GPCRのアイソフォームが組み合わさって多様なシグナル伝達が生み出される
Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 2 | doi : 10.1038/ndigest.2021.210246
原文:Nature (2020-11-26) | doi: 10.1038/d41586-020-03001-0 | Isoforms of GPCR proteins combine for diverse signalling
GPCRファミリーに属する受容体タンパク質の多くに、複数のアイソフォームが存在する。このほど、ヒトのGPCRアイソフォームの組み合わせが包括的に解析され、細胞タイプや組織ごとに多様なシグナル伝達パターンが生み出される仕組みが示された。今回明らかになった機構は、創薬に影響を与えるものだ。
NANOCLUSTERING/SCIENCE PHOTO LIBRARY/Science Photo Library/Getty
Gタンパク質共役受容体(GPCR)スーパーファミリーは、ヒトにおける最大の細胞表面受容体タンパク質ファミリーで、800を超える受容体が属している1。GPCRは、細胞外の要因による活性化に応じて細胞内のシグナル伝達経路を開始させる。つまりGPCRによって細胞の環境への応答や環境との相互作用が決定され、生理学的性質のほぼ全ての面に影響が及ぶのだ。そのため、GPCRは薬剤標的として非常に重要視されていて、米国食品医薬品局(FDA)に承認された少なくとも475の薬剤がGPCRを標的としている2。しかし、多くのGPCRには複数のアイソフォーム、つまりバリアントがあるため、それらに結合できる薬剤を見つけ出す試みは容易ではない。このほどMRC分子生物学研究所(英国ケンブリッジ)のMaria Marti-Solanoら3は、ヒトにおけるGPCRアイソフォームの構造と発現のカタログを作成し、Nature 2020年11月26日号650ページで報告している。この情報源は、GPCRdbと呼ばれるGPCRデータベースに追加されていて、科学コミュニティーが利用できるように既に公開されている4(https://gpcrdb.org/protein/isoforms)。
GPCRシグナル伝達を制御する薬剤を設計する際の一般的な障害の1つは、単一のGPCRが複数の細胞内シグナル伝達経路を活性化できることである5。従って、GPCRの活性を薬理学的に変化させることは予期しない副作用につながる可能性があり、GPCRの下流の1つの経路のみを標的とするバイアス型アゴニストと呼ばれる薬剤に大きな期待が寄せられている6,7。しかし、GPCRシグナル伝達を制御する薬剤が有効なのは一部の場合のみである。これはおそらく、GPCRをコードする遺伝子が転写中にさまざまな方法でプロセシングを受ける可能性があり、最終的にメッセンジャーRNAが複数種類作り出されるためである(スプライスバリアントと呼ばれる)。つまりスプライシング機構により、特定のドメインがGPCRから除去されたり、通常は含まれないドメインが追加されたりすることで、さまざまなアイソフォームが作り出される。アイソフォームはそれぞれ、下流の別のシグナル伝達経路を優先的に活性化する可能性がある。これまでのところ、GPCRの生物学的性質のこの重要な面についての我々の理解は、生理的ではない状況での、いくつかのアイソフォームの研究に限定されている8,9。
Marti-Solanoらは、ヒトの体の組織の約350のGPCRについて、さまざまなアイソフォームの存在がそのシグナル伝達にどのような影響を及ぼすかを明らかにしようとした。まず、GPCRdbのGPCRの構造とDNA配列に関する情報を用いて、GTexと呼ばれるデータベース(ヒト組織における遺伝子発現のカタログ。2018年1月号「遺伝子発現に対する遺伝的影響がヒト個体レベルで明らかに」参照)を検索して候補GPCRを特定した。これにより625のGPCRアイソフォームのリストが作成され、GPCRの38%に複数のアイソフォームがあることが分かった。
次に、これらのGPCRアイソフォームをトポロジーに従って系統的にまとめた。各GPCRアイソフォームに存在する特定の細胞外ドメイン、細胞内ドメイン、膜貫通ドメインに基づいて、一連の「構造フィンガープリント」を開発した(図1a)。最も一般的な構造フィンガープリントは、GPCRのトポロジーを維持していた。また、最も高頻度に変化が見られた部位は、受容体によりタンパク質のアミノ(N)末端である場合と細胞内のカルボキシ(C)末端である場合があった。N末端の変化は、通常、リガンド分子の結合、つまり効力の変化を引き起こす。対照的にC末端の変化は、GPCRが他の単量体受容体と会合する能力の変化、あるいはGPCRのインターナリゼーション(受容体の細胞外部分にリガンドが結合した複合体が、細胞の内側に取り込まれる現象)や細胞内の小胞を介した輸送の変化につながるが、これら全てが下流のシグナル伝達に重要である。
