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アストロサイトに見つかった抑制性シナプス制御機能

Credit: selvanegraiStock /Getty

–– 三者間シナプスとは、どのようなものですか?

髙野氏: 脳の細胞は、神経細胞(ニューロン)とグリア細胞(神経膠細胞)に大別されます。このうち、神経回路を構築するのはニューロンだけで、グリア細胞はニューロンへの栄養補給や代謝支援といった、いわば「ニューロンを保護する役割」を果たすにすぎないと考えられてきました。ところが2000年以降、グリア細胞の中で最も数の多いアストロサイト(アストログリアとも呼ばれる)に、神経回路を積極的に制御する機能があると分かり、2つのニューロンをアストロサイトが橋渡しする細胞接着構造を「三者間シナプス」と呼ぶようになりました(図1)。

図1 三者間シナプスの構造
グリア細胞の中で最も多く存在するアストロサイトは、四方八方に非常に微細な突起を伸ばしている。この微細突起はシナプス(情報を送るニューロンと情報を受け取るニューロンの結び目)を覆い、アストロサイトとシナプスを強固に接着させている。このような、2つのニューロンをアストロサイトが橋渡しする細胞接着構造を、三者間シナプスという。

–– 三者間シナプスについて、分かっていることと未解明のことを教えてください。

髙野氏: 分かっていたのは、大きく以下の3点です。第一に、脳内のシナプスの約70%が三者間シナプスであること。第二に、アストロサイトは三者間シナプスを介して、高次機能を担う神経回路を作り出していること。第三に、ニューロンも、この三者間シナプスを介してアストロサイトの発生を制御していること、などです。さらに、三者間シナプスの機能や構造の破綻が、統合失調症や自閉スペクトラム症、双極性障害など多くの精神・神経疾患と関連することも報告されています1

ただし、三者間シナプスの間隙に存在する分子群や機能については解明されていませんでした。ニューロン間のシナプスでは、免疫沈降法と細胞分画法を組み合わせたプロテオミクス解析により、詳細なデータが得られていますが、同じ解析手法を三者間シナプスに流用することができないからです。

加えて、多様な細胞集団で構成される脳組織から特定の細胞の間隙に存在するタンパク質だけを取り出すのが難しかった、という事情もあります。今回のアストロサイトとニューロンの三者間シナプスもそうです。こうした背景があり、ニューロン同士のシナプス間のタンパク質は約1500種同定され、機能解明も進んでいる一方で、三者間シナプスについては約15種が同定されたのみでした。

–– そこで、独自の手法を確立されたのですね。

髙野氏: そうです。「生体内近位依存性ビオチン標識法(in vivo BioID法)」と「分割型近位依存性ビオチン標識法(Split-BioID法)」を改良し、独自の手法(Split-TurboID法)を開発して解析に用いました。in vivo BioID法は、生体の細胞内に局在する分子群をビオチン化酵素(BirA)で一括標識し、網羅的に解析するというもので、2016年に開発されました2

Split-BioID法は、BirAを2つに分割し、それぞれを異なるタンパク質と融合させ、複合体を形成した際にBirAの酵素が再び活性化するようにしたもので、翌2017年に開発されました3。この手法により、異なる2つのタンパク質の複合体形成に関与する分子群を網羅的に同定できるようになりました。

今回のSplit-TurboID法は、この網羅的な分子解析技術を生体内の異種細胞間に応用したものです。高活性型のビオチン化酵素(TurboID)をN末端側とC末端側の2つに分割し、各断片を細胞膜上に局在させます。すると、両者が結合する三者間シナプス近傍で酵素が特異的に再活性化され、それによりタンパク質群を網羅的に標識することができます。このようにして標識されたタンパク質の同定と機能解析を行ったのが、今回の成果です4

解析対象は、生後21日目のマウスとしました。この頃にシナプス形成が成熟し、三者間シナプスも完成すると考えられるからです。断片化したSplit-TurboID遺伝子を、「ニューロン特異的にN末端側の酵素(N-TurboID)発現を誘導するアデノ随伴ウイルス(AAV-hSynI-N-TurboID)」と、同じく「アストロサイト特異的にC末端側の酵素(C-TurboID)発現を誘導するアデノ随伴ウイルス(AAV-GfaABC1D-C-TurboID)」に組み込み、両者を脳内に導入しました(図2a,b)。

図2 Split-TurboID法の原理と三者間シナプス構成分子の網羅的探索
a,b 高活性型ビオチン化酵素TurboIDをN末端とC末端に分割し、細胞膜に局在させる配列を付加したものを、細胞種特異的アデノ随伴ウイルス(AAV)を用いてニューロンとアストロサイトに発現させる。すると、隣り合う接着部位でSplit-TurboIDが再活性化し、三者間シナプス構成分子群がビオチン標識される。
c このSplit-TurboID法により、多数の三者間シナプス構成分子を網羅的に同定した。

脳全体にウイルス感染が広がって導入した遺伝子が発現するまでに3週間、ビオチンを投与してさらに1週間飼育しました。その後、大脳皮質を取り出し、ビオチンと強固に結合するアビジンビーズを使って精製し、質量分析を行いました。

大脳皮質を解析対象にしたのは、大脳皮質の視覚野を対象にした先行研究に、「成長過程で、アストロサイトがシナプス形成を誘導する。アストロサイトの成長を抑制すると、シナプス形成も抑制される」との報告があったからです。

–– どのような結果が得られたのでしょう?

