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2剤併用で全身毒性を巧妙に回避

図1:薬剤が脳でのみ作用するようにする
a ラパマイシンという薬剤は、TORC1酵素複合体のシグナル伝達を阻害するために用いられる(補助タンパク質は図には示していない)。しかし、脳腫瘍の治療に使用する際、ラパマイシンやその半合成誘導体であるRapaLink-1などは全身に悪影響を及ぼす可能性がある。RapaLink-1にはTORC1に結合できる2つのモチーフがあり、1つはラパマイシンと同様にTORC1を構成するmTORのFRBドメインに結合し、もう1つはATP結合ポケットに結合する(矢印の上の数字は解離定数で、アスタリスクはラパマイシンに関する解離定数であることを示している。太い矢印はリガンドが結合しやすいか解離しやすいか、その方向を示している)。この相互作用によってTORC1を一過的に阻害することは可能だが、安定的に阻害するためにはRapaLink-1がFKBP12タンパク質にも結合する必要がある。張ら3が開発してRapaBlockと名付けた分子は、体組織では、FKBP12と強固に結合して FKBP12とTORC1–RapaLink-1複合体との結合を阻害する。
b RapaBlockは血液脳関門を通過できないので、脳では準不可逆的なTORC1–RapaLink-1–FKBP12複合体が形成され、TORC1の活性が阻害される。 Credit: Callista Images/Image Source/Getty

創薬化学者や薬理学者は、薬剤を目的の臓器のみに作用させる手段を追い求めている。特に問題となる標的臓器は脳である。多くの薬剤は血液脳関門(BBB)を容易に通過することができず、また脳から能動的に排出されてしまうからだ。投与したい薬剤が全身毒性を発現し得るものであれば、状況はいっそう複雑になる。腫瘍の増殖の抑制や、臓器移植の際に免疫抑制剤として使われているラパマイシンもそのような薬剤の1つである1。ラパマイシンやその半合成誘導体(ラパログと総称される)は、ラパマイシン標的タンパク質複合体1(TORC1)と呼ばれるタンパク質複合体を阻害する。TORC1は細胞増殖、自己免疫、代謝、がんなど、数多くの基本的な生物学的プロセスを調節している。ラパログは腫瘍の成長抑制1や中枢神経系疾患の治療2に使用され、成功を収めている。このほど、ラパログの作用を脳に限定し、免疫抑制などの望ましくない全身作用が生じないようにするための革新的な化学的アプローチについて、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(米国)の張子暘(Ziyang Zhang)ら3Nature 2022年9月22日号822ページに報告した。これは高親和性ラパログのRapaLink-1と新規に開発した分子RapaBlockを併用する方法で、RapaBlockは体組織でRapaLink-1によるTORC1の阻害を防ぐ役目を果たすが、脳には到達できない。

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翻訳:藤山与一

Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2022.221240

原文

Two-drug trick to target the brain blocks toxicity in the body
  • Nature (2022-09-22) | DOI: 10.1038/d41586-022-02892-5
  • Matthias P. Wymann & Chiara Borsari
  • Matthias P. Wymann、Chiara Borsariは共にバーゼル大学生物医学部(スイス)に所属。

参考文献

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