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胎盤の普遍的な発生過程

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 2 | doi : 10.1038/ndigest.2021.210242

原文:Nature (2020-11-19) | doi: 10.1038/d41586-020-02914-0 | Universal assembly instructions for the placenta

Jennifer L. Watts & Amy Ralston

哺乳類の胚の発生に関する知見は、主にマウスの研究に基づいている。今回、マウス、ウシ、ヒトの胚の間に顕著な類似性と興味深い相違があることが明らかになった。

マウス、ウシ、ヒトの胚が胎盤を形成する仕組みには顕著な類似性があることが分かった。 | 拡大する

Mohammed Haneefa Nizamudeen/iStock / Getty Images Plus/Getty

胎盤は哺乳類の明確な特徴で、胎盤形成は哺乳類の発生の第一段階の1つである。哺乳類の胚は、母親から直接指示を受けずに胎盤を形成し始める。正確には、胚自体で一連の分子的コードの指示に従って胎盤形成を行う。これらの指示が哺乳類に普遍的なのか、種に固有なのかは長年の謎である。このほどフランシス・クリック研究所(英国ロンドン)のClaudia Gerriら1は、マウス、ウシ、ヒトの胚が胎盤を形成する仕組みには顕著な類似性があることをNature 2020年11月19日号443ページで報告した。

マウスの胚は歴史的に、哺乳類の発生過程で細胞の運命の結末(運命決定)を導く分子機構を解明するためのモデルとされてきた。今や古典とされている研究で、球状のマウス胚は受精後約3日で胎盤になる運命の細胞による「外皮」を発生させることが確立された。これらの細胞は栄養外胚葉と呼ばれ、多能性を持つと考えられる内部細胞塊(体の全てのタイプの細胞を作り出す能力を持つ)を取り囲んでいる2

マウス胚では、この最初の細胞分化に、頂端-基底軸として知られる1つの軸に沿った栄養外胚葉細胞の極性形成が含まれる。細胞極性タンパク質は栄養外胚葉細胞の頂端側に蓄積し、HIPPO経路のシグナル伝達が抑制される3,4。対照的に、多能性細胞では極性がないためHIPPOシグナル伝達は活性化されており、それによって転写因子YAP1の核への移動が防止される5。栄養外胚葉細胞では、核のYAP1は栄養外胚葉遺伝子であるCdx2とGata3の発現を促進し、多能性遺伝子であるSox2を抑制する5–7。マウス胚におけるこれらの発見は、他の種の胚が異なるタイプの細胞を作り出す仕組みを理解するための重要な段階であった。

マウス、ウシ、ヒトの初期胚は構造的に非常に類似していることから、発生における最初の細胞運命決定を導く分子機構は哺乳類の種全体で進化的に保存されている可能性が浮かび上がる。だが、CDX2タンパク質はマウスの栄養外胚葉のマスター調節因子であると考えられている一方、ウシやヒトの胚では不思議なことに、栄養外胚葉の形成時にはCDX2は存在しないと思われる8,9。従って、これらの種では他の遺伝子が最初の細胞運命決定を調節していることが示唆される。しかし、マウス以外の種の機構はこれまでに報告されていなかった。

今回Gerriらは、哺乳類胚の解説書に新しいページを追加した。まず、ヒトとウシの胚における遺伝子発現を解析し、栄養外胚葉が出現する際のYAP1の局在とGATA3遺伝子の発現は種間で保存されていることを明らかにした。次に、各種において極性に重要なタンパク質である非定型プロテインキナーゼC(aPKC)を阻害して細胞極性を破壊すると、YAP1の核への局在が起こらず、GATA3の発現が阻害された。これらの観察から、マウス、ウシ、ヒトの胚において最初の細胞運命決定を支配する、保存された遺伝子調節モジュールが示された(図1a)。

図1 哺乳類の初期発生過程での共通の経路
マウス、ウシ、ヒトの胚発生の最初期段階では、胚の外側の細胞は栄養外胚葉(胎盤を生じる運命を持つタイプの細胞)になり、内側の細胞は多能性(体の全てのタイプの細胞を作り出せる能力)を持つ。
a Gerriら1は、この3種全ての栄養外胚葉細胞において、非定型プロテインキナーゼC(aPKC)と呼ばれるタンパク質の存在が、(HIPPOシグナル伝達経路の阻害を介する)YAP1タンパク質の核への移動につながることを実証している。この場合、YAP1は、栄養外胚葉の形成を促進する重要な因子であるGATA3遺伝子の転写を促進する。
b マウスの多能性細胞では、YAP1は核に移動せず、GATA3は発現しないが、多能性遺伝子Sox2は発現する。ウシやヒトの胚において多能性の確立を支配する機構は明らかになっていない。 | 拡大する

