Editorial

臨床試験の参加者を増やすために、適格性基準を改定すべきだ

臨床試験参加者は、若くて健康な人が選ばれやすい傾向があり、「患者」を正しく代表していない可能性がある。 Credit: BSIP/Universal Images Group/Getty

米国ノースカロライナ州在住のPatty Spearsは、乳がんの再発可能性を低下させるためのがんワクチンの臨床試験への参加に何度も応募し、3度目の応募でようやく参加が認められた。最初と2度目に応募した臨床試験では、Spearsは適格性基準(臨床試験に参加できる人を決定する厳格なガイドライン)に適合しなかったのだ。適格性基準は、若くて健康な人が選ばれやすい傾向がある。3度目の応募でも、Spearsの白血球数は臨床試験の最低条件をわずかに上回る程度だったが、かろうじて落選を免れた。

これは、20年以上前の話だ。現在、Spearsは、ノースカロライナ大学チャペルヒル校で患者支援活動を行っており、米国食品医薬品局(FDA)、国立がん研究所や他の組織の関係者と共に、がん臨床試験の参加適格性の拡大を目指す活動に参加している。このような人々が望んでいるのは、試験参加者を募集している臨床試験が患者の目に留まりやすくなることと、試験実施者が適格性基準を満たす患者を集めやすくなることだ。

臨床試験の参加者の範囲を広げて治療法を検証すれば、治療法の安全性と有効性を高めることができ、その恩恵は、特に、高齢者や少数民族出身者など、医学研究が十分に行われていない集団に及ぶ。臨床試験の資金提供者や依頼者(スポンサーとも呼ばれ、立案や実施、管理などに関して責任を負う者)にとって、参加者の多様性を高めるということは、参加者の人数が増えることを意味する。その結果、臨床試験が早期に完了し、費用の削減を図れる可能性が生まれる。多くの臨床試験で、予定期間内に目標の試験参加者数を達成できず、試験を実施できないことが多いというのは、考慮すべき重要な事項の1つになっている。

参加適格性の拡大に向けた取り組みは極めて重要だ。しかし、この取り組みには、世界中の資金提供者や規制当局からの支援がもっと必要である。支援を得るための一助となり得るのが、臨床試験の参加者を増やすことの利点を示す「証拠」の蓄積である。2021年4月7日にNature オンライン版で発表された研究論文も、そうした証拠の1つだ。

除外基準

ほとんどの臨床試験には、適格性基準のリストが定められており、それを満たした人だけが試験参加者として登録されることになっている。リストに記載された要件は、臨床試験ごとに異なっており、治験医師、臨床試験のスポンサー、そして、臨床試験の計画に関与した患者団体によって指定される。適格性基準は、参加者の安全を守るために策定されるため、体調の悪い人や高齢者、妊婦が臨床試験から除外されることがある。除外基準を定めると、「クリーン」なデータ、つまり似た者同士のデータが得られる可能性もある。しかし、それは、試験参加者が、あらゆる年齢層とさまざまな健康状態の者によって構成される「患者」を正しく代表していないことも意味している。

非常に多くの場合、除外基準のリストがひな型になっていて、新たな臨床試験になっても精査せずにそのまま引き継がれたという単純な理由で、こうした要件が定められている。このように適格性を制限すると、これまでの医学研究で十分に検討されていない集団は、そうではない集団に比べて過度に影響を受けることがあり得る。例えば、糖尿病を発症すると腎機能の低下が起こることがあり、米国では、白人よりも黒人の方が糖尿病を起こしやすい。そのため、腎機能の低下した人を除外した試験では、黒人の参加者が除外されるという偏った構成になる可能性がある。

もっと系統立った科学的なアプローチで適格性基準を定めれば、問題の解消に役立つかもしれない。2021年4月7日にNature に発表された論文は、米国内の6万人以上の進行性非小細胞肺がん患者の電子カルテを調べる研究に関して報告したものだ1。Ruishan Liuらの研究チームは、このがんに対する薬剤の臨床試験に参加した者2と、臨床試験から除外されたが臨床試験と関係なく同じ薬剤を服用した者の生存転帰を比較した。その結果からは、参加者の多様性を高めて臨床試験を実施した場合、全生存転帰はほとんど変わらないものの、参加適格者の数が2倍以上に増えることが明らかになった。

これとは別の研究で、エモリー大学(米国ジョージア州アトランタ)の薬理学者Donald Harveyは、適格性基準に定める参加適格者の範囲を拡大することが非小細胞肺がん治療薬の臨床試験に有益なことを明らかにした。Friends of Cancer Research(米国ワシントンD.C.にあるシンクタンク/患者支援団体)と米国臨床腫瘍学会が2021年4月9日に開催した会議で発表されたデータによると、がん患者と腎機能障害者にも治験への参加を認めることで、75歳以上の参加者の割合が16%から22%に増加した。この点は重要だ。がん患者の大半は高齢者であるにもかかわらず、高齢のがん患者の臨床試験への参加率は低いからだ。

これらの臨床試験は、上記2団体が2021年3月に発表した新たな推奨事項を受けて実施された。両団体は、2016年から一般的に使用されている適格性基準の再評価に取り組んでおり3、治験薬以外の薬剤を服用している者や最近服用したことがある者を臨床試験に登録すべきかどうかに関する判断を科学的根拠に基づいて行うためのガイドラインを推奨している。治験医師、研究者、および資金提供者が標準的な慣行の変革に向けた第一歩を踏み出した今、規制当局は支援の姿勢を示さなければならない。FDAは、臨床試験の計画に関与する者に向けて、HIV感染の有無や脳への転移の有無などの基準に関する指針を2020年に発布した。

これは目覚ましい進展といえる。しかし、その活動対象をがんや米国以外に拡大すべき時期が来ている。他の規制当局や臨床試験のスポンサーから明確な支持が得られれば、この活動を国際的に推進できる可能性がある。また、電子カルテの分析をさらに進めることで、さまざまな疾患の研究において、維持すべき要件と不要な要件を明らかにできる。こうした変革が重なれば、臨床試験の迅速化が図られ、臨床試験の最終受益者とされる患者にとって、さらに大きな意味のある臨床試験に成長する可能性がある。

臨床試験の適格性基準を改定して、参加者の範囲を拡大させることは、治験医師、臨床試験のスポンサー、医薬品規制当局が一丸となった国際的な取り組みになるだろう。参加者を選定する際には、これまでより系統立っており、データと患者団体の関与の拡大によって推進される方法を用いることができるし、そうすべきだ。これは、がんの臨床試験だけでなく、他の疾患の臨床試験についても言えることだ。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2021.210745

原文

It’s time to invite more people to join clinical trials
  • Nature (2021-04-28) | DOI: 10.1038/d41586-021-01099-4

参考文献

  1. Liu, R. et al. Nature 592, 629–633 (2021).
  2. Fehrenbacher, L., Ackerson, L. & Somkin, C. J. Clin. Oncol. 27 (suppl.), 6538 (2009).
  3. Kim, E. S. et al. Clin. Cancer Res. https://doi.org/10.1158/1078-0432.CCR-20-3852 (2021).