100年以上謎に包まれていた4億年前の脊椎動物の正体
―― 脊椎動物の進化や形態を研究テーマにされていますね。
平沢氏: 今はそうですが、大学院までは恐竜の形態進化を研究対象とし、古生物学で学位を取得しました。その後、新しい研究分野を開拓したいと考え、脊椎動物の発生学も対象にするようになりました。基礎科学特別研究員として理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター(現 生命機能科学研究センター)に赴任し、その後は研究員として、計10年間ほど神戸で研究を続けました。2020年に現職に就き、現在に至ります。
―― 脊椎動物に注目する理由は?
平沢氏: 脊椎動物は、「体のかたちの進化過程」と「体のかたちが作られる発生過程」とを比較しつつ研究するのに適しているからです。
具体的に説明すると、まず、硬い骨を持つ脊椎動物は化石が残るので、進化過程を化石から検証できます。例を挙げると、私たちが研究を進めている恐竜から鳥に至る際の手から翼への進化や、魚から陸上に上がるための鰭から四肢への進化、理研時代に倉谷滋(くらたに・しげる)先生の下で研究を進めたカメの系統における甲羅の進化 1 などがこれにあたります。そして、脊椎動物の骨格はさまざまなパーツに分かれているので、現生の脊椎動物における発生学研究の知見と比べることができます。また、遺伝子組換えやゲノム編集などの技術を用いて発生機構に一部変更を施し、形態がどう変わるか解析することもできます。
太古の進化を「観測」し、それと発生学実験で得たデータとを比較することで進化のメカニズムを解明する、ということができるのは脊椎動物しかないと考え、研究を進めています。
―― 今回は、四肢動物の祖先につながる魚に関する成果です。
平沢氏: 結果的にそうなりますが、初めから四肢動物への進化を解明したいと考えていたわけではありません。長年の謎とされていた魚の化石を詳細に解析してみたら、「魚類から陸上脊椎動物への移行段階」に当たると分かったのです。パレオスポンディルス(Palaeospondylus)という名前の脊椎動物です。これまでに、スコットランドの中期デボン紀(約4億年前)の地層から、数千点以上が化石として産出しています。そこは当時、大きな湖の底だったと考えられています。
脊椎動物のどの系統に属するかは謎のままで、古生物学の教科書にも化石の図版と共に「謎の脊椎動物」と記されていたりします
1890年に、パレオスポンディルスという学名と全身骨格の化石の図版が学術誌で発表された2のですが、その姿は実に奇妙なものでした。全長は5cmほどです。背骨があるので脊椎動物ですが、歯や胸鰭、腹鰭がない点は円口類に似ています。ところが、よく発達した背骨がある点は円口類とは異なり、より後の時代に現れた魚類を想起させます。名だたる研究者によってさまざまな論争が繰り広げられてきましたが、脊椎動物のどの系統に属するかは謎のままで、古生物学の教科書にも化石の図版と共に「謎の脊椎動物」と記されていたりします。
パレオスポンディルスが生息していた4億年前には、現在では絶滅してしまったたくさんの脊椎動物のグループが繁栄していました。それらの進化過程については未解明部分が多いのですが、パレオスポンディルスは、どの系統に属するとしても「初期の脊椎動物の進化過程解明」に重要な動物種といえます。そうした理由から、この動物の形態を精密に解析して4億年前の脊椎動物の進化の謎を解明しようと考え、化石の解析を試みることにしたのです。
―― 具体的に、どのような化石を調べたのですか?
平沢氏: 実は、そこが今回の研究のポイントでした。脊椎動物の系統解析に必要な情報の多くは、頭部の骨格にあります。頭の骨は、系統ごとに、骨の組織、形態、関節などに違いが見られるからです。今回は初めから、放射光を使ったCT(シンクロトロン放射光X線マイクロCT)による精密な解析を行いたいと考えていました。そこで、尾の部分だけが岩石表面に見えていて、頭骨は母岩に埋まって完全に保存されている可能性が高い化石を探すところから始めました。これまで、頭骨が母岩に埋まっているような化石は研究対象になっておらず、博物館にもあまり収蔵されていませんでしたが、最終的に、オランダの研究者のコレクションに行き着きました。早速、現地に赴くと、パレオスポンディルスの化石がざっと2000標本あり、その中から頭骨が母岩に埋まっていそうなものを2標本見つけ出しました。この2標本を解析対象に定めました(図1)。
まず、従来型のX線CTで撮影したところ、確かに母岩に頭骨が埋まっていると分かりました。次に、そのCT画像を基に、頭骨を残しつつ可能な限り母岩を削る作業を行いました。初めは精密岩石カッターで切り出しましたが、頭骨に近くなってからは、紙やすりでの手作業でした。
このように準備した上で、標本を兵庫県にある大型放射光施設SPring-8に持ち込み、シンクロトロン放射光X線マイクロCTによる測定を行いました。スキャンを行うたびに少しずつ母岩を削っていき、どんどん解像度を上げて最終的に1.46µmの解像度を得ました。従来型のX線CTだと、母岩と化石の境界はぼんやりとしか分かりませんが、シンクロトロン放射光X線マイクロCTでは、母岩と骨の境界に生じるわずかなX線の屈折を利用し、コントラストを上げることができます。これにより、これまで電子顕微鏡でしか見えなかった微細組織像を三次元的に観察でき、多くの驚くべき成果を手にすることができました3。
―― 何が写し出されていたのでしょう?
