News in Focus

ヒト胚の最初期ステージを体外で模擬することに成功

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2021.210611

原文:Nature (2021-03-17) | doi: 10.1038/d41586-021-00695-8 | Lab-grown structures mimic human embryo's earliest stage yet

Nidhi Subbaraman

ヒト幹細胞を使って胚盤胞期を模擬する手法が編み出されたことで、ヒト発生についての重要な洞察が得られるはずだ。この種の研究は、胚の入手にも培養にも厳しい制限があるため難しかった。

ヒト幹細胞から体外で作られた人工胚盤胞。 | 拡大する

UT SOUTHWESTERN

ヒトでは卵と精子が受精してから約4日後に形成される胚盤胞(ブラストサイト)。このほど、複数の研究チームが独立に、胚盤胞のように見える球状の細胞塊を作製したと報告した。2つの研究チームがNature 3月25日号に結果を発表し1,2、別の2つのチームはプレプリントサーバbioRxiv(未査読)に同様の結果を投稿した3,4。これらの実験は、ヒト胚を使った実験を行わずに、ヒトの発生における極めて重要な時期をのぞく窓を提供するとともに、妊娠損失と不妊をより深く理解する機会を与えてくれる。

「これは重要な節目です」と、ミシガン大学アナーバー校(米国)の生物工学者Jianping Fuは言う。

発生のこの初期段階に関する現時点での知見のいくつかは、ヒト胚での研究から得られている。しかし、倫理的な問題の観点から、こうした胚の入手は制限され、厳密に規制されている。ヒト幹細胞から実験室で作製された胚盤胞は、ヒト胚とは異なっているため、ヒト胚研究における倫理的な限界のいくつかを回避できる可能性があり、このタイプの研究に挑戦する者が増えるかもしれないと、科学者たちは言う。ただし、彼らは今回報告された胚盤胞様構造体が完全な胚に発生する能力を持つとは考えていない。

以前に実験室でマウス幹細胞から胚盤胞を発生させたという報告5はあるが、マウスの発生経路はヒトとは異なるため、作製された構造体はヒト発生の完全なモデルではなかった。

これらの最新の研究は「まさに全てのパズルのピースをつなぎ合わせており、これによって、胚が最初期段階で実際にどのように発生するかをモデル化できる可能性があります」と、トロント小児病院(カナダ・バンクーバー)の発生生物学者Janet Rossantは言う。「この時期については、あまりよく分かっていないのです」。

妊娠中、胚盤胞は7〜8日目に子宮壁に着床する。この時点で胚盤胞は、やがて胎盤となる外側の細胞層と、胎児へと発生する可能性を持つ内部細胞塊から成る。

科学者たちはこれまでヒト胚性幹細胞(hES細胞)を用いて、胚盤胞の着床後18~20日あたりの胚発生後期段階を見てきた6(2020年9月号「培養細胞塊でヒト胚発生の重要段階を模擬」参照)。今回報告された新しい手法では、発生から4日ごろという、発生の最初期段階を研究室でモデル化することに成功した。

この段階に関する知識の一部は、13日齢まで研究室でヒト胚を育てた研究チームの結果から得られたものだ(2016年8月号「ヒト胚の体外培養で最長記録達成」参照)。10カ国以上の国々の法律、ならびに国際幹細胞研究会議(ISSCR)によるガイドラインは、実験室での胚発生を受精後14日までに制限している。この時期までに、着床は完了しており、原始線条と呼ばれる構造が胚に現れる。これは内部の細胞の分化が進み、複雑性が増していることを示している。

ヒト胚盤胞を体外で作る
胚盤胞(ブラストサイト)は、哺乳類の発生初期に形成される、着床前の胚の名称で、胚、胎盤、卵黄嚢と呼ばれる支持組織を生み出す3種類の細胞から構成される。2つの研究チームがそれぞれ独立に、ヒト胚盤胞を模倣した構造体を体外で作製する方法を開発し、Natureで報告した。
a Yuらが用いたのはヒト胚盤胞から分離した多能性幹細胞、もしくは成体由来の体細胞を再プログラム化して得たiPS細胞で、これらはヒト多能性幹細胞(hPSC)と呼ばれる。多能性幹細胞は、胚盤胞に存在する全ての細胞系譜を生み出すことができる。Yuらは、hPSCを三次元細胞培養用のプレートに入れ、2段階の培養過程によってヒト胚盤胞様の構造体の形成を促した。
b 一方、Liuらは、成体由来の線維芽細胞の再プログラム化を行い、その過程で生じた、胚盤胞に見られる3種類の細胞型に一致する遺伝子発現プロファイルを持つ細胞を混ぜて培養した(上記以外の細胞種は別の色で示した)。Liuらは、1段階の三次元細胞培養過程を用いて胚盤胞様の構造体を形成した。いずれの手法でも、胚盤胞様の構造体には未知の細胞種がいくつか含まれていた(図示せず)。 (図の翻訳:編集部) | 拡大する

