鳥類の磁気受容の謎の解明に向けて大きく前進
ヨーロッパコマドリ(Erithacus rubecula)。 Credit: MikeLane45/iStock/Getty
感覚生物学における最大の謎は、磁気受容であると言っても過言ではない。動物は一体どのようにして地球の磁場を感知し、それをコンパスとして用いて空間定位を行うのか。鳥類をはじめ、爬虫類や魚類、甲殻類、昆虫類など、実にさまざまな動物が磁場を頼りに短距離および長距離のナビゲーションを行っているが1、磁場の方向を感知する生体組織の正体や、こうしたナビゲーションを支える感知機構はいまだ謎に包まれている。渡り鳥では、網膜に存在する光受容タンパク質のクリプトクロムが、磁気受容のカギを握る有力候補とされている2。しかし、クリプトクロムが実際に、微弱な地球磁場を感知するのに必要な磁気感受性と物理的特性を持つことを示す証拠は不足していた。今回、カール・フォン・オシエツキー大学オルデンブルク(ドイツ)のJingjing Xuら3は、まさにこうした証拠をin vitroで見いだし、Nature 2021年6月24日号535ページで報告した。これは、動物の磁気受容の謎の解明にあと一歩のところまで来たことを意味する。
動物が地球の磁場を感知する仕組みについては、現在、主要な仮説が2つある1,4(この数年で、いくつか別の仮説も提案されている5,6)。1つは、動物が向きを変えると、磁場の向きに整列していた体内の磁鉄鉱(Fe3O4)結晶が、新たな磁場の向きに合わせようと、物理的に接触している機械受容器に対して「トルク」と呼ばれる回転力を及ぼすという説である。こうしたトルクが、機械受容器のイオンチャネルの開閉を通して体の向きの変化を伝えている可能性がある。
もう1つの主要仮説(図1)は、クリプトクロムタンパク質が光子を吸収して励起状態になる(すなわち「光励起」される)と、磁気感受性の化学反応中間体である「ラジカル対」が形成されるというものだ。この反応の生成物(ラジカル分子を含むクリプトクロム)の収率の変化によって、地球磁場に対する体の向きが伝えられると考えられている7,8。また、これら2つの仮説は互いに相いれないものではなく6、実際、渡り鳥には、磁鉄鉱を用いる「磁気地図」感覚(地表の特定の位置に関する磁気特性を感知する能力)とクリプトクロムを用いる磁気コンパス感覚(磁北に対する自らの向きを感知する方法をもたらす)の両方の機構が備わっている可能性もある1,2。
図1 鳥類の磁気受容モデル
鳥類は、地球の磁場を用いて渡りに役立てている1。渡り鳥であるヨーロッパコマドリ(Erithacus rubecula)の網膜の光受容細胞には、クリプトクロムタンパク質のErCRY4が含まれており、このタンパク質は発色団であるフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)と結合している。これらの複合体は、FADが基底状態ではErCRY4–FAD、FADが光励起された状態ではErCRY4–FADH⚫︎(FADH⚫︎はラジカル)となる。ErCRY4–FADが青色光の光子を吸収すると、FADと、ErCRY4のアミノ酸残基であるトリプトファン(Trp;これが電子を供給する)との相互作用を通して、ラジカル対と呼ばれる反応性分子が形成される。これらのラジカル対は地球磁場に対して感受性があり、異なる電子「スピン」状態を持つ一重項状態と三重項状態の間を高速で行き来する(スピンの向きを白色矢印で示す)。いずれの状態のラジカル対も、ErCRY4–FADH⚫︎(感覚シグナル伝達カスケードを引き起こすと提案されている長寿命反応生成物)を生成できるが、一重項状態のラジカル対は、基底状態である元の形(ErCRY4–FAD)に戻る可能性もある。ErCRY4–FADH⚫︎の収率は、どちらの状態のラジカル対がより長い時間存在するかで決まる。鳥が向きを変えると、磁場の相対方向が変化することで、一重項状態と三重項状態の割合が変化し、ErCRY4–FADH⚫︎の収率が変化する可能性がある。今回Xuら3が提示したデータによって、ErCRY4が、この磁気感知機構に必要な物理的必要条件を全て満たすことが示された。
クリプトクロムは、植物と動物の両方に見られるフラビンタンパク質で、発色団であるフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)と非共有結合しており、このFADが、完全に酸化された状態で青色光の光子を吸収する。動物では、クリプトクロム1(CRY1)とクリプトクロム2(CRY2)が日周リズム(概日リズム)の調節に関与しており9、組織でのそれらの発現レベルは通常24時間周期で変動する。一方、クリプトクロム4(CRY4)にはそうした概日周期の存在を示す証拠はなく、磁気受容など、別の生物学的役割を持つ可能性が示唆されていた10,11。CRY4が見つかっているのは、鳥類、魚類、両生類、爬虫類といった、磁気的に誘導された行動が十分に立証されている動物群のみであることから、脊椎動物における磁気受容体の有力候補としてCRY4が浮上してきたのである。
ニワトリ(Gallus gallus)とヨーロッパコマドリ(Erithacus rubecula)における以前の解析10では、CRY4が、網膜の2種類の光受容細胞(複合錐体と長波長感受性単一錐体)の外節に存在することが示されている。これらは、クリプトクロムの励起につながる光の受容、すなわち磁場の感知に理想的な場所である。この研究ではさらに、渡り鳥であるヨーロッパコマドリでは、網膜におけるCRY4の発現レベルが渡りの季節が近づくにつれて増加するのに対し、留鳥であるニワトリでは、網膜でのCRY4の発現レベルが永続的に低いままであることを示す証拠が得られた。これは、CRY4が磁気受容で役割を果たしている可能性と一致する。
