ウイルス感染の長期的な影響
多発性硬化症という慢性疾患に、ウイルス感染が関わっていることが分かった。ウイルス感染が引き金となる慢性疾患は、ワクチンで予防できるのか? どうすれば、その効果を確認することができるだろう?
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Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2022.220634
原文:Nature (2022-03-31) | doi: 10.1038/d41586-022-00808-x | The quest to prevent MS — and understand other post-viral diseases
米国防総省血清リポジトリ(DoDSR;メリーランド州シルバースプリング)は、疫学者にとって宝の山だ。ここにはバスケットボールコートほどの広さの冷凍庫がいくつもあり、血清入りバイアルが7200万本も保管されている。細心の注意を払って追跡・分類中のバイアルは段ボール箱に詰められ、そうした段ボールが4m近い高さまで積み上がっている。技術者は冬用コートと手袋で防寒対策をして、−30℃の冷凍庫の中に入っていく。彼らが20分後に持ち帰ってきたバイアルには、値段が付けられないほど貴重な宝物が入っている。
ハーバードT.H.チャン公衆衛生大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)の疫学者であるAlberto Ascherioにとって、このバイアルは、多発性硬化症の原因を探る上でまたとない贈り物となった。多発性硬化症は、免疫系が自分自身の神経細胞を攻撃してしまう疾患である。
研究者たちは長年、多発性硬化症とエプスタイン・バー・ウイルス(Epstein–Barr virus;EBV)との間には何らかのつながりがあるのではないかと考えてきたが、強い関連を立証することは困難だった。ほとんどの人が生涯のいずれかの時点でEBVに感染していて、大抵の場合、無症状であるからだ。AscherioがDoDSRの冷凍庫から持ち帰ってきた試料は、両者の関連を探るための絶好の機会を提供した。1993年以降、陸海空軍の1000万人以上の兵士から収集されたデータと試料を分析したAscherioは、EBV感染が多発性硬化症のリスクを32倍も増加させていることを見いだした1。
「これほど強くて明確な関連は初めて見ました」とAscherioは言う。喫煙が肺がんのリスクを高めることはよく知られているが、それでも15〜30倍程度である。
今回の結果は、EBVが脳に障害を引き起こすメカニズムに関する新たな知見2をもたらすとともに、多発性硬化症の治療だけでなく予防さえ可能になるかもしれないという期待ももたらした。現在、EBVワクチンの第I相臨床試験も進められている。ただし、ワクチンで多発性硬化症を予防できるかどうかが大規模臨床試験で明らかになるには、数十年とは言わないまでも数年はかかるだろう。
EBVに関するこれらの知見が得られたのは、ウイルス感染の数カ月から数年後に起こることに研究者の関心がこれまでになく高まっている時期だった。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的流行)が始まってから2年が過ぎた今、SARS-CoV-2への初回感染後、いつまでも消えない症状に苦しんでいる人は非常に多い。一般市民も保健当局も、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の後遺症「long COVID」に対して強い関心を持っており、研究資金配分機関は、ウイルス感染症罹患後のこの漠然とした疾患の生物学的機序の研究に10億ドル(約1300億円)以上を提供している。
多発性硬化症の原因究明に向けたこれまでの努力によって、感染症とその後に発症する慢性疾患との複雑な関係と、その解明に伴う問題点と期待が浮き彫りになった。これらの研究は遅々として進まないように見えるかもしれない。しかし、マサチューセッツ大学チャン医学系大学院(米国ウースター)の臨床科学者で、小児感染症を専門とするKatherine Luzuriagaは、「科学的な手法や技術の進化とともに、ウイルス感染症罹患後疾患について、もっと多くの知見が得られるようになるでしょう」と言う。
