News in Focus

図表で見るCOVIDワクチンの1年

トルコの遠隔地で往診を行う移動接種チーム。 Credit: CHRIS MCGRATH/GETTY

1年前の2020年12月末にさかのぼると、COVID-19(新型コロナウイルス感染症;SARS-CoV-2が引き起こす感染症)に対するワクチン接種作戦は始まったばかりだった。今では世界人口の約56%に当たる44億人以上が1回以上の接種を受けている。他に類を見ない早さでワクチンが開発され、その直後から短期間に多くの人が接種を受けたことで、膨大な数の人命が救われた。これは、科学研究の勝利といえる。

残念なことに、問題も残っている。ワクチンが全世界に公平に行き渡ったとはいえず、時には一国の中でも不公平な状況が見られたことだ。それでも、膨大な回数のCOVIDワクチンの接種(あるいはその不接種)は、2021年の政治や科学や日常生活を形作る大きな力となった(go.nature.com/COVID19_ND参照)。Nature は今回、8つの図表を読み解き、2021年のCOVIDワクチンの成功、失敗、影響について解説する。

レースに勝つ

ワクチン接種は2021年に入ってから本格化し、同年末の時点で、先頭を行く8種類のワクチンを中心に、全世界で80億回以上の接種が行われている(「ワクチン接種レース」参照)。クリスチャン医科大学(インド・ベールール)のウイルス学者Gagandeep Kangは、「これほど大量のワクチンを製造できただけでも、途方もない成功です」と称賛する。

ワクチン接種レース
COVIDワクチンの接種は2020年半ばに始まり、2021年末には全世界で100億回近い接種が行われた(うち85億回は、2021年後半に実施)。COVIDワクチンには多くの種類があるが、接種されたワクチンの大半は8種類*
*データは2021年12月14日時点のもの。 Credit: SOURCE: DATA FROM AIRFINITY

世界保健機関(WHO;スイス・ジュネーブ)の主席科学者であるSoumya Swaminathanは、「ワクチンは、患者の死亡を防ぎ、各国の経済を正常に戻す上で非常に大きな影響を及ぼしました」と言う。「ワクチン接種率が高い国では感染と死亡が切り離されるため、新たに感染者が急増しても死者数は低く抑えられています」。

特筆すべきはワクチン開発のスピードだ(「ワクチンの革新」参照)。歴史上、これほど早くワクチンが開発された例は他になく、COVIDワクチンは既に全世界で23種類(註;2022年1月10日時点で32種類)が承認され、さらに数百種類が開発中である。

ワクチンの革新
ワクチンは開発に何年もかかるが、SARS-CoV-2に関しては1年足らずで複数のワクチンが誕生した。 Credit: SOURCE: OUR WORLD IN DATA; NATURE ANALYSIS

開発と接種が驚異的な速さで進んだことで、欧米だけで少なくとも75万人の命が救われたと推定されている。研究者はまだ具体的な数字を明らかにしていないものの、世界全体ではもっと多くの命が救われているはずだ。WHOと欧州疾病対策センター(ECDC;スウェーデン・ソールナ)が2021年11月に発表した研究では、欧州33カ国の60歳以上の高齢者だけで47万人の死亡を回避することができたと推定している1。また、未査読論文ではあるが、エール大学(米国コネチカット州ニューヘイブン)の疫学者によるモデル化研究の推定によると、米国ではワクチン接種によって2021年6月末までに27万9000人の命が救われたという(go.nature.com/3gs7kgy)。

ワクチンを持てる者と持たざる者

ワクチン自体は驚異的な成功を収めたものの、世界には持てる者と持たざる者がいて、ワクチンの供給状況は公平とは程遠い。「私たちは一致団結しているようでいて、分裂していました」とKangは言う。「科学の面では非常によく団結していましたが、ワクチンへのアクセスの面では大きく分裂していました」。

アラブ首長国連邦、チリ、キューバなど、世界で最もワクチン接種が進んでいる国々では、100人当たり200回以上も接種されている。これに対して、タンザニア、アフガニスタン、パプアニューギニアなど、ワクチン接種が最も遅れている国々では、1回以上の接種を受けた人は100人当たり20人未満である(「各国の接種回数」参照)。

