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地球環境問題に挑む若手研究者たちがフィル・キャンベルから得たヒント

Credit: Boonyachoat/iStock/Getty

SDGs(持続可能な開発目標)が策定される以前から、地球の環境問題解決に向けた研究を熱心に進めてきた京都大学。その研究アウトプットの概要を、座談会冒頭、シュプリンガー・ネイチャー編集長でNature 前編集長のフィリップ・キャンベルは「Dimensions」(論文と助成金などのビッグデータを結んだデータベース)を使って分析してみせた。

分析結果は、同大学でSDGsに関連する幅広い研究が多数行われていることを示していた。その京都大学を代表する独創的なSDGs研究者として、この座談会のモデレーターを務めたマリオ・ロペズ准教授(同大学東南アジア地域研究所)と京都大学学術研究支援室(KURA)が白羽の矢を立てたのが、今回登壇した4人だ。彼らは「未来の社会を築いていくのは自分たちである」という強い自負の下、地球環境問題をさまざまな角度から研究している。

彼らがこの座談会で得た研究推進のヒントは、若手研究者のみならず、SDGsに関連する課題に取り組む全ての人にとって有益な情報となるはずだ。そこで後日、4人に取材を申し込んだ。

アドバイス1:他分野とつながるべし

―― SDGs達成に向けた研究は、1つの学問分野に収まらないことが多く、必然的に学際的になると、キャンベル氏は指摘していました。

レイエス: 同感です。私の研究テーマは、エネルギー転換で、石炭火力発電からの脱却といったことが、東南アジアなどの国々で、どのように進展しているかを調べています。その内容には、地理学、地質学、エネルギー科学、企業経営、政治経済など、さまざまな学問分野が関係してきます。

小川: 私は、大気中の窒素と海水と太陽光を利用して、淡水、電力、アンモニアの3つをうまく組み合わせて生産することにより、安価に窒素肥料などを生産するシステムを開発しています。窒素肥料は、食料生産に不可欠な物質です。肥料が行き届かないサブサハラアフリカなどの国々で、このシステムを実現することが目標です。

実現のためには、化学や工学はもちろん、環境への負荷を評価するライフサイクルアセスメント、経済的合理性を調べるための農業経済的分析、さらに、現地の国々の社会科学的な事情や関心の把握など、多岐にわたる専門性が求められます。自分たちだけで取り組むのではなく、共同研究により進めていこうと考えています。

遠藤: 植物プランクトンとウイルスを中心にして、微生物海洋学を研究しています。フィールド観測、実験、バイオインフォマティクスという多様なアプローチを用いているのですが、座談会で皆さんの話を聞いていて、カバーするスケールの大きさに驚きました。社会学的な、あるいは実際のコミュニティに関わった活動をされている。

フォイヤー: 現実世界の問題を解決しようとすると、どうしても学際的になりますね。私は農学研究科に所属して、郷土料理と健康の関係、若者の食事行動といったフードシステムについて研究しています。農学研究科の中で社会科学的研究を行っている唯一の部門です。

分野の境界線を超えた交流には、常に重きを置いてきました。特に、学問の間の境界だけでなく、研究者と社会の間の境界を超える「トランスディシプリナリー」を重要視しています。研究者が社会の現場の人と直接に共同研究をするのです。

例えば、カンボジアで食の教育に関する研究を行ったときは、カンボジアの教師とじかに共同してデータを収集作成しましたが、問題解決に直結する優れた方法であると実感しました。直接データが得られるのでエラーが少ないし、第三者を介さないので、長きにわたってその教師と交流を続けられ、研究のフォローアップを行うことができます。最初は手間がかかりますが、結果的に、得られたメリットには大きなものがありました。

レイエス: 私の研究でも、現地の政府関係者、企業経営幹部、鉱業従事者、地域社会の関係者などに直接話を聞くことに重きを置いています。経験に根差した現場の人たちの知識からアカデミアが学ぶことは多いのです。キャンベル氏も、アカデミアと社会との間の双方向の関係を推進する重要性を指摘していました。

アドバイス2:ステークホルダーを巻き込むべし

―― 研究者がステークホルダー(その分野の利害関係者)や政策立案者と関わりを持ち、影響力を及ぼしていくことが重要と、キャンベル氏は指摘。そうした取り組みを何か行っていますか?

