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古代人はいかにして数を数えられるようになったのか?

先史時代の記数法の発展について、近年の考古学研究やその他の分析に基づき、詳細に説明する仮説が立てられ始めている。

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F. D’ERRICO

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 9 | doi : 10.1038/ndigest.2021.210915

原文:Nature (2021-06-03) | doi: 10.1038/d41586-021-01429-6 | How did Neanderthals and other ancient humans learn to count?

Colin Barras

今から約6万年前、今日のフランス西部に当たる場所で、1人のネアンデルタール人がハイエナの大腿骨の破片と石器を拾い上げ、何やら作業を始めた。それが終わったとき、骨には9本の刻み目が付いていた。9本の刻み目は互いによく似た形をしていて、ほぼ平行に並んでおり、何かを表しているように見えた。

ボルドー大学(フランス)の考古学者Francesco d’Erricoには、1970年代にフランス・アングレーム近郊のレ・プラデル遺跡で発見されたハイエナの骨に刻まれていた印について、思うところがあった。刻み目の入った古代の人工遺物を数多く調べてきた彼は、この骨に刻まれていた印は非常に珍しいものだと考えている。こうした人工遺物は芸術作品として解釈されることが多いが、レ・プラデル遺跡の骨はもっと機能的に見えるとd’Erricoは言う。

彼は、この骨には数値情報が記録されているのではないかと主張する。もしそうならば、記数法を編み出したのは解剖学的現生人類だけではなく、ネアンデルタール人も同じことを始めていたのかもしれない1

d’Erricoが2018年にこの説を発表したとき、彼は古代の数のルーツという、ほとんどの科学者が探ったことのない領域に分け入ることになった。マックス・プランク進化人類学研究所(ドイツ・ライプチヒ)の進化生物学者Russell Grayは、「科学研究において、数の起源はまだ比較的空いている『ニッチ』です」と言う。

そもそも数とは何なのだろう? 研究者の間では意見が一致しない場合があるが、2017年のある研究では2、数とは「厳密な値を持ち、言葉や記号などのシンボルで表現される、離散的なもの」と定義されている。今、数の起源に注目が集まりつつあり、さまざまな分野の研究者が異なる視点からこの問題に取り組んでいる。

ある社会で記号を用いて数を数えたり操作したりする仕方は「記数法」と呼ばれる。認知科学者、人類学者、心理学者などは、現代の文化を調べることで、既存の記数法同士の違いを理解しようとしている。彼らは、今日の記数法の下に、その起源に関する詳細を解き明かすための手掛かりが埋もれているのではないかと考えている。考古学者は、古代人が記数法を持っていたことを示す証拠を探しているし、進化生物学者の中でも言語に興味を持つ人々は、数詞の起源をさかのぼろうとしている。これらの研究から、先史時代の記数法の発展について、初期の詳細な仮説を立てることが可能になった。

投資も、この分野のさらなる研究を刺激するはずだ。記数法が生まれて世界中に広まった時期や理由、仕組みを解明することを目指す国際研究チームは、欧州研究会議(European Research Council;ERC)から1000万ユーロ(約13億円)の助成を受けた。その研究の一環として、2021年にさまざまな仮説の検証を開始した。QUANTA(Evolution of Cognitive Tools for Quantification;数量化のための認知ツールの進化)と名付けられたこのプロジェクトは、記数法が解剖学的現生人類に特有のものなのか、それともネアンデルタール人にもその萌芽があったのかという問題についても、何らかの知見をもたらす可能性がある。

数への本能

かつては研究者も量の感覚を持つのはヒトだけだと考えていたが、20世紀半ば以降の研究により、多くの動物がこの感覚を持つことが明らかになった。例えば、魚類やハチ、生まれたばかりのヒヨコ3は、4までの個数を瞬時に把握することができる。「サビタイジング(subitizing)」と呼ばれる能力だ。それに一部の動物は、2つの大きな量に十分大きな差がある場合に、その差を識別する能力も持っている。例えば、20個と21個は識別できないが、10個と20個なら識別できるのだ。生後6カ月の乳児も、人間の文化や言語にあまり触れていなくても、同じようにして量を把握することができる。

エバーハルト・カール大学チュービンゲン(ドイツ)の神経科学者であるAndreas Niederは、こうした事実は、ヒトが生まれながらにして数を認識する能力を持つことを示唆していると言う。彼はさらに、数を認識する能力には適応的利益があるはずなので、自然選択のような進化過程によって生じた能力なのだろうと考えている。