各国の接種回数
各国の人口100人当たりのCOVIDワクチンの接種回数を示す地図*。国ごとにばらつきがある。
*データは2021年11月29日時点のもの。ワクチン接種を2回受けた人もいるため、接種を受けた人の数はデータには反映されていない。Nature および関連各誌は、出版された地図の中に複数の国が支配権を主張する地域がある場合、中立的な立場を取っている。 Credit: SOURCE: OUR WORLD IN DATA

Swaminathanは、「ワクチンの不公平は、今回のパンデミックにおいて最もつらい経験の1つです」と言い、今は2つのパラレルワールドが存在している状況だと指摘する。一部の地域では感染と死亡が切り離され、生活は正常化しつつある。その半面、「活動を再開することに恐怖を感じ、学校は閉鎖されたまま、長期的な計画も立てられず、感染者の急増が直ちに死者の増加につながる」ような地域もあると、彼女は言う。

高所得国の平均では、接種対象者の83%が少なくとも1回のワクチン接種を受けているが、低所得国では、その数字は21%という低さである。接種回数の不公平について分析するプレプリント論文2を共同で執筆し、2021年10月に公開したジョンズホプキンス大学(米国メリーランド州ボルティモア)の感染症疫学者Andrew Azmanは、「見るたびに愕然とする数字です」と言う。

当初は、裕福な国の需要が減れば貧しい国への供給が増えると期待されていた。しかし現在、裕福な国のほとんどがブースター接種を始めている。このことと、多くの国がワクチンを備蓄していることが相まって、ワクチンを本当に必要としている人々が接種を受けられないという事態を招いている可能性があると、Kangは指摘する。

ワクチン格差は、国と国との間だけでなく、一国の中にも存在する。米国のある調査では、低所得者や、一人親家庭の人、障がい者の多い地域では、ワクチン接種率が低いことが明らかになっている3。人種や民族の違いによって接種率に差があることを示す研究もある4

ワクチン効果の減弱と変異株

2021年はCOVIDワクチンの年だったが、変異株の年でもあった。研究者たちが2020年末から2021年初頭にかけて相次いで特定したSARS-CoV-2の3つの「懸念される変異株(variants of concern;VOC)」は、現在はアルファ株、ベータ株、ガンマ株と呼ばれている(「変異株とワクチン」参照)。変異株は、それ以前に流行していたウイルス系統よりも早く広まるように見え、科学者たちは、変異株がワクチンの効果も減弱させるのではないかと懸念していた。

変異株とワクチン
2021年には、SARS-CoV-2の変異株であるアルファ株、ベータ株、ガンマ株、デルタ株、ミュー株が出現し、ワクチンの有効性に疑問が投げ掛けられたが、ほとんどのワクチンはどうにか持ちこたえている。高度に変異したオミクロン株に対するワクチンの効果がどうなるかは、まだ明らかになっていない*
*データは2021年11月25日時点のもの。ワクチンの有効性の評価は、入手可能なデータに基づき、エアフィニティー社(Airfinity)がモデル化した。入院と死亡に関するワクチンの有効性の数値は、一部の変異株についてしか得られなかった。 Credit: SOURCE: DATA FROM AIRFINITY

実験室での研究と実環境での疫学調査により、ワクチンはアルファ株(英国で最初に発見され、3つのうち最も広く蔓延した変異株)に対しては高い効果を保っていることが確認された。しかし、南アフリカで最初に発見されたベータ株とブラジルで最初に発見されたガンマ株については、一部のワクチン、特にウイルスベクターを使ったワクチン(オックスフォード大学/アストラゼネカ社開発のワクチンなど)や不活化ウイルスを使ったワクチン(中国やインドのワクチン)の効果の低さと結び付けられた。

2021年5月にWHOがVOCに指定したデルタ株は、現在、全世界の新規感染のほとんどの原因となっており、ワクチンにさらなる問題を突き付けている。イスラエルや米国、英国など、早期にワクチン接種を開始した国々では、時間の経過と共にワクチンが効力を失う兆候が表れている(「ワクチン効果の減弱」参照)。

ワクチン効果の減弱
2回目の接種から数カ月間のデルタ株に対するワクチンの有効性の推定*。グラフから明らかなように、COVIDワクチンの接種で得られる免疫(特に感染を予防する能力)は、時間と共に低下する。
*データは2021年11月25日時点のもの。ワクチンの有効性の評価は、入手可能なデータに基づき、エアフィニティー社がモデル化。 Credit: SOURCE: DATA FROM AIRFINITY