レイエス: 先ほども申したように、通常は専門的議論の場から外されがちな人たちも含め、さまざまなステークホルダーを研究に含めるようにしています。エネルギー転換は、単に技術的な問題にとどまりません。費用はどれくらいで、誰が利益を得て誰が失うのか、将来どんな社会を目指しているのか、という広い視野に立った議論が人々に共有される必要があるからです。

小川: 私の研究は、現在はまだ経済的合理性を最適化する基礎研究段階にあるのですが、ステークホルダーに働き掛けることは少しずつ行っています。例えば、大学の研究を通じてヨルダンの水灌漑省の元大臣と知り合い、ヨルダンで人脈を形成してきました。水不足や食料不足が大きな問題となっているヨルダンで、ふんだんにある太陽光と海水を使って、淡水と窒素肥料を作ることを想定しています。

遠藤: 私は、これまでの研究生活において、それが環境科学に貢献できるか否かを基準に、今やるべきことを選択してきました。私の研究の最も重要なステークホルダーは、将来世代あるいは環境破壊に見合う経済活動の利益を十分に享受していない開発途上国であると捉えています。彼らに対して責任を果たすことが、研究のモチベーションです。

将来的には、自分の微生物海洋学の研究成果を通して、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書などにも貢献したいと考えています。IPCCが発行する報告書は、意思決定者である行政に対して影響力を行使できる可能性を持つからです。

フォイヤー: 私は現場のパートナーと共同研究を行っていますが、そうしたステークホルダーとの関係が環境を変える直接の影響力になるかどうかは、私の場合は、定かではありません。遠藤さんが触れたように、キーパーソンが、例えば行政の政策立案者や教育委員会だったりするからです。

そして、キーパーソンに影響力を及ぼすには、ある程度の規模の研究を続けられることが必要です。しかし日本では、既に実績や地位のある研究者でないと、そうした規模の研究費を得るのはとても難しい状況にあります。

若手研究者に「共通の悩み」

―― 若手研究者は、十分な研究費を獲得するのが難しいということですが。

フォイヤー: 若手研究者が、ポスドクなどを1人雇い、チームとして研究を行うためには、ある程度の規模の予算が必要です。しかし、そのレベルの研究費を科研費などから得るのは、若手にはとても難しいのです。

ドイツのボン大学では、私はPh.D. 取得後、ポスドク1人を雇う研究費を獲得することができました。日本では若手が、何か革新的なことを始めようとしたとき、そのリスクを引き受けてもらえる機会や手段が非常に少ないと感じます。

レイエス: 私もそれを残念に思います。私のエネルギー転換の研究では、地球・地域・国の3つのレベルでの比較が重要です。しかし、スタッフを雇うことができないために、1人で3つ全部のレベルを扱うのは難しいと科研費の申請段階でアドバイスされ、小さいテーマに変更せざるを得ませんでした。

小川: 確かに、大学の若手研究者が十分な人手を確保することは難しいと感じています。研究助成金は環境省や経産省からも出ているので、いろいろな枠を探ったりしてみるのもよいと思っています。

―― 研究をする上で困っていることは、他にもありますか。

遠藤: 日々、時間の不足を痛感しています。純粋に研究に割ける時間が足りません。

小川: マネージメントに割かなければならない時間が非常に多く、問題を感じています。申請書や報告書など、書くことが多過ぎます。

遠藤: 研究室に来る学生の指導などは、研究の一環と捉えて最優先しています。しかし、それとて力を入れ過ぎると、自身の研究とのバランスが取れなくなります。特にバイオインフォマティクスの分野は進展が早いので、自身でも研究していないと、学生を教育することもできないのです。忙しい私の姿を見て、学生が、研究者になることに魅力を感じなくなってしまうのではないかと心配になります。

フォイヤー: 私は、大学教員の仕事の成果が論文だけで評価され、マネジメントや教育で上げた成果は評価されにくいというシステムそのものを、大変残念に思っています。例えば、教育者としては「非常に優秀」で、研究者としては「真ん中程度」の人がいてもいいのではないでしょうか。

遠藤: 座談会では、大学の社会的貢献度などを定量化するツールとしてDimensionsが紹介されました。優れたツールだと興味を持ちましたが、これがもし、大学教員の評価に使われるようなことがあると、心配な点も出てきます。研究の成果は論文の数だけでは測れないのは当然ですし、また、日本語での活動が十分に評価されるのかといった不安も残ります。多様なツールやデータが評価に用いられることを願っています。

―― 論文出版に関連した疑問も話に上りました。

小川: SDGs達成に向けた研究の投稿に適した、分野融合的な学術誌の発行が座談会で紹介されました。喜ばしいことですが、それでも、分野が多岐にわたる私の研究が、査読者や編集者に十分に理解してもらえるだろうかという不安はいつもあります。

レイエス: 論文の査読を担当していますが、自分のよく知らない分野が含まれている学際的研究の場合には、本当に難しさを感じます。

フォイヤー: 私は、論文著者名に実際の貢献度が必ずしも反映されない問題について、キャンベル氏に質問しました。職を得る際などには、筆頭著者であることが重要視されるので、深刻な問題だからです。また、実際に参加していない教授などの名前が著者として載ることもあります。この状況の改善に出版社が取り組んでいることを聞けて、よかったと思います。

