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新型コロナウイルスの感染力はいつまで持続するのか?

SARS-CoV-2に感染した人は、感染力のあるウイルスをいつまで排出し続けるのか? Credit: AGUSTIN MARCARIAN/REUTERS/ALAMy

米国疾病管理予防センター(CDC;カリフォルニア州フォスターシティ)は2021年12月、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染者の推奨自主隔離期間を従来の半分である5日間に短縮した。この変更は科学的な根拠、すなわちウイルスの伝播は発症前1~2日から発症後2~3日までの病初期に起こるという研究結果に基づくものであるとされた。

多くの科学者がこの判断に異議を唱えたし、今でもそう考えている。そうした反対意見を支持しているのが、発症してから2週間目に入ってもなお、他人にウイルスを感染させるSARS-CoV-2感染者が相当数いることを確認した一連の研究結果だ。推奨隔離期間の短縮は、今では世界中で進められているが、それは新しいデータに基づいた判断というよりも、むしろ政治的な動機によるものだと科学者たちは言う。

マサチューセッツ総合病院(米国ボストン)の感染症専門医Amy Barczakは、「ウイルスの感染力の持続期間は大して変わっていません」と言う。隔離期間を「10日間から短縮して、例えば5日間にすることを支持するデータはありません」。プレプリントサーバーで査読前の論文が公開されているBarczak自身の研究は、SARS-CoV-2のオミクロン変異株に感染した人の4人に1人は、発症から8日目になってもウイルスを排出している可能性を示している(J. Boucau et al. Preprint at medRxiv https://doi.org/gp3xcd; 2022)。

くじ引き

SARS-CoV-2に感染した人は、感染力があるウイルスをいつまで排出しているのだろうか? 質問は単純だが、その答えは複雑だ。ジュネーブ大学(スイス)のウイルス学者Benjamin Meyerは、「感染力があるかないか、黒か白かで考えがちですが、実際に人に感染させるかどうかはくじ引きのようなもので、確率の問題なのです」と話す。

しかも、このくじ引きのルールや当たりの確率は変化し続けている。新しく出現した変異株、ワクチン接種、感染経験による自然免疫のレベルの違いなどが、ウイルスを体内からどれだけ早く排除できるかに影響し、最終的に感染力を失う時期を決めるとMeyerは言う。行動的な要因も重要だ。体調が悪ければ他人と会う機会が減るので、症状の重さが他人を感染させる確率に影響し得るのである。

ほとんどの科学者が確信しているのは、PCR検査では感染力がなくなった後でも陽性となる場合があるということだ。これはおそらく、この検査ではウイルスのRNAを検出するため、生きたウイルスが体内からほぼ完全に排除されていても、感染力を失ったウイルスの残骸に反応することで起こると考えられる(2021年5月号「新型コロナウイルス迅速検査、どう活用すればいい?」参照)。

一方、迅速抗原検査はPCR検査とは異なり、盛んに複製しているウイルスが産生するタンパク質を検出するので、感染力の有無を知るための目安になる。

バーモント大学(米国バーリントン)微生物学者・分子遺伝学者Emily Bruceは、「まだはっきり分かっていない点は多々ありますが、至って簡潔な1つのメッセージにまとめねばならないとしたら、抗原検査で陽性となった人は、外出したり、感染させたくない人に密接したりするのはやめた方がいいということでしょうね」と話す。

迅速抗原検査は数日間にわたって陰性だったが、まだ発熱と空咳が続いている場合はどうなのだろうか? 長引く症状は感染力が残っていることを示しているとは必ずしもいえないとBruceは述べる。

「症状は、迅速抗原検査で陽性と判定される期間よりも長く続くことが確かにあります」と彼女は話す。「症状の多くはウイルス自体ではなく免疫系が引き起こしているからでしょう」。

ウイルスの伝播を調べる

英国などの国々では、隔離ガイドラインの緩和と同時に無料の迅速抗原検査が廃止された。そのため科学者たちは、多くの人が、新しい勧告に従って5日間たてば検査を受けずに自主隔離をやめると予想した。そして、5日間を過ぎても感染者が感染力のあるウイルスを排出している確率がどのくらいあるかを調べてきた。

大勢の人の間でウイルスの伝播を直接追跡して、時間とともにどのように減少していくかを測定するのは現実的でない。そのため、代理となる指標を測定して、感染力のあるウイルスを排出しなくなると予測される時点を決定することになる。

Barczakのように、安全性の高いバイオセーフティーレベル3の実験室を利用できる研究者ならば、患者から数日間にわたり定期的に検体を採取して培養し、生きたウイルスを検出できるかどうかを調べる実験を行うことで、これを達成できる。

「培養可能なウイルスをまだ鼻から排出しているなら、他人に感染させる可能性は十分にあります」とBarczakは言う。いろいろな変異株が出現してくる中、このような実験がさまざまな研究グループによって行われたことで、発症から10日たっても培養可能なウイルスを排出している人は非常に少ない、というコンセンサスが形成されたと彼女は話す。「10日後まで感染力が残っている人はまずいないということです」。

PCR検査で測定したウイルスRNAのレベルから、感染力が残っているかどうかを推測している研究もある。この方法ならば大規模な集団を対象にしやすい。例えば、フランシス・クリック研究所とロンドン大学ユニバーシティカレッジ病院(いずれも英国ロンドン)の共同プロジェクトでは、700人以上の参加者について、発症した時点から定期的に実施したPCR検査の結果を利用している。

同グループは、発症から7~10日たっても、他人に感染させるのに十分なウイルス量を維持している患者が少なからずいることを明らかにした。査読前のこの論文は、2022年7月10日にプレプリントサーバーで公開された(H. Townsley et al. Preprint at medRxiv https://doi.org/h6fc; 2022)。

感染力があるかないか、黒か白かで考えがちですが、実際に人に感染させるかどうかはくじ引きのようなものなのです

この研究の共同研究者であるフランシス・クリック研究所のウイルス学者David LV Bauerは、「生きたウイルスを直接測定しているわけではありませんが、感染力のあるウイルスを排出している可能性のあるウイルス量について、相当正しく予測できるような膨大な研究結果が既にあります。完璧な予測とまでは言いませんが、理にかなったやり方です」と話す。

リバウンド現象

PCR法を用いた同様の研究に取り組んできたハーバードT.H. チャン公衆衛生大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)の感染症専門医Yonatan Gradは、10日目までには感染力がなくなるというのが有用な経験則であることは認めつつも、それ以降も感染力を持ち続ける人がわずかながらいることに注意を促している。

そのような例には、パキロビッド(ニルマトレルビル・リトナビル)という抗ウイルス薬による治療が関係している場合があるとGradは言う。「リバウンド現象と呼ばれているのですが、治療後いったん症状が治まったように見えて、迅速抗原検査が陰性になっても、数日後にまた症状がぶり返してウイルスが検出されるようになることがあるのです」。

このリバウンド現象は、研究者たちが現在取り組んでいる重要な課題の1つだとBarczakは言う。「抗ウイルス薬は症状の変化の仕方を変え、免疫応答の変化の仕方を変え、ウイルス排出の変化の仕方を変えるのです」と彼女は話す。「これはとても重要な問題だと思います。みんな10日後にはもう他人に感染させることはないだろうと思って外出してしまいますから。でもパキロビッドによる治療を受けていたとしたら、リバウンド現象で感染させてしまうことがあるのです」。

翻訳:藤山与一

Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2022.221124

原文

How long is COVID infectious? What scientists know so far
  • Nature (2022-07-26) | DOI: 10.1038/d41586-022-02026-x
  • David Adam