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実験室で作製されるヒト胚、14日ルールを緩和へ

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 9 | doi : 10.1038/ndigest.2021.210912

原文:Nature (2021-05-26) | doi: 10.1038/d41586-021-01423-y | Limit on lab-grown human embryos dropped by stem-cell body

Nidhi Subbaraman

国際幹細胞学会(ISSCR)は2021年5月、最新の研究ガイドラインで 影響力の強い14日ルールを緩和することを発表した。

実験室で数週間にわたってヒト胚を成長させることが、科学の進歩により可能になった。 | 拡大する

Jim Dyson/Getty Images

実験室でヒト胚を成長させられる期間については数十年前に制限が設けられたが、幹細胞研究者を代表する国際機関がこのほど、その制限を撤廃した。これにより、ヒトの発生と病気を研究する科学者たちに、より長い時間的余裕が与えられることになった。

それまで国際幹細胞学会(ISSCR)は、実験室でヒト胚を培養する期間を受精後2週間までとすることを推奨していた。しかし2021年5月26日、ISSCRは「14日ルール」として知られるこの有名な制限を緩和しつつあると発表した。ISSCRは今回、制限を置き換えたり延長したりするのではなく、2週間の基準を超えてヒト胚を成長させることを提案する研究をケースバイケースで検討し、いくつかの段階で再検討を行ってどの時点で実験を終了しなければならないかを決定することを提案している。

ISSCRは、遺伝子編集の革新など、この分野の急速な進歩に対応して、生物医学研究のガイドラインにこの変更やその他の変更を加えることにしたのだ。

「これは大きな改訂でした」と、フランシス・クリック研究所(英国ロンドン)の幹細胞生物学者で、新しいガイドラインを作成したISSCR運営委員会の委員長Robin Lovell-Badgeは述べる。

2016年に最後に改訂されたこのガイドラインは、生物医学界が一同に価値を認める科学研究とはどのようなもので、どのプロジェクトを禁止すべきかについての基準を提供してきた。

幹細胞やヒト胚に関する生物医学研究が何十年にもわたって議論の的になっていて、政府の支援が弱まったり強まったりしてきた米国では、このガイドラインは特別大きな重みを持つと、ヘイスティングスセンター(米国ニューヨーク州ギャリソン)の生命倫理学者Josephine Johnstonは述べる。米国の規制機関にはそのような研究を対象とするいくつかの方針があるが、研究施設や民間の資金提供者の審査委員会は、定期的に更新される科学界の見解を代表する唯一のガイドラインとしてISSCRの文書に目を向けることが多い。「つまり、ISSCRがこのような変更を行う場合、それは実際、かなり重要な意味を持つのです」とJohnstonは言う。

14日ルール

1979年に最初に提案された14日ルールでは、胚が複雑性を増す重要な時点に達したら、それ以降の研究を禁止している。英国、カナダ、韓国を含む少なくとも12カ国が、この概念を法律として採用している。米国を含むその他の国々は、研究者、審査人、規制当局を導く基準として、そのルールを受け入れてきた。

Lovell-Badgeは、新しいISSCRの推奨により、研究者が胚を培養する期間が長くなればなるほど、国の規制当局による審査プロセスが難しくなると考えている。「私たちは、これらの研究にただゴーサインを出しただけ、というわけではありません」と彼は言う。さらに、ガイドラインは、審査には一般の人々の意見も含めるべきだとしている。

2016年までは、ヒト胚を培養皿の中で14日間培養し続けることはできなかったため、このルールによって禁じられるプロジェクトはなかった。しかし、2016年に、2つの独立した研究チームが、培養皿の中で最長13日間ヒト胚を成長させることができたと発表した。研究チームはその後、14日ルールに従って実験を終了させた(2018年10月号「『ヒト胚の育成』入門編」参照)。

このような進歩を受けて、一部の倫理学者や研究者は、数十年前のルールは時代遅れであり、改訂の時期が来ていると主張するようになった。研究者たちによると、胚を14日以降も成長させることができれば、ヒトの発生についての理解が深まり、例えば一部の妊娠が失敗する原因などを突き止めることができるという。改訂されたISSCRガイドラインは「14日を超えて胚を成長させることが価値を持つのはどんなときか」についての議論を始めるきっかけになったと、ISSCR運営委員会の1人でウィスコンシン大学法学部(米国マディソン)の生命倫理学者Alta Charoは言う。「それまでは、この問題についての議論はありませんでしたが、話し合うべき時が来たのです」

