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COVIDワクチンは妊娠中の人と胎児を守る

2021年7月、コロンビアの首都ボゴタでCOVIDワクチンの接種を受ける妊婦。 Credit: RAUL ARBOLEDA/AFP/GETTY

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染するとみるみるうちに重症化することがあり、妊娠している人はその傾向が特に強い。テキサス大学オースティン校デル医学大学院(米国)の母体胎児医学の専門家であるAlison Cahillは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック(世界的大流行)の第1波で出会った患者のことを鮮明に覚えている。彼女は妊娠26週で、ある朝、咳で目が覚めた。症状は急速に悪化し、その日の夕方には入院した。それから6時間もたたないうちに集中治療室(ICU)に移され、鎮静薬を投与され、人工心肺装置につながれた。安全確保のために夫は駐車場で待機し、そこから医療チームと連絡を取らなければならなかった。

「彼女が目を覚まして体調が悪いと感じたとき、翌朝には自分が鎮静薬を投与されて1人きりでICUにいることになるとは、夢にも思っていなかったでしょう」とCahillは言う。患者は、ICUで数週間過ごした後、ようやく家に帰ることができた。

米国でSARS-CoV-2のデルタ株が広まったときも、医療関係者たちの苦悩は続いていた。Cahillの病院には感染してから急激に悪化した患者たちが殺到し、他の階を臨時のICUにしなければならなかった。しかし、1つだけ大きな違いがあった。この時期には、人々はたやすくCOVIDワクチンの接種を受けられるようになっていた。Cahillの病院では、妊娠中の重症患者の全員が、COVIDワクチンの接種を拒否した人々だった。

2020年末に初めて一般の人々がCOVIDワクチンの接種を受けたとき、妊娠中の人々への影響についてはほとんど知られていなかった。妊娠中の人はワクチンの臨床試験に参加していなかったからである。これは臨床試験の実施方法として普通だが、ワクチン接種が自分自身と胎児にとって最善の選択なのかどうか、妊娠中の人々を悩ませることになった。

しかし今では確固としたデータが得られている。妊娠中にSARS-CoV-2に感染すると、母体死亡、死産、早産などのリスクが高まり、それはワクチン接種のリスクをはるかに上回っている。それにもかかわらず、米国疾病管理予防対策センター(CDC;ジョージア州アトランタ)のデータによると、米国の妊娠中の人々のうち、2022年1月1日の時点でCOVIDワクチンの接種を済ませた人の割合は40%前後にすぎないという(「進まないワクチン接種」参照)。この数字の低さは米国だけの話ではない。世界的に同様の傾向があり、妊娠中の人がSARS-CoV-2に感染して来院する原因となっていて、医療従事者は良い解決策を見いだせずにいる。

進まないワクチン接種
CDCによると、米国で2021年末までにCOVIDワクチンの接種を済ませた人*の割合は、全体では63%であるのに対し、妊娠中の人では40%強にすぎないという。
* mRNAワクチンを2回接種したか、ジョンソン・エンド・ジョンソン社のアデノウイルスベクターワクチンを1回接種した人と定義する。
† CDCは2021年12月15日に、COVID ワクチンのブースター接種を受けた人の数をカウントしていなかったことに気付いた。 Credit: SOURCE: VACCINE SAFETY DATALINK/CDC

最悪の事態

COVID-19が妊娠中の人々にとって大きなリスクとなることについては、当初から疑問の余地はなかった。妊娠中の人の体は、胎児を拒絶しないようにするため、免疫系の一部が抑制されている。血液量も大幅に増えているため、心臓血管系には大きな負担がかかっている。さらに、大きくなっていく子宮が横隔膜を押し上げ、肺活量が減少している。

ハーバード大学医学系大学院およびマサチューセッツ総合病院(共に米国ボストン)の母体胎児医学の専門家であるAndrea Edlowは、「体がそんな状態にあるときに、肺と心血管系に影響を及ぼし、生命を脅かす恐れのあるウイルス性疾患に感染すれば、最悪の事態になるのは明らかです」と言う。

しかし、厳密にどのような危険があるかは、科学者がそれを定量できるようになるまでは分からなかった。2021年8月、米国の約500カ所の医療センターで2020年3月1日~2021年2月28日に出産した約87万人の女性のデータを再検討する論文が出版された1。分析の結果、COVID-19と診断された妊婦は、そうでない妊婦に比べて、死亡する確率が15倍、呼吸を補助するために挿管される確率が14倍も高いことが分かった。早産になる可能性は22倍も高かった。

(Nature はトランスジェンダーの男性やノンバイナリーの人々が妊娠する可能性があることを認識しているため、この記事では、「女性」と明記されている論文について論じる箇所では「女性」「妊婦」という表現を使用している)。

こうして明らかになったリスクと、ワクチンの全般的な安全性を実証するデータを受け、CDCは2021年8月11日に妊娠中の人のワクチン接種を推奨した。世界保健機関(WHO)も同年6月に、妊娠中で特にリスクの高い人々のワクチン接種を推奨している。

この新しいガイドラインは、デルタ株の登場で状況が一変した時期に出された。デルタ株は世界中で患者を増やしたのと同時に、妊娠中の人々の重症化も増加させた。例えば2021年10月には、英国の病院で最も症状の重いCOVID-19患者のうち20%近くが、ワクチン未接種の妊婦であった。同年11月下旬にCDCが発表した報告書2では、デルタ株が流行していた時期の出産時にCOVID-19と診断されていた妊婦は、それ以前の株が流行していた時期に同様に診断されていた妊婦に比べて、死産のリスクが2.7倍高かったとされている。CDCが同時に発表した第2の報告書3では、同じ条件下で母体死亡リスクが5倍に上昇したことが明らかになっている。