起源の謎
研究者たちは1世紀以上前から、さまざまな慢性疾患が感染症に起源を持つことを証明しようとしてきた。2005年にノーベル医学生理学賞を受賞した微生物学者バリー・マーシャル(Barry Marshall)は、ピロリ菌(Helicobacter pylori)が慢性胃潰瘍を引き起こすことを示すために、1984年にピロリ菌の懸濁液を自ら飲むという実験までやってのけた。他にも、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群からアルツハイマー病まで、各種の複雑な疾患を特定の病原体と関連付ける説がいくつも提唱されている。だが、決定的な証拠はなかなか出てこない。複数の病原体や要因が関与している場合もあれば、関係が実在していない場合もあるのかもしれない(2018年4月号「見て見ぬふりをされてきた病」、2021年2月号「微生物感染がアルツハイマー病の引き金に?」参照)。
しかし2022年になって、EBVが多発性硬化症を引き起こす可能性があることを示す強力な証拠が、2つの研究から得られている1,2。
衰弱性の自己免疫疾患である多発性硬化症の患者は、世界に約280万人いる。免疫系が自身の脳や脊髄の神経を攻撃し、神経繊維の軸索を保護する髄鞘を破壊すると、疲労感、感覚障害、痛み、視覚障害、抑うつなどの症状が出る。症状は時間の経過とともに悪化し、身体障害や生命予後の短縮を招くことがある。投薬治療により進行を遅らせることはできるが、症状の出現を完全に防ぐことはできない。
免疫系を誤作動させ、多発性硬化症を進行させる要因は複数あるようだ。症例の地理的分布などのデータからは、日照不足とビタミンDの欠乏の関与が示唆されている。遺伝的な要因によってもリスクがわずかに高くなる。EBVは1964年に初めて発見されたウイルスだが、早くも1970年代から多発性硬化症との関連が疑われていた。
EBVはどこにでも存在していて、成人の95%以上が感染している3。EBVに感染しても、ほとんどの場合は何の症状も出ないが、伝染性単核球症を引き起こすことがある。ひとたびEBVに感染すると、ウイルスが体内から完全に除去されることはない。しかし、多発性硬化症を発症する人はごくわずかで、英国では0.2%である。このことが研究者の悩みの種になっている。どこにでもあるようなウイルスが、少数の不運な人々に自己免疫疾患を引き起こすという仮説を、どのようにして証明すればよいのだろうか?
Ascherioの疫学的アプローチでは、医療記録とDoDSRに保管されている血清試料を利用して、新兵の多発性硬化症の罹患状況とEBVの感染状況を追跡した。彼らがScience に発表した論文によると、軍に所属している間に多発性硬化症と診断された955人を特定することができたという1。このうち、軍務に就いた時点でEBVを保有していなかったのは35人だけだった。この35人のうち34人が、多発性硬化症と診断されるまでにEBVに感染しており、感染率は97%であった。一方、多発性硬化症を発症しなかった対照群の感染率は57%であった。
研究チームは次に、神経変性マーカーであるニューロフィラメント軽鎖(neurofilament light chain;NfL)というタンパク質の濃度を測定した。その結果、EBV感染後に多発性硬化症を発症した人は、EBV感染後に発症しなかった人に比べて神経変性レベルが高かった。
EBV感染者の一部しか多発性硬化症を発症しなかった理由を解明するにはさらなる研究が必要だが、Ascherioは、分析結果はこのウイルスが慢性疾患を引き起こしていることの証拠であると考えている。「関連があることと因果関係があることは別だと批判する人には、このデータの全てを説明する代替理論を教えてほしいものです」と彼は言う。
考えられる説明の1つは、多発性硬化症の初期症状は免疫系の衰えであり、EBVなどのウイルスはその機に乗じて感染するというものである。血清試料を調べたAscherioが他のウイルス感染の兆候を見つけられなかったことは、この仮説を否定する根拠の1つとなる。しかし、全ての人がこれで納得するわけではない。マーシャルのピロリ菌の実験が、「ピロリ菌が胃潰瘍を作ったのではなく、胃潰瘍がピロリ菌に感染しやすい環境を作ったのではないか」と批判されたのと同様の理屈で、EBV感染と多発性硬化症の因果関係にも疑問が投げ掛けられている。
