未来の博士たちによる3分間コンペ
博士課程の学生たちが競う「3MT®(Three Minute Thesis)」なるイベントをご存じだろうか。博士課程の大学院生がスライド1枚と3分間という条件の中で、自身の研究のビジョンと魅力を伝える力を競う大会である。たった1枚のスライドと3分の持ち時間で、自分の研究テーマとその魅力を分かってもらえるか、想像してみてほしい。それも聴衆は、あなたのことも、その分野のことも全く知らない。私自身、以前行っていた研究について家族に説明しようと試みたが「難しくて無理です」と返され、魅力を感じてもらうどころか、話に引き込むことすらできなかった。
それはさておき、2008年にクイーンズランド大学で始まった3MTは現在、6大陸の400以上の機関で開催されていて、博士課程学生たちの自分磨きの場、つながる場として活用されている。日本でも広島大学を代表機関とする「未来を拓く地方協奏プラットフォーム(HIRAKU)」が2015年から「未来博士3分間コンペティション」を実施している(シュプリンガー・ネイチャーは2017年より協力)。
未来博士3分間コンペティション第6回大会は、COVID-19のパンデミックを受けて初めてのオンライン開催となった。大会当日は、動画審査を勝ち抜いた日本語部門および英語部門のファイナリスト各10人がオンラインで発表を行った。各賞の受賞者は以下の通り。また、シュプリンガー・ネイチャー動画賞はKenneth Keuk氏(京都大学)に、Nature ダイジェスト動画賞は森山教洋氏(広島大学)に贈らせていただいた。
Keuk氏は最優秀賞も受賞。英語部門の審査員を務めたシュプリンガー・ネイチャーのアントワーン・ブーケは、その発表について「まるで自然ドキュメンタリーのようで、非常に印象的だった。3分という短い時間の中に、霊長類にボルネオのチーズ、サルの糞まで全てを盛り込んで、ヒトと野生生物の関わりを説明していたのは大変見事だった」とコメントした。
世界を良くしたい!
Nature ダイジェスト は日本語部門の予選審査に参加させてもらったのだが、動画賞として1つを選ぶのは、非常に難しかった。どの発表も、社会の問題を解決したいという熱い思いだけでなく、聞き手に知識が全くなくとも研究の背景や手法がしっかりと伝わってくるのだ。加えて、研究成果も素晴らしいときた。研究テーマは、創薬につながる発見から、人間の社会活動に関する研究まで、多岐にわたっていた。例えば、液体中の小さな気泡が集合した「クラウドキャビテーション」はその衝撃波でプロペラを破壊する。こうした事故をなくしたいと動機を語る発表者もあれば、聴覚障害者の発声を文字に変換して読み上げ、電話での会話を可能にする「難聴テレフォン」の開発者は、恋人と電話で話したいという聴覚障害者の思いを知り研究を重ねたという。そして既に上市が視野に入っているというから驚きだ。人々の多様なあり方を認め合い、全員が参加するインクルーシブな社会実現への一歩は、こんなに身近なところにあるのだと再確認させられた。
そうした数々の素晴らしい発表の中から、Nature ダイジェスト 動画賞に選ばせていただいた森山氏の研究「空気から水をつくる膜分離技術」は、水問題に新見地から挑んだものだ。水問題はSDGsの達成目標の1つであり、改善も進んだ。それでも、安全な水を利用できない人は現在でも22億人いると、世界保健機関(WHO)は2019年の報告書で述べている。海水の淡水化や河川水の濾過など、液体の水を膜で精製する技術は既に実用化されているが、「こういった技術は液体の水が存在する場所でないと使えないため、水不足問題の完全な解決策にはならないと感じた」と森山氏。地球上の至る所にある空気から水を得るというアイデアは、実現すれば、世界を変え得る革新的技術になるはずだ。森山氏らの研究は、既に実地試験に及んでいるという。
各部門のファイナリストの発表が全て終わった後には、パネルトークセッションが用意されていた。オンラインで複数人をつなぎ、進行するのはどれだけ大変なことであったかと、運営ならびにファシリテーターの方々の周到な準備に頭が下がる。ファシリテーターから、短期と長期のビジョンについて尋ねられたファイナリストたち。ゴール達成までの期間として5年、10年という回答が多かったが、15〜20年や「人生を懸けて追求したい」という回答、さらには100年と述べたファイナリストもいた。自分が完成させるのではなく、数世代先までかかると本人が予測できるほどの研究に取り組むには、相当の覚悟がいることだろう。
ワクワクする科学、その先の世界
オンライン大会を自宅から1人で視聴したのだが、気付けば興奮の渦にのまれていた。そして、多くの人を引きつけ巻き込んでいくことが夢実現のカギであることを、大いに実感した。その能力を磨くのに、3MTは格好の場だ。ファイナリストたちも、周囲を巻き込むことで問題をうまく解決してきたことだろう。実際、最優秀賞の山田氏は「いろんな人に協力してもらって動画を仕上げた」と述べている。
閉会挨拶では原山優子氏(理化学研究所理事)が、インクルーシブな社会を目指す取り組みが伝わってきたと感慨深げに述べ、ワクワクするサイエンスを続けていってほしいという言葉を参加者に送った。彼らのような研究者の卵がたくさん、日本で育っていることは心強い。彼らが夢を叶えたとき、どんな世界になっているのだろうとワクワクした。しかし高揚感と同時に、彼らや次代を担う若者を支える環境を私たちは作れているだろうかとドキリとした。熱意ある若者たちを支えられる社会を築くには、私たち自身が、その必要性と魅力を多くの人に伝え、周囲を巻き込んでいく必要がある。彼らを支えることが、自然と共存した持続可能な社会、誰もが参加できる社会の実現には欠かせないのだ。
最後に、コロナ禍のオンライン大会ではあったが、聴衆の1人として、素晴らしい時間を過ごさせていただいたことに、関係者と発表者の皆さんに心から感謝を申し上げたい。また、弊社プレスリリースでは、各賞の受賞者の紹介ならびに受賞者のコメントを掲載しているので、こちらもぜひご覧いただきたい。
[プレスリリース] 電池の謎の解明からボルネオ霊長類の調査までー未来を拓く地方協奏プラットフォーム「未来博士3分間コンペティション2020」のオンライン大会の受賞者を発表
最優秀賞
日本語部門
「光を使って電池の謎を解明! ~完璧な電池にむけて~」
山田耕輝氏(山口大学)
英語部門
“Cheesy epidemiology: studying the biodiversity-disease relationship in Bornean primates”
Kenneth Keuk氏(京都大学)
優秀賞
日本語部門
「パズルのように分子を繋げる!」
田中 英也氏(広島大学)
英語部門
“A faster, more easily available tool to detect and quantify HIV-1 maturation”
Anamaria Daniela Sarca氏(京都大学)
オーディエンス賞
日本語部門
「空気から水をつくる膜分離技術」
森山 教洋氏(広島大学)
英語部門
“Virtual Reality for Virus-X”
Radhika Biyani氏(北陸先端科学技術大学院大学)
(編集部)
Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 2
DOI: 10.1038/ndigest.2021.210214