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英国型変異株の致死性は高いのか? 決定的なデータはまだない

英国の病院にはSARS-CoV-2変異株B.1.1.7に感染してCOVID-19を発症した患者が殺到している。 Credit: KIRSTY WIGGLESWORTH/AFP VIA GETTY

2021年1月、英国政府は科学者たちの報告に基づき、英国で急速に感染が拡大している重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の変異株B.1.1.7によるCOVID-19は、既存のウイルスによるものと比較して死亡率が高い可能性があるとの警告を発した。厳しい現実を突き付ける知らせだが、話はそう簡単ではない。この研究結果の解釈には注意を要するからだ。そう指摘する科学者たちによれば、報告された結果は(政府による警告も同様だが)暫定的なものであって、この変異株の致死性が実際に高いのか、それとも感染の拡大が速いせいで、死亡リスクの高い人々がより多く感染するようになったためなのかは、まだ分からないという。

この研究結果は確かに不安を呼ぶものではあるが、結論を出すには「もっと多くの研究が必要です」と、セントアンドリュース大学(英国)の公衆衛生学者で英国のエディンバラを中心に活動しているMuge Cevikは言う。

2021年1月、英国のボリス・ジョンソン首相は、いくつかの研究グループが公開した予備的なデータによれば、英国で最初に検出されたB.1.1.7変異株は、既存のウイルスよりも感染の拡大が急速で、死亡率も高いようだと発表した。同年2月3日にはロンドン大学衛生熱帯医学大学院(LSHTM;英国)の疫学者Nicholas Daviesのチームが、公開データの一部を分析した結果をプレプリントサーバーに投稿した(N. Davies et al. Preprint at medRxiv https://doi.org/ftkj; 2021)。その内容は、新しい変異株の感染が確認できた患者の死亡率は、既存のウイルスによる感染患者と比較して約35%高かったというものであった(註:3月5日に投稿された第3版では、死亡率は約61%高いと修正されている)。

この分析結果が意味しているところを具体的な値で言えば、70~84歳の男性のCOVID-19による死亡率は、既存のウイルスについて陽性と判定された患者では約5%だが、B.1.1.7の感染が確認できた患者では6%以上(第3版によれば7%以上)となる。85歳以上の男性では、死亡率は約17%から約22%(同約25%)へと上昇する。なお、この分析結果はまだ査読を受けていない〔編集部註:この論文は3月15日にNature オンライン版に掲載された(https://doi.org/10.1038/s41586-021-03426-1)〕。

他の研究グループも、B.1.1.7やその他の新しいSARS-CoV-2変異株が、既存のウイルスよりも致死性が高いかどうかを検討している。

2020年9月にイングランド南部で最初に検出されて以来、B.1.1.7は英国では最も優勢な変異株となり、30カ国以上に広がっている。この系統のウイルスの致死性が既存のSARS-CoV-2よりも高いかどうかを調べる目的で、Daviesらは2020年11月1日〜2021年1月11日の間にSARS-CoV-2の検査を病院以外で受けて陽性となった85万人以上のデータを分析した(第3版では、2021年2月14日までの220万人以上のデータを分析している)。

B.1.1.7は新しい変異株だったが、英国で使われている標準的な検査キットの「欠陥」を利用して、研究者たちは感染者を識別することができた。検査では通常、3つのSARS-CoV-2遺伝子を標的としてウイルスの存在を検出する。しかし、B.1.1.7の場合、スパイクタンパク質に生じた変化のため、2つの遺伝子についてのみ検査結果が陽性となるので、既存のウイルスと区別することができる。

Daviesらの研究チームは、年齢層、性別、民族を問わず、B.1.1.7は既存のウイルスよりも致死性が高いことを見いだした。「この結果は、新しい変異株によって実際に死亡率が上昇することを示す強い証拠です」と、ケンブリッジ大学(英国)の感染症疫学者Henrik Saljeは言う。

しかしCevikは、Daviesらの分析結果は、この新しい変異株が全ての年齢層にとって等しく脅威になると結論付けるには十分ではないと指摘する。含まれている若年層の死亡者数が少ないためだ。「高年齢層に対する致死性は確かに高くなっているようです」と彼女は言う。

メルボルン大学(オーストラリア)の疫学者Tony Blakelyはこの結果について、COVID-19による死亡率が年齢とともに急上昇することを考えると、予想通りの結果だと話す。

Daviesらの研究結果は、英国政府の諮問機関である「新規・新興呼吸器ウイルスの脅威に関する諮問グループ(NERVTAG)」が2021年1月22日に発表した報告書にまとめられている他の予備的な研究の結果とも、一致している(go.nature.com/36kpraa参照)。例えば、ロンドン大学インペリアルカレッジ(英国)のある研究チームの分析によれば、平均症例死亡率(COVID-19の診断が確定した患者のうち、死亡した患者の割合)は、B.1.1.7の方が約36%高かった。

別の説明

他の系統に比べて変異株の致死性が高いかどうかを結論付けるためには、さらに多くのデータと分析が必要だと、Cevikは話す。例えば、この研究では、変異株に感染した患者が死亡リスクを高める基礎疾患(糖尿病や肥満など)を持っているかどうかは考慮されていないと彼女は指摘する。

また、Daviesらの研究は英国でのCOVID-19による死亡者のうち、ごく一部(約7%)しかカバーしておらず(第3版では約9%をカバーしている)、症状が出てから病院で検査を受けた患者の死亡も含めた場合、その影響は消えてしまう可能性があるとCevikは言う。別のグループによる予備的な研究では、新しい変異株に感染して入院した患者の死亡率の上昇は認められておらず、Daviesらによる研究の結果の解釈をいっそう難しくしている。

新しい変異株がより重篤な疾患を引き起こしている可能性は高いが、その場合、より多くの人が入院することになり、結果として死亡率が既存のウイルスと同程度にまで抑えられているのではないかとDaviesは言う。しかし、彼もまた、何が起こっているかを理解するためには、より多くのデータが必要だという指摘には同意している。

また、B.1.1.7の感染拡大の速さが、医療の逼迫とケアの質の低下を通じて、死亡者の増加に寄与している可能性があると指摘する研究者もいる。しかしDaviesは、死亡率の比較は同じ時期に同じ地域で検査を受けた人々を対象として行ったことから、入院後の条件は変わらないはずで、その可能性は除外できると主張している。

翻訳:藤山与一

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2021.210402

原文

What’s the risk of dying from a fast-spreading COVID-19 variant?
  • Nature (2021-02-05) | DOI: 10.1038/d41586-021-00299-2
  • Smriti Mallapaty