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騒音や人工光による感覚汚染の影響を市民科学者データを活用して解明

Credit: SusanGaryPhotography/Moment Open/Getty

–– 市民科学者の野鳥観察データが米国にあるそうですね。

先崎:米国のコーネル大学の研究者によるNestWatchというプロジェクトがあり、鳥の巣の観察データが全米という広域レベルで収集されています。一般市民が、鳥の巣を数日おきに観察し、その結果をNestWatchのウェブサイトに登録するのです。自ら巣箱を置いて観察する人も多いようです。巣の位置、卵の数、雛の数、親鳥の行動などの観察項目について、観察データが長年蓄積されてきているのです。私も今回の研究1に当たって、2000〜2014年のNestWatchの観察データを利用させてもらいました。

–– 巣の観察からはどんなことが分かるのですか?

先崎:巣の観察データからは、その鳥の繁殖活動、つまり子孫をどれくらい残せるか、ということに関する情報が得られます。生物多様性保全を考えていく上では、種の存続につながる繁殖活動に着目することが重要です。

生物に影響を及ぼす環境要因にはいろいろなものがありますが、今回の私の研究では、環境要因として騒音と人工光を取り上げました。騒音や人工光は、生物の感覚とそれに対する応答に影響を及ぼすので、感覚汚染因子とも呼ばれています。都市化による感覚汚染因子が生物の繁殖活動へどう影響するか、それを広域レベルで調べる「マクロエコロジー」研究はこれまでほとんど行われていませんでした。特に、騒音に関する研究は進んでおらず、今回の研究成果は貴重なものと考えています。

–– どのような影響が見られましたか?

先崎:全米の鳥類142種5万8506件のデータを解析したのですが、当初、鳥類全般に対する影響は見いだせませんでした。そこで次に、生息環境別に分けて解析したのです。すると、森林性鳥類22種については、騒音が繁殖成績に不利な影響を与えることが分かりました。詳細を紹介しますと、巣に生む卵の数が約12%減少、繁殖成功率が約19%減少、抱卵放棄率が約15%増加となったのです。

また、人工光の影響については、森林性22種だけではなく、開放地性51種も含めて、抱卵開始が3〜4週間早まりました。気候変動による温暖化で、鳥類の餌(昆虫など)の出現が一般的に早まる傾向にあることから、抱卵開始の早まりは、鳥類に有利に働くと考えられます。

このように騒音と人工光は、鳥類の繁殖に正と負の影響を与えることが分かったのですが、その影響の多大さは、緯度や都市化指数(周囲のビルや舗装道路の面積)、人口密度などの他の環境要因による影響の大きさに匹敵するほどでした。生物多様性保全を考えていく上で、騒音や人工光の感覚汚染因子の影響を考慮していくことの重要性を、今回の研究で示すことができました。

生きもの屋が保全研究に進む

–– この分野の研究に進まれたきっかけは?

先崎:北海道生まれの私は、子どもの頃からバードウオッチングが好きで、大学では海鳥の生態や行動を研究していました。ですから、元々は、いわゆるフィールドでの観察が好きな「生きもの屋」だったのです。しかし、大学院に進むときに、専攻を変更して、保全の分野に進むことにしました。日本では、鳥の生態に精通し、かつ保全を専門とする人材がいないと知ったからです。現代は、生物の数が減少している時代なので、保全は重要です。鳥に関して蓄えられた知識や多くの経験を、保全の研究に生かしたいと考えたのです。

保全の分野で大学院に進んでしばらくすると、生態系や生物多様性保全の視点から、騒音の影響を調べたいと考えるようになりました。コウモリの採餌行動が騒音の影響を受けるという研究論文があるのを知って、興味を持ったのもその頃でした。しかし、先ほども言いましたように、広域レベルでの生物への騒音の影響はほとんど分かっていませんでした。騒音の研究は重要な分野のはずですが、世界的に研究人口が少なく、特に日本には誰もいないという状態だったのです。それならば、自分がその専門家になろう。そう思ったわけです。

騒音や人工光の研究は、自然音や自然光の影響を調べることにもつながります。従って、生きもの屋にとって興味のある自然史的な示唆を受けることも多く、また、鳥の観察も並行して行えるので、楽しく研究を進めています。

–– 今回の研究を始められたきっかけは?

先崎:今回の共同研究者であるカリフォルニア州立工科大学サンルイスオビスポ校(米国)のクリントン・フランシス准教授は、数少ない騒音研究の専門家の1人です。鳥類に対する騒音の影響を、生物群集の観点から解析し、2009年に論文発表しています。日本にはそのような専門家がいないこともあって、騒音の研究を進めるに当たり、フランシス准教授を訪ねて勉強させてもらうことにしました。2016年のことです。そして、フランシス准教授と意気投合し、今回の共同研究が始まることになったのです。

NestWatchの観察データはフランシス准教授の手元に既にダウンロードされていましたが、鳥類250種18万件ほどに上る量でした。私が最初に行ったのは、観察データの整理です。使えないデータをはじいて、使えるデータだけを入力していく作業で、半年ほどかかりました。例えば、あり得ない数の卵の数といったエラーデータや、断片的なデータなどをはじいていったのです。米国では、鳥類の生態学に関する文献が驚くほど充実していて、それで確かめながら、データの整理をしていきました。実際に鳥を見て確認する機会もあって、飽きずに作業できました。

データ整理の結果、解析に用いることができるのは142種5万8506件に絞られました。このデータを騒音や人工光の分布マップと比べて、相関が見られるかどうかを統計モデルを用いて計算したのです。

米国の人工騒音のマップに巣の位置が記入されている。騒音の大きさは270m四方ごとに色で示されている。巣を示す点は、繁殖の成功が黒、失敗が赤。(騒音のデータ:United States National Park Service Data Store)

–– 騒音や人工光のマップはどのように得たのですか?

