Editorial

成長の限界を巡る50年の論争に終止符を

『成長の限界』の筆頭著者であるドネラ・メドウズ(Donella Meadows;写真)は、この書籍について「破滅を予測するためではなく、人々が地球の法則と調和する生き方を探るために書いた」と述べている。 Credit: Alamy

今から50年前の1972年3月、マサチューセッツ工科大学(米国ケンブリッジ)のシステムダイナミクスグループは、経済成長と人口増加がこのまま続けば地球の資源は枯渇し、2070年までに世界経済が崩壊するという率直なメッセージを世界に向けて発表した。この知見は、工業化が環境や社会に与える影響を予測した最初期のモデリング研究の1つによって得られたものであり、The Limits to Growth(邦訳『成長の限界』)という約200ページの書物にまとめられた。

これは、当時としては衝撃的な予測であり、評判があまり良くなかった。Natureは、「またも終末論的発想」と評していた(Nature 1972年3月10日号47~49ページ参照)。採炭、製鋼、石油採掘、農作物への肥料散布といった産業文明の基盤の一部が、永続的な被害をもたらすかもしれないという見解を提示することは、研究界でも異端に近かった。指導的立場にある研究者は、産業活動によって大気や水の汚染が起こることは認めていたが、そうした被害を元に戻せると考えていた。また、コンピューター以前の時代に教育を受けた人々は、モデリングに懐疑的で、技術によって地球を救えると唱えていた。動物学者のソリー・ザッカーマン(Solly Zuckerman;元英国政府首席科学顧問)は、「コンピューターが将来について何を言おうとも、これまでのところ、『人類の知恵だけで人類重大の困難を回避できなくなる時が来る』という見解に信憑性を与える事態は起こっていない」と語った。

しかし、『成長の限界』の筆頭著者ドネラ・メドウズ(Donella Meadows)と共著者たちは、その主張を曲げず、早期に行動を起こすことで、生態系と経済を安定化させられると指摘した。この本は、1972年の国連環境計画の設立に役立ち、3000万部を上回る累計売り上げ部数を記録した。

それなのに、この論争は終息していない。人間の活動が環境に取り返しのつかない影響を及ぼすという共通認識はあるのだが、その解決策、特に経済成長の抑制を伴う解決策に関しては、研究者の間で意見が分かれており、この意見の相違が行動を妨げている。研究者は、今こそ論争を終結させなければならない。世界が必要としているのは、この論争よりも重要な目標、つまり、壊滅的な環境破壊を食い止め、幸福度を高めるという目標に研究者が取り組むことなのだ。

気候変動ポツダム研究所(ドイツ)のヨハン・ロックストローム(Johan Rockström)などの研究者は、地球を居住不可能な惑星にすることなく各国が経済成長を実現することは可能だと主張し、その証拠として北欧諸国に言及し、炭素排出量が減少し始めても経済成長を続けられることを紹介している。この北欧諸国の実例は、再生可能エネルギーなどの技術を導入するスピードを大幅に高めることの必要性を示している。これと並行して「ポスト成長論」あるいは「脱成長論」と呼ばれる研究運動があり、経済成長自体が有害なものであるため、「各国が経済成長を続けなければならない」という考えを捨てるべきだ、という主張が展開されている。その主唱者の1人が英国オックスフォード大学の経済学者であるケイト・ラワース(Kate Raworth)だ。その著書であるDoughnut Economics(邦訳『ドーナツ経済』)(2017年)は、この世界的な運動にインスピレーションを与えた。

経済成長は、通常、国内総生産(GDP)で測定される。GDPは、総合指数の一種で、消費者の支出だけでなく、企業と政府の投資を用いて、それぞれの国の経済産出量を示す。各国政府は、GDPが常に前年比増になるように全部門を挙げて取り組んでいる。それが問題なのだと、ポスト成長論の研究者は指摘する。政府が2つの政策のうちの1つを選ぶ局面で、その一方が他方よりも環境への負荷がいくらか少ないとする。この場合、政府は、より早く経済成長(GDPの成長)をもたらすという観点で政策を選ぶ可能性が高い。こうして選ばれた政策によって環境汚染がさらに悪化したというのがよくある結末なのかもしれない。

2022年3月8日に発表された世界保健機関(WHO)の「全ての人の健康の経済学評議会」〔議長:マリアナ・マッツカート(Mariana Mazzucato)〕の報告書(go.nature.com/3j9xcpi参照)では、もし政策立案者に「GDPに対する病的な執着」がなければ、彼らは国民一人一人が医療を手頃な料金で受けられる社会を実現するための支出を増やせていたという見解が示されている。ロンドン大学ユニバーシティカレッジ(英国)の経済学者であるマッツカートを含む同評議会のメンバーは、GDPに占める保健医療支出の割合は、例えば軍事支出と比べても、同じレベルに達していない、と述べている。

これら2つの研究コミュニティーは、一方的に主張するのではなく、もっと対話をする必要がある。それは簡単なことではないだろうが、同じ文献を評価することが出発点となり得る。そもそもグリーン成長を推進するコミュニティーも、ポスト成長論を唱えるコミュニティーも、『成長の限界』から着想しており、プラネタリーバウンダリー(地球の限界)に関する初めての研究(J. Rockström et al. Nature 461, 472–475; 2009)の影響を同じように受けているのだ。この研究は、地球の自己調節能力を決定する生物物理学的過程の限界を明らかにすることを目的としていた。

両者が協力する機会が近々訪れる。2022年1月27日に「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム」が、生物多様性の減少の原因(各種経済システムの役割を含む)に関する大規模な研究を発表したのだ。40カ国のさまざまな分野の論文著者100人以上が、2年をかけて文献の評価を行うことになる。研究の共同議長であるミシガン大学アナーバー校(米国)の政治学者Arun Agrawal(アルン・アグラワル)は、「我々を破滅に導いている各種システムの斬新な変革」を提言する予定だと述べた。

グリーン成長論者とポスト成長論者は、今こそ論争を終結させなければならない。

もう1つの機会は、GDPの測定対象に関するルールの改訂だ。この改訂は、各国の統計責任者が内容について合意し、国連によって取りまとめられ、2025年に最終決定される予定だ。今回、統計責任者は、GDPをどうすれば持続可能性と幸福度に寄り添わせることができるかを初めて調べることになっている。この点で、ポスト成長論者とグリーン成長論者の双方が貴重な見解を与えてくれる。

世界に残された時間は、ほんのわずかになっている。

研究には縄張り意識が生じることがあり、同じ研究分野における意見の相違から新しい研究コミュニティーが生まれることもある。しかし、グリーン成長論の研究者とポスト成長論の研究者は、より大きな視野で物事を見る必要がある。現在のところ、両者はそれぞれ異なるビジョンを政策立案者に語っており、そのために行動が遅れるリスクが生じている。1972年当時は、議論している時間があり、行動を起こす緊急性は低かった。今、世界に残された時間は、ほんのわずかになっている。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2022.220505

原文

Are there limits to economic growth? It’s time to call time on a 50-year argument
  • Nature (2022-03-16) | DOI: 10.1038/d41586-022-00723-1