骨格の老化の基盤となる幹細胞
Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 12 | doi : 10.1038/ndigest.2021.211240
原文:Nature (2021-08-11) | doi: 10.1038/d41586-021-02118-0 | A stem-cell basis for skeletal ageing
老化が骨量減少にどのように関与するのかは分かっていない。 今回、老化したマウスでは、骨格幹細胞が、 骨芽細胞と呼ばれる骨形成細胞を生み出す能力を失い、 代わりに破骨細胞と呼ばれる骨吸収細胞の生成を促進することが明らかになった。
CreVis2/iStock/Getty
老化は、骨量減少や骨格の脆弱化を引き起こす重要なファクターである。老化に伴って起こる骨量減少は、多くの分子過程や細胞過程の関与を反映している。そのため、閉経後の女性に見られるエストロゲン減少に伴う骨量減少より、機構の解明が難しいとされてきた1–3。しかし、骨芽細胞と呼ばれる骨形成細胞を生み出す、骨格幹細胞(SSC)や他の関連する前駆細胞集団を特定する手掛かりが得られたことで4,5、老化が骨格細胞に及ぼす影響についての研究が盛んに行われるようになっている。このほどスタンフォード大学医学系大学院(米国カリフォルニア州)のThomas H. Ambrosiら6は、老化に伴うSSCの機能の変化が、どのように骨量減少や骨格の再生不全に関与するのかを明らかにし、Nature 2021年9月9日号256ページで報告している。
Ambrosiらは、骨格幹細胞に生じる老化に伴う内因性の変化と環境による変化を区別するために、若齢マウス(2カ月齢)と老齢マウス(24カ月齢)の骨からSSCを単離し、レシピエントの若齢マウスに移植した。すると、レシピエントにおいて、移植されたSSCは小さな骨組織塊を形成するが、若齢マウスのSSC(若いSSC)と老齢マウスのSSC(老化したSSC)の間には2つの重要な差異があることが明らかになった(図1a、b)。第一に、SSCが作り出した骨量は、老化したSSCの方が若いSSCよりもはるかに少量であった。第二に、老化したSSCは、破骨細胞(骨吸収を担う血液由来の細胞タイプ)の形成を促す能力が高まっていた。従って、老化によって、骨形成と骨破壊の均衡の取れた健全なバランスを維持するSSCの能力に不具合が生じると考えられた。
次に、老化した環境がSSCに及ぼす影響の程度を調べた。Ambrosiらは、老齢マウスと若齢マウスを外科的に結合させることで、老化したSSCと若いSSCを共通の血液循環環境に曝露した。だが、老化したSSCは移植後も機能不全のままであり、この方法では老齢マウスの骨形成をほとんど正常化することはできなかった。このことから、老化に伴うSSCの再プログラム化は、血液循環中の老化関連因子によるものではなく、老化がSSCに及ぼす直接的な作用によるものであると考えられた。
このように若齢の血液循環環境によってSSCの老化は回復しないと考えられるので、SSCの老化を抑制する研究では、老化がSSCの下流の機能に及ぼす影響を標的とするのが最も良いアプローチかもしれない。Ambrosiらは、老化したSSCの遺伝子発現を測定し、老化したSSCではコロニー刺激因子1(CSF1;破骨細胞の成熟を促進する可溶性タンパク質)が若いSSCより高レベルで分泌されていることを見いだした。そこで彼らは、SSCの老化に対処する治療戦略を検討した。CSF1に特異的に結合して機能を阻害する抗体分子と、骨形成の促進を含む複雑な作用を持つタンパク質であるBMP27を混合したゲルを作製し、若齢マウスと老齢マウスの骨折部位に留置した。驚くべきことに、BMP2と抗CSF1抗体を組み合わせて投与することにより、老齢マウスで観察された骨折治癒不全が回復した(図1c)。
a SSCは、骨芽細胞と呼ばれる骨形成細胞を生み出す細胞である。SSCが骨芽細胞を生み出す能力は、全体的な骨形成や骨格の骨折抵抗性を決定する要因の1つである。
b Ambrosiら6はマウスにおいて、老化に伴ってSSCが骨芽細胞を生み出す能力が低下することを示した。また、老化したSSCでは、骨を吸収する破骨細胞の産生に関与する可溶性タンパク質CSF1の分泌レベルが上昇している。総合的に、これらの影響により骨の形成と吸収の正常なバランスが破壊されることで、老化に伴う骨量減少が生じることが明らかになった。
