Editorial

政治家はワクチンに関して無責任な発言をしないで

75歳以上と重症化リスク要因のある人に予防接種を行うセンター(フランス・パリ)。 Credit: Kiran Ridley/Getty Images

2021年1月29日に欧州医薬品庁(EMA)は、アストラゼネカ社(本社は英国ケンブリッジ)とオックスフォード大学(英国)が共同開発したCOVID-19ワクチンの承認を勧告したが、それと同じ日にフランスのエマニュエル・マクロン(Emmanuel Macron)大統領は、このワクチンが「65歳を超える人々に対してほとんど効果がない(quasi-ineffective)」と発言した。英国のワクチン調達計画の立案者の1人であるケイト・ビンガム(Kate Bingham)は、この発言を「無責任」と評し、その理由として、このワクチンは全ての年齢層の人々に使用することが規制当局によって推奨されていることを挙げた。

このCOVID-19ワクチンは、欧州全土で約2000万回接種されているが、その安全性と有効性を巡って政治的な論戦が勃発している。こうした介入は、ワクチン接種への躊躇を増長させる危険性がある。それ故、ワクチンの安全性と有効性に関するコミュニケーションは、常に細心の注意を払って行わなければならない。

2021年3月中旬には、ワクチン接種を受けた人々において、ごく少数ではあるが血栓が発生する症例が明らかになったため、欧州の20以上の国々がワクチン接種の開始を数日間延期した。具体的には、複数の血管に血栓ができた症例(播種性血管内凝固症候群)が7例、脳静脈洞血栓症が18例だった。これらの症例で、9名の死亡が記録されている。

オランダのアムステルダムに本部を置くEMAは、証拠を精査した結果、ワクチン接種のメリットがリスクを圧倒的に上回るとして、ワクチン接種の再開を勧告した。ただし、患者と医療従事者向けの情報は修正されて、稀に発生する血栓症に言及している。またEMAは、ワクチン接種によってこうした疾患を発症するリスクについて引き続き検討するとしている。これとは別に、米国医薬品安全性監視委員会は、アストラゼネカ社に対して最新の有効性データの提供を求めている。

EMAは、その権限の範囲内で、必要に応じて行動しており、懸念を受けて証拠の評価を行った。これまでにないスピードと規模でワクチンが配布され、欧州は熱気に包まれている。研究者は、当然のことながら、ワクチン接種を一時停止することのリスクと利益について議論している。しかし、そうした中で各国で必要とされないのが、独立した規制当局が職務を遂行しているのと並行して、政治家や政策立案者が意見を述べることだ。

ワクチン忌避(ワクチン接種を受けたり、子どもに受けさせたりするのをためらうこと)への懸念は全世界で高まっており、欧州では現在、パンデミックの第3波が発生している。ワクチン接種をためらう要因の1つが政府への不信感であることが、研究によって明らかになってきている。バルセロナ大学(スペイン)で健康政策を研究するジェフリー・ラザロ(Jeffrey Lazarus)らは、2020年6月に世界19カ国の1万3000人を対象に行った調査で、政府をほとんど信頼していない人が、ワクチンを接種すると答える割合が低かったことを明らかにした1

政府への不信感には、さまざまな形がある。例えばフランスでは、政府と製薬会社を巻き込んだ公開論争がワクチン忌避に関係していた2。政府への不信感が高まった時期は、2009年に政府がH1N1ブタインフルエンザに対するワクチンの必要性を過大評価した時期と符合していたと、研究者は話す。2020年に発表された論文3では、フランスの主要政党に投票しない者は、COVID-19ワクチンを接種すると答える割合が低いことが報告されている。

政府の取った措置が国民のワクチンに対する認識に及ぼす影響に関しては、より深刻な事例として、米国中央情報局(CIA)によるキャンペーンがある。2011年当時、イスラム過激派組織アルカイダのリーダーであるオサマ・ビンラディン(Osama bin Laden)がパキスタン北部のアボッターバードに潜伏していると考えられていた。これを確認するためにCIAは、スタッフがB型肝炎ワクチンを子どもに接種するプログラムを立ち上げ、住民の家屋に立ち入ることに成功した4。これにより、人々と医療従事者との間の信頼関係は破壊され、パキスタンでのワクチン接種活動が後退した。

政府への信頼が低下していること、そして、政府や機関への不信感がワクチン忌避を助長していると分かったことは、研究者が国民のワクチン接種への参加を高めるための介入策を提案する上で役立った。世界各国の関係当局は、ワクチン接種を推奨するために、政府や機関よりも信頼されている人物を採用した。医療関係者や研究者、信頼のおける宗教家や地域のリーダー、それから芸術・芸能・スポーツ界の著名人などだ。また、身体的にも精神的にも遠くへ移動せずに済むように、対象コミュニティーの中心部にワクチン接種施設を設置することが絶対に必要だ。

ワクチンの承認は、世界の全ての国々において、独立した規制過程を経て行われている。ここで重要なのは、これらの決定が、政治家や政策立案者とは無関係に、研究から得られた証拠に基づいて行われている、ということだ。しかし、政治家が突拍子もない発言をすると、こうした過程が損なわれる可能性がある。そして、規制過程が損なわれると、ワクチンへの信頼が脅かされる可能性が生じるのだ。政治的会話に議論はつきものだが、パンデミック下では敵対的なスタイルのコミュニケーションをすべきではない。もし、政治家や政策立案者が、自分の言動がワクチン接種をためらう理由の1つになっていることに気付いていないのなら、それぞれの科学アドバイザーがそのことを認識させねばならない。

全世界で、できるだけ多くの人がワクチンを接種して、このパンデミックから脱出しなければならない。そのためには政治家は、自らと国民が判断を委ねた独立した専門家によって、ワクチンの安全性と有効性に関する判断が下されるようにする必要がある。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2021.210644

原文

Politicians must dial down the rhetoric over COVID vaccines
  • Nature (2021-03-23) | DOI: 10.1038/d41586-021-00769-7

参考文献

  1. Lazarus, J. V. et al. Nature Med. 27, 225–228 (2021).
  2. Ward, J. K., Peretti-Watel, P., Bocquier, A., Seror, V. & Verger, P. Nature Immunol. 20, 1257–1259 (2019).
  3. The COCONEL Group. Lancet Infect. Dis. 20, 769–770 (2020).
  4. Martinez-Bravo, M. & Stegmann, A. CAGE Working Paper no. 544 (2021).