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ニューロン間の情報伝達は「押す力」でも引き起こされる!

Credit: Mark N Miller, University of California, SF/Moment/Getty

―― まず、スパインについて簡単にご説明ください。

私たちが日々の出来事を記憶したり、学習したりできるのは、膨大な数の神経細胞(ニューロン)が回路を組み上げて働くからに他なりません。1つの神経細胞は、核を収納する「細胞体」と、細胞体から伸びる「情報送信用の突起(軸索)」および「情報受信用の突起(樹状突起)」からなります(図1)。このうち、大半の樹状突起には「スパイン」と呼ばれる出っ張り構造が多数見られます。つまり、あるニューロンの樹状突起は、スパインを介して他の神経細胞から伸びてきた軸索と接続しているのです(図1)。

図1 神経細胞とスパイン
神経細胞(ニューロン)は互いに接続して回路を作る。1つのニューロンは、核を収納する細胞体、細胞体から伸びる情報送信用の突起(軸索)、細胞体から伸びる情報受信用の突起(樹状突起)からなる。このうち、大半の樹状突起には「スパイン」と呼ばれる、出っ張りのような構造が多数見られ、スパインを介して、他のニューロンから伸びてきた軸索と接続する。

スパインの構造自体は19世紀末に発見されており、下等な動物にも見られるが高等になるほど発達していること、多様性に富んだ形態をしており、頭部が大きく発達した「大きなスパイン」と、頭部の小さい「小さなスパイン」に大別できること、などが知られていました。

―― スパインに着目されてきたのはなぜですか?

2004年に、私自身が、今回の成果にもつながる「頭部を増大させる現象(頭部増大)」や、「頭部増大と共にグルタミン酸感受性が高まり、シナプス結合が強まる現象」を見いだし1、すっかりスパインに魅了されてしまったからです。スパインは形や大きさが多様なだけでなく、自発的に形を変えながら動く、可塑性を持った構造体だったのです(図2)。

これらのことを解明できた背景には、直接、スパインを観察できる2光子励起顕微鏡の登場がありました。2000年ごろに、光源として超短パルスレーザーを用いることで、生きた脳のスライス標本内で蛍光染色したスパインを見ることができるようになったのです。こうして、スパイン頭部の増大は、神経細胞間の信号伝達を持続的に高め(長期増強)、学習や長期記憶をつかさどるといったことが分かってきました。

―― 今回の研究の目的とは?

2004年にスパイン頭部増大を見つけたとき、頭部増大には2タイプあることに気付きました。秒単位で頭部が増大し、約10分という短い間に頭部増大が完了するタイプ(速い増大運動)と、5分くらいで頭部が増大し、その状態が1時間以上持続するタイプ(遅い増大運動)です。長期増強に関わると分かったのは後者の「遅い増大運動」の方で、頭部増大によってシナプス後部で長時間にわたるグルタミン酸感受性の増大が起きることを解明したわけです1。ところが前者の「速い増大運動」については、何が起き、どのような脳機能と関連しているかを調べる術がありませんでした。直感的に「シナプス後部から前部に『短時間の押す力』が加われば、前部でグルタミン酸が放出されやすくなるのではないか」と思いましたが、当時はそのことを確かめる技術がなかったのです。最近になり、光遺伝学技術や、遺伝子導入によるグルタミン酸センサーなどが開発され、突破口がやっと開かれました。

―― 今回は、どのような実験をされたのでしょうか?

今回も、研究対象としたのは、生体ラットの脳を薄くスライスして培養液に入れたスライス標本です。使った部位は、学習や記憶の中枢である海馬です。海馬には異なる3領域(CA1〜CA3)があり、CA3の軸索が延びてCA1に接続しています。まず、CA3領域に複数の遺伝子導入を施し、シナプス前部終末への光刺激(CsChrimsonR)、グルタミン酸放出の蛍光測定(iGluSnFR)、グルタミン放出のエンジン役となるSNAREタンパク質の会合検出(iSLIM)などが可能な環境を整えました。その上で、2光子励起顕微鏡で単一のスパインを刺激し、その増大運動で引き起こされる軸索の変化を、時間を追って観察しました(図2)。

図2 スパイン頭部増大が引き起こすグルタミン酸放出
河西教授らが開発した、単一シナプスの後部スパインの運動性を調べる「2光子アンケイジング法」を用い、人工的にスパインを増大させるSTDP(スパイクタイミング依存性シナプス可塑性)刺激を加えて観察した。すると、接続する軸索終末(シナプス前部)で開口放出誘導タンパク質(SNARE)の事前会合が促進することが分かった。SNAREタンパク質の会合は、グルタミン酸放出を引き起こす。上段はスパイン、中段は軸索(緑)とスパイン(紫)、下段のiSLIM(intermolecular SNARE FRET–FLIM)は、SNAREタンパク質との会合を示している。

その結果、頭部が増大することで「0.15µmの長さを押す効果」が得られていると分かりました。さらに、0.15µm押された軸索側のシナプス前部ではSNAREタンパク質の会合が起き、刺激によるグルタミン酸放出が促進することも解明できました2。これらの現象は、頭部増大直後に起こり、20~30分間持続しました(図2)。

―― 力で押されてグルタミン酸が出やすくなる、ということでしょうか?