c このモデルから生まれた治療戦略では、CSF1を阻害する抗体とBMP2タンパク質(骨形成の促進などの作用を持つ)を組み合わせて投与することでSSC機能を促進する。Ambrosiらは、この戦略によって老齢マウスの骨折治癒不全が改善されることを示した。 | 拡大する
以上のことから、老化が直接SSCに影響を及ぼすこと、また老化に伴うSSCの機能低下が時間の経過と共に骨格の劣化に関与することが明確になった。しかし、これらの老化に伴う機能不全が、SSCの分化の変化あるいはSSCから生じる成熟骨芽細胞の機能の変化ではなく、自己複製などのSSCの機能の変化をどの程度反映しているのかは分かっていない。
Ambrosiらの報告は、明確な特徴を持つ特定の幹細胞集団が、骨格の老化の基盤となっていることを解明した最初の研究の1つであり、老化に伴う骨量減少に特定の骨格細胞タイプが関与する仕組みを明らかにするなど、今後の機構研究のための強力な出発点となっている。特に、マウスにおける並行研究から、CXCL12、EBF3、LEPRというタンパク質を発現して骨髄に常在する骨格細胞集団は、骨形成細胞に占める割合が老化に伴って徐々に増加することが実証されている8–10。この細胞集団が、Ambrosiらの研究の幹細胞とどのような関係にあるのかは分かっていない。この点を明らかにすることは、骨格老化の広範な細胞基盤の全貌を知るために非常に重要だろう。
骨格の老化では、ここで説明した影響以外にも、老化細胞の蓄積、骨髄脂肪量の増加、関節軟骨や骨の構造の変化(骨組織の構造が全体的に粗くなるなど)をはじめとする幅広い変化が含まれる11。今後の研究では、このような老化に伴う幅広い変化のうち、どれがSSCの内因性の変化特異的なものであるか、また、どれが他の老化機構の影響を反映したものであるかを評価する必要があるだろう。
さらに、SSCなど、骨を構成する細胞タイプの定義は、急速により厳密になっており、今後数年間は細胞タイプの定義の改良が繰り返されるだろうと考えられる。実際、2021年2月に報告された研究では、一部の研究者がSSCを定義するために用いているタンパク質マーカーの特定の組み合わせが、成熟した骨形成細胞でも発現していることが示された12。このことは、純粋な幹細胞集団としてSSCを定義するためには、追加のマーカーが必要であることを示唆している。SSCを基盤とする老化機構については、改良が続いている骨格細胞タイプの定義と歩調を合わせて考える必要があるだろう。
(翻訳:三谷祐貴子)
Matthew B. Greenblatt、Shawon Debnathは、共にワイルコーネル医科大学(米国ニューヨーク)に所属。
参考文献
- Manolagas, S. C. J. Bone Miner. Res. 33, 371–385 (2018).
- Ucer, S. et al. J. Bone Miner. Res. 32, 560–574 (2017).
- Farr, J. N. et al. J. Bone Miner. Res. 34, 1407–1418 (2019).
- Chan, C. K. F. et al. Cell 160, 285–98 (2015).
- Chan, C. K. F. et al. Cell 175, 43–56.e21 (2018).
- Ambrosi, T. H. et al. Nature 597, 256–262 (2021).
- Salazar, V. S., Gamer, L. W. & Rosen, V. Nature Rev. Endocrinol. 12, 203–221 (2016).
- Matsushita, Y. et al. Nature Commun. 11, 332 (2020).
- Seike, M., Omatsu, Y., Watanabe, H., Kondoh, G. & Nagasawa, T. Genes Dev. 32, 359–372 (2018).
- Zhou, B. O., Yue, R., Murphy, M. M., Peyer, J. G. & Morrison, S. J. Cell Stem Cell 15, 154–168 (2014).
- Farr, J. N. et al. Nature Med. 23, 1072–1079 (2017).
- Matthews, B. G. et al. eLife 10, e58534 (2021).