私の考えでは、その研究で誰が何をしたかの「著者の解説」を公開するという方法があるとよいと考えます。実際の貢献が明確になるからです。

座談会を終えて

遠藤: 広い領域の人たちとのこのような座談会は、初めての経験でした。座談会ではいくつかの質問を受けましたが、専門家でない方の視点から、有用な示唆をもらえました。

小川: 定量化しにくいと想像される文系の分野の研究者と出会えたことが貴重です。私の開発しているシステムを、現地の人たちの要望に沿ったものとするために社会・経済学的な研究に飛び込んだところなので、教えていただきたいことがまだたくさんあります。

レイエス: 今回のテーマはまさしく私の研究に重なっており、全てが有益でした。また、エネルギー転換の分野ではもともと女性研究者が少ないのですが、女性研究者も活躍していることを最後に付け加えておきます。Google Scholarなどでトピックを検索すると、まるで女性の貢献がないように見えるかもしれませんが、これは、被引用数の多い順番で論文が並び、上位を占める注目度の高い論文はますます注目を浴びる構造になっているためです。

フォイヤー: 出版社がビッグデータを活用し、研究の発表や引用、利用の情報をリアルタイムで追跡している様子を座談会で知って、興味深かったです。

私が1つ懸念するのは、英語で書かれた論文は、世界に存在する研究のごく一部を紹介するにすぎないということ。例えばカンボジアなどでは、Nature をはじめとする通常の学術的な出版プラットフォームには乗らない、英語以外の言語で書かれた論文がたくさんあるのです。開発途上国の研究が、通常のきちんとした出版プロセスに進めるようにサポートされ、地域の研究情報が反映されることを期待しています。座談会では、グローバルだけでなく、ローカルな研究の重要性も強調されていたので、なおさらそのように思います。

藤川良子(サイエンスライター)

Profile

ジュリー・デロス・レイエス

京都大学 東南アジア地域研究研究所 特定助教

フィリピン大学卒業後、オランダの環境研究機関(NGO)に7年間勤務。その後、ヨーク大学(英)で2010年にMA(行政学および公共政策)、2011年バルセロナ国際研究所(スペイン)でMA(国際関係)、2012年マンチェスター大学(英)でPh.D(地理学)を取得。同大学で研究生活を送った後、2019年より現職。

自然と社会との関係が一貫した研究テーマ。特に、自然環境と経済が互いにどのように影響し合い、変容するかに興味がある。現在は、東南アジアにおけるエネルギー転換について研究している。例えば、母国フィリピンでは、化石燃料である石炭への依存度が高いが、石炭からの脱却の足かせとなる政治的・経済的な構造は何かを分析している。

ジュリー・デロス・レイエス

ハート・ナダヴ・フォイヤー

京都大学 大学院 農学研究科(農学原論)特定講師

米国でラファイエット大学を卒業後、アラバ環境研究所(イスラエル)にて環境科学を1年間学ぶ。その後、オックスフォード大学(英)で開発学を学び、2008年研究修士取得。ボン大学(独)で農村社会学を学び、2013年Ph.D取得。2015年より、京都大学大学院農学研究科特定助教を経て、2017年より現職。

食文化、食と栄養、将来のフードシステムのあり方などを探っている。例えば、伝統食や名産品などの継承、それらが健康、飢餓、持続可能な消費、仕事のやりがいなどに結びつく可能性を調べている。特にカンボジアをはじめとする東南アジアや日本に興味をもつ。郷土料理と健康、若者の食事行動、食品の地理的表示なども最近の研究テーマにしている。

ハート・ナダヴ・フォイヤー

小川 敬也(おがわ たかや)

京都大学 大学院 エネルギー科学研究科/白眉センター 特定助教

2009年東京大学学士(工学)、2011年東京大学大学院修士(工学)、2013年東京工業大学大学院修士(技術経営)、2014年東京工業大学大学院博士(理学)。東京工業大学博士研究員、マサチューセッツ工科大学博士研究員、スタンフォード大学博士研究員を経て、2018年より現職。

水・電気・アンモニアを同時生産するシステムの構築を研究。アンモニアは人類に不可欠な肥料であると同時に、エネルギー貯蔵体としても重要。この3つを同時に組み合わせて作ると、高いエネルギー効率で、しかも低廉なコストでできるようになる。この生産システムを経済的合理性に基づいて構築し、飢餓に苦しむ国々で実装することを目指している。

小川 敬也

遠藤 寿(えんどう ひさし)

京都大学 化学研究所附属バイオインフォマティクスセンター 助教

2013年北海道大学大学院地球環境科学研究院博士(環境科学)。同大学博士研究員を経て、2017年より現職。

微生物海洋学を研究している。特に、植物プランクトンとウイルスの生物地球科学的循環における役割を調べている。海洋は二酸化炭素のリザーバーとして最も重要な存在であり、植物プランクトンはその海洋における一次生産者、ウイルスはその一次生産者に感染する。現在は、特に、近年発見された巨大ウイルスの役割について調べている。

遠藤 寿

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2021.210832