「100万年前」という壁を打ち破ったマンモスの古代ゲノム
アデチャ(Adycha)のゲノム情報を基に描かれたマンモスの想像図。このマンモスは、ケナガマンモスの祖先に当たるトロゴンテリーゾウに似ていた。 Credit: BETH ZAIKEN/CENTRE FOR PALAEOGENETICS
「100万年前のゲノム」がついに現実のものとなった。シベリア東部の永久凍土に保存されていたマンモスの歯から、史上最古となる古代DNAが抽出され、その塩基配列が解読されたのだ。この年代は、解析技術の理論的な限界に近づくものだが、おそらくはさらに古いDNAの解析も可能だろう。今回の研究は、1970年代に発掘された前期および中期更新世のマンモス3個体の標本について行われたもので、得られたゲノム情報からは、後の北米のマンモス種の祖先に当たる未知の種の存在など、マンモス類の興味深いゲノム史が明らかになった。これらの知見はNature 2021年3月11日号265ページで報告された1。
「見事な論文です。この論文が出るのを、8年間待ち続けてきました」と話すのは、トゥールーズ人類生物学ゲノミクスセンター(フランス)の古代DNA専門家Ludovic Orlandoだ。Orlandoらの研究チームは2013年に、56万~78万年前のウマのゲノム塩基配列を解読し、それまでの古代DNA解析の最古記録を大幅に塗り替えている2(2013年10月号「70万年前のウマのゲノムを解読」参照)。「私たちの記録が破られてうれしいです。持ち続けるには、あまりに大きな記録でしたから」とOrlandoは明かす。
古代DNAについては以前から、適切な試料さえ見つかれば、そこに100万年以上前のDNAが保存されている可能性はあると考えられてきた。生物が死ぬと、DNA鎖は分解されて断片化し、時間とともに短くなっていく。そのため、長い年月を経て極めて短い断片となったDNAは通常、抽出できたとしても、もはやそこに必要な情報は含まれていない。
ところが、Orlandoらは2013年の研究で、カナダ・ユーコン準州で出土したウマの肢の骨から抽出されたDNAにおいて、25塩基対という短い断片でも、そこから十分な情報が得られることを発見する。彼らは、永久凍土という常に低温の環境(低温はDNAの分解速度を遅らせる)で保存された100万年前の遺骸であれば、同等の長さのDNA断片が残されているはずだと推定した。「唯一の疑念は、そのような試料が実際に存在するのだろうか、ということでした」とOrlandoは語る。
今回の研究を共同で率いた、スウェーデン自然史博物館(SMNH;ストックホルム)の進化遺伝学者Love Dalénは、2007年に初めて太古のマンモス標本コレクションを目にして以来、それらの塩基配列を解読することに漠然と思いを馳せていたという。Dalénらが今回解析した試料はいずれも、ロシアの古生物学者Andrei Sherが発掘した大臼歯標本に由来し、1点は初期のケナガマンモス(Mammuthus primigenius)のもの、2点はより古いトロゴンテリーゾウ(M. trogontherii;別名ステップマンモス)のものとされていた。
Dalénは、これらの試料のDNAにケナガマンモスや他のマンモス種の進化の軌跡が刻まれているのではないかと期待する一方、永久凍土から出土した年代のはるかに新しい標本での苦い経験から、懐疑的でもあった。「永久凍土で発見されたものなら何でもうまくいくわけではないのです」とDalén。
実際、3点の標本のうち、100万年以上前の堆積物から出土した2点には、極めて断片的なDNAしか含まれていなかった。「年代がここまで古くなければ、諦めていたでしょう」とDalénは言う。
古代ゲノム
今回、100万年以上前のマンモスDNAの塩基配列が初めて解読された。これまで、塩基配列が解読された最古のDNAは、56万~78万年前のものだった。 Credit: SOURCE: DAVID DÍEZ-DEL-MOLINO
しかし、進化した塩基配列解読技術とバイオインフォマティクスのおかげで、Dalénらはこれらの断片的なDNAから、全ての標本について、完全なミトコンドリアゲノム情報と十分な量の核ゲノム情報を得ることに成功した。クレストフカ(Krestovka)という村の付近で発見された最も古い標本からは、4900万塩基対の核ゲノム情報が得られ、DNAに基づく年代は約165万年前と推定された(「古代ゲノム」参照)。同様に、アデチャ(Adycha)と命名された標本からは、8億8400万塩基対の核ゲノム情報と約130万年前という年代が得られた。また、ケナガマンモスのものとされるチュコチャ(Chukochya)と呼ばれる最も新しい標本からは、ゲノムの全長に迫る37億塩基対近くの核ゲノム情報と約60万年前という年代が得られた。
クレストフカとアデチャの形態的特徴はいずれも、ケナガマンモスや北米のコロンビアマンモス(M. columbi)より前に欧州に生息したとされる、トロゴンテリーゾウのものに似ていた。ところが、得られたゲノム情報から描き出されたのは、もっと複雑な構図だった。アデチャはケナガマンモスの祖先的な系統に属していたが、クレストフカは明らかにそれとは異なっていたのだ。