同じ証拠を別の意味に解釈する研究者もいる。QUANTAのリーダーの1人であるカリフォルニア大学サンディエゴ校(米国)の認知科学者Rafael Núñezは、多くの動物が生得的に量を認識する能力を持っている可能性は認めている。しかし彼は、ヒトによる数の認知は一般的にはるかに洗練されており、自然選択のような過程によって生じた能力であるはずがないと主張する。数を表すために使われる言葉や記号など、数の多くの側面は、道具の使い方などと同様、個人が他者を模倣したり正式な教育を受けたりして学習する「文化進化」の過程によって生じたはずだというのが彼の考えである。

多くの動物が文化を持つが、数を伴う文化は基本的にヒトにしか見られない。飼育下で抽象的な記号を使って量を表すことを教えられたチンパンジーは数頭いるが、チンパンジーもその他の動物も、自然界ではそうした記号は使っていない。ヒトだけなのだ。そこでNúñezは、動物が先天的に備えている「量的」認知を、ヒトが学習によって習得する「数的」認知と区別することを提案している2

しかし、全ての人がこの提案に賛成しているわけではない。例えばNiederは、ヒト以外の動物の脳が量を処理する仕組みと、ヒトの脳が数を処理する仕組みとの間には、明らかな類似があることが神経学研究により示されていると反論し、ヒトと動物の間に線引きをし過ぎるのは間違いにつながる恐れがあると指摘する4。とはいえ、ヒトの数的認知能力が他のどの動物よりもはるかに進んでいることには彼も同意していて、「ヒト以外の動物で、数の記号を真に表象できるものはいません」と言う。

d’Erricoによるレ・プラデル遺跡の骨の分析結果は、初期の記数法が形作られた段階について、何らかの洞察を与えてくれるかもしれない。9本の刻み目を顕微鏡で観察した彼は、その形や深さなどの詳細が互いに非常によく似ていて、同じ石器を同じ持ち方をして付けられたように見えると言う。つまり、9本の線は、同一人物によって、数分から数時間にわたる1回のセッションで刻まれたということだ(この骨には、別の機会に刻まれたもっと浅い印も8本ある)。

d’Erricoは、この線を彫った人物は、装飾的な模様を刻もうとしたわけではなかったと考えている。印の配置にばらつきがあるからだ。比較のため、彼はクリミアにあるネアンデルタール人の遺跡から出土した、4万年前のカラスの骨に付けられた7本の刻み目を分析した。統計的分析から、この刻み目は、現代のボランティアに同じような骨を渡して「等間隔の刻み目」を入れるように指示したときと同様の規則性で配置されていることが分かった5。一方、レ・プラデル遺跡の骨に刻まれた印について同様の分析を行うと、そのような規則性は見られなかった。この結果と、刻み目が1回のセッションで付けられていたという事実から、d’Erricoは、レ・プラデル遺跡の骨の刻み目は、数値情報を記録する目的だけの機能的なものだったのではないかと考えるようになった。

高度な認知機能の印

レ・プラデル遺跡の骨と同じような使われ方をしたと思われる遺物は、他にもある。例えば、考古学者が南アフリカのボーダー洞窟の発掘を行った際に発見した約4万2000年前のヒヒの腓骨にも、刻み目が入っていた。d’Erricoは、当時そこに住んでいた解剖学的現生人類が、骨を利用して数値情報を記録していたのではないかと考えている。この骨に付けられた29本の刻み目を顕微鏡で分析したところ、4種類の道具を使って付けられていたことが明らかになった。これは、数を数えるのに4回使われたことを意味していて、d’Erricoは、この4回は別々の機会だったと考えている1。彼はさらに、過去20年間の発見は、古代人の認知能力の高さを示唆する抽象的な彫刻が、従来考えられていた時期より何十万年も前から始まっていたことを示していると言う。

