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COVIDが脳にダメージを与える仕組み

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 9 | doi : 10.1038/ndigest.2021.210907

原文:Nature (2021-07-07) | doi: 10.1038/d41586-021-01693-6 | COVID and the brain: researchers zero in on how damage occurs

Michael Marshall

SARS-CoV-2による神経学的症状は、複数のメカニズムによって起こると見られる。それを示唆する証拠が増えてきた。

SARS-CoV-2は、中枢神経系に豊富に存在しているアストロサイト(写真中央)に、選択的に感染することが分かった。この細胞は、ニューロンに栄養を供給するなど、脳で多くの働きを担っている。 | 拡大する

JUAN GAERTNER/SCIENCE PHOTO LIBRARY/Getty

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が脳にダメージを与える仕組みが明らかになってきた。COVID-19を引き起こす重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の脳に対する攻撃は多面的である可能性が、最近報告された証拠で示唆されている。このウイルスは、特定の脳細胞を直接攻撃したり、脳組織への血流を減らしたり、脳細胞に害を及ぼし得る自己抗体の産生を引き起こしたりするようだ。

SARS-CoV-2に感染すると、記憶喪失や脳梗塞など、脳への影響が生じることがある。エール大学(米国コネチカット州ニューヘイブン)の神経内科医Serena Spudichは、「問題は、これらの異常に早期に介入することで、患者に長期的な障害が生じないようにすることができるかどうかです」と話す。

COVID-19で入院した患者の80%に神経学的症状が現れたという報告もあり1、非常に多くの人々が影響を受けていることから、研究者たちは、エビデンスが蓄積されることで、より良い治療への道が開かれると期待している。

COVID-19パンデミックの初期には、研究者たちは、SARS-CoV-2が何らかの形で脳に侵入してニューロンに感染し、ダメージを引き起こすのではないかと考えていた。しかし、その後の研究2によると、このウイルスが脳の防御システムである血液脳関門を通過するのは困難であり、必ずしもニューロンを著しく攻撃するとは限らないということが分かってきた。

専門家によると、SARS-CoV-2が脳に到達する経路の1つとして、嗅粘膜(脳に隣接している鼻腔の粘膜)を通過することが考えられるという。SARS-CoV-2は、鼻腔によく見られる。医療従事者がSARS-CoV-2の感染を検査するために鼻腔を綿棒で拭うのはこのためだ。

とはいえ、「脳に大量のウイルスが存在しているわけではありません」とSpudichは言う。だからといって、全ての脳細胞が全く感染していないというわけではない。

現在、いくつかの研究から、SARS-CoV-2はアストロサイトに感染できることが示唆されている。アストロサイトは、脳に豊富に存在している細胞で、脳内で多くの機能を担っている。カリフォルニア大学サンフランシスコ校(米国)の神経内科医Arnold Kriegsteinは、「アストロサイトは、ニューロンに栄養を供給してその機能を維持するなど、非常に多くの役割を果たしており、脳が正常に機能するのを助けています」と言う。

Kriegsteinらは2021年1月、SARS-CoV-2が他の脳細胞よりもアストロサイトに選択的に感染することをプレプリント論文で報告した3。彼らは、脳オルガノイド(実験室で幹細胞から成長させたミニチュアの脳様構造体)をSARS-CoV-2に曝露すると、SARS-CoV-2は、存在する全ての細胞の中で、ほぼアストロサイトだけに感染したという。

これらの実験的研究結果に加えて、カンピナス大学(ブラジル)のプロテオミクス研究室のリーダーDaniel Martins-de-Souzaらは、COVID-19で死亡した患者26人の脳試料分析結果を2021年2月にプレプリント論文で報告した4。死亡した26人のうち、脳細胞にSARS-CoV-2の感染が認められたのは5人で、感染した細胞の66%がアストロサイトだった。

Kriegsteinは、アストロサイトが感染することで、COVID-19に関連する神経学的症状の中でも特に、倦怠感、うつ、ブレインフォグ(脳の霧)と呼ばれる混乱や物忘れを含む症状を説明できる可能性があると主張する。「こうした種類の症状は、ニューロンのダメージではなく、何らかの機能障害を反映している可能性があります。これが、アストロサイトの脆弱性と一致しているのではないかと考えています」。

こうした知見を踏まえて、研究者たちは、脳細胞が一体どれだけ感染したり損傷を受けたりしたら神経学的症状が起こるのかを知りたいと考えていると、ルイジアナ州立大学(米国シュリーブポート)保健学部の生理学者Ricardo Costaは言う。Costaの研究チームはSARS-CoV-2が脳細胞に及ぼす影響を調べている。

残念ながら、簡単な答えはないだろうとKriegsteinは言う。彼は、脳に存在するニューロンなどの細胞は、ダメージを受けた細胞が脳のどの領域にあるかによって影響が異なるだろうと指摘する。

