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神経機能代替デバイスによる血圧の維持

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 5 | doi : 10.1038/ndigest.2021.210538

原文:Nature (2021-02-11) | doi: 10.1038/d41586-021-00087-y | Neuroprosthetic device maintains blood pressure after spinal cord injury

Patrice G. Guyenet

脊髄損傷により血圧の維持ができなくなると、身体の衰弱を招く。血圧の安定に不可欠な反射を人為的に再現することで、この問題を回避できるようになった。

脊髄損傷の症候として最も顕著なのは麻痺と感覚障害だが、起立性低血圧も多くの患者に認められる。これは、臥位から座位や立位に体位を変更する際に、血圧を維持できなくなる病態である1。起立性低血圧により、心臓が正常に血液で満たされなくなり、短期的には立ちくらみやめまいの原因となり得る。さらに起立性低血圧の発作を繰り返し起こすことで、長期的には脊髄損傷患者の主要な死因である心臓発作や脳卒中の発生率が高まる。今回、脊髄損傷に伴う起立性低血圧を最小限に抑える神経機能代替デバイスについて、スイス連邦工科大学ローザンヌ校、ローザンヌ大学、ローザンヌ大学病院(以上、スイス)、カルガリー大学(カナダ・アルバータ州)、ブリティッシュ・コロンビア大学(カナダ・バンクーバー)に所属するJordan W. Squairら2が、Nature 2021年2月11日号308ページで報告している。このデバイスは、ラット、アカゲザル、ヒトにおいて血圧のコントロールを回復させた。

図1 圧反射を再現する
圧反射は哺乳類の血圧をコントロールしている。血圧が下がると、圧受容器の活動が低下し(−)、最終的には脳幹のニューロンが活性化されて(+)、交感神経を活性化させる。しかし、脊髄が損傷すると、この接続が遮断されて、圧反射が正常に働かなくなる。Squairら2は、この問題を回避するための神経機能代替デバイスを設計した。血圧が下がると、このデバイスは胸髄の背側に標的硬膜外電気刺激(TESS)と呼ばれる電気刺激を与え、交感神経を活性化させる。交感神経は心臓や血管に信号を送り、心拍出量や血管抵抗を上昇させることで、血圧を正常にする。 | 拡大する

血液は、座位や立位では重力によって下半身に貯留する。通常、血液の貯留を防ぐための反射機構が働いているが、その機能不全が起立性低血圧の主な原因となる。反射機構のうち最も重要なものが圧反射で、動脈圧および太い静脈や心室の充満度を感知する圧受容器によって引き起こされる3。哺乳類の圧受容器は安静時には活性化しているが、動脈圧や血液量が減少すると活性は低下する。これにより自律神経系の交感神経枝が活性化され、血管抵抗を上昇させて心臓に戻る血液の流れを作って、血圧を回復させるのである4。脊髄損傷が生じると、圧受容器からの情報を受け取る下位脳幹と、胸椎および上位腰椎から出て心血管系を支配する交感神経との接続が遮断されてしまう(図1)。

起立性低血圧は通常、生活習慣への介入(弾性ストッキングの着用、半座位での睡眠など)や、フルドロコルチゾン(血液量を増加させる)やミドドリン(交感神経が心臓や血管の筋肉に及ぼす影響を仲介する受容体を活性化させる)のような薬剤を用いて管理する5,6。しかし、これらの薬剤は副作用を起こすこともある。他に、下肢の骨格筋に電気刺激を与えて筋ポンプを活性化させ、心臓の血液充満を助ける方法や、腹部圧迫ベルトを装着する方法がある。いずれも臨床で行われているが、有効性は明確には証明されていない6

神経機能代替デバイスは、より優れた管理手段となり得るだろうか? その原理は、脊髄損傷のため反応しなくなった神経経路に、電気刺激を与えることで機能の回復を図るというものである。目的の機能を正常にコントロールしていた電気活動に近いパターンで、刺激を与えるのが理想的と考えられる。このようなアプローチは、脊髄損傷を起こした霊長類の運動能力を部分的に回復させることがすでに分かっている7。また、同じアプローチで脊髄損傷患者の下肢の筋肉を活性化させると、血圧のコントロールが改善することも報告されているが8、その理由は明確ではなかった。