スタンフォード大学医学系大学院(米国カリフォルニア州)免疫学・リウマチ学部門長であるBill Robinsonは、まさにこの理由からEBV–多発性硬化症仮説を否定していた。「私はEBVの関与に非常に懐疑的でした」と彼は言う。そして、多発性硬化症患者が産生する抗体を免疫学的手法を駆使して5年がかりで調べた末に、自説を180度転換した。
EBVに感染すると、免疫系のB細胞は、ウイルスのEBNA1というタンパク質に対する抗体を産生する。EBNA1は、たまたま、中枢神経系のGlialCAMというタンパク質と部分的に似た構造を持っている。時間の経過とともに、一部のB細胞が、EBNA1とGlialCAMの両方に結合する抗体を作り始めることがある。その結果、ニューロンに対する誤爆が起こる。Robinsonらは2022年、多発性硬化症患者の20〜25%がこうした「自己に対しても好戦的な」抗体を持っているとNature で報告している2。
「この発見により、全てが変わってきます。これまで、EBVと多発性硬化症を正しく関連付けるのは非常に困難でした。けれども私たちの研究により、両者を関連付けるメカニズムが明らかになったのです」とRobinsonは言う。
ウィスター研究所(米国ペンシルベニア州フィラデルフィア)の分子ウイルス学者であるPaul Liebermanは、厳密な疫学データとメカニズムの説明がそろったことで、EBVと多発性硬化症の結び付きは「強い説得力を持った」と考えている。彼自身は最新データが出る前からこのことを確信していたが、今回「その確信がさらに深まりました」と言う。それでも納得できないという人々を納得させる最も確実な方法は、EBV感染の予防または治療によって多発性硬化症を予防できることを示すことだ。「臨床試験を行う価値は十分あります」とLiebermanは言う。「ただ、その実施方法は完全には明らかではありませんが」。
ワクチンでEBV感染を防ぐ
最初のステップは、EBV感染を防ぐ方法を見つけることだ。2022年1月にはLuzuriagaが見守る前で、健康なボランティアがワクチン候補「mRNA-1189」の臨床試験のために無菌室に入った。この化合物はバイオテクノロジー企業モデルナ(Moderna;米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)が製造したものだ。SARS-CoV-2に対するmRNAワクチンを成功させた同社は、今度はEBVに狙いを定めている。mRNA-1189はEBVの4つのタンパク質をコードしており、これを接種することで免疫系にEBVを教え込み、ウイルス感染に抵抗できるようにすることが期待されている。モデルナ社はもう1つ、mRNA-1195というワクチン候補も開発している。こちらは、既にウイルスを保有している人の免疫系がEBVを制御するのを助けることを狙って設計されている。国立衛生研究所(NIH;米国メリーランド州ベセスダ)が開発した2種類のEBVワクチン候補も臨床試験段階に近づいていて、そのうちの1つは2022年3月に臨床試験が始まっている。
マサチューセッツ大学チャン医学系大学院でのmRNA-1189の臨床試験の責任者であるLuzuriagaは、「とてつもなく興奮しています」と言う。
最初の臨床試験の目的は、ワクチン候補が安全であることと、伝染性単核球症のリスクを下げられることを示すことだ。この疾患は「腺熱」「キス病」とも呼ばれ、激しい疲労感や発熱などの症状を引き起こし、EBVに初めて感染したティーンエージャーや若年成人の30~50%が罹患する4。
EBVワクチンが多発性硬化症に対して有効であることを証明するのは格段に難しい。NIH傘下の国立アレルギー・感染症研究所(NIAID;米国メリーランド州ベセスダ)の感染症研究室長であるJeffrey Cohenは、臨床試験には数万人の若年成人ボランティアが必要で、10年間は追跡調査を行う必要があるとみている。このウイルスはどこにでも存在するため、EBVに感染していないボランティアのスクリーニングを行うだけでも、計画遂行の難問となるだろう。
この臨床試験には、無限の資金と無限の追跡調査が必要です
ロンドン大学クイーンメアリー校(英国)の神経学者であるRuth Dobsonは、幼児にワクチンを接種することから始める予防試験であれば、スクリーニングはより簡単になる、あるいは不必要になるだろうと言う。しかし、多発性硬化症は通常20〜40歳で発症するので、研究者はその結果を何十年も待たなければならない。「この臨床試験には、無限の資金と無限の追跡調査が必要です」と彼女は言う。
