Editorial

AIによるマイクロチップの設計は歓迎すべきだが、慎重な対応が必要

シンガポールにあるマイクロチップ製造工場のクリーンルーム。 Credit: Lauryn Ishak/Bloomberg via Getty Images

COVID-19のパンデミックがもたらした多くの影響の1つに、電子機器に不可欠なマイクロチップの世界的不足がある。こうしたチップを生産する工場は、パンデミックの過程で一時的な操業停止に追い込まれ、需要増への対応に苦慮している。一部の製品は、出荷が数カ月遅れる可能性がある。

マイクロチップの不足が業界に及ぼす長期的影響は、まだ判断できる段階にはない。しかし、今回のパンデミックによって、いくつかの重要な研究課題に注目が集まった。例えば、衝撃的な出来事や緊急事態が起こったときに生産工程の回復力を高める方法などだ。

よく知られている問題点として、マイクロチップの設計が、サムスン(韓国)、インテル、エヌビディア、クアルコム(いずれも米国カリフォルニア州)など、ごく一部の企業で行われていることがある。しかし、これらの企業の全てがチップを生産しているわけではない。自社生産している会社もあれば、外部委託している会社もある。そして、チップの約80%がアジアで生産されている(Nature Electron. 4, 317; 2021)。最大手のメーカーが、台湾の新竹にある台湾積体電路製造(TSMC)で、現行の製造方法を用いて世界の生産能力の28%を担っている。こうした集中状態は、台湾に大きな利益をもたらしていることは間違いないが、同時に現在の供給逼迫の一因にもなっている。

しかし、ここにきて変化の兆しが見えてきた。中国や米国、欧州の一部の国々で、マイクロチップの研究開発への投資が増えているのだ。アマゾン、グーグル、マイクロソフト各社やその他の米国の大手テクノロジー企業も同様に、推定数億ドル規模の投資を行っている。製造能力を今より多くの企業や低・中所得国に広めることが、この業界の障害回復力を高めることに役立つ。

時間の節約

もう1つ朗報がある。グーグル社の研究者が、マイクロチップの設計に要する時間を大幅に短縮することに成功したという報告だ(A. Mirhoseini et al. Nature 594, 207-212; 2021)。これは重要な成果であり、サプライチェーンのスピードアップに大きく貢献することが期待されるが、企業の「エコシステム」を真の意味でグローバルなものにするためには、技術的な専門知識を広く共有する必要がある。また、業界としては、必要なコアスキルを持つ人々が時間短縮のための技術のせいで業界から離れることを防がなければならない。

研究者とエンジニアが設計し、作製するマイクロチップは、処理能力がますます高まり、より複雑なものになってきている。ムーアの法則(トランジスターの小型化が進んで、1個のマイクロチップに搭載できるトランジスターがほぼ2年ごとに倍増するという法則、G. E. Moore Electronics 38, 114-117; 1965)に従って、マイクロチップ当たりのトランジスター数は、1970年代前半に数千個だったものが、現在では数百億個にまで増えている。

マイクロチップの製造は、ほぼ自動化されているが、設計は、まだ人間の手に頼っている。エンジニアや設計者は、コンピューター支援設計のソフトウエアを使用しているが、マイクロチップの利用可能なスペースに全てのコンポーネントを搭載するために、数週間から数カ月を要することがある。今回、グーグル社の研究者は、人工知能(AI)を利用することで、24時間より短い時間で設計プロセスを完了できることを示した。

通常、マイクロチップの面積は、数十から数百mm2程度で、そのスペースの中に数千個のコンポーネント(記憶装置、論理演算装置、処理装置など)とそれらを接続するための数km分の極細ワイヤーを収容する必要がある。設計プロセスの最も困難な一面が「チップのフロアプランニング」だ。これは、建築家が建造物の内部空間を設計する際に、必要な家具什器を全て収容するのと同じように、これらのコンポーネントをチップ上のどこに配置するのが最適かを検討することだ。

グーグル社の研究者は、チップのフロアプラン(1万件)を使ってソフトウエアのトレーニングを行った(Nature 2021年6月10日号183ページ参照)。その結果、このソフトウエアは、エンジニアが設計したものと同等、あるいはそれより小さな空間や少ないワイヤー、電力を使ったフロアプランを生成する方法を導き出した。小型化と低消費電力は、スマートフォンに搭載されるチップにとって特に重要だ。

AIによるチップの設計に要した時間は6時間より短かった。この手法は既に、グーグル社のテンソル処理装置(TPU)の設計に利用されている。TPUは、同社のクラウドベースの機械学習アプリケーションで主に利用されている。今後は、この設計ソフトウエアを検証するチームを増やして、このソフトウエアがロバストであることを確認し、また、他のデータセットやチップタイプに確実に対応できるようにする必要がある。今回の成功を再現する研究グループが増えれば、チップの設計ツールボックスにおける設計ソフトウエアの地位は確固たるものになるだろう。

集中して取り組むべき課題

マイクロチップが入手しやすくなり、効率が高くなれば、自律走行車、5G通信、AIの開発を推進する力の源となる。このチャンスを見逃してはならない。ただし、自動設計技術を利用することで起こり得る広範な影響を考察することが重要だ。特に、関連するスキルや専門知識を持つ人材の必要性や、現在手作業で設計プロセスを行っている人々のスキルアップの必要性について、どのような影響が及ぶか検討する必要がある。

マイクロチップのフロアプランニングは、手作業で行う場合も自動化技術を利用する場合も、コンピューターや電子工学、デバイス物理学の専門知識を必要とする。こうしたスキルは、習得に時間がかかり、また、マイクロチップ以外にもさまざまな製品を生産している業界で大いに必要とされている。関係する企業は、この点を理解し、国内外で必要とされるスキルに対応するための適切な措置を講じることが重要だ。自動化が進むと、雇用が減るのではないかという懸念が高まることが多い。実際には、エレクトロニクス産業の勢いを維持するためには、マイクロチップの次世代品を生み出す先見性を持つ人材と企業が必要なのだ。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 9

DOI: 10.1038/ndigest.2021.210946

原文

Google’s AI approach to microchips is welcome — but needs care
  • Nature (2021-06-09) | DOI: 10.1038/d41586-021-01507-9