Editorial

世界のエネルギー供給における原子力の役割は縮小している

チェルノブイリ原子炉群の風景(2015年9月29日撮影)。1986年のチェルノブイリ原発事故と2011年の福島第一原発事故は、原子力技術に対する世界の考え方を大きく変えた。 Credit: Sean Gallup/Getty Images

「この兵器を兵士の手から奪い取るだけでは不十分だ。軍事用としての外装を引き剥がして、平和利用に転用する方法を見つけ出せる人々の手に委ねなければならない」。

心を揺るがすこの言葉は、1953年の国連総会でのアイゼンハワー米大統領の演説の一節である。原子力技術が関係する世界を震撼させた2つの悲劇、つまり、チェルノブイリ原子力発電所(現ウクライナ)で事故が起こった4月26日と、福島第一原子力発電所で事故が起こった3月11日を迎えるに当たり、この言葉は思い起こす価値がある。

2011年3月11日、宮城県沖で発生した地震とそれに続く津波により大勢の命が奪われ、その数は死者・行方不明者合わせて1万8325人に上った。津波は福島第一原発の防潮堤を越え、浸水した3基の原子炉では炉心が部分的に溶融し、火災と爆発が発生した。その25年前にはチェルノブイリ原発で人為的ミスにより炉心が溶融。原子炉の屋根が吹き飛び、放射性物質が欧州全土に拡散した。

世界のエネルギーに占める原子力発電の割合は、2010年には13%だったが、現在は約10%に低下している。原子力発電は、今後何十年にもわたって世界のエネルギーミックスの一部であり続け、化石燃料に依存する時代が終わりに近づくにつれてエネルギー供給の脱炭素化に関与すると考えられるが、使用量の減少は続く可能性がある。

1953年のアイゼンハワー演説のころ、国民は原子力について楽観的な見方を持っていた。だが、その後に相次いだ原発事故はそれを吹き飛ばした。今、このアイゼンハワー演説を読み返すと、原子力発電と大量破壊兵器の「祖先」が共通であることが分かる。この2つの事実が、原子力の燃料源としての大いなる可能性を阻む要因となってきた。

中国やインドなどでは、新しい原子炉の計画や建設が続いている。しかし、特に高所得国における原子力の全般的な導入率は、国際エネルギー機関(IEA)の「持続可能な開発シナリオ」を下回っている。太陽光発電や風力発電などの再生可能なエネルギーのコストが下がっていることを考えると、原子力の需要は回復しない可能性もある。

原子力災害に注目が集まる現在、世界のエネルギー需要を満たす方法の1つが原子力だと多くの人々が考え、熱烈に支持していた頃のことを想像するのは難しい。1951年の最初の実験用原子炉建設以来、原子炉の新規稼働は増加の一途をたどった。1960年代後半から1970年代終わりにかけてのピーク時には、ほぼ毎年20~30基の原子炉が新たに稼働を始めた。1957年に英国のウインズケール(現セラフィールド)原子力施設群で原子炉火災事故が発生したが、勢いは衰えなかった。

しかし1979年、米国ペンシルベニア州のスリーマイル島原発で冷却装置の故障により炉心の一部が溶融したことで状況は一変した。幸い、この事故で死者は出なかったが、その7年後、チェルノブイリ原発事故が起こり、多数の死者が出た。

原発事故による死者と健康上のリスクに加えて、チェルノブイリ原発事故による被害額は2000億ドル(約22兆円)を超えると考えられている。また福島第一原発の最終的な事故処理費用は、日本経済研究センターが2017年3月に発表した試算では約50兆~70兆円とされる(同センターによる2019年11月の再試算では、35兆〜81兆円と発表された)。福島原発事故の発生後、日本国内の12基の原子炉が廃炉され、さらに24基の稼働が停止されて安全性審査が実施されており、新たな費用が発生している。

こうした諸々の事柄のため、原子力発電に投資する国は、建設費に加えて、人為的なミスや自然現象による原子力災害が発生した場合の支出に備えて、巨額の資金を確保し、あるいは利用できるようにしておかねばならない。

また、原子力プログラムに乗り出すことを計画している国々は、平和目的での原子力取引を監視する原子力供給国グループや国際原子力機関(IAEA)との連携が期待されている。IAEAとの連携は必須だが、IAEAは、旧来のエネルギー規制機関ではない。IAEAは、原子力発電所の監視や査察を行う一方で、こうした国々で核分裂性物質が兵器に転用されるのを防止する役割も担っているのだ。このような活動の背景には、当初は研究や原子力発電の構築のために原子力技術を求めていたが核保有国になってしまった国々の存在がある。インドやパキスタンのことであり、イスラエルもそうであることは、ほぼ間違いない。

数千億ドルの請求書

原子力の導入にこれだけの障壁があることを考えると、世界の原子力発電量のかなりの部分を核兵器保有国が占めていることに意外性はない。原子力発電所の建設には総額で数千億ドル(約数十兆円)もの費用がかかる可能性があると知れば、大部分の国々は躊躇してしまうだろう。

一方、再生可能エネルギーはまだ発展途上の技術だが、コストの低減が進んでおり、規制もはるかに単純だ。この点が重要なのだ。電灯をつけたり、携帯電話を充電したりするための技術に国家防衛や国際防衛が関係する必要はない。

今後しばらくの間、我々が原子力を利用し続けることは明白だ。新しい原子力発電所の建設は続き、古い原子力発電所の廃炉には時間がかかる。かつて原子力は、世界のエネルギー市場を脱炭素化するための解決策と考えられていたが、実際には解決策になっていない。原子力発電には数々のメリットがあるのに導入率が低迷しているのは、メリットよりもリスクの方が大きいと考える国があるからだ(Nature 2021年3月11日号199ページ参照)。また、原子力の開発には手が出ないという国々もある。全世界の炭素純排出量をゼロにするには、再生可能エネルギーに照準を合わせなければならない。再生可能エネルギーの最大の利点は、その供給源を全ての国が自由に利用できることなのだから。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2021.210549

原文

Nuclear technology’s role in the world’s energy supply is shrinking
  • Nature (2021-03-09) | DOI: 10.1038/d41586-021-00615-w