血流を遮断

SARSCoV-2は、脳への血流を減少させることで脳に影響を与える可能性があるという証拠も増えている。血流の減少によりニューロンの機能が損なわれ、最終的にはニューロンが死んでしまうこともある。

周皮細胞は、全身の毛細血管の周囲に存在する細胞であり、脳にも存在する。SARS-CoV-2は、脳オルガノイドの周皮細胞様細胞に感染する可能性があることが、2021年2月のプレプリント論文で報告された5

2021年4月には、ロンドン大学ユニバーシティカレッジ(英国)の神経科学者David Attwellの研究チームが、SARS-CoV-2が周皮細胞の挙動に影響を与える可能性があるという証拠をプレプリント論文で発表した6。彼らは、ハムスターの脳の切片において、SARS-CoV-2が周皮細胞の受容体の機能を阻害し、脳組織の毛細血管を収縮させることを観察した。「大きな影響を与えることが分かりました」とAttwellは言う。

「この研究は、実に見事です」とSpudichは言う。「これが、小血管性の脳卒中のような、私たちが目にしているCOVID-19の後遺症(long COVID)の原因の一部となっているのかもしれません」。

Attwellは、COVID-19の一部の症例では、血管を収縮させる高血圧治療薬が有用である可能性を示唆している。現在、降圧剤であるロサルタンがCOVID-19に対して有効であるかどうかが、2つの臨床試験で調べられている。

免疫機能の異常

神経学的な症状や損傷の一部は、SARS-CoV-2感染後に体の免疫系が過剰に応答したり誤作動したりした結果であるという証拠も増えている。

一部の人々では、感染に応答した免疫系が、自分の組織を攻撃する「自己抗体」を意図せずに作ってしまう場合がある。それがこの15年で分かってきたと、ドイツ神経変性疾患センター(ベルリン)の神経免疫学者Harald Prüssは言う。例えば視神経脊髄炎は、自己抗体が視神経や中枢神経系を傷害し、患者に視力喪失や四肢の虚弱といった症状を引き起こす長期的な疾患である。Prüssは、自己抗体が血液脳関門を通過して記憶障害や精神疾患などの神経障害に寄与している可能性を示した論文を集め、総説として2021年5月に発表した7

血液脳関門を通過する経路はCOVID19でも働いている可能性がある。Prüssらは、2020年9月に発表した研究8で、ヒトから単離したSARS-CoV-2に対する抗体の1つが、ハムスターを感染や肺損傷から保護することを見いだした。Prüssらの研究の目的は新しい治療薬を生み出すことだったが、彼らは、抗体の中に脳組織に結合できるものがあることも発見した。この発見は、こうした抗体が脳組織を損傷する可能性があることを示唆している。「私たちは現在、それを臨床的および実験的に証明しようとしています」とPrüssは言う。

Prüssを含む研究チームはまた、神経学的症状を呈する重症のCOVID-19患者11人から採取した血液と脳脊髄液を調べ、全ての患者でニューロンに結合できる自己抗体が産生されていることを見いだし、2020年12月にオンラインで発表した9。Prüssは、有害な自己抗体の作用を抑制する目的で、別の種類の抗体である免疫グロブリンを患者に静脈内投与する治療法について、「かなり成功している」という証拠があると言う。

アストロサイト、周皮細胞、自己抗体という3つの経路は、相互に排他的なものではない。そしておそらく、これら以外の経路も存在するだろう。COVID-19患者が神経学的症状を経験する背景には、さまざまな要因があると見られる。Prüssは、症例がどの経路により引き起こされたものなのか、その内訳を明らかにすることが重要だと述べている。「それによって治療法が決まるのです」と彼は言う。

(翻訳:古川奈々子)

参考文献

  1. Chou, S. H.-Y. et al. JAMA Netw. Open 4, e2112131 (2021).
  2. Serrano, G. E. et al. Preprint at medRxiv https://doi.org/10.1101/2021.02.15.21251511 (2021).
  3. Andrews, M. G. et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/10.1101/2021.01.17.427024 (2021).
  4. Crunfli, F. et al. Preprint at medRxiv https://doi.org/10.1101/2020.10.09.20207464 (2021).
  5. Wang, L. et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/10.1101/2021.02.09.430349 (2021).
  6. Hirunpattarasilp, C. et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/10.1101/2021.04.01.438122 (2021).
  7. Prüss, H. Nature Rev. Immunol. https://doi.org/10.1038/s41577-021-00543-w (2021).
  8. Kreye, J. et al. Cell 183, 1058–1069.e19 (2020).
  9. Franke, C. et al. Brain Behav. Immun. 93, 415–419 (2021).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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