Cohenは、多発性硬化症の予防について確固としたデータを得るには、伝染性単核球症の予防のためのEBVワクチンが承認されるのを待ち、その後、ワクチン接種を受けた人が多発性硬化症を発症するかどうかを追跡調査するのが最も確実だろうと考えている。ワクチンが臨床試験を乗り越えるまでには平均10年前後の時間を要する。承認後に観察データが蓄積するまでにはさらに数年かかるものの、前向き臨床試験のような現実的な困難はないことから、彼は、米国食品医薬品局(FDA)のような保健当局が承認取得後の試験を義務付ける必要があるかもしれないと付け加える。さもないと、企業はデータを収集しようとしないかもしれないからだ。「承認後試験から得られる知見は非常に重要です」と彼は言う。
うまくいけば、EBVワクチンは、長期にわたって感染を完全に防ぐことができるかもしれない。ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンはこれを実現し、子宮頸がんを予防する。こうした成功例はあるものの、これまでのEBVワクチン候補は、そのレベルの防御を与えることはできていない。同じことはCOVIDワクチンにもいえる。COVIDワクチンはCOVID-19の重症化は防ぐことができるが、SARS-CoV-2の感染を必ずしも防げるとは限らないからだ。
Robinsonは、部分的な防御しか与えないEBVワクチンでも多発性硬化症を予防できる可能性はあるが、それが成功するかどうかは、EBV感染が厳密に何を引き起こしているかによって決まると言う。1回の感染が多発性硬化症を発症させるのか、それともウイルスの量や長期的な持続感染によって違いが生じるのだろうか? EBV–多発性硬化症や、他の多くのウイルス感染症罹患後疾患と疑われる疾患にとって、これらは大きな意味を持つ未解決の問題だ。
LINDSEY PARNABY/AFP/GETTY
抗ウイルス薬の冒険
ウイルスの量と持続感染が問題であるなら、抗ウイルス薬も、ウイルス感染症罹患後疾患を予防するための有効な手段となるはずだ。実際、C型肝炎ウイルスを体内から除去する抗ウイルス薬は、このウイルスが引き起こす慢性肝疾患のリスクを下げるのに役立っている。
抗ウイルス薬で多発性硬化症を防ぐためには、抗ウイルス薬にEBVを完全に除去する能力が必要だ。現時点では、それだけの威力のある抗ウイルス薬は、厳密な臨床試験を行う段階には来ていない。「EBVに感染した細胞を標的とする真の抗ウイルス薬はまだありません」とCohenは言う。ウイルスの複製をゆっくりにする薬物はあるが、ウイルスを体内から排除したり、伝染性単核球症の臨床経過を変えたりするほどの威力はないと、彼は言う。
EBVに対する抗ウイルス薬の開発が難航している大きな理由は、EBVのライフサイクルに、猛烈に増殖する「溶解感染」と、身を隠している「潜伏感染」という2つの段階があるせいかもしれない。潜伏ウイルスを除去するのは非常に難しい。ウイルスの複製機構を止めようにも、その歯車がほとんど回っていない状態では、何の手出しもできないのだ。
EBNA1を標的として潜伏感染中のウイルスを除去する抗ウイルス薬を開発しているLieberman5は、「確実に言えるのは、一筋縄ではいかないということです」と語る。溶解感染と潜伏感染の相対的な寄与や、潜伏ウイルスが再活性化する仕組みを解明できれば、新しい扉が開かれるかもしれない。
もう1つの戦略は、ウイルスが増殖する舞台となるB細胞を破壊することである。アタラ・バイオセラピューティクス社(Atara Biotherapeutics;米国カリフォルニア州サウスサンフランシスコ)は、EBVを保有するB細胞を見つけ出して破壊するように設計された免疫T細胞からなる治療薬「ATA188」でこれを試みている。
ATA188については、進行性多発性硬化症患者を対象とした第I/II相臨床試験が進められていて、疾患の進行を遅らせることが期待されている。2022年内には予備的な結果が出る予定で、「活性が確認されれば、次の段階に進むことになります」とRobinsonは言う。