その通りです。グルタミン酸放出の増強は、0.15µm押された力学的な効果によると考えられました。仮説を確かめるために、①ガラス電極で直接押してみる、②ショ糖溶液で浸透圧をかけるという2つの方法で検証実験もしました。まず、シナプス前部をスパインの代わりにガラス電極で押してみたところ、同じようにグルタミン酸放出の増強が起きました。ショ糖による浸透圧(20mM)を用いて押してみても、同じでした。20mMの浸透圧増大は0.5kg/cm2に匹敵し、平滑筋の張力とほぼ同じです。これは、スパインには細胞骨格のアクチンが、平滑筋と同じくらい存在することによるのかもしれません。

こうして、2004年の私の直感は正しかったことが、証明できました。シナプス内では、スパインが筋肉並みの力で軸索を押し、軸索はその圧を感知して、刺激によるグルタミン酸放出の増強が起きていたのです2

―― 一連の成果から、どのような知見が得られたといえるのでしょうか?

大きく3点あります。1点目は、スパインの頭部増大が平滑筋と同程度の力でシナプス前部を押すことで、神経伝達物質の放出を増強する効果を生み出すと分かったことです。2点目は、これまでに知られていた2種の情報伝達(電気による伝達、シナプスにおける化学物質による伝達)に加え、「スパイン頭部増大による圧感覚を介した力学的伝達」という第3の伝達様式を発見したこと(図3)。3点目は、今回、見いだした力学的伝達が、記憶の形成や学習のメカニズムを理解する上で重要なカギになるだろう、ということです。

図3 第3の情報伝達様式の発見
ニューロン間の情報伝達様式として、電気伝達(A)、化学伝達(B)が知られていた。河西教授らは今回の研究2で、ニューロン間の情報伝達に「力学的伝達」という新たな様式を見いだした。

―― 力学的伝達と記憶や学習機能の関連についても、具体的なことが分かったのでしょうか?

そこはまだ未解明で、大きな課題です。私は、作業記憶のような短い記憶に関与しているのではないか、と考えています。作業記憶とは、例えば、暗算するときに数字を覚えている、新聞を読みながらその国の大統領を思い出して文脈を理解する、といった作業に使われる、日常の何気ない記憶のことです。普通は1分くらいで忘れてしまいます。ただし、作業記憶でも「新聞記事の内容が特に面白かった」など、心に強く残ったものは長期記憶に移行していき、作業記憶との明瞭な境界はありません。今回突き止めた頭部増大による圧変化は素早く、シナプス特異的に起きますので、作業記憶のような瞬時の処理に好都合だと思います。今後は、力学伝達がどのように記憶に関わっているかを各脳部位で調べることが、神経科学の中心的課題になっていくことでしょう。

―― 力学的伝達の異常は、疾患と関連するのでしょうか?

例えば、統合失調症やうつ病と関連している可能性があると考えています。いずれの疾患も、シナプスに発現する分子の異常が多く見つかっていますが、その1つに「頭部増大が弱い」というのもあるのではないかと思うのです。頭部増大が弱いと、当然、力学的伝達はうまくいかず、作業記憶や思考が障害されると思われます。

スパインの運動障害は、自閉スペクトラム症に関連することが既に分かっています。スパインには、刺激がなくても大きくなったり小さくなったり、生まれたり消えたり、といった「揺らぎ」があります。この揺らぎが、スパインの寿命や分布などを決めているのですが、モデル生物を使った研究では、スパインの揺らぎが大き過ぎると自閉スペクトラム症に似た病態を示すと分かっています3。正常な記憶や学習機能のためには、スパインの可塑性や揺らぎがバランスよく発揮されることや、正常に力学伝達されることが、重要なのだと思います。

―― 今後のご予定や目標は?

私個人の興味は、スパイン増大や長期記憶のみならず、短期的な脳活動や精神活動がスパインとどう関わっているのかに広がってきています。スパイン増大が他の細胞に作用する力学的伝達は、スパインの運動性が本質的に使われていることを意味します。なんとかして力学的伝達が担う記憶を知りたいですが、そのためには細胞レベルの理解をもう少し進める必要があります。

スパインの頭部増大現象を見つけたときに「これはすごい!」と直感しましたが、この「すごさ」を1つずつ掘り起こしていくのは非常に大変でした。ただし、分かってみると脳機能を理解するための驚くような新しい道が拓けるので、今は、この先どう発展していくのかワクワクしています。私の研究室では若手研究者を募集しています。スパインの可塑性、特に今回のような素早い頭部増大運動に興味のある人はぜひ、門をたたきに来てください。お待ちしています。

―― ありがとうございました。

聞き手は西村尚子(サイエンスライター)。

Author Profile

河西 春郎(かさい・はるお)

東京大学 国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)特任教授
1981年に東京大学医学部医学科を卒業し、生理学第一講座(伊藤正男教授)の博士課程大学院生となる。学位取得後、1989~1990年マックス・プランク研究所(ドイツ)のフンボルトフェローを経て、1990年に東京大学医学部統合生理学教室助手、1995年に助教授。1999年に自然科学研究機構生理学研究所の教授、2006年より東京大学医学部疾患生命工学センターの教授。2022年より東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)の特任教授となった。これらの期間を通して、シナプスの動的な状態を新しい光学的手法で調べることを進めてきた。2022年3月14日、恩賜賞・日本学士院賞受賞。

本田 賢也

Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2022.220526

参考文献

  1. Matsuzaki, M., Honkura, N., Ellis-Davies,G.C.R., & Kasai,H. Nature 429, 761–766 (2004).
  2. Ucar, H., Watanabe, S., Noguchi, J., Morimoto, Y., Iino, Y., Yagishita, S., Takahashi, N. & Kasai, H. Nature 600 686–689 (2021).
  3. Kasai, H, Ziv, N., Okazaki, H., Yagishita, S., Toyoizumi, T. Nature Reviews Neuroscience 22 407-422 (2021).