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急速に広がる南アフリカ型変異株は免疫応答を回避する

501Y.V2変異株は2020年の末に南アフリカ共和国の新型コロナウイルス検査センターで検出された。 Credit: GUILLEM SARTORIO/BLOOMBERG/GETTY

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の新しい変異株について、懸念を生じさせ得る複数の研究結果が相次いで報告されている。いくつかの変異ウイルスには、ワクチン接種や過去の感染により体内で誘発されるようになった免疫応答から逃れる能力があるらしい、というのだ。その実態を理解しようと、研究者たちは努力を続けている。

「データをいくつか見て、本当に恐ろしいと思いました」と、ロンドン大学インペリアルカレッジ(英国)の免疫学者Daniel Altmannは話す。これらのデータはCOVID-19ワクチンが効かない変異ウイルスが登場する予兆を示しているのではないかと、彼は心配している。

だが、Altmannも含め、科学者たちは、明確な結論が出ているわけではないと強調する。これらの研究では、COVID-19から回復したかワクチン接種済みの、少数の人たちの血液しか調べていない。また、血中の抗体が変異株を「中和」する能力のみを試験しており、免疫応答を構成する抗体以外の要素の効果を幅広く調べたわけではない。

さらには、抗体応答の減弱が、実際にワクチンの有効性や再感染の可能性に影響を及ぼすかどうかも証明されていない。「今回報告されたような変化は、果たして今後、重要な意味を持つようになるのでしょうか? 私にはまだ分かりません」と、研究の1つに共同研究者として参加したロックフェラー大学(米国ニューヨーク)のウイルス学者Paul Bieniaszは言う。

免疫への影響

特に多くの懸念を集めているのは、2020年の末に南アフリカ共和国で検出された変異株だ。501Y.V2と呼ばれるこの変異株は、同国東ケープ州での急速な感染拡大に関係していることが、クワズール・ナタール大学(南アフリカ共和国ダーバン)のバイオインフォマティクス研究者Tulio de Oliveiraが率いるチームによって明らかにされ、その後、同国全土や諸外国にも広がった1。この系統のSARS-CoV-2は、スパイクタンパク質(ウイルスが宿主細胞を識別して感染するために必須のタンパク質であり、免疫系の主要な標的となっている)に多くの変異を持っていて、その変異の中には、このウイルスに対する抗体応答を減弱させるものがいくつかある。

東ケープ州は南アフリカ共和国におけるCOVID-19の第1波で深刻な打撃を受けていた。そのため研究者たちは、501Y.V2が急速に広がった理由の1つとして、以前の免疫応答で産生された抗体から逃れる能力が関係しているのではないかと考えた。

この仮説を検証するために、de Oliveiraはアフリカ保健研究所(南アフリカ共和国ダーバン)のウイルス学者Alex Sigalらの協力を得て、変異株に感染した患者から501Y.V2ウイルスを分離した2。次に、501Y.V2以外のウイルスによるCOVID-19から回復した6人の元患者から血清(抗体を含む血液画分)を採取し、変異株に対する効果を調べた。回復期血清には感染を防ぐことができる中和抗体(ウイルス遮断抗体)が含まれている。しかし、501Y.V2に対する回復期血清の効果は、これまでに検出されていた変異株に対する中和効果と比較してはるかに低いことが分かった。de Oliveiraによれば、血清の中には501Y.V2に対する中和効果が他の血清に比べて相対的に高いものもあったが、それでも絶対的な効果は明らかに低かったという。「これは非常に憂慮すべき結果です」とde Oliveiraは言う。

別の研究3では、国立感染症研究所とウィットウォーターズランド大学(いずれも南アフリカ共和国ヨハネスブルク)のウイルス学者であるPenny Mooreが率いるチームが、501Y.V2で見つかったスパイクタンパク質の変異をさまざまな組み合わせで持つウイルスに対する回復期血清の効果を調べた。この実験には、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質を使って細胞に感染するようにヒト免疫不全ウイルス(HIV)を改変した「疑似ウイルス」が用いられている。

実験結果から、501Y.V2に対する中和抗体の効果を減弱させているのは、スパイクタンパク質の2つの重要な領域(受容体結合ドメインとN末端ドメイン)を中和抗体が認識しにくいように変化させる変異であることが分かった。501Y.V2の変異を全て持つ疑似ウイルスは、44人の参加者のうち21人の回復期血清に対して完全に耐性を示し、それ以外の大多数の参加者の血清に対しても部分的に耐性を示した。