約4万年前のヒヒの骨に付けられた刻み目。研究者は、数を数えるための原始的な方法だったと考えている。 | 拡大する

F. D’ERRICO & L. BACKWELL

一連の発見を踏まえて、d’Erricoは、動物の骨などに刻み目を付けて数値情報を記録する行為から記数法が生まれたというシナリオを提案している。先史時代の数の起源について発表されている仮説は現時点で2つしかなく、そのうちの1つが彼の仮説である。

d’Erricoは、全ては偶然始まったと考えている。初期のヒト族が動物の死骸を処理する際に、意図せずに骨に傷を付けた。やがて、ヒト族の認知能力が飛躍的に向上し、意図的に骨に印を付けると抽象的なデザインを作り出せることに気付いた。それは、インドネシアのトリニールで見つかった約43万年前の貝殻に付けられていた幾何学的な印のようなものかもしれない6。その後、認知能力の次の飛躍的向上が起きた。個々の印が意味を担うようになり、数値情報を担うものも出てきたのだ。レ・プラデル遺跡のハイエナの骨に付けられた刻み目は、この種の印として現在知られているものの中では最も古いかもしれないとd’Erricoは言う。彼は、自身が「文化的外適応(cultural exaptation)」と呼ぶさらなる飛躍によって、このような刻み目がやがて数を表す「1」「2」「3」などの記号の発明7につながっていったと考えている。

数直線は、古代人類が数を扱うために使用した道具に似ている。 | 拡大する

OLEKSANDR RUPETA/NURPHOTO VIA GETTY

d’Erricoは、自分のシナリオに穴があることを認めている。古代のヒト族が骨などの遺物に意図的に印を付けるようになった文化的・社会的要因や、これらの印を利用して数値情報を記録するようになった過程が明らかにされていないのだ。QUANTAの4人のリーダーの1人であるd’Erricoは、同プロジェクトでは、人類学、認知科学、言語学、考古学のデータを用いて、こうした社会的要因のより良い理解を目指すと言う。

難しい解釈

しかし、QUANTAに参加していない研究者だけでなく、同じプロジェクトのメンバーであるNúñezも、レ・プラデル遺跡の骨のような古代の人工遺物を解釈するのは難しいと指摘する。コロラド大学コロラドスプリングス校(米国)の認知考古学者であるKarenleigh Overmannは、オーストラリアのアボリジニが使っていたメッセージスティックを例に取って、その難しさを強調する。メッセージスティックは通常、平べったい、あるいは円柱状の木片で、刻み目が入っている。刻み目は数値情報のように見えるが、実際にはそうでないことが多い。

メッセージスティックについて概観する研究8をしたニューイングランド大学(オーストラリア・アーミデール)の言語人類学者Piers Kellyも、この点についてはOvermannと同意見だ。Kellyによると、メッセージスティックの中には数を記録する印に似たものが彫られているものもあるが、これらは伝言を頼まれた人がメッセージの詳細な内容を記憶するのに用いた視覚的な手掛かりであることが多いという。「量を数えることではなく、物語をするという行為を思い出させるのです」とKelly。

オーストラリアのアボリジニで、グーレングーレン(Gooreng Gooreng)コミュニティーとワッカワッカ(Wakka Wakka)コミュニティーに属するWunyungarは、メモリースティックが伝えるメッセージにはいくつかの種類があると言う。「食料や道具や武器の交換に利用されるものも、戦いの後に平和のメッセージを伝えるものもあります」。

Overmannは、先史時代に記数法が生まれた経緯を説明する独自の仮説を立てている。今でも世界中でさまざまな記数法が使われていることは、彼女の研究に大いに役に立った。例えば、エール大学(米国コネチカット州ニューヘイブン)の言語学者Claire BowernとJason Zentzは、2012年の調査で、アボリジニの139の言語では数詞が「3」または「4」までしかないと報告している。これらの言語の中には、「いくつかの」や「多くの」などの不定数詞を使って、もっと大きい値を表すものもあった9。さらに、ブラジル・アマゾンのピダハン族のように、数を全く使わないとされる集団もある10

比較的単純な記数法を使っている社会だからといって知的に劣っているというわけではないと、Overmannも他の研究者たちも強調する。しかし彼女は、そのような社会から、より精密な記数法を発展させる社会的圧力に関する手掛かりが得られるのではないかと考えている。

持ち物を数える

Overmannは2013年の研究11で、現代の世界各地に分布する33の狩猟採集社会に関する人類学的データを分析した。その結果、上限が「4」程度の単純な記数法を持つ社会では、武器や道具や宝飾品などの所有物がほとんどないことが多いことが分かった。これに対して、上限が「4」よりもはるかに大きい精密な記数法を持つ社会は、常に所有物が多かった。このことから彼女は、社会が精密な記数法を発展させるためにはさまざまな物を所有している必要があるのではないかと考えるようになった。

