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2022年日本国際賞は、RNAワクチンを可能にした2氏と、気候変動を炙り出した科学者に

左からカタリン・カリコ氏、ドリュー・ワイスマン氏、クリストファー・フィールド氏。 Credit: 国際科学技術財団

独創的かつ飛躍的な成果により科学技術の進歩に大きく寄与し、人類の平和と繁栄に著しく貢献した科学技術者に贈られる「ジャパンプライズ」。2022年は「物質・材料、生産」分野では、mRNAワクチン開発への先駆的研究が評価されたカタリン・カリコ(Katalin Karikó)氏とドリュー・ワイスマン(Drew Weissman)氏に。「生物生産、生態・環境」分野では、生物圏のCO2収支を全球規模で測定可能にし、さらに定式化を成し遂げたクリストファー・フィールド(Christopher Field)氏に贈られると発表された。

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対するワクチンは、世界的な大流行から1年足らずで医療の現場に登場した。多くの命を救ったのは、「mRNAワクチン」という新規軸であった。

mRNAワクチンの開発は、実は1990年代から進められてきた。設計が簡単で変異するウイルスに対応しやすいという長所がある一方で、mRNAは分解されやすく製造コストがかかる。また当時のmRNAベースのワクチンは、接種すると重い炎症反応が起きた。そのため、大きな製薬企業は開発から手を引き、大学やベンチャー企業が細々と研究を重ねていた。そうした中、生化学者でRNAを研究していたカリコ氏は、同僚で免疫学者のワイスマン氏と共に炎症が起きる仕組みを解明し、mRNAのウリジンを「シュード(ψ)ウリジン」と呼ばれる類似体と置き換えると炎症が起こらないことを見いだした。ヒントとなったのは、トランスファーRNA(tRNA)には免疫原性がないことだった(2021年11月号「mRNAワクチン完成までの長く曲がりくねった道」参照)。

両氏の発明を端緒に、mRNAワクチンは一気に実用化へと進んだ。実用化には、mRNAを細胞内に運ぶ技術も欠かせなかったが、この研究はmRNAの発見以来、多くの人の手で積み重ねられてきたことから、ブレークスルーとして明確であった両氏の研究に同賞が贈られることとなった。

カリコ氏は「2010年代、mRNAをワクチンにしてみたところ力価が非常に強かったので、安全で強力なワクチンになると思った。まさかこんなパンデミックがやって来るとは当時は思いもしなかったが、そうした時に役立つかもしれないとは考えていた」と受賞会見で語った。

一方のフィールド氏は、陸域の生物圏におけるCO2収支の推計を可能にしたことで知られる。同氏は、生きている植物の葉で光合成速度や蒸散量を測定する、持ち運び可能な装置を開発。野外活動で集めたデータを基に、葉の光合成速度が環境によってどのように変化するかを式に表した。その後、他分野の研究者との協働により推計手法を発展させ、全球の生物圏のCO2吸収量の分布を明らかにするとともに、大気中のCO2濃度が年々上昇していることを報告。その要因も突き止めた。

また、フィールド氏がモデル化した陸域生物の複雑な応答は、真鍋淑郎(まなべ・しゅくろう)氏らがモデル化した大気と気候の物理システムと結合され、「大気大循環モデル」が構築された(2021年12月号「気候モデル研究者とシステム理論研究者にノーベル物理学賞」参照)。このモデルは現在、地球温暖化の影響の予測に広く用いられている。

フィールド氏の研究は、パリ協定をはじめとする今日の国際的な温暖化対策の基礎となっている。そして、IPCCの作業部会で議長を務めるなど、多くの人を巻き込み政策に反映させてきた同氏のリーダーシップも評価された。

(編集部)

Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2022.220322