ワイルコーネル医科大学カタール(ドーハ)の感染症疫学者Laith Jamal Abu-Raddadは、現在のワクチンにはこれらの問題があることは確かだが、最も深刻な病態を防ぐ効果はまだ失われていないと言う。「ワクチンについては多くのデータが集まっていて、重症化を防ぐ高い効果があることを示す、極めて明確なパターンが見られます」。

2021年11月下旬にVOCに指定されたオミクロン株は、現在、急速に広まっていて、研究者たちはこの変異株に対する各種のワクチンの有効性を見極めようと急いでいる。英国の予備的な研究では、2回のワクチン接種ではオミクロン株の感染をほとんど防ぐことができないことが明らかになった(3回目のブースター接種で、ワクチンの効果は70%以上まで回復した)。研究者たちは、ワクチンは今後もオミクロン株感染による重症化を防ぐことができると予想しているが、どの程度防げるかはまだ明らかではない。

新しいワクチンの登場

世界人口の半分近い人々がCOVIDワクチンの初回接種を待っている一方で、研究者たちは300種類以上の新しいワクチンを開発中である。(「開発中のワクチン」参照)。

開発中のワクチン
研究者たちは現在世界中で使用されている23種類のCOVIDワクチンに加えて、300種類以上のワクチンを開発中である。そのうちの84種類は初期の臨床試験中で、40種類は開発段階の後期にある*
* データは2021年12月1日時点のもの。 Credit: SOURCE:GAVI

次世代のワクチンの中には、現在使われているワクチンよりも重要な長所を持つものがある。例えば、SARS-CoV-2のタンパク質を利用して免疫系を活性化させるタンパク質ワクチンは、既存のいくつかのワクチンよりも製造や輸送が容易であることが期待される。

感染症流行対策イノベー ション連合(Coalition for Epidemic Preparedness Innovations ;CEPI;ノルウェー・オスロ)のプログラム・革新技術部門長であるNicholas Jacksonは、COVAX(COVID-19 Vaccines Global Access) イニシアチブは2022年に低所得国に20億回分のワクチンを供給するという目標を掲げているが、ノババックス社(米国メリーランド州ゲイザースバーグ)とクローバー・バイオファーマシューティカルズ社(中国成都)がそれぞれ製造するタンパク質ワクチンは、この目標達成に欠かせないものになるだろうと期待している。

これから登場するCOVIDワクチンの中には、カンシノ・バイオロジクス社(CanSino Biologics;中国天津)やアストラゼネカ社が開発中の経鼻投与ワクチンなど、口から飲んだり鼻から吸入したりできるように製剤化されているものもある。経口・経鼻ワクチンは、SARS-CoV-2が体内に侵入する際に最初に浸潤する組織に投与されるため、感染を予防する効果が高いと期待される。また、ワクチンを投与するのに必要な訓練を受けたスタッフも少なくて済む。

特定のSARS-CoV-2変異株やさまざまなコロナウイルスに対応するCOVIDワクチンも開発中だ。Jacksonは、この20年ほどの間に、新しいコロナウイルスによる疾患が3つも出現していると言う。2002年の重症急性呼吸器症候群(SARS)、2012年の中東呼吸器症候群(MERS)、2019年後半のSARS-CoV-2による感染症(COVID-19)である。「さまざまなコロナウイルスに有効な広域ワクチンは、将来の感染症のアウトブレーク(集団発生)への対応に革命を起こす可能性があります」。

子どもへのワクチン接種

今後、パンデミックがどのような展開になるかは、新規の変異株だけでなく、世界人口の中でまだワクチン接種を受けていないもう1つの大きな集団、すなわち子どもたちに、どれだけ迅速にワクチンが行き渡るかによっても左右されるかもしれない。

2021年には感染力の強いデルタ株が世界中で小児のCOVID-19患者を急増させた。ユタ大学保健学部(米国ソルトレークシティー)の小児感染症研究者のAndrew Paviaは、重症化する子どもの割合は比較的少ないが、全世界では膨大な数の重症患者が発生することになると言う。子どもへのワクチン接種が広く行われれば、その年齢層の重症患者数が抑制され、ウイルスの蔓延を抑制するのに役立つと彼は言う。

