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コロナ禍からの復興:科学だけでは足りない

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2021.210618

原文:Nature (2021-03-21) | doi: 10.1038/d41586-021-00731-7 | COVID-19 recovery: science isn’t enough to save us

Hetan Shah

パンデミックと戦うには、政策立案者は、STEM分野だけでなく、人文科学や社会科学の学者の助言にも耳を傾ける必要がある。

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TOM CAMPBELL

政策立案者は時に、科学がスーパーヒーローであるかのような話し方をする。COVID-19(新型コロナウイルス感染症)についても、ワクチン接種が進めば以前の暮らしを取り戻せるという趣旨の発言がよく聞かれるが、実際には、そううまくはいかないだろう。

重要なのは、コロナ禍からの復興の支援にどのような人々が必要とされたかという点だ。各国政府はパンデミック(世界的流行)の発生当初から専門家に助言を求めていたが、その相手はSTEM分野(科学、技術、工学、数学)の専門家が多かった。効果的な対応には人々の行動、モチベーション、文化がカギになることは当初から明らかだったにもかかわらず、例えば英国では、緊急時科学諮問グループ(Scientific Advisory Group for Emergencies;SAGE)の80人以上のメンバーのうち、社会科学者は限られた分野の代表しかおらず、人文科学者を代表するメンバーは1人しかいない。

このアプローチは変えていく必要がある。ワクチンを作ってくれたのは科学だが、ワクチン接種への躊躇などの社会的現実(social reality)を理解するには、SHAPE分野(人々と経済のための社会科学、人文科学、および芸術)の知見が助けになる。STEMとSHAPEが手を組むことで、人類の洞察力はより強固なものになるのだ。私は2020年1月に、この年がどんな年になっていくかを知らないまま、「疫病は生物的現象であると同時に社会的現象でもある」と書いた(2020年4月号「世界的な問題の解決には社会科学が必要」参照)。COVID-19が流行し始めたとき、多くの社会科学者や医師や公衆衛生研究者がマスクの必要性を訴えたが、各国政府の動きは鈍かった。理由の1つは、政策立案者が無作為化比較対照試験から得られるエビデンスを過度に重視し、社会科学者が豊富に持っている観察的・質的証拠を軽視していたことにある。政府が歴史家の助言を聞く機会があれば、私たちも過去のパンデミックで有効だった方法について考えることができたかもしれない。

良い知らせもある。多くの政府が、こうした指摘を真摯に受け止めようとしているのだ。バングラデシュからケニアまで、各国のシンクタンクや市民社会団体が、ソーシャルデータから得られる知見をまとめている。米国のジョー・バイデン大統領は、社会学者のアロンドラ・ネルソン(Alondra Nelson)をホワイトハウスの科学技術政策局(OSTP)の科学社会副局長に任命した。私が幹事を務める英国学士院には、2020年9月、英国政府の首席科学顧問からSHAPE分野を活用してパンデミックの社会的影響を検証するよう依頼があった。

英国学士院は半年がかりでエビデンスをまとめた。SARS-CoV-2(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2;COVID-19を引き起こすウイルス)関連の研究プロジェクトを550以上もマッピングし、ワークショップや書面の提出を通じて、SHAPE分野の学者や若手研究者、国立アカデミーおよび学会の代表たちの意見を集めた。私たちはこうしてCOVID-19が投げ掛ける長い影の輪郭をたどり、得られた知見を整理して、意思決定者がこれまでの失敗を理解するだけでなく、挽回のために行動できるようにした。

レビューは、(1)知識、技能、雇用、(2)コミュニティー、文化、帰属意識、(3)健康、福祉という3つの分野の政策ワークフローに沿って構成されている(go.nature.com/3lyc参照)。私たちはそれぞれの分野で、英国におけるガバナンス、信頼、結束、不平等、持続可能性を検証した。とはいえ、これらは地球規模の問題だ。例えば、世界の貧困をなくすために何年もかけて進められてきた取り組みが、コロナ禍によって後退している。

このレビューの明確な結論の1つは、多くの人がオンライン生活を営んでいる現在、各国政府はデジタルインフラを極めて重要な公共サービスと考え、「デジタル・ディバイド(情報格差)」の緩和または解消に注力する必要があるということだ(デジタル・ディバイドとは、インターネットやパソコンなどの情報通信技術を利用できる者とできない者の間に生じる格差のこと)。教育を受ける機会を逸することは、既存の社会的・経済的不平等を悪化させ、デジタルスキルへのアクセスを制限し、「高度なスキルを持つ成功した経済」への進歩を妨げることになる。英国のロックダウンでは、公共スペースの価値が強調された一方で、その少なさ、特に低所得者層や少数民族が住む地域で少ないことが浮き彫りになった。これは世界の多くの国に当てはまる。

コミュニティーの回復力の重要性も明らかになった。コロナ禍では、慈善団体や礼拝所やコミュニティーグループが、食料、公衆衛生、家賃の支払い、孤独との戦いなどの人々の基本的なニーズを満たすために活躍した。「コミュニティーを発展させる」手段というと、政府は、道路やエネルギーシステムやショッピングセンターなどの物理的なインフラに注目しがちである。しかし、コミュニティーを支えるためには、社会インフラへの投資も必要だ。英国の慈善団体のリーダーたちは、政治家がパンデミック対策に莫大な費用を投じているにもかかわらず、社会変革のためにはほんのわずかしか割り当てていないと批判している。

英国では、中央政府に対する信頼が低下している。その結果、中央政府が有する、市民の行動に影響を与えて将来の公衆衛生上の危機を阻止する能力が弱まっている。解決策は、政府の各層で統合されるべきである。中央政府だけ、地方政府だけの政策では、不平等を解消するには不十分なのだ。政策は国と地方のレベルを超えて実施し、国と地方は支え合う必要がある。小売業を中心とする繁華街は苦境に立たされている。地方政府がもっと強力になり、市民の声にもっと応えられるようになれば、例えば、余剰の商業スペースを手頃な価格の住宅やコミュニティー主導のプロジェクトに転用したりすることが可能かもしれない。

政府は、SHAPEの研究対象である「現実」を直視する必要がある。パンデミックによって、社会にある断絶が露呈した。COVID-19は、以前からあった不平等を眼前に突き付け、悪化させ、強固なものにした。こうした不平等の原因と、それを是正する最善の方法を明らかにするためには、健康と社会のデータをしっかりと結び付ける必要がある。

エビデンスは集まってきているのだから、政策立案者は今こそ行動しなければならない。ただし問題は、政策立案者が疲弊していることである。彼らは健康危機への対応に処理能力の多くを奪われていて、パンデミックによって生じた社会的課題に対応するためのエネルギーや展望を失いそうになっている。私たちは今、「コロナ禍の10年」を生きている。事態に適切に対応するためには、SHAPE分野のデータとエビデンスを活用する必要がある。

(翻訳:三枝小夜子)

Hetan Shahは、英国学士院(ロンドン)幹事。

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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