これらの結果からは、今後の研究のための非常に興味深い可能性も浮かび上がる。例えば、aPKCがマウス胚と同様、ウシやヒトの胚でもYAP1を介してGATA3に影響を及ぼすかどうかはいまだ不明だ。aPKCの破壊によって、ウシやヒトの胚ではYAP1の核への局在およびGATA3の発現は防止されるが、GATA3調節におけるYAP1の必要性はウシやヒトでは検討されていなかった。つまり、ウシやヒトの栄養外胚葉では、aPKCが調節するYAP1以外の転写因子がGATA3を調節する可能性が残る。これらの可能性を見極めるため、マウス胚で行われてきたように、ウシやヒトの胚においてもYAP1を過剰に活性化、あるいは阻害すべきである。このような解析から、哺乳類の初期発生の基盤となる保存されたプログラムの解明に近づくことができると考えられる。

マウス、ウシ、ヒトの胚において、細胞極性とHIPPOシグナル伝達がGATA3発現を調節する仕組みは驚くほど保存されているにもかかわらず、著しい相違もあるとGerriらは報告している。マウスでは、YAP1は栄養外胚葉において多能性遺伝子Sox2の発現を阻害するため、Sox2の発現は胚の中心部に制限される7(図1b)。対照的にウシやヒトでは、SOX2遺伝子は、最初は栄養外胚葉細胞と多能性細胞の両方で発現している。従ってYAP1は、ウシやヒトのSOX2遺伝子発現の初期パターンに、マウスのような影響を及ぼさない8,10。GerriらはSOX2発現がウシやヒトの胚の多能性細胞に最終的には限定されるようになることを見いだしたが、この後の過程がYAP1に依存するかどうかはまだ分かっていない。もしYAP1に依存するなら、そのタイミングは保存されていないとしても、シグナル伝達経路の役割は種間で保存されていると考えられる。

ウシやヒトの胚では、SOX2が最初は広く発現していることから、興味深いさらなる疑問が浮かび上がる。このことは、例えば多能性が、ウシやヒトの胚ではマウスよりも遅い発生段階で規定されることを示しているのだろうか? それとも、ウシやヒトでは発生の初期段階で多能性を規定する別の遺伝子があるのだろうか? これらの可能性を明らかにする今後の研究は、多方面に影響を与えるだろう。

マウスやヒトの胚での発見は、幹細胞生物学についての理解に直接関わっている。培養幹細胞は、最初は、マウス胚の多能性細胞と栄養外胚葉細胞の両方に由来していて、ヒト胚からの幹細胞株の樹立への道を開いた2,11。それ以来、ヒト幹細胞は、発生や疾患に関する先進的な研究に用いられてきている12。こうして我々は、胚から得られた知識によって、幹細胞の個性や機能を操作するプロトコルを最適化する方法について理解を深め、哺乳類の胚形成における普遍的な発生過程の解明に近づくことができるのだ。

(翻訳:三谷祐貴子)

Jennifer L. Watts & Amy Ralstonは、ミシガン州立大学(米国イーストランシング)に所属。

参考文献

  1. Gerri, C. et al. Nature 587, 443–447 (2020).
  2. Rossant, J. Annu. Rev. Genet. 52, 185–201 (2018).
  3. Leung, C. Y. & Zernicka-Goetz, M. Nature Commun. 4, 2251 (2013).
  4. Hirate, Y. et al. Curr. Biol. 23, 1181–1194 (2013).
  5. Nishioka, N. et al. Dev. Cell 16, 398–410 (2009).
  6. 6 Ralston, A. et al. Development 137, 395–403 (2010).
  7. Frum, T., Murphy, T. M. & Ralston, A. eLife 7, e42298 (2018).
  8. Berg, D. K. et al. Dev. Cell 20, 244–255 (2011).
  9. Niakan, K. K. & Eggan, K. Dev. Biol. 375, 54–64 (2013).
  10. Wicklow, E. et al. PLoS Genet. 10, e1004618 (2014).
  11. Shahbazi, M. N. & Zernicka-Goetz, M. Nature Cell Biol. 20, 878–887 (2018).
  12. Shi, Y., Inoue, H., Wu, J. C. & Yamanaka, S. Nature Rev. Drug Discov. 16, 115–130 (2017).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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