改良された幻覚剤
図1 イボガインは低木のイボガ(Tabernanthe iboga)の根と樹皮から抽出される
幻覚剤であるイボガインは、うつと依存症の治療薬として有望視されてきたが、いくつか望ましくない特性がある。Cameronetら5はより安全なイボガインの類似体を開発した。 Credit: LAURENT SAZY
1940年代と1950年代に、2つの薬剤リゼルギン酸ジエチルアミド(LSD)とシロシビンに神経活性作用があることが発見されると、幻覚作用を持つ化合物が臨床で役立つかどうかに強い関心が集まった1。しかし、1970年代になると、それらの薬剤の安全性と乱用の可能性に対する懸念が高まり、次第に研究が制限されるようになった。しかしながら過去10年間では、幻覚化合物の治療の可能性に対する関心が再燃してきており、予備的研究結果では、LSD、シロシビン、およびイボガインなどの薬剤が、治療抵抗性うつ病2、心的外傷後ストレス障害3、そして末期がん患者の不安4の治療に役立つ可能性が示されている。このほど、カリフォルニア大学デービス校(米国)のLindsay P. Cameronらが、幻覚作用を持たないイボガイン類似体の合成について、Nature 2021年1月21日号の474ページに報告している5。この化合物は依存症とうつ病の治療に使える可能性がある。
イボガインは、アフリカ西部熱帯雨林の低木イボガ(Tabernanthe iboga)(図1)に含まれる天然のアルカロイドである。前臨床データと小規模研究の結果から、イボガインがオピオイドとアルコール依存において、薬物の渇望、禁断症状、および再発のリスクの低減に有用である可能性が示されている。これは、ニューロンの成長と維持を調節して、ニューロン間の結合の強度を変化させる(シナプス可塑性)イボガインの能力によるのではないかと考えられる6-9。しかし、イボガインには、いくつか不都合な特性がある10。1つ目は、危険な不整脈と神経毒症状を引き起こす可能性があること、2つ目は、イボガインは治療用量で長時間にわたって幻覚症状を発生させることである。そして3つ目に、合成が技術的に複雑で生産が制限されることが挙げられる。
新しいイボガイン類似体TBGは、入手が容易な物質から1段階で合成可能である。TGBは、幻覚性や毒性がイボガインに比べて低く、オピオイドやアルコールなどの依存症、うつ病に有効であることが、動物実験で明らかになった。 Credit: 5m3photos/Moment/Getty
Cameronらは、イボガインの潜在的な治療効果を保持しつつ、副作用がそれほど重くない類似体の設計を目指した。彼女らはまず、体系的にイボガイン分子の主要な構造要素を除去していき、そのテトラヒドロアゼピン環が培養細胞およびマウス脳においてニューロンの成長促進と分岐に重要であることを見いだした。続いて、テトラヒドロアゼピン環と成長促進効果を保持しているが、毒性プロファイルがより好ましいイボガイン類似体を合成した。
こうした努力によって、さらなる研究のために特に有望な候補化合物、TBG(tabernanthalog)が生まれた。TBGは、容易に手に入る出発物質から1回のステップで簡単に合成できる。Cameronらは、齧歯類とゼブラフィッシュにおいて確立されたアッセイを用いて、TBGとイボガインを比較した。彼女らは、マウスで首振り動作誘発の傾向を調べることにより、TBGはイボガインより幻覚作用が低いことを示した。また、ゼブラフィッシュにおいて、特に低用量ではTBGは心臓毒性や発達毒性が低いことも示された。これらのデータを合わせると、TBGはおそらくイボガインよりはるかに安全な代替薬と考えられる。だが、さまざまな用量における、そして急性投与あるいは慢性投与におけるTBGの毒性について完全に理解するには、さらに多くの研究が必要だろう。
次に、CameronらはTBGの潜在的治療特性を評価した。最初に、抗うつ作用について調べた。マウスを7日間にわたり予測不可能な軽度のストレス要因にさらし、その後、強制水泳試験を行った。この試験は抗うつ剤の評価によく使われる試験である。水の入った円筒容器にマウスを入れると、マウスは逃げようとして泳ぐが、しばらくすると鼻を水面に出して動かなくなる(無動)。マウスは、こうした水泳と無動を交互に繰り返し、次第に無動でいる時間が長くなる。この試験で無動時間を減少させる化合物は、ヒトにおいて抗うつ作用を持つ傾向がある。TBGは投与後わずか1日で、迅速に抗うつ様効果を示し、その作用の程度は即効性抗うつ剤であるケタミンに匹敵した。しかし、TBGの効果は1週間後にはケタミンの効果ほど持続性がなかった。この結果についてはこれからの研究で、投与計画を変更するか、他の介入と組み合わせることでTBGの抗うつ剤様効果を引き延ばせるかどうかを評価するべきである。