Squairらは、より精密な血圧コントロールが可能な神経機能代替デバイスの開発を目指し、まず脊髄損傷ラットモデルの開発を行った。ラットモデルの神経活動の解析により、血圧と交感神経応答が不安定であることが確認された。ラットは体が小さいため起立性低血圧は起こさないのだが、陰圧チャンバーを用いて下半身周囲の気圧を下げることにより、血液を下半身に貯留させて現象を再現した。

Squairらは次に、血圧を変化させる交感神経応答を引き起こすためには、どこに電気刺激(標的硬膜外電気刺激;TESS)を与えるのが最もよいかを検討した。ラットの損傷した脊髄に系統的に刺激を与えたところ、下位胸髄の背側の近傍に電気パルスを与えたときに、血圧は最も大幅に上昇することが判明した。画像解析や解剖学的解析にコンピューターシミュレーションを併用し、この領域に存在するニューロンを個別に刺激または抑制する操作を行うなど、一連の見事な実験により、TESSは求心性神経である感覚神経(皮膚、筋肉、内臓から脊髄へ信号を送る神経)の活性化を介して血圧を上昇させることが明らかになった。なお、これらの求心性神経は、脾臓循環(腹部臓器の血管)をコントロールする遠心性交感神経を間接的に興奮させる。

続いてSquairらは、脊髄損傷ラットの血圧が下がらないようにTESSを連続的に調整できる、生体を模倣したコントロールデバイスを設計した。これは極めて独創的な試みといえる。さらに、この「神経機能代替による圧反射」というアイデアをアカゲザルに適用することにも成功した。そのためには、損傷した脊髄を再び系統的に検討し、TESSを与えるべき部位を特定して、体の大きなサルに適合するように神経機能代替デバイスを設計し直す必要があった。最も注目すべきことは、脊髄損傷後に重度の起立性低血圧を発症した1人の患者において、神経機能代替による圧反射が血圧の安定性を回復させることを実証した成果だ。

基礎から臨床へと展開するこの研究は多くの点で前例がなく、いくつかの疑問が湧いてくる。例えば、神経機能代替デバイスによって刺激される求心性神経は特定されておらず、刺激による長期的な影響も不明である。脊髄外傷後には脊髄回路が再構成され9、反射の亢進により、以前は何でもなかった刺激が高血圧発作を引き起こすことがある。これらの求心性神経を慢性的に活性化させることで、反射の亢進が緩和されるのか悪化するのかを判断するには、さらに動物実験を行う必要がある。実際には、神経機能代替による圧反射は血圧上昇を緩和する効果よりも、低血圧発作を防ぐ効果の方が高いものと思われる。また、下位胸髄の交感神経が支配する消化管や腎臓の機能に悪影響が生じる可能性もある。さらに、脊椎への硬膜外電極の設置には侵襲的な処置が必要であり、長期的な耐用性も分かっていない。

こうした疑問はあるにせよ、脊髄損傷に伴う重度の低血圧を治療するためのこの最新の試みは、神経科学分野でなされた数多くの前臨床研究の知見に基づいている。このアプローチは、これまでに開発された治療法の中では最も洗練された手法といえ、現行の治療法に取って代わる可能性はある。だが、そう断言するには時期尚早だろう。

(翻訳:藤山与一)

Patrice G. Guyenetは、バージニア大学医学系大学院(米国シャーロッツビル)に所属。

参考文献

  1. Claydon, V. E., Steeves, J. D. & Krassioukov, A. Spinal Cord 44, 341–351 (2006).
  2. Squair, J. W. et al. Nature 590, 308–314 (2021).
  3. Zeng, W.-Z. et al. Science 362, 464–467 (2018).
  4. Guyenet, P. G. Nature Rev. Neurosci. 7, 335–346 (2006).
  5. Krassioukov, A., Eng, J. J., Warburton, D. E. & Teasell, R. Arch. Phys. Med. Rehabil. 90, 876–885 (2009).
  6. Sarafis BKin, Z. K., Monga, A. K., Phillips, A. A. & Krassioukov, A. V. PM&R 10, S249–S263 (2018).
  7. Cho, N., Squair, J. W., Bloch, J. & Courtine, G. Bioelectron. Med. 5, 10 (2019).
  8. Aslan, S. C. et al. Front. Physiol. 9, 565 (2018).
  9. Krenz, N. R. & Weaver, L. C. Neuroscience 85, 443–458 (1998).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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