間もなく南アフリカ共和国の両チームは、COVID-19ワクチンの治験に参加した人たちの血清を使って501Y.V2変異株に対する効果を試験する予定だ。世界中の研究室でも類似の研究が進められている。Bieniaszが共同で率いるチームは、501Y.V2の受容体結合ドメインの変異は、ファイザー社またはモデルナ社のmRNAワクチンを接種済みの人から採取した抗体の力価をわずかしか低下させないことを明らかにした4。これは「心強い発見です」とMooreは話すが、今後は501Y.V2の他の変異がもたらす影響を検討することが重要になってくるだろう。

ベルン大学(スイス)のRNAウイルス学者Volker Thielは、変異がワクチンの有効性を低下させるかどうかはまだ分からないと言う。ほとんどのCOVID-19ワクチンは、スパイクタンパク質のさまざまな領域を標的とする抗体の産生を高いレベルで誘発するため、一部の抗体分子は変異ウイルスを中和できる可能性がある。また、T細胞などの免疫応答を構成する抗体以外の要素は、501Y.V2に対しても変わらず作用するかもしれない。「ワクチンを接種して産生されるのはスパイクタンパク質だけですが、誘発される免疫応答は多彩なので、新しい変異株をカバーすることはできるはずです。もちろん、それを実証するための研究は必要ですが」とThielは話す。

エラスムス医療センター(オランダ・ロッテルダム)のウイルス学者Marion Koopmansは、501Y.V2のような変異株に対する抗体応答の減弱は、実際にはあまり問題にならないかもしれないと言う。「実験室で行った測定で応答の減弱がいくらか認められたとしても、体内では問題にならないと思います。感染を中和するのに十分な量の抗体を持っていますから」。また、仮に再感染が起きたとして、それが初回感染後にいったん上がった抗体価の減衰によるものなのか、それとも変異のせいなのかを区別するのは難しいだろうともKoopmansは指摘する。

新しいデータ

B.1.1.7として知られる別の変異株は、英国で最初に検出されてから急速に広がりつつある。この変異株の性質についても手掛かりが得られ始めている。バイオテクノロジー企業ビオンテック社(ドイツ・マインツ)の研究者たちは、ファイザー社と共同開発したワクチンの接種を受けた16人の血清の効果が、B.1.1.7のスパイクタンパク質の変異の影響をほとんど受けないことを、疑似ウイルスを使った実験で明らかにした5。一方、ケンブリッジ大学(英国)のウイルス学者Ravindra Guptaが率いるチームは、2回接種のワクチンの接種を1回だけ受けた15人の血清を調べた6。そのうち10人の血清は、他のSARS-CoV-2と比較してB.1.1.7に対する効果が低いことが分かった。この差のためにワクチンの有効性にすぐに差が出るということはないだろうが、時間が経って抗体価が減衰すれば、有効性に差が出てくることも考えられるとGuptaは話す。

報告された研究結果が、パンデミックとの戦いにおいてどのような意味を持つのかはまだ分からない。研究者にとって最優先の課題は、501Y.V2の変異が実際に再感染の原因になっているかどうかを調べることだ。仮にもしそうだったとすると、「集団免疫の確立という構想は、少なくとも自然感染に任せる方針を取った場合には、全くの夢物語になってしまうでしょう」とde Oliveiraは言う。

翻訳:藤山与一

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2021.210404

原文

Fast-spreading COVID variant can elude immune responses
  • Nature (2021-01-21) | DOI: 10.1038/d41586-021-00121-z
  • Ewen Callaway

参考文献

  1. Tegally, H. et al. Preprint at medRxiv https://doi.org/10.1101/2020.12.21.20248640 (2020).
  2. Cele, S. et al. Preprint at https://www.ahri.org/wp-content/uploads/2021/01/MEDRXIV-2021-250224v1-Sigal.pdf (2021).
  3. Wibmer, C. W. et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/10.1101/2021.01.18.427166 (2021).
  4. Wang, Z. et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/10.1101/2021.01.15.426911 (2021).
  5. Muik, A. et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/10.1101/2021.01.18.426984 (2021).
  6. Collier, D. A. et al. Preprint at medRxiv https://doi.org/10.1101/2021.01.19.21249840 (2021).