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変異株COVID-19にも有効、点鼻型ハイブリッド抗体

SARS-CoV-2粒子に群がる抗体(想像図)。バイオエンジニアリングによって作られた抗体は、ウイルスがマウスの肺に定着するのを阻止することができる。 Credit: KTSDESIGN/SCIENCE PHOTO LIBRARY/GETTY

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の変異株に対抗するために設計された抗体を鼻腔内に噴霧すると、多くの変異株に対して強力な防御効果が得られることが、まずはマウスで確認された1。効果を示した変異株には、懸念される変異株(VOC)と位置付けられているアルファ株(B.1.1.7;旧英国型)やガンマ株(P.1;旧ブラジル型)、ベータ株(B.1.351;旧南アフリカ型)のほか、21の変異株が含まれている。

パンデミック(世界的流行)の初期から、科学者たちはCOVID-19(新型コロナウイルス感染症;SARS-CoV-2によって引き起こされる感染症)の治療薬となる抗体を開発しようと努力してきた。現在、数種類の抗体薬が後期臨床試験に入っており、米国などの規制当局により緊急時の使用が承認されているものもいくつかある(2021年6月号「COVID-19の抗体治療に、先入観を覆す有望な結果」参照)。

しかし、テキサス大学ヒューストン健康科学センター(米国)の抗体工学者であるZhiqiang Anは、医師の間では抗体治療はあまり人気がないと話す。その一因として、現時点で入手可能な抗体薬が点滴によって投与するタイプのものであることが挙げられる。ウイルスが主に存在している気道に直接送達するわけではないため、効果を得るには大量の投与が必要となるのである。また、SARS-CoV-2変異株の中に、既存の一部の抗体に耐性があるように思われるものが出現していることも問題だ。

そこでAnらは、鼻の中に直接送達できる抗体の開発に着手した。彼らは健康な人々から採取した抗体ライブラリーを調べ、その中からSARS-CoV-2が細胞に付着・侵入する際に使用する部分を認識できる抗体に着目した2。有望そうな候補の1つはIgG抗体だった。IgG抗体は感染後に出現する時期は比較的遅いものの、侵入してくる病原体に合わせて正確に作られているからだ。

研究チームは、SARS-CoV-2に対する中和作用を持つIgG抗体(左上)のFv部を、IgM抗体とIgA抗体に導入して、ハイブリッド抗体を作製した。 Credit: Ref.1

研究チームは、SARS-CoV-2を標的とするIgG抗体の抗原結合部位である可変部断片(Fv)を、IgM抗体という別の種類の分子のFv領域に組み込んだ。IgM抗体は、幅広い種類の感染症に対して最初に応答する抗体である。研究チームが作製したIgM抗体は、20種類以上のSARS-CoV-2変異株に対して、IgG単独よりもはるかに強い「中和」効果を発揮した。研究チームは、改変したIgM抗体を感染の6時間前または6時間後にマウスの鼻に噴霧すると、感染から2日後にマウスの肺に存在しているウイルスの量が急激に減少したと、Nature で報告している1

ソルボンヌ大学(フランス・パリ)の免疫学者であるGuy Gorochovは、この研究は「エンジニアリングの偉業」だと称賛する一方で、この抗体がヒトの体内でどのくらい持続するかなど、明らかにすべきことがまだ残っていると指摘する。

Anは、この抗体の鼻腔スプレーが、SARS-CoV-2に曝露した人々が使える化学的マスクのようなものとして、あるいは、ワクチンでは十分な防御ができない人々のための追加の防御策として利用されることを想定している。また、IgM分子は比較的安定しているので、薬局で購入して緊急時に備えて保管しておくこともできるかもしれないと言う。

Anの研究に協力したバイオテクノロジー企業IGM Biosciences(米国カリフォルニア州マウンテンビュー)は、この抗体の臨床試験を行う予定である。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2021.210711

原文

Antibody-laden nasal spray could provide COVID protection — and treatment
  • Nature (2021-06-04) | DOI: 10.1038/d41586-021-01481-2
  • Diana Kwon

参考文献

  1. Ku, Z. et al. Nature https://doi.org/10.1038/s41586-021-03673-2 (2021).
  2. Ku, Z. et al. Nature Commun. 12, 469 (2021).