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アレシボ天文台:2020年のもう1つの大きな損失

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 2 | doi : 10.1038/ndigest.2021.210212

原文:Nature (2020-12-18) | doi: 10.1038/d41586-020-03552-2 | Arecibo Observatory: another great lost in 2020

Abel Méndez

2020年は多くのものが失われた年だった。私は、かつて世界最大とうたわれ、科学の道に私を導いてくれた電波望遠鏡の死を深く悲しんでいる。

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ABEL MÉNDEZ

プエルトリコにあるアレシボ天文台の口径305mの電波望遠鏡は、2017年の「マリア」をはじめとするハリケーンや、2020年1月上旬の大きな地震などを数十年にわたって生き延び、その所有者である米国立科学財団(NSF;バージニア州アーリントン)による予算削減の試みなどもしのいできた。しかし、2020年12月1日の早朝、反射面の上空150mの高さに吊り下げられていた重さ900tの受信機プラットフォームが落下し、建造から57年が経過した望遠鏡は崩壊した。

アレシボ天文台は、ノーベル賞を受賞したパルサーの観測や、初めての系外惑星の確認など、数多くの重要な発見に貢献してきた。電波を送信する機能も備えていたことから、NASAのために地球に危険を及ぼす可能性のある近傍の小惑星のレーダー観測を行い、その形や回転、その速度を特定していた。矮星や、太陽系の惑星や、地球大気の乱れもモニターしていた。

2020年は喪失の年だったが、アレシボ天文台の崩壊はそれに追い打ちをかける衝撃だった。パンデミックの影響で、学生や同僚とのやり取りはオンラインのみとなり、家族の健康も心配だ。両親は共に80代だし、妻は医療従事者で、仲の良い同僚を1人COVID-19で亡くしている。こんな時期だからこそ、初心を思い出すことは大きな慰めになる。

私が初めてアレシボ天文台を訪れたのは1981年で、12歳の時だった。当時、天文台の見学は予約制で、私は公衆電話から予約の電話をかけた。電話に出たのは天文台の科学部門の責任者だったGarred Giles(愛称Gerry)で、見学できる日時をおぼつかないスペイン語で教えてくれた。天文台までは両親が連れていってくれた。車で2時間かかった。周囲の人々は私が天文学に夢中になっていることは知っていたが、まさか私が、プエルトリコ大学アレシボ校の物理学者・宇宙生物学者になるとは夢にも思っていなかったことだろう。

Gerryは私たちを天文台の制御室に案内してくれた。大きな窓からは巨大なプラットフォームが吊り下がっているのが見えた。プラットフォームのすぐ下の回転する部分には受信機が備え付けられていて、下の反射面から跳ね返った電波はここに集まるようになっている。Gerryは私に、金星の地表の地図の写真をくれた。金星は厚い雲に覆われていて地表の光学観測は困難だが、アレシボ望遠鏡が照射する強い電波信号なら、厚い雲を透過して表面で跳ね返ってくることができる。1981年は、レーダー観測を利用して金星の地表の地図が初めて作成された年だった。あの日もらった金星の写真は、今も私の手元にある。

両親と私はジープに乗って未舗装の道を走り、電波望遠鏡の反射面を下から見られる場所に移動した。遠くからは1枚の堅固な殻のように見えた反射面は、実際には網目状に穴を開けた多数の板からできていて、隙間から差し込む光で下の地面は明るかった。そこは蒸し蒸ししていて、静かで、植物が生い茂っていた。反射面は私たちの頭上はるかにあり、網目越しに、そのさらに上に吊り下げられているプラットフォームが見えた。

それから数十年後、私は客員科学者として、アレシボ天文台で初めての科学講演を行った。私の研究は惑星のハビタビリティー(居住可能性)で、微生物から知的生命体まで、あらゆる生命が居住するのに必要な条件の解明に取り組んでいる。アレシボ到着の1週間前、私は古い電話帳でGerryの電話番号を調べた。まだプエルトリコにいるかどうかも分からなかったが、うれしいことに彼はいた。私は彼に電話をかけて、25年以上前に1人の子どもに素晴らしい経験をさせてくれたことを感謝し、私が講演を行う日時を伝えた。彼はその時はもう退職していたが、講演を聴きに来てくれた。

望遠鏡の数が増えるということは、より多くの観測、確認、発見があるということだ。現時点で世界最大の電波望遠鏡は中国の500m球面電波望遠鏡(FAST;通称「天眼」)だが、天眼をはじめ、ほとんどの電波望遠鏡は信号を受信する機能しかない。これに対して、アレシボの305m望遠鏡は受信と送信の両方の機能を持っていた。宇宙の声を聞き、宇宙に話し掛けるための最高のツールが、今は沈黙している。

標的を定めて地球外技術文明の兆候を探索する観測にアレシボ天文台が最後に使用されたのは、「テクノロジーシグネチャー」探索だった。このプロジェクトは、SETI研究所(米国カリフォルニア州マウンテンビュー)が民間からの資金で運営していた「フェニックス計画」の一環として1998年から2004年にかけて行われた。プロジェクトでは、地球から近い800個の恒星を観測したが、知的生命体からのメッセージを探知することはできなかった。しかしNASAは2019年に、テクノシグネチャー探査のための系外惑星研究と宇宙生物学研究への助成金を復活させている。

アレシボ天文台が崩壊したときには生命探査プロジェクトは行われていなかったが、私はそんな状況を変えようとしていた。私の研究生たちは、生命が居住可能と思われる惑星を持つ恒星系をこれまでで最も長い時間観測して、弱い信号に対する感度を上げようと計画していた。私たちが最後に行ったのは、2020年8月初旬の赤色矮星の観測だった。プラットフォームを吊り下げるケーブルが1本切れて天文台が閉鎖されたのは、そのわずか4日後のことだった。それから間もなく、私は宇宙論研究者、恒星物理学者、大気科学者など数十人の科学者たちと毎週のように会って、アレシボ望遠鏡を保存し、改良する方法についてアイデアを出し合うようになった。11月には2本目のケーブルが切れ、12月にはついにプラットフォームが落下して望遠鏡は完全に崩壊した。だが、私たちはその後も諦めることなく、より良い新しい望遠鏡を建造してアレシボ天文台を再建するための支援を得る計画を進めている。

私は子どもの時にGerryから、1つの望遠鏡、1つの瞬間、1人の人間が、誰かの人生にどれほど大きな影響を与えることができるかを学んだ。私がアレシボ天文台の使用法を身に付けるまでには何年も勉強しなければならなかった。その天文台が、1分もかからずにあっけなく崩壊するのを見るのは、本当につらかった。私だけでなくプエルトリコ中の科学者たちが、老いも若きも悲しんでいる。

私は自分が行った観測のほとんどを電子的に記録しているが、天文台に来ているときにはノートに手書きで記録している。2020年1月には新しいノートを使い始めるつもりだったが、地震やパンデミックやリモートワークで、何も書けなかった。2021年からはまた書き始めるつもりだが、私たちが多くのものを失った1年を取り戻すことは、決してできない。

(翻訳:三枝小夜子)

Abel Méndezは、惑星宇宙生物学者、プエルトリコ大学アレシボ校惑星ハビタビリティー研究所所長。生命が居住可能と思われる惑星を持つ恒星を、アレシボ天文台を使って調べていた。

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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