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欧州最古のヒトDNAが明かす、後期旧石器時代の人類の交雑事情

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2021.210702

原文:Nature (2021-04-07) | doi: 10.1038/d41586-021-00916-0 | Oldest DNA from a Homo sapiens reveals surprisingly recent Neanderthal ancestry

Ewen Callaway

欧州最初期の現生人類の複数のゲノム情報から、現生人類とネアンデルタール人の交雑が中東だけでなく欧州でもごく一般的だったことが分かった。

ズラティクン(Zlatý kůň)洞窟で発見された現生人類の女性の頭蓋骨。 | 拡大する

Rosen Spasov, MPI-EVA Leipzig

ブルガリアとチェコ共和国でそれぞれ発見された、約4万5000年前の現生人類の複数個体に関する2つのゲノム研究から、この時代の欧州の現生人類の多くは、家系図をたどると祖先にネアンデルタール人がいたことが明らかになった。ただし、彼ら自身は後の欧州人集団の祖先ではなかったという。これらの知見は、Nature 2021年4月8日号253ページ1と、Nature Ecology & Evolution 2021年6月号820ページ2で報告された。

今回の研究によって、現生人類がネアンデルタール人などの絶滅した近縁種と頻繁に交雑していたことを示す証拠がまたいくつか増えたと、テルアビブ大学(イスラエル)の古遺伝学者Viviane Slonは言う。「異なる年代、異なる場所で、こうした交雑が何度も繰り返し起きていたのです」。

欧州とアジアにおける最初期の現生人類の遺伝史は、長く不明瞭だった。絶滅した近縁種については、43万年前の個体までDNA塩基配列が解読されているが(2016年6月号「43万年前のヒト核ゲノムで判明した驚きの人類進化史」参照)、現生人類に関しては、「後期旧石器時代初頭(IUP)」として知られる約4万7000~4万年前の遺伝情報がわずか3例得られているだけである。

それらは、シベリアのウスチイシムで発見された約4万5000年前の個体(2015年1月号「4万5000年前の現生人類のゲノム配列が明らかに」参照)と、ルーマニアのペシュテラ・ク・ワセで発見された約4万2000~3万7000年前の個体(2015年7月号「欧州最古の現生人類化石、4世代前にネアンデルタール人と混血か?」参照)、中国の田園洞で発見された4万年前の個体のもので、これらのゲノム情報からは、ウスチイシム個体とペシュテラ・ク・ワセ個体は後の集団に寄与しなかったが、田園洞個体は古代および現代の東アジア人に部分的に寄与したことが示されている3–5

純粋なアフリカ人を除く全ての現代人がそうであるように、これらの古代ユーラシア人もゲノムの一部にネアンデルタール人由来のDNAを保持しており、2014年のウスチイシム個体の研究では、こうしたネアンデルタール人由来のDNA断片は約6万〜5万年前の中東での交雑に起因すると結論付けられた3。ところが、続く2015年のペシュテラ・ク・ワセ個体の研究では、わずか4~6世代前の祖先にネアンデルタール人がいたことが判明4。これは、中東での交雑以降に欧州でも交雑が起きていたことを示唆していた。

だが、この1個体の情報だけでは、欧州での交雑の頻度までは分からなかった。ペシュテラ・ク・ワセ個体が生きていた約4万年前ごろには、ネアンデルタール人は既に減少し、一帯から姿を消し始めていたからだ。

今回、共に2021年4月7日付でオンライン先行発表された2報の論文は、欧州最初期の現生人類とその後の欧州人集団、そしてネアンデルタール人の間の関係をより鮮明に描き出す一方、新たな疑問も投げ掛けている。

Nature 論文1では、マックス・プランク進化人類学研究所(ドイツ・ライプチヒ)の分子生物学者Mateja Hajdinjakと進化遺伝学者Svante Pääboが率いる研究チームが、ブルガリアのバチョキロ(Bacho Kiro)洞窟で発見された歯とさまざまな骨片から成る計7点の標本を調べ、最も古い4万5900~4万2600年前の3個体についてゲノム規模のデータを得ている。これらの3個体はいずれもネアンデルタール人を近い祖先に持ち、そのゲノムに含まれるネアンデルタール人由来のDNAの割合は3.0〜3.8%であった。これは、現代の非アフリカ人のゲノムにおける約2%という割合よりやや多い。また、バチョキロの3個体のゲノムに見られるネアンデルタール人由来のDNA断片はかなり長く、それらのゲノム内での分布状況から、バチョキロの3個体には6~7世代前という近い祖先にネアンデルタール人がいたと推定された。その起源となった交雑は、おそらく中東ではなく欧州で起こったと考えられる。

バチョキロ(Bacho Kiro)洞窟で発見された現生人類の下顎第2大臼歯。 | 拡大する

一方、Nature Ecology & Evolution論文2では、チェコ共和国のズラティクン(Zlatý kůň)洞窟で出土した、1点の頭蓋骨のゲノムが報告されている。研究を共同で率いたマックス・プランク進化人類学研究所の古遺伝学者Johannes Krauseは、「この頭蓋骨の持ち主である女性には、70〜80世代前にネアンデルタール人の祖先がいました。年代でいうと約2000~3000年さかのぼることになります」と説明する。1950年代に発見されたこの標本は、処理に使われたと見られる動物性の膠の成分によって著しく汚染されており、年代測定は困難を極めたが、Krauseらは最終的に、ゲノムに含まれるネアンデルタール人由来のDNA断片の長さに基づいて年代を推定。ウスチイシム個体のゲノムとの比較から、ズラティクン個体が生きていた年代を少なくとも4万5000年前と結論付けた。これは、バチョキロの3個体の年代とほぼ同じである。「これで、最古のヒトゲノムがいくつかそろいました」とHajdinjakは言う。

系統をたどる

系統的に、バチョキロの3個体とズラティクンの女性は、古今を問わず後の欧州人集団とは無関係だったようだ。これは、これらの個体が属していた集団がその後一帯から姿を消したことを意味する。ところが驚くべきことに、バチョキロの3個体には、遠く離れた現代の東アジア人やアメリカ先住民とのつながりが見いだされた。Hajdinjakは、「バチョキロの3個体は、かつてユーラシア全域に居住した大きな1つの集団に属していて、それが後に欧州では消滅したものの、アジアでは存続したということではないでしょうか」と語る。

また、ライデン大学(オランダ)の考古学者Marie Soressiは、IUPに一般的な石器などの人工物は、ネアンデルタール人や後の現生人類集団の典型的な道具類とは明らかに異なっており、文化的な交流や、場合によっては集団の混合の結果として生じた可能性があると指摘する。「何が起こったのか、歴史がどのように流れたのか、そして異なる集団間の出会いがどの程度平和的なものだったかについて、理解をさらに深める必要があります」とSoressiは語る。

(翻訳:小林盛方)

参考文献

  1. Hajdinjak, M. et al. Nature 592, 253–257 (2021).
  2. Prüfer, K. et al. Nature Ecol. Evol. 5, 820–825 (2021).
  3. Fu, Q. et al. Nature 514, 445–449 (2014).
  4. Fu, Q. et al. Nature 524, 216–219 (2015).
  5. Yang, M. A. et al. Curr. Biol. 27, 3202–3208.e9 (2017).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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