また、膜貫通ドメインが除去された少数の短縮型アイソフォームも見られた。Marti-Solanoらは、この短縮型がGPCRシグナル伝達を減弱させると提案している。このような短縮型アイソフォームは、細胞内でのみ発現する可能性があり、細胞内で、より完全型のGPCRに結合する。つまり、インターナリゼーションしたアイソフォームからのシグナルを阻害する。
次にMarti-Solanoらは、異なるアイソフォームの組織特異的な影響の可能性についてモデル化するために、30の組織における各GPCRアイソフォームの発現マップ(組織発現シグネチャー)を作成した。このマップから、組織間で発現するアイソフォームの組み合わせが異なっていることが明らかになった。Marti-Solanoらは、培養細胞において特定のGPCRのさまざまなアイソフォームを組み合わせて共発現させると、下流のシグナル伝達のパターンが異なることを確認した(図1b)。アイソフォームのシグナル伝達特性が異なっていることは想像に難くはない。そうではあるが、異なるアイソフォームの共発現によってシグナル伝達が変化することが実証され、さまざまな組織発現シグネチャーが細胞内シグナル伝達経路の活性化の差異を促進する「GPCRの細胞内シグナル伝達系バイアス(シグナル伝達系の下流に偏りが生じること)」10を生み出す広範な機構が示唆されたことは、驚きである。
Marti-Solanoら3は、30のヒト組織に発現する625のGPCRアイソフォームを解析し、組織にはしばしば、単一の受容体の複数のアイソフォームが存在することを示した。
a Marti-Solanoらは、構造フィンガープリントにより、GPCRアイソフォーム間の構造変化のカタログを作成した。番号が振られた丸は、各アイソフォームに含まれる構造セグメントを示している(黒丸は特定のアイソフォームの一部のセグメントを示しており、白丸はセグメントが見当たらないことを示す)。この簡略化された図で示しているのは、1つの仮想GPCRの3つのアイソフォームだが、さらに多くのアイソフォームを示すことが可能である(破線の矢印)。b 組織におけるこれらのアイソフォームについて、異なる組み合わせでの発現を示す。それぞれの組み合わせは、下流の異なるシグナル伝達経路を活性化する可能性があるため、薬剤に対する応答も異なっている。 | 拡大する
さらにMarti-Solanoらは、観察された組織発現シグネチャーが、組織内の細胞タイプの違いによるアイソフォーム発現の差異ではなく、特定のGPCRの複数のアイソフォームの共発現を真に反映しているかどうかを確認した。具体的には、さまざまな細胞株でのアイソフォームレベルでの発現に加え、単一細胞RNA塩基配列解読のデータを解析した。その結果、単一細胞に複数のGPCRアイソフォームが発現していることが確認された。
その上、FDA承認薬が標的としている111のGPCRのうちの42%に複数のアイソフォームがあること、また多くの場合、特定のGPCRの各アイソフォームは異なる組織分布を示すことも明らかにした。さらに、一部のGPCRのDNAにおける特定の一塩基変異が疾患に関連することも見いだした。この知見は、アイソフォーム選択的な薬剤がヒトの疾患の治療に有用と見られる可能性を示唆している。このような薬剤の探索は、多くのGPCRに対するサブタイプ選択薬11(例えば、セロトニンで活性化される13のGPCRの1つだけを調節する薬剤)の開発という、長期的な創薬プロセスを思い出させる。今回の知見から、薬剤にはサブタイプ選択的とアイソフォーム選択的の両方が必要である可能性が示された。アイソフォーム選択的な薬剤を慎重に設計することで、現在の薬剤よりも特異性が高まり、オフターゲット効果が減るかについては、今後の報告が待たれる。
Marti-Solanoらの研究に関しては、伴っている制限に注意することが重要である。受容体の生物学的性質の代表的な評価法は、放射性リガンド結合と呼ばれる手法を用いたタンパク質発現の測定であるが、この研究ではアイソフォームの発現は遺伝子発現レベルでしか評価できなかった。しかし、放射性リガンドではGPCRアイソフォームが区別されないかもしれない。Marti-Solanoらは、前述の評価法に加えて質量分析データを解析することで、一部のアイソフォームのタンパク質発現を確認している。
もう1つの注意点は、アイソフォームが組み合わされてどのような影響を及ぼすかを調べる実験である。Marti-Solanoらの実験では、培養細胞という通常とは異なる状況でタンパク質を発現させている。しかし、これらのアイソフォームの生物学的性質は複雑かつ細胞特異的だ。アイソフォームの挙動は、アイソフォームの空間的局在、細胞特異的なコファクター、外部微小環境に対する細胞固有の応答を制御する能力に依存する可能性がある。そのため、in vitroの状況では、各アイソフォームがin vivoでどのように機能するかを完全に明らかにできないかもしれない。
他にも、アイソフォーム発現の可塑性が、GPCRの細胞内シグナル伝達系レベルの応答を動的に調節する機構として機能するかどうかを決定することも興味深いと考えられる。組織発現シグネチャーが、時間の経過とともに変化する、あるいは体の他の領域からのシグナルに応答して変化することで、組織は、異なる状況で異なる方法により同一のシグナルに応答できるようになるのだろうか?