複雑な記数法を持つ社会には、記数法の発達過程を解き明かすのに役立つ手掛かりがあった。Overmannは、そうした社会の多くが、5進法、10進法、20進法のいずれかを用いていることに気付いた。これは、多くの記数法が、指を使って数を数えるところから始まっていることを示しているように思われた。

Overmannは、この指数えの段階が重要だと主張する。彼女は、オックスフォード大学(英国)の認知考古学者Lambros Malafourisが10年ほど前に提唱した「物質的関与論(material engagement theory;MET)」の体系を支持している12。METは、心は脳だけに収まるものではなく、道具や指などの物へと拡張されるとしている。この拡張により、概念は物質的な形を伴って実現するようになる。数を数えることで言えば、心が数を概念化するときには指も含まれていて、これにより数字は触知可能なものになり、足し算や引き算がしやすくなるというわけだ。

一部の研究者は、精神的な概念は脳だけに収まるものではなく、指などの「もの」へと拡張されると主張している。この考えは、物質的関与論(material engagement theory)と呼ばれる。 | 拡大する

MATTHEW HORWOOD/GETTY

指数えの段階を超えた社会は、数に対する社会的なニーズがより明確になったからそうなったのだと、Overmannは主張する。おそらく所有物の多い社会では、物を把握するために数(しかも「4」よりはるかに大きい数)を数える必要性が高くなる。

5500年〜5300年前のメソポタミアの粘土板。トークンを押し付け、その模様で数を表していたという。この粘土板は、シリア北部のテル・エ・スウェイハット遺跡で発見された。 | 拡大する

DEA /A. DAGLI ORTI/Getty

Overmannは、METは、記数法の精密化に所有物が必要であるもう1つの理由を示していると考えている。古代人が数を記録するのに使ったタリースティックのような人工遺物も心の拡張となり、タリースティックに刻み目を付ける行為は、数を数える際に数を固定し、安定させるのに役立つ。人間が大きな数を数えるようになる過程には、こうした補助的道具がなくてはならない役割を担っていたのかもしれない13。やがて、一部の社会はタリースティックを必要としなくなったとOvermannは言う。最初にその状況になったのは、都市が出現し始めて、資源や人を管理するために数へのニーズが大きくなったころのメソポタミアだった。5500年前には、この地域の一部の人々が、数を数える補助として小さな粘土製の物体(トークンと呼ばれる)を使い始めていたことが、考古学的証拠により示唆されている。

Overmannは、METによれば、これらのトークンも心の拡張であり、数の新しい特性を生み出していったと言う。トークンは、形によって異なる値を表すようになった。小さい円錐形のトークン10個は球形のトークン1個に相当し、球形のトークン6個は大きい円錐形のトークン1個に相当していた。つまり、大きい円錐は1個で小さい円錐60個に相当するため、人々は比較的少ない数のトークンで何千という数を数えられるようになったのだ。

ベルゲン大学(ノルウェー)の心理学者で、QUANTAプロジェクトのリーダーの1人であるAndrea Benderは、チームメンバーは今後、世界の記数法に関する大量のデータを収集して分析することになっていると説明する。それによって、社会が記数法を発展させ、最終的に何千あるいはそれ以上の数を数えられるようになる上で、「体の部位や人工遺物が一役買っていたのではないか」というOvermannの仮説を彼らは検証することができるだろう。しかしBenderは、自分たちはOvermannのMETに基づく考えが正しいことを前提にしているわけではないと言う。

Overmannの仮説をもっと熱心に支持する人々もいる。アントワープ大学(ベルギー)の哲学者Karim Zahidiは、Overmannのシナリオは現時点ではまだ不完全だが、今日使われている精密な記数法の発展を説明できるかもしれないと期待している。

言語的な手掛かり

Overmannは、自分の仮説がある1つの問題について、何も触れていないことを認めている。それは、先史時代の人間社会が記数法を考案し始めたのはいつなのか、という問題だ。この点については、言語学が助けになるかもしれない。ある証拠によると、数詞の歴史は少なくとも数万年前までさかのぼることができるようだ。