子どもへのワクチン接種の効果
2021年9月に複数のモデルを平均化して米国のパンデミックのシミュレーションを行ったところ、5~11歳の子どもへのワクチン接種を開始することで、COVID-19による死者を減らせるだけでなく、より感染力の強い変異株が新たに出現した場合にも大きな効果をもたらすことが明らかになった。 Credit: SOURCE: COVID-19 SCENARIO MODELLING HUB

米国では2021年10月下旬以降、SARS-CoV-2感染者が最も多い年齢層は子どもである。11月上旬には米国食品医薬品局(FDA)が、国内の5〜11歳の子ども約2800万人にファイザー社/ビオンテック社製のワクチンの接種を承認した。それ以来、500万人以上の子どもたちがワクチンを接種している。2021年9月に行われたモデル化研究では、新しい変異株が出現しない場合と出現する場合の影響を調べ、ワクチン接種が大きな恩恵をもたらすことが示された。オミクロン株の脅威に直面している今、その恩恵は特に大きいといえる(「子どもへのワクチン接種の効果」参照)。この研究チームは現在、オミクロン株が米国の患者数に及ぼす潜在的な影響のモデル化に着手している。

低年齢の子どもに対するワクチン接種は、米国以外でも徐々に広まっている。例えば、カナダとイスラエルの規制当局と欧州医薬品庁(EMA)は、いずれも2021年11月下旬に子どもにファイザー社のCOVIDワクチンを接種することを暫定的に承認し、オーストラリアも12月上旬に同様の承認をした。コロンビア、チリ、アルゼンチン、ベネズエラは現在、子どもにシノファーム社(中国)のワクチンを接種している。

ワクチン関連の論文数が急増

研究者たちはこの1年、COVIDワクチンの開発と接種のために心血を注いできた。Nature の計算によると、COVID-19またはSARS-CoV-2に言及するワクチンに関する論文は2020年初頭から1万5000本以上出版されており、そのうち1万1000本以上が2021年に発表されている(「爆発的に増える知識」参照)。これらは2021年に出版されたワクチンに関する全ての論文の47%以上を占め、2021年はワクチン関連論文の出版については記録的な年となった。

爆発的に増える知識
COVID-19またはSARS-CoV-2に言及しているワクチン関連論文は、2020年初頭から1万5000本以上も出版されている。2021年だけで1万1000本も出版されていて、同年のワクチン関連論文全体の47%を占めた*
*学術誌に掲載された論文、プレプリント論文、およびPubMedに掲載された治験報告書。データは202111月24日時点のもの。 Credit: SOURCE: DATA FROM PUBMED; NATURE ANALYSIS

研究の恩恵は、COVIDワクチンだけでなくワクチン全般に及んでいると研究者たちは言う。「人類が一丸となってワクチンを開発し、接種できるようにすることで、ワクチンに対する多くの扉が開かれ、ワクチンとはどのようなもので、どのように作用し、なぜ将来使用していきたいのかを理解することができました」とAzmanは言う。

ワクチンはこれからも人々の命を救い、元通りに近い生活を取り戻させ、研究者たちを駆り立て続けることだろう。しかし、2022年に世界がパンデミックをどこまで抑えられるかは、低所得国へのワクチン供給の迅速性、ワクチンの効果が減弱してきた人々へのブースター接種、子どもへのワクチン接種、さらにはオミクロン株のような新しい変異株の性質や広まり具合に懸かっている。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2022.220214

原文

How COVID vaccines shaped 2021 in eight powerful charts
  • Nature (2021-12-16) | DOI: 10.1038/d41586-021-03686-x
  • Smriti Mallapaty, Ewen Callaway, Max Kozlov, Heidi Ledford, John Pickrell & Richard Van Noorden

参考文献

  1. Meslé, M. M. I. et al. Euro Surveill. 26, pii=2101021 (2021).
  2. Chen, Z. et al. Preprint at medRxiv https://doi.org/10.1101/2021.10.25.21265504 (2021).
  3. Barry, V. et al. Morb. Mortal. Wkly Rep. 70, 818–824 (2021).
  4. Wrigley-Field, E. et al. Preprint at medRxiv https://doi.org/10.1101/2021.11.19.21266612 (2021).