小さな太鼓で量子もつれを観測
Kotlerらが量子もつれの実証に使用した、2つの非常に小さなアルミニウム膜(右下)の走査型電子顕微鏡写真。大きならせん形はインダクター(µm:マイクロメートル、米国立標準技術研究所のFlorent LecocqとShlomi Kotler提供)。 Credit: Florent Lecocq and Shlomi Kotler/NIST
これまで光子や原子などで実現されることが普通だった量子もつれ(エンタングルメント)という奇妙な現象が、肉眼でかろうじて見えるほどの大きさの、2つの小さな太鼓(アルミニウム膜)でも生じるという証拠が実験で得られた。また、量子系の測定における制限を巧妙に回避する測定方法も、同様のアルミニウム膜で実証された。こうした実験・測定技術は、従来の計算機をはるかに超える計算能力を持つ量子計算機や、前例のない感度を持つ計測装置を作るのに役立つ可能性がある。
この研究結果は、米国立標準技術研究所(NIST;コロラド州ボールダー)の物理学者Shlomi Kotlerらのグループと、アールト大学(フィンランド・エスポー)の物理学者Mika Sillanpääらのグループが、それぞれScience 2021年5月7日号で報告した1,2。
量子力学によると、2つの物体は「もつれた」状態になることがある。もつれた状態では、2つの物体の位置や運動量などの測定可能な性質は、2つの物体がどれほど遠く離れていても互いに相関する。この相関は、古典物理学では必ず成り立つはずの不等式(限界)を破る。量子もつれは、例えば通信などに応用できると考えられている。
量子力学が有効なのは、ミクロの世界に限定されるわけではないはずだと考えられている。しかし、大きなスケール(例えば猫の大きさ)では、重ね合わせや量子もつれなどの量子効果は見えないように感じられる。物理学者たちは、これが、単なる私たちの感覚と装置の限界なのか、巨視的な物体は量子力学とは根本的に異なる法則に従っているのかについて長く議論してきた。物理学者たちはこの問題を調べるため、より大きなスケールで量子効果を観測しようと試みてきた。Sillanpääは「私たちの研究の1つの重点は、古典的世界に量子現象はあるのか、ということです」と話す。
量子の太鼓
Kotlerらは、2つの振動するアルミニウム膜で、もつれ状態を実現した。このアルミニウム膜は、それぞれ直径10µmほどの大きさ、質量は70ピコグラム(1ピコグラムは1兆分の1g)で、見た目は小さな太鼓のようだ。アルミニウム膜は肉眼ではかろうじて見える大きさだが、それぞれが約1兆個の原子でできていて、量子世界の標準的な大きさに比べれば巨大だ。
現在はヘブライ大学(イスラエル・エルサレム)に所属するKotlerは、「1世紀前に物理学者たちが量子力学を発見したとき、これほど大きなもので実験を行うことになるとは想像しませんでした」と話す。
アルミニウム膜は機械的な振動子だが、コンデンサーの極板にもなっていて、インダクター(コイル)に電気的に接続されており、マイクロ波の共振器も構成している。Kotlerらは、2つのアルミニウム膜にマイクロ波を当てて膜の振動を操作し、また、共振器を介して2つの膜を相互作用させ、膜の運動がもつれた状態になるようにした。
この結果、振動している2つの膜のそれぞれについて、「位置(平らな状態からの変位)と運動量」に対応する2つの量をマイクロ波で測定すると、一方の量は2つの膜で常に同じ値が得られ、もう一方の量は大きさが同じで逆符号の値が得られ、運動が相関していることが確かめられた。この相関の程度を計算すると、量子もつれが満たすべき基準値を超えていた。
これまでに他の2つの研究で、巨視的な振動物体について類似した測定が行われ、もつれた状態の間接的な証拠が示された3,4。Kotlerらは、素子から得られるシグナルを事前に増幅することにより、より直接的にもつれを観察することができた。Kotlerらは、これは、レコードプレーヤーがアンプに信号を送る前に、信号を事前に増幅して雑音を減らしているようなものだ、と説明する。また、彼らは既存の技術をさらに改良し、もつれを確実に作ることができた。
「この方法は、膜のアレイ(配列)の振動に情報を符号化する量子計算機に応用することが考えられます。その際には事前増幅は不可欠なものになるでしょう」とKotlerは話す。これは、超伝導電流や原子系を使う、現在普及している量子計算機の実現方法とは根本的に異なる方法だ。インターネット通販大手のアマゾン社は最近、振動する結晶を使って量子情報を符号化し、処理する可能性を研究していると発表した。
既存の量子計算機の1つ、IBM社が開発したIBM Qシステムワン。2019年10月、米国ニューヨーク州ヨークタウンハイツの同社研究所で。 Credit: Misha Friedman/Getty Images
測定の反作用を回避
一方、Sillanpääらの研究グループは、1対の非常に小さなアルミニウム膜を使い、測定の反作用を回避する方法を実証した。通常、物体の位置を正確に測定すると、その反作用で物体の運動量は乱され、正確に分からなくなってしまう。
Sillanpääらも、膜にマイクロ波を当てて膜の振動を操作し、かつ、膜の位置などを読み出した。彼らは、2つの膜を組み合わせて1つの振動子を構成した。そして、この1つの振動子の「位置と運動量」に対応する2つの量を測定した。
Sillanpääらは、測定の反作用を測定していない量に押し付けることで、「位置と運動量」に対応する2つの量を両方とも、ほとんど測定の反作用なしに高い精度で測定することができた。サイモン・フレイザー大学(カナダ・ブリティッシュコロンビア州バーナビー)の理論物理学者Hoi-Kwan Lauは、「Sillanpääらは、基本的な限界を回避するために、量子力学を使って量子力学をハッキングしたのです」と話す。
この技術は、量子力学が測定に課す制限を回避する機器の開発につながる可能性がある。「1つの応用は力のセンサーでしょう。素子の設計により、磁力や重力など、さまざまな種類の力を測定できるかもしれません」とLauは話す。
Sillanpääらの方法は、2つの膜をもつれた状態にし、さらにもつれた状態を安定化することもできた。この測定技術は巨視的な物体のもつれが自発的にどう発展するかを研究する可能性を開く。アールト大学でのSillanpääの同僚であり、論文の共著者であるLaure Mercier de Lépinayは、「私たちは、もつれた状態を壊さずに、それを連続的に測定できるのです」と話す。
翻訳:新庄直樹
Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 7
DOI: 10.1038/ndigest.2021.210704
原文
Minuscule drums push the limits of quantum weirdness- Nature (2021-05-06) | DOI: 10.1038/d41586-021-01223-4
- Davide Castelvecchi
参考文献
- Kotler, S. et al. Science 372, 622–625 (2021).
- Mercier de Lépinay, L. et al. Science 372, 625–629 (2021).
- Riedinger, R. et al. Nature 556, 473–477 (2018).
- Ockeloen-Korppi, C. F. et al. Nature 556, 478–482 (2018).
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