髙野氏: まず、三者間シナプスの分子として、118種類を同定することができました(図2c)。その中には、これまでに知られていた三者間シナプス構成分子(ニューロリギン3、ニューレキシン1、カルシウムチャネル補助サブユニット、興奮性シナプス分子、抑制性シナプス分子など)も含まれていました。

次に、同定した118種の分子にどのような機能があるかを、データベースを使って解析しました。その結果、既知のシナプス間隙分子が29種(25%)、細胞接着分子が18種(15%)、イオンチャネルが18種(15%)、Gタンパク質共役受容体および、その関連タンパク質が4種(3%)、その他の受容体(16分子、14%)、分泌分子や細胞外足場タンパク質が34種(29%)だと分かりました。興味深いことに、統合失調症や自閉スペクトラム症などの精神・神経疾患と関連するとされる分子が34種(29%)もありました。

さらに、これら118種の三者間シナプス構成分子を局在別に分類するためにデータベースと照合したところ、約6割がニューロンに局在する分子で、約4割がアストロサイト側との結果を得ました。ただし、これは正確性に欠けると言わざるを得ません。118種のうち、今回、特に注目した神経細胞接着分子(Neuronal Cell Adhesion Molecule;NRCAM)は、データベース上では「ニューロンで発現し、ニューロンで機能しているもの」とされていますが、今回の私の解析により、ニューロンよりもアストロサイトでより多く発現していることが明らかになったからです。おそらく、このような分子は他にもたくさんあると思います。

–– 特にNRCAMに注目して解析を進められた理由とは?

髙野氏: NRCAMはニューロンの細胞接着分子で、ニューロンのシナプスの形成に関わるとされています。加えて、NRCAM遺伝子の変異が自閉スペクトラム症と関連するとの報告もあります。例えば、2019年には、NRCAM欠損マウスの脳で、ニューロンの興奮性ポストシナプスが増え、認知機能や社交性の低下といった自閉症様の異常行動を示すことも報告されました5

実は、私たちは抑制性シナプスの解析で、NRCAMを同定していました。こうした経緯があり、アストロサイト由来のNRCAMに、抑制性シナプスに関連する未知の機能があると考えました。

–– 具体的にどのような実験をされたのですか?

髙野氏: まず、遺伝子編集技術(細胞種特異的CRISPR-Cas9法)を用いて、アストロサイトでのみNRCAMが発現しないマウスを作りました。このマウスを三者間シナプスが完成するまで飼育し、生後21日目に大脳皮質を取り出してアストロサイトの構造を詳しく調べてみました。すると、突起が非常に複雑化した、奇妙な形のアストロサイトが観察されました。超解像顕微鏡で詳細に観察したところ、微細突起はニューロンの抑制性シナプスと乖離し、細胞接着構造が破綻していると分かりました。

次に、シナプスの数と情報伝達効率について調べたところ、大脳皮質内の抑制性シナプスの数が顕著に減少し、その情報伝達効率が減弱していると分かりました。一方で、興奮性シナプスについては、数も伝達効率も変化が見られませんでした。このことから、アストロサイト由来のNRCAMが「アストロサイトの発生を負に制御する」というユニークな特性を持ち、さらに、抑制性シナプスの構築に直接関与していることが示唆されました。

先行研究ではNRCAMが同種分子間で結合するとされていますので、アストロサイト由来のNRCAMとニューロン由来のNRCAMの相互作用も調べました。その結果、互いが結合(ホモフィリック結合)することで、抑制性シナプスの足場となるタンパク質(ゲフィリン)をつなぎとめていることが分かりました。

一連の結果は、アストロサイト由来のNRCAMが、ニューロン由来のNRCAMおよびゲフィリンを介し、抑制性シナプスを安定化していることを強く示しています。つまり、アストロサイトには、単なるニューロンの保護だけでなく、抑制性シナプスを積極的、かつ直接的に制御する機能があるといえます。

–– 今後の目標をお聞かせください。

髙野氏: 118種の分子の中には、未解析の三者間シナプス構成分子がたくさん含まれています。これらを解析し、アストロサイトが、高次機能を担う特定の神経回路の形成や再編成にどのように寄与しているかを探究していきたいと考えています。

今回のSplit-TurboID法は、幅広い異種細胞同士の網羅的な解析に使えますので、さまざまな基礎研究や臨床研究に使っていただけるとうれしいです。私自身は、この手法による解析で神経回路ごとの分子地図を作り、複雑な脳機能の解明の糸口をつかみたいと考えています。

–– ありがとうございました。

聞き手は西村尚子(サイエンスライター)。

Author Profile

髙野 哲也(たかの・てつや)

慶應義塾大学医学部生理学(神経生理)教室 助教
2013年に東京都立大学大学院 理工学研究科にて、久永眞市(ひさなが・しんいち)教授の下、ニューロン特異的リン酸化酵素とその新規基質がニューロンの軸索と樹状突起の形成に必須であることを見つけ、博士(理学)を取得。日本学術振興会・特別研究員PDとして、名古屋大学大学院の貝淵弘三(かいぶち・こうぞう)教授の下で、ニューロンの形態や活動を制御するリン酸化シグナルに関する研究に従事。その後、デューク大学(米国)にて脳内の三者間シナプスに関する研究に参加。2020年7月より現職。脳神経回路の不思議さに魅了され、多細胞間および脳内神経回路に特化したプロテオミクス技術の開発と脳内分子マッピングの構築を目指している。

髙野 哲也

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2021.210434

参考文献

  1. Sakers, K. & Eroglu,C. Current Opinion in Neurobiology 57, 163-170(2019).
  2. Uezu, A. et al. Science 353, 1123-1129(2016).
  3. Schopp, I. M. et al. Nature Communications 8,15690(2017).
  4. Takano et al. Nature 588, 296-302(2020).
  5. Mohan, V. et al. Cereb Cortex 29, 963-977(2019).