ガラスの原子構造の画像化に、ついに成功
ガラスは、結晶のような長距離周期性を持たないため、原子構造の解明が非常に困難だった。 Credit: chameleonseye/iStock/Getty
材料中の全ての原子の種類(それがどの元素か)と三次元(3D)的な位置が分かれば、少なくとも原理的には、物理法則を用いてその材料の物理的特性を予測することができる。結晶材料は原子配置が長距離周期性を持つため、これを利用して開発された、回折実験と対称性の数学を組み合わせた強力な方法によって、材料内の原子構造を精密に決定することができる。また、結晶内での欠陥発生の原因となる周期性からのずれも、サブオングストロームの分解能で画像化が可能だ。これに対し、非晶質材料であるガラスは長距離周期性を持たないため、こうした方法は適用できず、ガラスの原子構造に関する我々の知識は、これまで間接的なものに限られていた。そんな中、今回カリフォルニア大学ロサンゼルス校(米国)のYao Yangら1は、ナノメートルサイズの金属ガラス試料において全ての原子の空間配置を実験的に決定し、Nature 2021年4月1日号60ページで報告した。
この偉業は、原子分解能の電子線トモグラフィー法を用いて成し遂げられた。電子線トモグラフィー法とは、試料を少しずつ傾斜させながら電子ビームを透過させることで、さまざまな方向からの2D投影像を取得し、得られた一連の連続傾斜像から3D像を再構成する方法である。原子分解能の電子線トモグラフィー法は、10年ほど前から結晶の原子構造決定に使われてきた2,3。ところが、結晶材料では、完全な3D原子構造の再構築に必要な情報のほとんどが、ほんの数枚の2D像に含まれている(こうした画像は、3D空間の前後の原子が重なり合い、それらが間隔を空けて多数の列を成しているように見える角度に試料を傾斜させることで得られる)4のに対し、ガラスには、残念ながらそうした特別な方向性は存在しない。
今回の実験の代表的な画像
a 連続傾斜像の1例(スケールバーは2nm)。
b 一連の傾斜像に基づく2Dパワースペクトル画像。非晶質ハローが見られる。
c, d 再構成された3D像の断面図(xy平面とyz平面)。 Credit: Ref.1
非晶質の生体分子も特別な方向性を欠くが、電子顕微鏡学者たちは、1種類の生体分子につき、ほぼ同一のコピーを数百万と調べることでこの問題を克服し、最終的に、原子分解能のトモグラフィー再構成を達成している5。しかし、ガラスはどのナノ領域を取っても同じ構造はないため、Yangらは別の戦略を採用しなければならなかった。彼らが用いた手法はこうだ。まず、ひずみを補正したり、画像信号を不明瞭にするノイズを低減したりする、最先端の精巧なコンピューター画像化手法を複数組み合わせて、金属ガラス試料をさまざまな方向から見たときの微妙なコントラストの変化を捉えた、一連の高品質2D画像を生成した。そして、独自に開発したアルゴリズムを用いて、それらの画像から原子分解能の3D像を再構成した(図1)。今回の方法では、個々の原子の種類までは特定されていないものの、原子番号はある程度絞り込まれており、各原子には3つのタイプのうち1つが割り当てられている(この金属ガラスは8種類の元素で構成されており、タイプ1には2種類、タイプ2には4種類、タイプ3には2種類の元素が含まれる)。
ガラス構造の理論的記述は、原子モチーフを規定する古くからの基本原理に基づいている。原子間の結合が共有結合であるガラス(普通の窓ガラスなど)には、結合長と結合角が維持されるという原理があり、その原子モチーフは、結合の連続的なランダムネットワークである6(図1a)。この原理は、例えば、さまざまな結合数を持つ原子にも当てはまるよう発展されている7。
一方、原子間の結合が金属結合であるガラスには、球状原子が密にランダム充填されるという原理があり8(図1b)、その原子モチーフは、さまざまな多面体(フランク–カスパー相の多面体9など)の頂点を規定する原子のクラスターである。この稠密ランダム充填の原理もまた、他の元素と優先的に結合する一部の元素の化学的傾向を含む形に発展されている10。こうした金属ガラス構造の描写のさまざまな側面が、実験によって裏付けられてきた11が、構造内の全ての原子についてその種類と固有の配置を決定できたのは、これまでコンピューターシミュレーションだけだった12。しかも残念なことに、シミュレーションでモデル化可能なのは短い時間スケールの原子運動のみで、ガラスやガラス形成液体中で起こる非常に遅い原子の動きは捉えることができない。そのため、ガラスの原子構造を予測する能力は制限されていた。
Yangらの研究結果(図1c)は、金属ガラスの構造に関する現在のモデルの実験による確認に向けた大きな一歩である。例えば、今回の構造解析では、溶質原子(ガラス中に少量存在する原子)が溶媒原子(ガラス原子の大部分を占める原子)のクラスターの中心に見られる、というモデルを支持する結果が得られている。こうしたクラスターは、原子スケールよりも大きな長さスケールで密に詰まる「超原子」として働いて、ガラス構造を形成する13。Yangらは、今回調べた金属ガラスのクラスターには、高密度で充填しているものと、そうでないものが存在することを示している。こうした一部のクラスターの低密度充填は、金属ガラス試料を合成する際に行った極端な急冷に起因する可能性もあるが、現在のモデルに重要な欠落があることを指摘するものである可能性もある。
図1 ガラスの原子構造
ガラス構造に関する我々の知識は、単純な物理的原理から発展した古くからのモデルに基づいてきた。
a 原子間の結合が共有結合であるガラスに提案された、結合長と結合角が維持された、連続的なランダムネットワーク6。
b 原子間の結合が金属結合であるガラスに提案された、球状原子が密に詰まった稠密ランダム充填構造8。
c Yangら1は今回、原子分解能の電子線トモグラフィー法を用い、ナノメートルサイズの金属ガラス試料において全ての原子の配置を決定した。個々の原子の種類までは特定できていないが、原子番号はある程度絞り込まれており、各原子には3つのタイプのうちの1つが割り当てられた。この金属ガラスは8種類の元素で構成されており、タイプ1(緑色)には2種類、タイプ2(青色)には4種類、タイプ3(赤色)には2種類の元素が含まれる。完全に解像された原子のデータが利用可能になったことで、aやbと比較して、ガラスに関する理解が大きく進展した。 Credit: ANDREW DIXON
