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「キラー」免疫細胞はオミクロン株も認識する

T細胞の走査型電子顕微鏡画像。 Credit: STEVE GSCHMEISSNER/Science Photo Library/Getty

2021年11月、新型コロナウイルス(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2;SARS-CoV-2)のオミクロン株について耳にした免疫学者のWendy BurgersとCatherine Riouは、いくつかの重要な疑問に対する答えを見つけねばならないと感じていた。オミクロン株のゲノムには多数の変異が存在していて、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチンに用いられているスパイクタンパク質をコードする領域には30以上の変異がある。これは、これまでの変異株に対して生じた抗体の有効性を低下させる可能性があることを意味している(2022年2月号「図表で見るCOVIDワクチンの1年」、2021年10月号「新型コロナウイルスが細胞に侵入する仕組み」参照)。

共にケープタウン大学(南アフリカ共和国)に勤務している2人は、これまでのSARS-CoV-2変異株を調べ、抗体による防御は新たな変異株に対して減弱したが、T細胞と呼ばれる免疫細胞が仲介する、抗体とは別の免疫系がこうした変異株を認識し得ることを明らかにした。ワクチン接種やこれまでの感染によってSARS-CoV-2に対して強い防御能を獲得している人々は、COVID-19が急拡大しても、この免疫のおかげで打撃が軽減されると期待される。ただし、オミクロン株は、その変異の数がこれまでのどの変異株よりも多かった。変異がこれほど多数の場合、免疫はどのような影響を受けるのだろうか?

「変異の量がこれまでの2〜3倍となると、その影響については『うーん』と言わざるを得ません。この答えを大急ぎで出す必要があります」とBurgersは言う。

そして答えは今、世界中の研究室から少しずつ報告され始めている。「浮かび上がってきた姿は、(新しい)変異株でもT細胞の攻撃は大いに有効、というものです。このことはオミクロン株にも当てはまります」と、ハーバード大学医学系大学院ウイルス学・ワクチン研究センター(米国マサチューセッツ州ボストン)でセンター長を務めるDan Barouchは言う。

持続する免疫

コロナウイルスに対する免疫に関しては、抗体が脚光を浴びてきた。研究者は、人々の抗体レベル、特にウイルスの複製を防ぐ「中和抗体」のレベルを息を凝らして監視している。中和抗体レベルの低下は、症候性感染のリスク上昇と相関しているからだ。また抗体は、T細胞よりも研究が容易であるため、大規模な国際ワクチン試験で解析しやすいことも理由だ。

しかし、変化するウイルスに対して抗体ベースの免疫がいかに脆弱になり得るかが、次々と出現するコロナウイルス変異株によって明らかになった。中和抗体は、SARS-CoV-2スパイクタンパク質のいくつかの領域に結合する。このスパイクタンパク質は、多くのCOVID-19ワクチンで抗原として用いられているので、中和抗体の結合部位に変異が生じると、抗体による防御が減弱するのだ。

一方、T細胞は、より柔軟に働く。T細胞は、ウイルス感染した細胞を破壊して、感染の拡大を食い止める「キラー(殺傷)」細胞として機能するなど、さまざまな免疫機能を実行する。

変異がたくさんあるような場合でも、T細胞の応答は低下しません。

感染後あるいはワクチン接種から時間がたつにつれ、抗体レベルは低下していく。だが、T細胞レベルには、抗体ほど迅速に低下する傾向は見られない。またT細胞は、スパイクタンパク質中の部位を抗体よりもはるかに多く認識できるので、変異株であっても見逃しにくい。「変異がたくさんあるような場合でも、T細胞の応答は低下しません」とBurgersは言う。

これまでのところ、コンピューターや研究室での解析から、オミクロン株の場合でもT細胞応答は低下しないことが示唆されている。複数の研究グループが、T細胞が標的にすることが知られているSARS-CoV-2ゲノム内の部位と、オミクロン株の変異部位とを相互参照したところ、オミクロン株にはT細胞が認識する部位の大部分が存在していることが分かった1

他の研究では、COVID-19ワクチンを接種した人や、既存の変異株に感染した人から採取したT細胞を解析し、このようなT細胞がオミクロン株に応答できることが示された2–4。「T細胞応答は全く影響を受けていないのです。これは良いニュースです。次のステップは、実際にT細胞が何をするかということでしょう」と、エラスムス医療センター(オランダ・ロッテルダム)の臨床ウイルス学者Corine Geurts van Kesselは言う。

抗体を重視

動物モデルや臨床での研究では、T細胞応答は重症COVID-19に対する防御の増強に関連していた。またBarouchは、ファイザー社/ビオンテック社5やヤンセン社6のワクチンの有効性にもT細胞が関与しており、オミクロン株感染による入院を防いでいるのではないかと考えている。「どちらのワクチンも、オミクロン株を中和する抗体を高レベルで産生させることができませんでした。南アフリカ共和国での試験の有効性データを見たのですが、この有効性はT細胞によるものだと私は思いました」と彼は言う。

そのため、抗体レベルを中心に評価することに疑問を感じる研究者もいると、アダプティブ・バイオテクノロジーズ社(Adaptive Biotechnologies;米国ワシントン州シアトル)の最高科学責任者で共同創業者であるHarlan Robinsは言う。彼はT細胞の研究方法の開発を専門としている。

2021年12月、ファイザー社/ビオンテック社は、COVID-19ワクチンが2歳〜5歳未満の子どもに十分な抗体応答を誘導できなかったと発表した。そのため、このワクチンは米国では5歳未満の子どもに承認されていない。「この試験ではT細胞の応答を見てもいませんでした」とRobinsは指摘する。

また、成人を対象とした大規模な最初のワクチン試験では、T細胞応答がワクチンの有効性と相関するかどうかを解析するのに必要な試料を十分に集めることができなかった。「スケーラブル(拡張可能)ではなかったのです」とRobinsは言う。T細胞を研究するための新しく、より簡単な手法が開発されれば、今後、T細胞応答の解析が実現可能になるかもしれないと彼は付け加えた。

さらに多くの変異株が出現すれば、また、世界が感染者の数からCOVID-19の重症度に重点を移し始めれば、T細胞に注目が集まるかもしれないとGeurts van Kesselは言う。「感染力に興味があるなら、抗体レベルがより重要な測定値になるかもしれません。一方、重症の疾患に興味があれば、T細胞がはるかに重要になります。これは、私たちが現在調査しているCOVID-19にも当てはまるかもしれません」と彼女は言う。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2022.220311

原文

‘Killer’ immune cells still recognize Omicron variant
  • Nature (2022-01-11) | DOI: 10.1038/d41586-022-00063-0
  • Heidi Ledford

参考文献

  1. May, D. H. et al. Preprint at medRxiv https://doi.org/10.1101/2021.12.20.21267877 (2021).
  2. Keeton, R. et al. Preprint at medRxiv https://doi.org/10.1101/2021.12.26.21268380 (2021).
  3. Geurts van Kessel, C. H. et al. Preprint at medRxiv https://doi.org/10.1101/2021.12.27.21268416 (2021).
  4. Liu, J. et al. Preprint at medRxiv https://doi.org/10.1101/2022.01.02.22268634 (2022).
  5. Collie, S., Champion, J., Moultrie, H., Bekker, L.-G. & Gray, G. N. Engl. J. Med. https://doi.org/10.1056/NEJMc2119270 (2021).
  6. Gray, G. E. et al. Preprint at medRxiv https://doi.org/10.1101/2021.12.28.21268436 (2021).