Nature に発表された2編の論文の1つ1では、テキサス大学サウスウェスタン医療センター(米国・ダラス)と昆明医科大学(中国)の研究チームがヒト幹細胞を増殖因子で連続的に処理し、「ヒト胚盤胞様構造体(ブラストイド)」を作製した。研究チームはヒト胚に由来する幹細胞、または成体の線維芽細胞を再プログラム化して得た幹細胞を使用することでこれが行えることを示した。

もう一方のNature 掲載論文2では、モナッシュ大学(オーストラリア・クレイトン)のJose Poloらが、成体の線維芽細胞を再プログラム化する過程で得た、胚盤胞を構成する細胞型と同じ遺伝子プロファイルを持つ細胞の混合物を作った。それらのうちのいくつかは、ヒトブラストイドまで発生が進んだ。

「(ヒトブラストイドは)厳密にヒト胚と同等と言えるでしょうか?」とライス大学(米国テキサス州ヒューストン)の幹細胞生物学者Aryeh Warmflashは問い掛ける。「ほぼ確実に、そうではないと言えます。ただ、胚盤胞期の胚のかなり良いモデルかどうかという点では、私はおそらくそうであると考えます」。

どちらのチームも、彼らの人工構造体が胚盤胞に似た作りになっていることを示した。中央部に空洞があり、細胞塊(本物の胚盤胞ではこれが引き続き胎生組織へと発生できる)が一隅に存在する。また彼らは、構造体には胚盤胞を形成する3つの特徴的な細胞種が含まれていることも示した。そして、彼らは自分達のヒトブラストイドをプラスチックシートに「着床」させた。

投稿前の論文原稿をインターネットで公開した2つの研究チームも、「拡張」多能性幹細胞(EPS細胞)を使って研究を行い、同様の結果を示した。

「未来を見据え、私たちはこのモデルを使用して、ヒト初期発生についてもっと多くの手掛かりを得たいと考えています。例えば、異なる遺伝子の機能や、それらの変異を理解したいのです」と、今回の2編のNature 論文のうちの1つ1を主導したテキサス大学サウスウェスタン医療センターの分子生物学者Jun Wuは述べる。

とはいえ、研究チームは自分たちの方法には改善の余地があると認める。2つの査読済み論文のいずれもが、再プログラム化された細胞あるいは変換された細胞のうちヒトブラストイドにまで発生したのは約10%のみだと報告している。また、両チームとも、ヒト胚盤胞では通常見られない細胞が構造体中に存在したことを認めている。

「出だしは好調です」と、Rossantはこれらの研究について述べる。しかし、これらの要素に基づき、「驚異的に再現可能な技術とはならないと予想されます」。

回避策

Nature で研究を発表したどちらのチームも、だいたい2週齢の胚と同等のところまでしか構造体を成長させていない。これは、実験室における「ヒト胚発生の2週間ルール」という制限を意識してのことだ。

それに対して、何人かの発生生物学者は、これらの人工構造体は重要な点でヒト胚と異なっていると考えている。科学者たちが胚盤胞を超えてさらに成長させることはできないと予想するのは、マウスのブラストイドをマウスの子宮に着床させても胚に発生しないことが示されている7からだ。

一方、ヒトブラストイドとヒト胚盤胞との類似性はやはり倫理的問題を提起する。ISSCRは既にこれを認識していて、胚様構造体による研究に関するガイドラインの改訂版を2021年5月に発表する予定である。

これらのモデル構造体の精巧化、発生能についての不明瞭性、そしてそれらを胚として扱うべきかどうかといった問題が、この研究への助成金獲得を難しくしてきた。国立衛生研究所(NIH;米国メリーランド州ベセスダ)は、ヒト胚を作製または破壊する研究への助成を禁じる連邦法の条項(ディッキー・ウィッカー修正)を引用して、このような研究への資金提供を渋っている。研究者たちは、これらの構造体は天然のヒト胚と異なっていると主張し、NIHに助成金決定の指標となる評価基準を明確にすることを求めてきた。

NIHの政策室は2020年、全米科学・技術・医学アカデミー(NASEM;ワシントンD.C.)の指導的研究者たちを集めて会議を開き、この分野の重大な出来事について議論した。2021年3月NIH科学政策ディレクターのCarrie Wolinetzは書面で、NIHは、胚発生を模擬する幹細胞ベースのモデル構造体への助成をケースバイケースで考慮する意向であると述べた。

(翻訳:古川奈々子)

参考文献

  1. Yu, L. et al. Nature https://doi.org/10.1038/s41586-021-03356-y (2021).
  2. Liu, X. et al. Nature https://doi.org/10.1038/s41586-021-03372-y (2021).
  3. Sozen, B., Jorgensen, V., Zhu, M., Cui, T. & Zernicka-Goetz, M. Preprint at bioRxiv https://doi.org/10.1101/2021.03.12.435175 (2021).
  4. Fan, Y. et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/10.1101/2021.03.09.434313 (2021).
  5. Rivron, N. C. et al. Nature 557, 106–111 (2018).
  6. Moris, N. et al. Nature 582, 410–415 (2020).
  7. Sozen, B. et al. Dev. Cell 51, 698–712 (2019).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度