今回のXuらの大きな成果は、ヨーロッパコマドリのCRY4(ErCRY4)が実際に、地球磁場の感知に必要とされる極めて重要な特性、すなわち、磁気感受性の高いラジカル対を形成する能力を持つことを実証したことである。こうしたラジカル対は、ErCRY4と結合したFADが光の存在下で還元される(電子を得る)と生じる。ラジカルとは奇数個の電子を持つ分子のことで、ラジカル対は、一般に化学反応によって同時に生じた2つのラジカルからなる。ErCRY4では、ラジカルの奇数電子は、FADとクリプトクロム表面の間の、4つのトリプトファン(Xuらは、これらのアミノ酸残基をFAD側から順にTrpA、TrpB、TrpC、TrpDと定義)からなる鎖に沿って電子が逐次的に飛び移ることで供給される。
FADが光の存在下で還元されて生じるラジカルは、得られた奇数電子によって本質的に磁性体となる。これは、「スピン(一般的に矢印↑で表される)」と呼ばれる物理的特性を持つ電子が微小な磁石として振る舞うからで、偶数個の電子を持つ分子は、各電子対のスピンがちょうど打ち消し合うために非磁性体になる。
ラジカル対の2つのラジカルにおいて、奇数電子のスピンが反平行(↓↑)なら、そのラジカル対は一重項状態にあり、平行(↑↑)なら三重項状態にあるといわれる。クリプトクロムの光励起では、常に一重項状態のラジカル対が形成されるが、この状態は長続きしない。量子力学のいたずらによって、一重項状態のラジカル対はすぐに三重項状態に変換され、その後はこれら2つの状態間を毎秒数百万回の速さで行き来するのである。一重項状態と三重項状態は共に、反応生成物として、中性ラジカルのFADH⃝を含むErCRY4(ErCRY4–FADH⃝)を生成することができる。このErCRY4–FADH⃝が、磁気受容のシグナル伝達を担うと提案されている分子である(図1)。しかし、一重項状態は、酸化された非励起の基底状態に戻ることもできるため、これが起こるとErCRY4–FADH⃝生成への相対的な寄与は減少する。つまり、一重項状態よりも三重項状態にある時間が長ければ、それだけErCRY4–FADH⃝の収率は高くなるのだ。従って、一重項状態と三重項状態の相互変換を操作してそれぞれの状態の相対的な時間量を変化させることができれば、ErCRY4–FADH⃝の収率も操作できる可能性がある。
ここに、クリプトクロムに基づく磁気センサーの核心がある。一重項状態と三重項状態の相対的時間量と、ErCRY4–FADH⃝の収率は、地球磁場の向きによって直接操作されているのである。単一のErCRY4分子と地球磁場の相互作用は、それだけでは、ラジカルを形成してその安定性に影響を及ぼすのに必要な強さの100万分の1以下という弱いものだが2、必要なエネルギーはFADによって吸収された光子によって供給される。一方、この機構が働くには、ラジカル対の磁気感受性は十分に高くなければならず、ErCRY4–FADH⃝は、感覚シグナル伝達物質として現実的に機能するのに十分なほど長く存在し、収率も高くなければならない。Xuらは今回、生物物理化学の力を駆使し、分光法や分子動力学シミュレーションなど多様な手法を用いて、少なくともin vitroではErCRY4がこれらの条件を全て満たすことを示した。
ErCRY4の磁気感受性は、留鳥であるハト(Columba livia)やニワトリのCRY4のものと比べてはるかに高いことが分かり、また、ErCRY4に含まれる4つのトリプトファンを1つずつ別のアミノ酸に置き換える部位特異的な変異導入実験によって、TrpDが、磁気感覚のシグナル伝達に必要なErCRY4–FADH⃝の収率の高さと持続時間の長さ(ミリ秒より長い)に関与していることが明らかになった。今回のXuらの成果は、探し求められてきたin vivoでの磁気受容体がErCRY4であることを示す決定的証拠ではないものの、これで、感覚生物学の長年の謎の解明に大きく近づけたことは間違いないだろう。
翻訳:藤野正美
Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 9
DOI: 10.1038/ndigest.2021.210934
原文
Unravelling the enigma of bird magnetoreception- Nature (2021-06-24) | DOI: 10.1038/d41586-021-01596-6
- Eric J. Warrant
- Eric J. Warrantは、ルンド大学(スウェーデン)に所属。
参考文献
- Mouritsen, H. Nature 558, 50–59 (2018).
- Hore, P. J. & Mouritsen, H. Annu. Rev. Biophys. 45, 299–344 (2016).
- Xu, J. et al. Nature 594, 535–540 (2021).
- Lohmann, K. J. Nature 464, 1140–1142 (2010).
- Qin, S. et al. Nature Mater. 15, 217–226 (2016).
- Nimpf, S. et al. Curr. Biol. 29, 4052–4059 (2019).
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