過去10年間に、科学者たちはヒト幹細胞からますます洗練された胚モデルを作製できるようになり、不妊治療クリニックから得た胚を使うという物議を醸すやり方を避けつつ、ヒトの発生を研究する1つの方法を示してきた。科学者たちによれば、このような胚様構造体は原始的過ぎるため、ヒトに成長することはないという(2021年6月号「ヒト胚の最初期ステージを体外で模擬することに成功」参照)。しかし、14日間の制限を緩和することで、胚様構造体を実際の胚と詳細に比較し、実用可能な代役として実験に用いることができるとLovell-Badgeは言う。

ルールの変更は正当であると誰もが同意するわけではない。ライス大学(米国テキサス州ヒューストン)のベイカー公共政策研究所の法学および政策学者であるKirstin Matthewsは、2週齢以下の胚については科学的に解明されていないことが多く残されており、さらにヒト胚研究については一般の人々の関心が高いことから、ISSCRはガイドラインの変更を検討する際に一般人を関与させるべきだったと言う。「この分野で知識を使い果たしたとは思えません」と彼女は言う。

Lovell-Badgeは、審査と書き直しの段階に、費用と時間がかかることもあって、一般人の関与がなかったことを認めている。また、国際的なパブリックコメント期間には、おそらくさまざまな管轄区域からさまざまな回答を受け取ることになるだろうと彼は言う。「手が付けられないことになるのは目に見えています。そんなことはとても、できません」。

遺伝科学における変化

ISSCRの倫理ガイドラインのその他の重要な変更のいくつかは、遺伝学の進歩を反映している。

例えば、このガイドラインでは、医学研究においてミトコンドリア置換療法を使用する際の用語について説明している。細胞内の発電機であるミトコンドリアは母親から子へ受け継がれるが、一部の代謝性疾患はこのミトコンドリアの遺伝的変異によって引き起こされる。母親のミトコンドリアにこのような変異がある場合、体外受精(IVF)の前に、母親の卵細胞の核を、あらかじめ核を除去された健康なミトコンドリアを持つドナー細胞に挿入することによって核を交換することも、現在は可能だ。

2016年、米国の医師John Zhangは、それを試み、メキシコでそのような子を出産させたと発表した。マスコミはその子どもを「3人の親を持つ赤ん坊」と報じた。その後、英国の研究者はこの方法の臨床試験を開始するための承認を獲得している(2017年7月号「ミトコンドリア置換法で想定外のDNA混合」参照)。

ISSCRガイドラインはまた、着床を目的としているヒト胚または卵子または精子細胞の遺伝子を編集することの是非を検討し、この科学研究はまだリスクが高過ぎると結論付けている。2018年、中国の生物物理学者Jiankui He(賀建奎)が、CRISPR–Cas9技術を使用してヒト胚の遺伝子を編集し、それを女性の子宮に着床させた結果、双子の女の子が誕生したと発表し、科学者たちは危機感を募らせた(2019年3月号「CRISPRベビー誕生と科学コミュニティーに求められる対応」参照)。それ以来、他の専門家パネルは、遺伝性の変化をもたらす遺伝子編集をどのように規制するかについての議論を行ってきた。彼らは、まだかなり初期段階であるこの手順は、遺伝子に意図しない変化を引き起こす可能性があり、他の技術的な欠陥が見られると指摘している(2018年9月号「CRISPR法は想定外のDNA再配列を引き起こす」、2020年9月号「CRISPRによるゲノム編集はヒト胚の染色体を傷つける」参照)。

ISSCRは、この科学が進歩したあかつきには、科学的に弁明可能な理由から、この概念が将来価値を持つ可能性があることを認めている。「絶対的な原則として、遺伝性のある編集が、考え得るあらゆる状況において絶対に間違っているとは言えません」とCharoは述べる。

(翻訳:古川奈々子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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