次なる実験課題は、全ての原子についてその種類を特定すること、そして、原子配置の決定精度を向上させることだろう。元素の特定については、今回の金属ガラスよりも組成が単純なガラスであれば可能なはずである。精度については、Yangらは今回、原子配置のランダム不確かさを21ピコメートル(1pmは10−12m)と報告している。これは極めて短い距離だが、この試料中で最も一般的な原子間距離に対しては約8%に相当する。そのため、原子配置のこの規模での変動は、原子間の結合エネルギーや超原子クラスターの形状の大きな変化につながると予想される。この不確かさはまた、今回観察された多面体の存在量が、以前報告されたシミュレーションによる予測結果と異なっている理由の説明になる可能性もある12。もし、シミュレーション内の全ての原子がランダムに最大21pm移動したなら、結果として得られる多面体分布はYangらの観察結果に似たものになるかもしれない。今回の構造評価の結果(原子を超原子クラスターに分割する独特な方法と、そうしたクラスターの充填)が調べた金属ガラス系に対する最良の理論的記述なのか、そして、溶質を中心とするクラスターが金属ガラス構造の最も有用な一般的記述になるのかについては、今後の研究で明らかになってくるだろう。
Credit: Ref.1
今回用いられたような先進的な電子線トモグラフィー法によって、ガラス科学は大きく進歩すると期待される。より多くの金属ガラス試料について完全な原子構造データが取得できれば、新たなガラス形成合金の発見方法の開発に役立つ知見が得られるだけでなく、ポリアモルファス(多形性の非晶質)14や構造異方性ガラス15といった特異な材料に関する我々の理解も深まると思われる。また、こうしたデータは、ガラスの構造欠陥を評価する手法への道を開く可能性もある(構造欠陥の評価は現在、分光学的特徴を持つ欠陥に限られている)。さらに、量子コンピューターで使われる超伝導量子ビットや重力波観測施設LIGOなどの技術は、2準位系16 ,17として知られるガラス欠陥によって制限を受けるが、そうした欠陥は、構造からではなく欠陥によって生じる効果でしか検出できない。ガラスの欠陥構造を特定できるようになれば、こうしたさまざまな用途向けのより優れた材料の設計に向けた第一歩となるだろう。未来の可能性は尽きないが、今はただ、ガラス中の全ての原子の空間配置を決定するという、ガラス研究者たちが90年以上前から夢見てきた偉業6をついに達成したYangらに、心から拍手を送りたい。
翻訳:藤野正美
Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 7
DOI: 10.1038/ndigest.2021.210735
原文
Atomic structure of a glass imaged at last- Nature (2021-04-01) | DOI: 10.1038/d41586-021-00794-6
- Paul Voyles
- Paul Voylesは、ウィスコンシン大学マディソン校(米国)に所属。
参考文献
- Yang, Y. et al. Nature 592, 60–64 (2021).
- Van Aert, S., Batenburg, K. J., Rossell, M. D., Erni, R. & Van Tendeloo, G. Nature 470, 374–377 (2011).
- Scott, M. C. et al. Nature 483, 444–447 (2012).
- Collins, S. M. et al. Phys. Rev. Lett. 119, 166101 (2017).
- Herzik, M. A. Jr Nature 587, 39–40 (2020).
- Zachariasen, W. J. Am. Chem. Soc. 54, 3841–3851 (1932).
- Warren, B. E. & Biscob, J. J. Am. Ceram. Soc. 21, 259–265 (1938).
- Bernal, J. D. Proc. R. Soc. Lond. A 280, 299–322 (1964).
- Frank, F. C. & Kasper, J. S. Acta Crystallogr. 12, 483–499 (1959).
- Gaskell, P. H. Nature 276, 484–485 (1978).
- Cheng, Y. Q. & Ma, E. Prog. Mater. Sci. 56, 379–473 (2011).
- Sheng, H. W., Luo, W. K., Alamgir, F. M., Bai, J. M. & Ma, E. Nature 439, 419–425 (2006).
- Miracle, D. B. Nature Mater. 3, 697–702 (2004).
- Zhu, M., Wang, J.-Q., Perepezko, J. H. & Yu, L. J. Chem. Phys. 142, 244504 (2015).
- Bishop, C. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 116, 21421–21426 (2019).
- Martinis, J. M. et al. Phys. Rev. Lett. 95, 210503 (2005).
- Martin, I. W. & Reid, S. in Optical Coatings and Thermal Noise in Precision Measurement (eds Harry, G., Bodiya, T. P. & DeSalvo, R.) 237–258 (Cambridge Univ. Press, 2012).
関連記事
Advertisement