先崎:人工光のマップは、人工衛星からの実測データを基に全球レベルで入手できるのは、よく知られていると思います。

騒音については、渡米してから知ったのですが、全米レベルのマップがあり、それを利用することができました。米国の機関(Natural Sounds and Night Skies Division)が、騒音による環境の汚染状況を調べる目的で作製し、公開しているのです。人工音と自然音が450カ所以上で実測されており、その実測データと、地形や都市化の程度などの環境要因との関係を調べてモデル化し、全米レベルのマップにまとめられているのです。フランシス准教授は、この騒音マップ作製者と共同研究をしており、その方は今回の研究にも携わっています。

このようなマップがなければ、全米といった広域を解析することはなかなか難しかったでしょう。個人で小規模に研究する場合は、森にスピーカーを点在させて、道路の騒音に見立て、その周囲の鳥類の影響を見るなどをしていくことになります。

Nature に投稿してから

–– 2019年に論文をNature に投稿されたのですね。

先崎:解析に時間がかかりましたが、2019年に投稿できました。しかし、査読者から来た指摘は、空間自己相関という現象の処理において、私たちが用いたやり方では不十分であるというものでした。空間自己相関とは、環境要因に対する応答が近くに住む鳥同士で似通うという現象です。査読者の指示は少し厄介なもので、データ処理に関して計算方法を変更せざるを得なくなったのです。

そこで、指示された方法で計算し直しますと、データ量がスパコンが必要なほどに増え、計算に時間がかなりかかってしまいました。何とかやり終えることができ、ほっとしたのも束の間、計算し直した数値を解析工程に当てはめてみると、非常に驚く結果となりました。騒音や人工光の影響が、当初の解析結果と全く異なってしまったのです。

実は、当初用いた計算方法では、142種の全種にわたって一貫した影響、例えば、騒音が繁殖活動に不利な影響を及ぼすといった結果が得られていたのです。しかし、計算し直してみると、全種にわたって見られる影響は弱くなってしまいました。そして先ほど紹介したように、森林性や開放地性などの生息環境別に鳥を見ることによって初めて、影響を捉えることができるようになったのです。

それはそれで十分意味のある結果なのですが、私としては、当初考えていたよりも論文のインパクトが少ないと感じられました。そこで、別の論文にまとめようと計画していた解析結果を、急遽今回の論文に含めることを思いつきました。急いで論文をまとめ直し、提出しましたが、1年近くかかってしまったため、査読期限をはるかに越えていました。アクセプトされるかどうか不安でしたが、掲載が決まったときは、正直ほっとしました。

–– どんな解析結果を加えたのですか?

騒音により繁殖成功率が低下していた森林性鳥類(キノドメジロハエトリ)の巣立ち雛。 Credit: MASAYUKI SENZAKI

先崎:鳴き声の高さ、あるいは目の瞳孔の大きさといった特徴で鳥の種類をグループ分けし、そのグループ別に騒音や人工光の繁殖活動への影響を解析した結果を加えました。面白い結果が得られていたのです。

例えば、低い声の種ほど、騒音があると抱卵開始日が遅くなることが分かりました。一般に騒音の周波数は低いのですが、低い声、すなわち周波数の低い鳥は、雄が雌に求愛するときの歌が騒音にかき消されやすくなっていることが影響しているのではないかと推測できます。

また、瞳孔の大きい種ほど、人工光により抱卵開始日が早まり、繁殖成績も向上することが分かりました。瞳孔の大きい種というのは、暗いところでも目がよく見える鳥です。こういう種の方が、餌の出現を早めるという温暖化がもたらす変化に適応しやすいと想像されます。

–– 今後はどのような研究を進めたいと考えていますか?

先崎:しばらくは、感覚汚染因子である騒音の影響を中心に、保全の研究を進めていこうと思っています。日本には今回の研究で使用したような大規模な騒音マップはないので、個人の研究者で可能なレベルで調べていくことになります。生物多様性保全の分野では、科学的に解明した結果を最終的には実際の保全活動に結び付けることが重要ですが、その実現には、まだ相当時間がかかるかもしれません。

ただ、早急に実現させたいと考えていることが1つあります。それは、騒音のない静かな場所が日本のどこにどれくらいあるかを調べ、その場所を保全する活動です。人工光がない場所についても、同様に保全していくのがよいと考えています。そのような場所は、野生生物にとってだけでなく、人間にとってもきっと大切な場所だろうと思うのです。

–– ありがとうございました。

聞き手は、藤川良子(サイエンスライター)。

Author Profile

先崎 理之(せんざき・まさゆき)

北海道大学大学院地球環境科学研究院 助教
2012年 北海道大学水産学部(学士)、2014年 北海道大学大学院農学院(修士)、2016年 カリフォルニア州立工科大学サンルイスオビスポ校大学訪問研究員、2017年 北海道大学大学院農学院(博士)、同年・日本学術振興会特別研究員SPD(受入・国立環境研究所)、2019年より現職。

先崎 理之

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2021.210330

参考文献

  1. Senzaki, M. et al. Nature 587, 605-609 (2020).