遺伝統計学でヒトゲノムデータと医療・創薬をつなぐ
Credit: Tetiana Lazunova/iStock/Getty
―― 2022年8月、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の日本人における重症化リスク因子を突き止め、論文を発表されました。1
研究者の有志により、「コロナ制圧タスクフォース」が立ち上げられたのは2020年5月のこと。「コロナ禍に負けず、大きなことをやろう」と、慶應義塾大学、東京医科歯科大学、東京大学医科学研究所、京都大学、大阪大学などの研究者が言い出し、「日本中で皆でやらなきゃダメだ」との京都大学の小川誠司教授や東京医科歯科大学の宮野悟教授の弁で、1つのチームにまとまりました。筆頭著者の慶應義塾大学の南宮 湖さんの熱意もあって、あっという間に100以上の機関が参加。COVID-19の患者6000人のゲノムと臨床情報などを収集し、アジア最大のCOVID-19生体リポジトリとすることができました。研究全体の統括責任者は、慶應義塾大学の金井隆典教授と福永興壱教授が務められ、データ解析環境は東京大学医科学研究所の井元清哉教授が管理されています。
―― 具体的にはどんなリスク因子が見つかったのですか?
図1:5q35(5番染色体の長腕35の位置)に日本人集団のCOVID-19の重症化リスク因子が見つかったことを示すGWASの解析結果。
ゲノムワイド関連研究(GWAS)により、日本人の若い人(65歳以下)の重症化リスク因子となる遺伝子変異が、DOCK2遺伝子領域に見つかりました(図1)。DOCK2はインターフェロン分泌を制御するもので、この発見は免疫学の観点からも納得いくものでした。
私たちはさらにシングルセル解析も行い、COVID-19重症患者においてDOCK2の発現量が低下していること、また、動物モデルの実験により、DOCK2の機能阻害によってCOVID-19肺炎が重症化することを実証しました(2021年9月号「COVIDのリスクに関連する遺伝的バリアントが分かってきた」参照)。COVID-19の重症化リスク因子の研究で、ゲノム解析と機能解析を組み合わせて重症化機序を解明した研究は初めてだと思います。
―― 同年10月には、GIANTコンソーシアムの一員としても、論文を発表されました2。
身長や肥満など身体特徴量の個人差が、どのような遺伝的要因によって決まるかを調べた国際共同研究コンソーシアムですね。私は身長に関する研究グループのヘッドの1人を務めました。
これもGWASを用いて解析したのですが、特筆すべきは540万人分ものサンプルが使用されたことです。これまでのGWAS研究で世界最大規模のものでした。
―― サンプル数が最大とはどのような意味を持つのですか?
図2:GWASデータにより説明できる身長の遺伝的背景は、サンプル数が300万人を超えたあたりから横ばいになることが明らかとなった。
GWASを行うと、身長や病気といった個人の特徴(形質)に関連する遺伝子領域が分かってきます。多数の遺伝子領域が少しずつ影響を及ぼし合っているので、その総和が遺伝的要因の全容になるのです。GWASで見つかる遺伝子領域を増やすには、サンプル数を増やすことが有効です。では、どこまで増やせばよいのか。私たちのGIANTコンソーシアムが、それに1つの答えを出したんですね。
身長と関連する遺伝子領域の数は、サンプル数の増加に伴って増えてきましたが、300万人あたりからその伸びが鈍化し、500万人を超えるとほぼ飽和してきたのです(図2)。つまり、500万人くらいのサンプル数があれば十分ということが分かったのです。
―― これらの研究では、岡田先生のご専門の遺伝統計学が使われているのですね。
そうですね。生物の特徴である形質情報とゲノムに含まれる遺伝情報との間の関係を、統計学的に評価するのが遺伝統計学(statistical genetics)です。形質情報も遺伝情報も個人間で少しずつ違います。それらを解析する際にはデータが膨大量になり、コンピューターと統計学が必要になってくるのです。
そもそも遺伝学の歴史を振り返れば、遺伝学と統計学は同一の学問として発生しました。その点を見ても、遺伝学における統計学の重要性が分かると思います。現代のゲノムの解析ツールである次世代シーケンサー、GWAS、オミクス解析、シングルセル解析などを使用する場合には、遺伝統計学が必須と考えています。
遺伝統計学との出合い
―― 基礎研究に進んだきっかけは?