今後の研究では、スプライシングがGPCRに結合するリガンドタンパク質の発現と活性に影響を及ぼす仕組みを系統的に決定する必要があると考えられる。がんでは、遺伝子融合の結果として、リガンドの新しいアイソフォームが生じることがある12。例えば、これらの「発がん性融合リガンド」の発現は、大腸の幹細胞微小環境の変化につながり、前がん状態の幹細胞の拡大が可能になる13。GPCRのスプライスアイソフォームは、融合リガンドとは別に、あるいは融合リガンドと共に、疾患のGPCR細胞内シグナル伝達系レベルの応答を変化させる可能性がある。シグナル伝達系のバイアスは受容体型チロシンキナーゼについても報告されているため、いずれは、全ての膜貫通型受容体について同じ可能性が調べられるかもしれない14。受容体型チロシンキナーゼにも、健康や疾患において役割を担うさまざまなアイソフォームがある。例えば、チロシンキナーゼERBB2のスプライスアイソフォームは、乳がんと肺がんのドライバーである15,16。
最後に、GPCR創薬に向けて我々の手法を更新すべきかどうかを検討する必要がある。今回の研究は、GPCRアイソフォームの組織特異的発現が特定のGPCRを標的とする試みを複雑にする可能性を明確に示した。これは、下流のシグナル伝達経路の1つのみを阻害するバイアス型アゴニストの設計に特に関係してくる。このような薬剤は、組織ごとに異なる効果を示す可能性がある。この障害の克服には、異なるアイソフォームの組み合わせで生じるGPCR細胞内シグナル伝達系のバイアスのより深い理解が必要だ。細胞株だけでなく、組織から直接採取した細胞やin vivoの細胞を使ってGPCR細胞内シグナル伝達系バイアスを解析する実験を行うべきだ。Marti-Solanoらがもたらした貴重な資料は、そのような研究の情報源として重要だと考えられる。
(翻訳:三谷祐貴子)
Joshua C. Snyder & Sudarshan Rajagopalは、デューク大学医学系大学院(米国ノースカロライナ州ダラム)に所属。
参考文献
- Fredriksson, R., Lagerström, M. C., Lundin, L.-G. & Schiöth, H. B. Mol. Pharmacol. 63, 1256–1272 (2003).
- Hauser, A. S., Attwood, M. M., Rask-Andersen, M., Schiöth, H. B. & Gloriam, D. E. Nature Rev. Drug Discov. 16, 829–842 (2017).
- Marti-Solano, M. et al. Nature 587, 650–656 (2020).
- Munk, C. et al. Br. J. Pharmacol. 173, 2195–2207 (2016).
- Galandrin, S. & Bouvier, M. Mol. Pharmacol. 70, 1575–1584 (2006).
- Slosky, L. M. et al. Cell 181, 1364–1379 (2020).
- Smith, J. S., Lefkowitz, R. J. & Rajagopal, S. Nature Rev. Drug Discov. 17, 243–260 (2018).
- Kendall, R. T. & Senogles, S. E. Neuropharmacology 60, 336–342 (2011).
- Smith, J. S. et al. Mol. Pharmacol. 92, 136–150 (2017).
- Kenakin, T. & Christopoulos, A. Nature Rev. Drug Discov. 12, 205–216 (2013).
- Lindsley, C. W. et al. Chem. Rev. 116, 6707–6741 (2016).
- Seshagiri, S. et al. Nature 488, 660–664 (2012).
- Boone, P. G. et al. Nature Commun. 10, 5490 (2019).
- Ho, C. C. M. et al. Cell 168, 1041–1052 (2017).
- Turpin, J. et al. Oncogene 35, 6053–6064 (2016)
- Smith, H. W. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 117, 20139–20148 (2020).