レディング大学(英国)の進化生物学者Mark Pagelらは、長年、生物進化の研究のために自身が開発した計算ツールを用いて、現存する語族の単語の歴史を調べてきた。この手法では基本的に、単語は、言語の広がりと多様化に伴って、安定した状態を維持するか、競争に敗れて別の単語に置き換えられる存在として扱う。例えば、水を表す英語の「water」とドイツ語の「wasser」が関連していることは明らかで、同じ古い単語を語源としているとされており、安定した単語の例となる。これに対して、手を表す英語の「hand」とスペイン語の「mano」の間に関連はなく、過去のある時期に置換されたことを示している。長い歳月の間にこのような置換がどのくらいの頻度で起きてきたかを評価することで、単語の変化速度を見積もり、単語の古さを推定することができる。

Pagelと、同じくレディング大学のAndrew Meadeは、この手法を用いて、小さい数を表す単語(「one」から「five」まで)が、話し言葉の中で特に安定していることを示した14。実際、これらの単語が語族(現代の欧州と南アジアの言語の多くを含むインド・ヨーロッパ語族など)の間で変化する頻度は非常に低く、1万年から10万年程度は安定していたと考えられている。

この研究は、さまざまな言語の「one」から「five」に相当する数詞が、何万年も前に話されていた最初の数詞に由来していることを証明するものではない。しかしPagelは、現代と旧石器時代のユーラシア人が、このような数詞については互いの言葉を理解できたかもしれないと考えることはできると言う。

Pagelの研究には、QUANTAのリーダーの1人であるGrayをはじめ、多くのファンがいる。しかし、彼の主張に対しては古代言語の研究者の一部から異議が出ている。ペンシルベニア大学(米国フィラデルフィア)の歴史言語学者であるDon Ringeは、小さい数を表す数詞がこの数千年間どれだけ安定しているように見えても、先史時代までさかのぼることができるかどうかははっきりしないと言う。

人類がいつ、どのようにして数を使い始めたかについては、多くの疑問が残っている。これらの疑問を巡って激しい議論が起きているが、研究者たちは、この問題はもっと注目されるべきだと考えている。「数は、私たちが行うこと全ての根幹を成しています」とGrayは言う。「人間が数なしに生きることなど想像できません」。

数は、はるか昔の先史時代から重要なものになっていたのかもしれない。ボーダー洞窟で発見された刻み目のあるヒヒの骨の表面は、摩耗してすべすべになっていた。これは、古代人たちが長年にわたって愛用していたことを意味している。「制作者にとって重要な品であったことは明らかです」とd’Erricoは言う。

一方、レ・プラデル遺跡の標本の表面はすべすべではない。数値情報が記録されていたとしても、さほど重要な情報ではなかったのかもしれない。d’Erricoらは長い時間をかけてこの骨を分析してきたが、約6万年前にハイエナの大腿骨に刻み目を付けたネアンデルタール人は、それをほとんど使わずに捨ててしまった可能性があるという。

(翻訳:三枝小夜子)

Colin Barrasは、米国ミシガン州アナーバー在住の科学ジャーナリスト。

参考文献

  1. D’Errico, F. et al. Phil. Trans. R. Soc. B 373, 20160518 (2018).
  2. Núñez, R. E. Trends Cogn. Sci. 21, 409–424 (2017).
  3. Rugani, R. Phil. Trans. R. Soc. B 373, 20160509 (2018).
  4. Nieder, A. Trends Cogn. Sci. 21, 403–404 (2017).
  5. Majkić, A., Evans, S., Stepanchuk, V., Tsvelykh, A. & D’Errico, F. PLoS ONE 12, e0173435 (2017).
  6. Joordens, J. C. A. et al. Nature 518, 228–231 (2015).
  7. D’Errico, F. & Colagè, I. Biol. Theory 13, 213–227 (2018).
  8. Kelly, P. J. Mater. Cult. 25, 133–152 (2020).
  9. Bowern, C. & Zentz, J. Anthropol. Linguist. 54, 133–160 (2012).
  10. Everett, D. L. Curr. Anthropol. 46, 621–646 (2005).
  11. Overmann, K. A. Camb. Archaeol. J. 23, 19–39 (2013).
  12. Malafouris, L. How Things Shape the Mind: A Theory of Material Engagement (MIT Press, 2013).
  13. Overmann, K. A. J. Cogn. Cult. 17, 354–373 (2017).
  14. Pagel, M. & Meade, A. Phil. Trans. R. Soc. B 373, 20160517 (2018).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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