Edlowは、「COVID-19は、母体にとっても胎児にとっても、当初より致命的な疾患になっています」と言う(なお、2021年11月に出現したオミクロン株が同様の影響を及ぼすかどうかは、現時点では不明である)。米国では2021年末までに2万5000人以上の妊婦がCOVID-19で入院し、250人以上が死亡している。

妊婦にCOVID-19検査を行う医療従事者。2021年4月、インド・ムンバイ郊外にて撮影。 Credit: Hindustan Times/Contributor/Hindustan Times/Getty

命を守るワクチン

妊娠中の人々のリスクが高まったことで、ワクチン接種が可能になった国では妊娠中にワクチン接種を受ける人が増え(とはいえその割合は依然として小さい)、世界中のモニタリングシステムが妊娠中のワクチン接種に関する情報を収集できるようになった。

2021年6月に出版された論文4では、米国でCOVIDワクチン接種後に出産した827人を対象に、有害転帰(流産、死産、早産、新生児の先天性障害と死亡)を調査した結果について報告している。分析の結果、こうした有害転帰が発生する割合は、パンデミック前に出産した人(つまりワクチン接種を受けていない人)で有害転帰が発生した割合と同程度であることが明らかになった。また、2021年8月に投稿されたプレプリント論文5では、妊娠前または妊娠20週までにCOVIDワクチン接種を受けた約2500人を対象に調査を行ったが、流産リスクの増加は認められなかった。

妊娠中のワクチン接種が安全であるだけでなく、効果もあることを示すデータが続々と集まっている。例えば、昨年10月に出版された論文6は、妊娠中の人々に対する2回のワクチン接種が、ウイルスに対抗できる強力な免疫反応を誘導することを明らかにしている(妊娠中の人々へのワクチン接種を巡る疑問について評価するため、昨年から複数の正式な臨床試験が始まっている)。

それだけではない。母体へのワクチン接種で、赤ちゃんまで守れる可能性がある。昨年発表された複数の論文が、COVIDワクチンの接種で生成した抗体が、胎盤を通じて胎児に移行することを示唆していた7,8。新生児は生後数カ月間は脆弱で、しばらくはワクチン接種ができないが、この方法でSARS-CoV-2への免疫を付けられるかもしれない。母体から胎児への抗体の移行に関する研究はまだ少ないが、Edlowのチームが2021年11月に投稿したプレプリント論文では、母親が妊娠中にCOVIDワクチン接種を受けていた乳児の60%が、生後6カ月時点でも抗体を持っていたと報告している9

カリフォルニア大学アーバイン校医療センター(米国)の母体胎児医学の専門家Jennifer Jolleyは、「母体の外に出てきて新型コロナウイルスに曝露する可能性のある赤ちゃんを守るのに、これ以上良い方法はないでしょう」と言う。

しかし、妊娠中の人々のワクチン接種率は世界的に見て極めて低い。米国では50%を下回っているだけでなく、2021年10月のメタ解析は、アフリカでは妊娠中の人々のうちCOVIDワクチンの接種を予定している人の割合がわずか19%であることを明らかにしている10

CDCのリプロダクティブ・ヘルス部門で緊急事態対応チームを率いる疫学者のSascha Ellingtonは、「現状を変えてワクチン接種率を上げることはますます困難になっています」と言う。

COVID-19パンデミックの前から、妊娠中の人々がワクチン接種をためらいがちであることは問題視されていた。2009年に始まった新型インフルエンザ(H1N1)のパンデミック以前は、米国の妊娠中の人々の季節性インフルエンザワクチンの接種率は27%前後にとどまっていた。しかし、産科医がワクチン接種を勧めたり、出生前診断の際に接種したりするなどのターゲットを絞った戦略により、2019~2020年のインフルエンザシーズンには妊娠中の人々のワクチン接種率は61%に上昇し、一般成人と同程度の数字になった。

多くの専門家は、COVIDワクチンについても同様の取り組みが有効であることを期待している。しかし、誤った情報を広めるソーシャルメディアの影響力が大きくなっていることや、政治的立場の違いによってワクチン接種率に差が出ていることなど、今回のパンデミックにはこれまでにない問題がある。Edlowは、「道のりはかつてないほど険しいです」と言う。しかし、諦めるわけにはいかない。「文字通り、生きるか死ぬかの重大問題なのですから」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2022.220313

原文

COVID vaccines safely protect pregnant people: the data are in
  • Nature (2022-01-12) | DOI: 10.1038/d41586-022-00031-8
  • Shannon Hall

参考文献

  1. Chinn, J. et al. JAMA Netw. Open 4, e2120456 (2021).
  2. DeSisto, C. L. et al. Morb. Mortal. Wkly Rep. 70, 1640–1645 (2021).
  3. Kasehagen, L. et al. Morb. Mortal. Wkly Rep. 70, 1646–1648 (2021).
  4. Shimabukuro, T. T. et al. N. Engl. J. Med. 384, 2273–2282 (2021).
  5. Zauche, L. H. et al. Preprint at Research Square https://doi.org/10.21203/rs.3.rs-798175/v1 (2021).
  6. Atyeo, C. et al. Sci. Transl. Med. 13, eabi8631 (2021).
  7. Gray, K. J. et al. Am. J. Obstet. Gynecol. 225, 303.e1–303.e17 (2021).
  8. Beharier, O. et al. J. Clin. Invest. 131, e150319 (2021).
  9. Shook, L. L. et al. Preprint at medRxiv https://doi.org/10.1101/2021.11.17.21266415 (2021).
  10. Shamshirsaz, A. A. et al. Am. J. Perinatol. https://doi.org/10.1055/a-1674-6120 (2021).