複数の解析結果は、クレストフカが全く新しい系統に属することを示していた。「別種だと断言はできませんが、そう見えるのは確かです」とDalénは話す。クレストフカが出土したのはロシアだが、Dalénらは、この系統が北米の地で他のマンモス類から隔離されたのではないかと考えている。また、その後北米で出現したコロンビアマンモスの祖先は、クレストフカ系統とケナガマンモス系統を半分ずつ受け継いでいたことが分かった。これら2系統の交雑は、42万年以上前に起きたと推定される。
新種は、単一祖先種からの分岐だけでなく交雑によっても生まれ得る、という考え方は現在広く受け入れられつつある。だが、古代DNAに基づいて「雑種種分化」の証拠が示されたのは今回が初めてだ、とOrlandoは語る。「実に素晴らしいことです」。
マックマスター大学(カナダ・ハミルトン)の古代DNA専門家Hendrik Poinarは、氷河の拡大に伴い、異なるマンモス種の生息域が重なった時期には、交雑が当たり前のように起きていただろうと推測する。Poinarらはこれまでに、ケナガマンモスとコロンビアマンモスが時折交雑していたことを示す証拠を発見している。
2017年にロシアのウランゲリ島で発見されたケナガマンモスの牙。 Credit: Love Dalén
以前から予想されていたとはいえ、今回100万年前のゲノム情報が実際に得られたことは重要だと、テルアビブ大学(イスラエル)の古遺伝学者Viviane Slonは言う。「可能だと考えることと、それを実際に示すことは違いますから」。
今回の研究で、SMNHの進化生物学者であるPatrícia PečnerováやDavid Díez-del-Molinoと共に標本の塩基配列解読を主導した、ウプサラ大学(スウェーデン)のバイオインフォマティシャンTom van der Valkは、自分たちの成果が他の研究者たちの励みになればと期待する。「100万年前という象徴的な壁が打ち破られたことで、この年代クラスの塩基配列解読を考えている他の研究チームも、挑戦する気になってくれたらと願っています」。
古代DNAの研究がこの年代に到達したことで、他の哺乳類についても進化史の初期段階を明らかにできる可能性が出てきたとDalénは話す。実際、彼の研究室では現在、ジャコウウシ、ヘラジカ、レミングの極めて古い試料について解析を検討中だという。
大きな意味を持つ今回のマンモスゲノムだが、化石標本から得られた生体分子の情報としては最古のものではない。2016年には、タンザニアで発見された380万年前のダチョウの卵殻についてタンパク質のアミノ酸配列が解読されており3、2019年には、ジョージアで発見された177万年前のサイの歯のタンパク質アミノ酸配列が解読されている4。タンパク質のアミノ酸配列は、生物の祖先に関してDNAほど多くの情報をもたらさないが、タンパク質分子はDNAよりはるかに丈夫なため、永久凍土以外の場所で発見された極めて古い化石から情報を集めるのに用いることができる。近年解析されたダチョウとサイの試料はいずれも、ヒト族の遺骸で有名な遺跡でそれらと共に見つかったものだ。
100万年前のヒト族の遺骸が、永久凍土から発見される可能性はかなり低いとされている。しかしDalénは、奥深い洞窟などの好適な環境であれば、その年代の試料が得られる可能性はあると考えている。スペインで発見された43万年前のものとされるネアンデルタール人の化石標本からは、これまでで最古のヒト族DNAが得られている5(2016年6月号「43万年前のヒト核ゲノムで判明した驚きの人類進化史」参照)。「永久凍土のような理想的な保存状況でヒト族の遺骸が発見されたら、最高ですね」とSlon。
古代DNAが解析可能な年代については、永久凍土の試料では260万年が限界だろうとDalénは言う。「それ以前は気温が高過ぎましたから」。
翻訳:小林盛方
Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 5
DOI: 10.1038/ndigest.2021.210504
原文
Million-year-old mammoth genomes shatter record for oldest ancient DNA- Nature (2021-02-17) | DOI: 10.1038/d41586-021-00436-x
- Ewen Callaway
参考文献
- van der Valk, T. et al. Nature 591, 265–269 (2021).
- Orlando, L. et al. Nature 499, 74–78 (2013).
- Demarchi, B. et al. eLife 5, e17092 (2016).
- Cappellini, E. et al. Nature 574, 103–107 (2019).
- Meyer, M. et al. Nature 531, 504–507 (2016).
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