医学部生のときはほとんど勉強せず、運動会合気道部の練習に週6で参加していました。4年の夏で部活動が終了したので、それからは研究に取り組んでみることにしました。当時は遺伝子のクローニングを主軸とした研究室が多かったのですが、ヒトゲノム配列が決定され、今後は遺伝子クローニングの意義も変わっていくと考えていました。そこで、国際保健学の研究室に参加することにしました。
国際保健学の研究室では、タイの難民キャンプやキューバの診療所で調査をしたり、学内外の図書館で文献を収集したりしました。好きなことを研究するのはこんなに楽しいんだということを実感しましたね。
―― 遺伝統計学に興味を持つようになったのはいつから?
大学を卒業し、生まれ故郷の静岡県藤枝市の病院で臨床研修をしていた2005年のことです。そこでは学術誌が読めなかったので、Natureを自分で購読していました。下宿の机に積み重なっていたNatureの間に、あるとき国際ハップマップ計画の特集号が挟まれていることに気が付きました。ハップマップ計画とは、ヒトゲノムの多様性(つまり個人差)の地図のことです。そんな地図まででき上がったのかとびっくりし、特集号に記載されていたハップマップ計画のURLをパソコンに打ち込んでみました。すると、ヒトゲノム配列にアクセスすることができたのです。下宿のパソコンから。衝撃でした。時代は変わったのだと実感させられました。
これをやろう。ゲノム研究をやろう。そのときそう思ったのです。これを研究している人は、日本ではまだ少ないに違いない。これならば、自分も専門家になれると思いました。
母校の同級生には、徹夜もいとわず勉強したり実験したりする真面目で優秀な方がたくさんいました。でも私は、1日9時間くらいは睡眠をとらないとダメなので、彼らと同じ分野で同じように闘っても勝ち目はない。ならば、誰もやっていない分野に飛び込んだ方が得策だという気持ちも、後押ししました。
ところでゲノムの研究といっても、その幅は広いです。ゲノム配列の解読手法を開発する分野もありますが、手法はいずれ商用化され、専門家を必要としなくなるかもしれない。しかし、出てきたデータの情報解析は必要とされるだろうから、データを解析する専門家になろうと考えました。特に、ヒトゲノムの多様性を解析するならば、遺伝統計学が必要だ。遺伝統計学の専門家になろう。そう考えたのです。
―― どのように遺伝統計学を習得したのですか?
大学院に進むことにしたのですが、日本には遺伝統計学を学ぶ場がなく、習得には苦労しました。山本一彦東京大学教授の研究室に受け入れていただき、鎌谷直之東京女子医科大学教授や、山田 亮京都大学教授といった、数少ない日本のパイオニアに師事する機会を頂いて、なんとか大学院を修了しました。その後、ハーバード大学ブロード研究所のロバート・プレンジ(Robert Plange)博士やショウモウ・レイチャウドリ(Soumya Raychaudhuri)博士の研究室で約2年間研究したのですが、プレンジ博士が創薬企業に移籍したこともあって、日本に帰国。運良く、すぐに東京医科歯科大で研究室を持つことができました。
好きでないことには全然取り組めないタイプですが、好きなことにはとことん打ち込めるので、24時間、研究に没頭できました。でも、大学院時代も留学から帰国してからも、遺伝統計学を選んだことに全く迷いがなかったかといえば、嘘になります。当時は、日本の医学の世界においてデータ解析研究の立場はまだまだ低く、実験をする研究者の下請けのような扱いも多かったのです。東京医科歯科大学にいたときに、稲澤譲治教授から頂いた「自分の特色を伸ばし、遺伝統計学が自分の名刺代わりになるまで頑張りなさい」という言葉に励まされ、迷いが消えたのを今でも覚えています。2016年からは7年間、大阪大学で研究室を構え、今では、遺伝統計学といえば少しは自分のことを想起してもらえるようになったかなと感じています。
しかし、日本には、いまだに遺伝統計学を学べる場所がほとんどありません。そこで「遺伝統計学・夏の学校」を企画し、7年間主催してきました。今後も続けていきたいと考えています。講義演習データは一般公開していますので、興味のある方は参照していただければと思います(http://www.sg.med.osaka-u.ac.jp/school_2022.html)。
ゲノムからさまざまな生命現象が解明できる
―― 以前の研究についても教えてください。GWASと創薬を結び付けた研究3が印象的でした。
留学した2012年当時は、GWASによって疾患に関連する遺伝子領域がどんどん見つかっていた時代でした。しかし、発見された遺伝子領域をどのように創薬に利用するかについて示した研究は、なかったのです。留学先のプレンジ博士は、GWASのゲノム創薬への応用の可能性をずっと考えており、その解析を私が担当しました。その結果、関節リウマチの感受性遺伝子と関節リウマチの治療薬の標的の遺伝子間を、ネットワークでつなぐことができました。そのネットワークを利用すれば、新たな治療薬の候補を見つけられるのです。この論文はGWASから創薬のシーズが見つかることを示した最初の論文の1つであり、当時はかなり衝撃的な研究成果だったに違いありません。
