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1つのチップ上で、酵素の1000以上の変異を同時に調べる

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 9 | doi : 10.1038/ndigest.2021.210905

原文:Nature (2021-07-23) | doi: 10.1038/d41586-021-02034-3 | Single chip tests thousands of enzyme mutations at once

Sara Reardon

この技術は、タンパク質の作用機序や薬物送達の方法に関する理解を大幅に加速すると期待されている。

このシリコン製のマイクロ流体チップには1568個の反応チャンバーが整列している。反応チャンバーは、チップにエッチングされたチャネルによって、上部に取り付けられた制御パイプに接続されている。 | 拡大する

Daniel Mokhtari

酵素は生命活動の基礎を成すタンパク質であるが、酵素の作用機序を解明したり、遺伝子の変異がこれらの分子に与える影響を理解したりするには何年もかかることが多い。研究者は実験室で、タンパク質分子を構成する数百個のアミノ酸を1個ずつ改変した変異型酵素を作製し、酵素活性の能力に個々の変異がどのような影響を与えているかを検証しなければならない。

しかしこのほど、ガラス製のチップに微細なチャネルをエッチングすることで、1000以上の変異を一度に調べられるようになり、検証に要する時間をほんの数時間まで短縮できるようになった。Science 2021年7月23日号に掲載された論文1によると、「ハイスループットマイクロ流体酵素キネティクス(High-Throughput Microfluidic Enzyme Kinetics;HT-MEK)」と名付けられたこの新しいシステムを用いることで、疾患の原因となるタンパク質を調べたり、環境中の毒素を分解する酵素を開発したり、異なる生物種間の進化的関係を解明したりする研究が加速される可能性があるという。

スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)の生物工学者Polly Fordyceと生化学者のDaniel Herschlagらは、6年がかりでHT-MEKの開発に取り組み、ついに大きさ7cm2ほどのチップを完成させた。価格は10ドル(約1100円)だ。チップには、それぞれの変異型酵素のDNA試料を入れる1568個の小さなウェルと、これら全ての試料に同時に試薬を供給できるマイクロ流体システムが搭載されている。

このシステムをテストするため、FordyceとHerschlagはPafAという酵素を選んだ。PafAは細菌の酵素で、他のタンパク質の修飾に関与する。彼らは、PafAを構成する526個のアミノ酸を1つずつ別のアミノ酸と置換したDNA配列を設計し、さまざまな変異型酵素の「ライブラリー」を作製した。ロボットがこれらのDNA配列を1つ1つチップ上のウェルに入れ、タンパク質を生成するための試薬を加える。さらに、PafAにより修飾されると光を発するような化学物質をチップに加えて、この化学物質が放つ光をスキャナーで測定する。変異によってPafAの活性が低下すると、酵素が放つ光は弱くなる。

このプラットフォームは、実験の成否を研究者に知らせるだけでなく、それぞれの変異型酵素の反応速度、化学物質やpHの変化が酵素のフォールディングや機能に与える影響を調べることができる。「タンパク質のカバーを外して内部を見たり、建築図面を見たりできるようになったような感じです」と、Fordyceは言う。

周囲を知る

このシステムは一度に多くの変異型酵素をスクリーニングできるため、研究者は酵素の活性部位以外の変異にも目を向けることができる。活性部位とは酵素の主な機能を担う部位であり、通常、研究者が最も注目する部位である。しかし、活性部位以外の変異も、酵素のフォールディングや他のタンパク質との結合の仕方を変えることで、酵素の機能に影響を及ぼす可能性がある。研究チームはHT-MEKでPafAを調べることで、そうした部位を161カ所特定することができた。長年にわたりこの酵素を研究してきたHerschlagは、変異の影響は予想外に大きかったと打ち明ける。「自分が住んでいる地域から出たことはないけれど地域のことならよく知っている人間が、他にもいろいろな地域があって、さまざまな影響を及ぼしていることに気付いたようなものです」。

HerschlagとFordyceは、活性部位から遠い部位の変異の機能を特定することができれば、別の酵素と活性部位の構造が類似しているために、薬物の標的にすることができないとされている酵素を標的にすることが可能になるかもしれないと主張する。例えば、がんを引き起こす酵素の機能の補助領域を突き止められれば、活性部位ではなくこの領域を標的とする薬物を開発できるかもしれない。

ワシントン大学(米国シアトル)のタンパク質研究者であるDouglas Fowlerは、「大変重要な研究です。驚異的なスケールアップです。この技術がどこに向かっていくのか、非常に楽しみです」と言う。彼は、HT-MEKによって多くの作業が容易になり、高速になると見込んでいるが、このシステムがPafAだけでなく、あらゆる種類の酵素に対して有効であるかどうかはまだ分からない。

HT-MEKシステムの製作法はインターネット上で公開されているが2、FordyceとHerschlagは、研究者が興味のある酵素をテストするために訪れることができるセンターを設立したいと考えている。Herschlagが特に期待しているのは、特定の遺伝子変異がどのように疾患につながるのか、また、こうした変異型酵素がどのようにして薬物の標的となり得るのかを解明できるようになることだ。彼は、変異型酵素の作用機序をより迅速に分析することが可能になれば、「最終的には、分子の変化から疾患の転帰を予測するために必要な知識を得られるようになるでしょう」と言う。

(翻訳:三枝小夜子)

参考文献

  1. Markin, C. J. et al. Science 373, eabf8761 (2021).
  2. Markin, C. J. et al. bioRxiv https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2020.11.24.383182v1 (2021).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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