Cameronらは次に、2つの齧歯類の依存症モデルで、TBGによりオピオイドとアルコールの使用が変化するかどうかを調べた。アルコール多飲モデルでは、マウスに飲用として水と20%エタノールの選択肢を与えた後にエタノールから離脱させるサイクルを7週間にわたって行い、多飲行動を誘発した。TBGを投与すると迅速にアルコール消費量が減少し、その効果が少なくとも2日間持続した。これは他の抗依存症薬でしばしば観察される効果に匹敵する。
オピオイド探索モデルでは、ラットに、レバーを押すとヘロインの静注を受けられることを学習させた。この設定では、TBGによりヘロイン消費が急速に減少した。さらにCameronらは、ヘロイン離脱状態にあったラットにおいてTBG投与後12~14日間、効果的に再発が防止されたという、非常に説得力のある結果を示した。この著しく持続的な再発防止作用は、他の薬剤の1回のみの投与で見られることはめったになく、TBGが薬物依存症から回復中の人々にとって、再発行動の低減に特に役立つ可能性があることが示唆される。
注目すべきことに、TBG投与はラットでショ糖探索行動も急速に抑えた。この研究結果から、TBGは急速に作用して薬物乱用の報酬特性を減少させるのではなく、学習した行動全般を変化させるのではないかという可能性が示唆される。これは、TBGがさまざまな習慣的な行動を変えるのに役に立つかもしれないという、新たな興味深い見解であり、さらなる研究が必要だ。
では、TBGはどのように働くのか? Cameronらは、TBGがセロトニン2A受容体(5-HT2AR)タンパク質を強力に活性化することを示した。5-HT2AR阻害剤であるケタンセリンとともに投与すると、強制水泳試験で無動に対するTBGの効果が抑制されたことから、TBGの抗うつ剤様特性にこのシグナル伝達経路が関与していると考えられる。ニューロンに対するTBGの成長促進作用もケタンセリンによって同様に阻害された。これらの知見は、ケタミンの研究で観察されたように、TBGは5-HT2ARシグナル伝達経路を介して、急速に作用して行動への治療的な効果を生み出し、次にその作用はニューロンの成長と可塑性への効果によって持続するという興味深い可能性が浮上する。TBGの作用でもシナプスの可塑性は必要なのだろうか? 必要ならばどのように必要なのだろうか? シナプス可塑性と5-HT2ARシグナル伝達が共働し、特定の細胞タイプと神経回路に対する作用を介して行動とニューロン機能に影響を与えるとすれば、どのような仕組みなのだろうか? これらの解明にはさらなる研究が必要だろう。
Cameronらの研究は、TBGなどのイボガイン類似体を依存症とうつ病の治療に使用できるかどうかを調べる今後の研究の基礎となる。精神疾患に関連する行動の動物モデルはとてつもなく複雑で、1つの精神疾患の全ての側面を単独で忠実に再現できるモデルは存在しない11。また、齧歯類で行動に対する有望な効果を持つ全ての化合物が、治療に役に立つと判明するわけではない。TBGが働く仕組みを解明し、薬剤投与と治療効果と有害な副作用との関係を理解するために。また、ヒトにおける安全で効果的な投与計画を確立し、最終的に臨床効果を確認するために、他の動物における広範囲な研究やその後の臨床試験が必要になるだろう。
実際、Cameronらは、今回の報告はこの方向への第一歩にすぎず、TBG、イボガインまたは関連する化合物を、クリニックや医師の監督がない環境で使用し始めることを勧めるものではないと慎重に強調する。だが、今回の研究は、この基本的に新しいクラスの治療用化合物を追究することの正当性を裏付ける、非常に説得力ある証拠となる。また、有害な副作用などの望ましくない特性を最小限に抑えつつ潜在的治療効果を持つ、幻覚化合物の新しい類似体を設計するための指針にもなる。
翻訳:古川奈々子
Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 4
DOI: 10.1038/ndigest.2021.210443
原文
Psychedelics re-engineered for potential use in the clinic- Nature (2021-01-21) | DOI: 10.1038/d41586-020-03404-z
- Gabriela Manzano-Nieves & Conor Liston
- Gabriela Manzano-Nieves & Conor Listonは、共にサックラー発達精神生物学研究所およびワイルコーネル医科大学(米国ニューヨーク)に所属。
参考文献
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- Mithoefer, M. C., Wagner, M. T., Mithoefer, A. T., Jerome, L. & Doblin, R. J. Psychopharmacol. 25, 439–452 (2011).
- Ross, S. et al. J. Psychopharmacol. 30, 1165–1180 (2016).
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