―― GWASと医療を結び付ける研究も多数発表されました。
中でも2021年に出した論文が、私のGWAS研究における1つの集大成だと自負しています4。この研究では、日本のバイオバンク・ジャパン、英国のUKバイオバンク、フィンランドのFinnGenのデータを統合し、220もの形質を一気に解析しました。大学院生だった坂上沙央里さんと金井仁弘さんが、疾患やバイオマーカー、臨床検査値、投薬記録などの形質を一気にまとめて解析してくれたのです。その結果、例えば、心筋梗塞のような複雑な疾患のリスクを、コレステロールと血圧のような単純な形質の値に分解して示すことができるようになりました。解析結果はデータベースで一般公開し、誰でも扱えるようにしています(PheWeb.jp; https://pheweb.jp/)。
―― 進化の研究も発表されていますね5。
2018年に発表したこの研究では、日本人集団の進化に関わるさまざまな知見が得られ、すごく面白かったです。現代人のゲノムのデータを調べているのに、過去のことが分かるのですね。
日本人集団約2000人のゲノムを調べ、過去3000年間にどんな遺伝子が選択圧を受けてきたかを調べました。選択とは、環境の変化に適応したゲノム配列を持つ個体が生き残っていくことです。そのようなゲノム配列は、選択圧を受けてきたといいます。調べた結果、アルコール分解能を弱くし、少ない飲酒量と関連するゲノム配列が、強い選択圧を受けてきたことが分かりました。つまり、日本人は酒に弱くなるように進化してきたということです。興味深いのは、現在は、日本ばかりでなく世界中で、酒に弱くなるような進化が進んでいることです。なぜそうなのかは、分かっていません。
―― 研究をしていて、悩むことはありますか?
研究成果はオープンサイエンスであるべきと考えていますが、研究をしていて一番悩むのは、データを公開せずに囲い込む風潮がいまだ根強いことです。データの囲い込みで一番ダメージを受けるのは、最先端のデータを解析する機会を奪われる若い人なんです。構築したデータを公開することは、日本の遺伝統計学の人材育成や国際イニシアチブの獲得にも貢献するはずと考えています。
―― これからの研究の方針について教えてください。
2022年からは、東京大学で研究室を構えることになりました。今後も、遺伝統計学を用いて、ゲノムの知識を疾患動態の解明や創薬、個別化医療にどう結び付けるかが研究テーマです。私たちが理解できているのは、ヒトゲノム30億塩基対のうちのまだほんの一部。特定の技術に固執せず、実験とデータ解析の両面において、新しい技術を貪欲に取り入れて解明していこうと考えています。今は、シングルセル解析や深層学習などを使って取り組んでいるところです。
私の研究室へは、「研究が楽しくてたまらない」という人に来てほしいと思っています。研究は本当に楽しいですよ。自分の研究室は子どもの頃作った秘密基地みたいなもの。そこを拠点にいろいろな遊びを見つけたように、わくわくするような研究テーマが、研究しきれないほど見つかるでしょう。
―― ありがとうございました。
聞き手は藤川良子(サイエンスライター)。
Author Profile
岡田 随象(おかだ・ゆきのり)
東京大学 大学院医学系研究科 遺伝情報学 教授
2005年 東京大学医学部卒業、2011年同大学院博士課程修了。博士(医学)。2012〜2013年ハーバード大学ブロード研究所 研究員。2013年 東京医科歯科大学テニュアトラック講師。2016年より 大阪大学大学院医学系研究科 遺伝統計学 教授。2021年より理化学研究所 生命医科学研究センター システム遺伝学チームリーダー。2022年より東京大学大学院医学系研究科 遺伝情報学 教授。
Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 12
DOI: 10.1038/ndigest.2022.221231
参考文献
- Namkoong, H. et al. Nature 609, 754–760 (2022).
- Yengo, L. et al. Nature 610, 704–712 (2022).
- Okada, Y. et al. Nature 506, 376–381 (2014).
- Sakaue, S. et al. Nature Genetics 53, 1415–1424 (2021).
- Okada, Y. et al. Nat. Commun. 9, 1631 (2018).
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