しかし、ひとたび神経疾患による脳の損傷が始まってしまうと、その治療は困難だ。T細胞療法は疾患過程の初期には最高の治療法であるかもしれないが、安全性が十分確認できていない新しい治療法であり、大規模な予防臨床試験には不向きである。
エール大学(米国コネチカット州ニューヘイブン)の神経科医であるErin Longbrakeは、早期介入の必要性と治療がもたらす副作用のバランスを取るにはどうすればよいかを考えてきた。彼女が最適な治療法と考えているのは、FDAが承認した多発性硬化症治療薬「オクレリズマブ(ocrelizumab)」を使うことだ。オクレリズマブは、B細胞を殺すことで、誤動作している免疫系をリセットする。抗ウイルス薬として設計されたわけではないが、EBVリザーバーの少なくとも一部を除去できることが分かった。ただし、オクレリズマブは免疫系を広範囲に破壊するため、治療を受けた人は他の感染症にかかるリスクが上昇する。EBVを保有していても多発性硬化症を発症していない人には、この代償は高過ぎる。
そこでLongbrakeは、オクレリズマブの投与によって最大の恩恵を受けられるような人々を探し始めた。EBVを保有する人々の中には稀に、脳内に多発性硬化症に似た病変があるものの、それに伴う症状がない人がいる。この病変は脳スキャンで偶然発見され、病変が見つかった人の半数近くが、発見から10年以内に多発性硬化症を発症している6。
「私自身が50%の確率で多発性硬化症を発症するだろうと言われたら、それを防ぐために何かしたいと思うでしょう」とLongbrakeは言う。この病変がある100人にオクレリズマブを投与して多発性硬化症の進行を遅らせることができるかを検証する臨床試験が、現在、参加者を募集している。
ウイルス感染が引き金となる他の疾患(合併症)のリスクが高い人々を特定できれば、これらの臨床試験が容易になる。研究者たちは、そうした人々の特定も進めている。
成功に備える
EBVを標的とする介入によって多発性硬化症を予防できることを証明するには数十年の時間がかかる可能性がある。また、long COVIDは、感染症が及ぼす永続的な影響について幅広い関心を呼び起こしたが、さまざまなウイルスと疾患との間で疑われている結び付きは、今後、長い時間をかけて1つ1つ調べていかなければならない。Dobsonは、成功のカギは、準備と忍耐にあると言う。例えば、Ascherioの疫学研究は、米国防総省が数十年がかりで蓄えてきた生物学的試料によって初めて可能になった。「バイオバンクへの抵抗感は強いですが、それを乗り越えれば、バイオバンクは皆のお気に入りになります」とDobsonは言う。パンデミックの間に試料を収集し続けてきた同様の疾患横断的なリソースは、他のウイルスが及ぼす長期的な影響についても洞察をもたらしてくれることだろう。既に英国バイオバンクからは、SARS-CoV-2が脳の構造に影響を及ぼす仕組みが示されている7。
Dobsonは、臨床試験には長期的な視点が必要だと考えている。臨床試験には適切な人々が参加し、適切な方法でその成功を測る必要がある。医師が正確に診断・監視できる多発性硬化症のような疾患は、臨床的定義が明確でないlong COVIDよりもそれを実践しやすい。「臨床試験を今から考え始めなければ、私たちは15年後も20年後も同じ場所にいることになってしまいます」と彼女は言う。
(翻訳:三枝小夜子)
Asher Mullardは、カナダのオタワに拠点を置く科学ジャーナリスト。
参考文献
- Bjornevik, K. et al. Science 375, 296–301 (2022).
- Lanz, T. V. et al. Nature 603, 321–327 (2022).
- Cohen, J. I. Clin. Transl. Immunol. 4, e32 (2015).
- Luzuriaga, K. & Sullivan, J. L. N. Engl. J. Med. 362, 1993–2000 (2010).
- Messick, T. E. et al. Sci. Transl. Med. 11, eaau5612 (2019).
- Lebrun-Frenay, C. et al. Ann. Neurol. 88, 407–417 (2020).
- Douaud, G. et al. Nature https://doi.org/10.1038/s41586-022-04569-5 (2022).