平沢氏: 大きく、3点あります。パレオスポンディルスの骨格は主に軟骨が石灰化した組織(石灰化軟骨)であるということは知られていたのですが、1点目として、この石灰化軟骨の表面に薄い骨があったことが分かりました。これまでに、電子顕微鏡観察の他、組織切片での観察も行われていますが、薄い骨は確認されていませんでした。従来の博物館収蔵標本では、化石骨格がよく見えるように酸で母岩を溶かす処理をすることがあるので、そういった標本では骨は溶けてなくなっていたのかもしれないと考えています。軟骨の周りに骨があることから、ヒトにもつながる硬骨魚類と共通した骨格組織があったことも分かりました。
2点目は、石灰化軟骨の内部にある、たくさんの小腔(細胞小腔)の分布を三次元で観察できたことです。生きていたときには、この小腔の中には軟骨細胞が収まっていたと考えられます。この細胞小腔は直径が約40µmで、現生の硬骨魚類の骨格組織中でも発生の一時期に、類似したサイズ、分布の細胞小腔が見られます(図2)。
3点目は、このような骨格内部の微細組織の観察によって、これまで不明瞭だった骨格要素同士の境界を明らかにすることができ、パレオスポンディルスの頭骨は17個の骨格要素で構成されると分かったことです(図3)。それらは大きく5つの部分(神経頭蓋吻側部、神経頭蓋尾側部、上顎、下顎、舌顎骨)に分かれ、神経頭蓋吻側部と神経頭蓋尾側部の間には頭蓋内関節という関節があることが明らかになりました。このような形態的特徴は、シーラカンスやハイギョ、その後の四肢動物を含む肉鰭(にくき)類などと共通します。このようなパーツを見いだしたのは世界初のことで、三半規管を収める腔所も認めることができました。3つの半規管を持つのは、顎を持つ脊椎動物の特徴です。このことからも、パレオスポンディルスは、円口類ではなかったことが分かります。
―― まとめると、パレオスポンディルスはどのような系統の生物といえるのでしょうか?
平沢氏: パレオスポンディルス頭骨の各骨格要素が、他の脊椎動物のどの骨と対応するかを明らかにすることができたので、それぞれの骨格要素の形態的特徴を、さらなる他の種と比較することもかないました。具体的には、先行研究で化石肉鰭類の系統解析に用いられたデータ4に、今回、明らかになったパレオスポンディルスのデータを追加し、系統解析を行いました。その結果、パレオスポンディルスは「鰭から四肢への移行段階に当たる動物」と近縁であることが明らかになりました。詳しく言うと、鰭の内部に「肘関節や指の骨格」を持っていた動物(エルピストステゲ、ティクターリクなど)と、それらを持たない動物(エウステノプテロン)の間の系統的位置にあったと推定されました。
一方で、見つかっているパレオスポンディルスの化石には、鰭のようなものも四肢のようなものも一切見られません。また、歯もありません。このような特徴は、5億年前に他の脊椎動物と分かれた円口類などの系統に見られる原始的な特徴ですが、実は、四肢動物の中にも、一生の間の一時期にこうした特徴を持つ生物は存在します。例えば、カエルがその1つです。幼生段階、オタマジャクシには手足がなく歯もありません。 パレオスポンディルスが四肢動物の仲間であったことを考えると、おそらくこの化石は幼生なのだろうと考えられます。生物の遺骸は、体のサイズや生息場所によって、水の中を漂った後に堆積して化石化するまでの過程に差が生じるので、幼生と成体が同じ地層に保存されるとは限りません。つまり、成体の化石が未発見でもおかしくないと考えています。
―― 最後に、苦労や工夫された点について教えてください。
平沢氏: 苦労したのは、断層像から三次元モデルを作る過程で個々の骨格要素に分ける作業です。化石骨格の組成は場所によって不均質なため、全自動抽出は技術的に難しく、ほぼ手動で行いました。工夫と呼べるか分かりませんが、シンクロトロン放射光X線マイクロCTという最先端技術に、紙やすりによる丁寧な母岩削りという手作業を組み合わせたことが功を奏したと思います。そして何よりも、最適な化石標本を探し出したことが、最大の成功のカギだったと思います。知り合いの研究者からも「化石標本の選択がうまかった」と言われました。
ありがとうございました。
聞き手は西村尚子(サイエンスライター)。
Author Profile
平沢 達矢(ひらさわ・たつや)
東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 准教授
2005年に東京大学理学部地学科を卒業し、地球惑星科学専攻の大学院生となる。学位取得後、2010〜2013年、理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター(現 生命機能科学研究センター)基礎科学特別研究員、2013〜2020年、研究員を経て、2020年に現職。脊椎動物進化について、古生物学と進化発生学を融合した研究を進めている。
Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 10
DOI: 10.1038/ndigest.2022.221029
参考文献
- Hirasawa, T., Nagashima, H., Kuratani, S. Nature Communications 4, 2107 (2013).
- Traquair, R. H. Ann. Mag. Nat. Hist. 6, 479–486 (1890).
- Hirasawa, T. et al. Nature 606,109-112(2022).
- Cloutier, R. et al. Nature 579, 549–554 (2020).