらに観測データを蓄積している。
パルサーは中性子星の一種で、高速で自転し、周期が極めて安定した電磁波パルスを出す。地球に届くパルスの到着タイミングは、重力波の影響があると、ごくわずかにずれるはずだ。IPTA計画は、このずれを見いだすことで重力波を検出しようとしている。この方法で検出できる重力波は非常に周波数が低く、周期は1年から数十年に及ぶ。こうした重力波は、銀河の中心にある超大質量ブラックホール(特に太陽質量の1000万倍以上のもの)の連星系が、お互いの周囲を回るときに出すと考えられている。
この計画は現在、個々の重力波源からの重力波ではなく、多数の重力波源からの重力波が重ね合わさった背景重力波の検出を目指している。波の周期が長いため、検出には長期間の観測データが必要になる。北米、欧州、オーストラリアの3つの地域の研究グループがそれぞれ、データを蓄積してきた。
IPTAの今回の最新の分析は、3地域の研究グループがデータを持ち寄ったもので、「レッドノイズ」が見えてきた。背景重力波がある場合、パルス到着タイミングのずれは低い周波数の成分ほど規則的に大きくなると予想されている。こうした信号をレッドノイズと呼ぶ。分析結果は、2022年1月19日にMonthly Notices of the Royal Astronomical Society に発表された1。
しかし、重力波の検出を宣言するためには、もう1つの重要な特徴を見いだす必要がある。それはHellings-Downs曲線と呼ばれるもので、2つのパルサーからのパルスのずれの相関が、2つのパルサー間の角度に応じて描く曲線だ。背景重力波がある場合には、相関はこの特徴的な曲線を描くはずだ。しかし、この曲線はまだ検出されていない。
欧州グループの指導的メンバーである、マックス・プランク電波天文学研究所(ドイツ・ボン)のMichael Kramerは「これは重要な段階です。今回の結果はまだ重力波検出とはなりませんが、検出に向けて必要な一歩です。もしもこの段階でレッドノイズが見つからなければ、宇宙論研究者は超大質量ブラックホールの分布の予測と、宇宙の進化における超大質量ブラックホールの役割を再検討しなければならなかったかもしれません」と話す。
オレゴン州立大学(米国コーバリス)の電波天文学者で、北米グループのリーダーであるXavier Siemensも、「レッドノイズが見えたことは重力波の検出ではありません。しかし、私たちの自信を深めるものです」と話す。
LIGOとの違い
重力波が初めて直接的に検出されたのは2015年9月だった。米国ルイジアナ州と同ワシントン州に設置された、レーザー干渉計重力波天文台(LIGO)の2つの干渉計が、太陽の36倍と29倍の質量を持つ2つのブラックホールの合体時に生じた重力波を捉えた。それ以来、LIGOと、イタリアにある重力波検出器Virgoは、同様の重力波バーストを数十回発見してきた。こうした重力波は、数十~数千ヘルツの周波数が最も強い。これは、耳に聞こえる音のうち、低い音の周波数だ。検出可能な時間は数秒から、場合によっては数分ほどだ。
一方、IPTAのパルサーを使った検出方法は、周期が1年〜数十年という、ずっと低い周波数で振動し、はるかに長く続く重力波の検出を目指す(「重力波のスペクトル」参照)。こうした重力波は主として、長期に互いの周囲を回るブラックホール対から生じるとみられる。大きな銀河の多くは、中心に超大質量ブラックホールを持っていると天体物理学者たちは考えている。2つの銀河が合体すると、銀河の中心にあったブラックホールはやがて新たに形成された銀河の中心に沈み、互いの周囲を回り始める。2つのブラックホールが十分に近づけば、強い重力波を放つだろう。
重力波は、さまざまな天体から広範囲の周波数で放出される。地球上の干渉計が検出できるのは、これらの周波数の一部だけだ。宇宙空間の干渉計や、その他の方法により、検出可能な周波数の範囲は広がる可能性がある。 | 拡大する
オーストラリア国立望遠鏡機構(エピング)の電波天文学者George Hobbsは、「IPTAが検出しようとしている重力波は、LIGOが検出しているバーストイベントとは異なります。LIGOが検出しているイベントは、非常に短時間に起こり、その特定のイベントは再び起こることはありません」と話す。
パルサーによる検出方法とLIGOは、検出に電磁波(光)を使う点は同じだが、異なるところがある。LIGOは、約4km離れた2つの鏡の間の距離の小さな変化から、地球を通過する重力波を検出する。検出する重力波の波長は干渉計よりも長い。
パルサーを使う方法は、重力波が銀河系(天の川銀河)を通過するとき、銀河系内のパルサーと太陽系との間の距離を変化させ、パルスが届くタイミングがずれる現象を検出する(「重力波検出器としてのパルサー」参照)。地球とパルサー間は遠く、重力波のいくつもの山と谷が伝播している。
パルサータイミングアレイの主目標は、遠方の銀河の中心部で、お互いの近くを回る超大質量ブラックホールの対によって作られた重力波を検出することだ。重力波は、数十億年も宇宙を旅して銀河系に届く。 | 拡大する
NIK SPENCER NATURE; MILKY WAY: NASA JPL CALTECH R. HURT SSC CALTECH
北米の観測グループの指導的メンバーで、ウェストバージニア大学(米国モーガンタウン)の天文学者Maura McLaughlinは、「地球とパルサーは、重力波の同じ山あるいは谷に乗っていません。パルスのずれを見積もるためには、パルサーと地球、それぞれでの重力波の効果を考慮する必要があります」と説明する。パルスが地球に届く時間は、パルサーや地球での時空が変化すると数十ナノ秒ずれるはずだ。
ノイズの多い信号
この方法は、パルサーと呼ばれる中性子星の奇妙な物理的性質を利用している。中性子星は、燃え尽きた恒星がつぶれた結果できる天体で、太陽よりも大きな質量が、わずか直径20kmほどの球の中に詰め込まれている。
中性子星の多くは磁極から電磁波放射を放出する。中性子星が自転すると、放射のビームは、灯台の光のように旋回する。ビームの一部は偶然、地球に届き、規則正しい間隔で明滅する放射として検出される。1970年代後半、一部の天文学者は、パルサーのパルス周期は極めて安定しているため、重力波の検出器になり得ることを指摘した(2017年10月号「正確な周期で電磁波を発する天体」参照)。
しかし、パルサー信号はノイズが多く、星間物質によって遅れたり、散乱されたりする場合がある。このため、天文学者たちは、可能な限り多くのパルサーを観測してパルス到着タイミングを比較する必要がある。こうした観測方法を「パルサータイミングアレイ」と呼ぶ。
また、この方法は、太陽系の重心の位置を100m未満の誤差で求める必要がある。この10年間に、重心の位置の見積もりは、米航空宇宙局(NASA)の木星探査機ジュノーや土星探査機カッシーニが行った、木星や土星の位置測定のおかげで大きく改善した。
研究者らは20年余りにわたって観測データを蓄積した結果、その期間に匹敵する周期を持つ、低周波数で長波長の信号を捉えられるようになってきた。2020年から2021年にかけて、各地域の3つの研究グループはそれぞれ、背景重力波を示すレッドノイズを検出し始めた2–4。IPTAの今回の報告は、重力波の感度を改善するため、各地域の研究グループがデータを持ち寄り、計65個のパルサーについて分析を行ったものだ。ただし、3つのグループが2020年と2021年に別個に分析した、最も最近のデータは使っていない。
今回の結果は、重力波の存在を示しているとは限らない。Kramerは「レッドノイズは他の現象によっても生じる可能性があります。例えば、パルサーの自転の、未知の減速現象などです」と警告する。欧州グループの指導的メンバーで、カリアリ天文台(イタリア)の電波天文学者Andrea Possentiは、「検出を主張するためには不可欠な要素が、欠けています。パルサー間の相関が見つからなければなりません」と話す。
ミラノ大学ビコッカ校(Institution list参照)(イタリア)の天体物理学者Monica Colpiは「背景重力波が発見されれば、得られる科学的知見は莫大でしょう。将来は、ブラックホールがその銀河のダークマターや星、ガス雲とどのように相互作用するかについての情報を重力波から得られるかもしれません」と話す。
2020年12月、パルサーの観測に重要な役割を果たしてきた、アレシボ天文台(プエルトリコ)の口径300mの電波望遠鏡が老朽化で崩壊した(2021年2月号「アレシボ天文台:2020年のもう1つの大きな損失」参照)。北米の研究グループは観測の一部を口径約100mのグリーンバンク望遠鏡(米国ウエストバージニア州)に移した。今後、計画は、インドと南アフリカ共和国の大型電波望遠鏡で観測しているパルサータイミングデータを取り込むことになるだろう。中国貴州省にある500m球面電波望遠鏡も計画に加わるとみられている。
次のIPTA論文は今年か2023年に発表されると予想されている。Kramerは「全てのデータを一緒にして検出を行う機は熟しています」と話す。
(翻訳:新庄直樹)
参考文献
- Antoniadis, J. et al. Mon. Not. R. Astron. Soc. 510, 4873–4887 (2022).
- Arzoumanian, Z. et al. Astrophys. J. Lett. 905, L34 (2020).
- Goncharov, B. et al. Astrophys. J. Lett. 917, L19 (2021).
- Chen, S. et al. Mon. Not. R. Astron. Soc. 508, 4970–4993 (2021).