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食料システム:飢餓を終わらせ、地球を守るための7つの優先課題

給食を食べるマダガスカルの児童たち。国連世界食糧計画(WFP)の栄養強化プログラムの一環として、学校で給食が提供されている。 Credit: RIJASOLO/AFP/GETTY

世界の食料システムは混乱している。10人に1人が栄養不良で、4人に1人が肥満である。世界人口の3分の1以上は健康的な食生活を送る余裕がない。熱波、洪水、干ばつ、戦争が、食料供給を途絶させている。コロナ禍や武力紛争の影響で、2020年に飢餓状態に陥った人の数は2019年に比べて15%も増加した1

地球環境も病んでいる。世界の温室効果ガスの約30%は食料部門から排出されている。熱帯地方を中心に毎年550万ヘクタールの森林が失われているが、その3分の2は、農地や牧草地や植林地の拡大によって起きている2。下手な農法は土壌を劣化させ、水資源を汚染・枯渇させ、生物多様性を低下させる。

これらの結び付きが明らかになるにつれ、食料に対するアプローチは、生産、消費、バリューチェーン(価値連鎖)を重視するものから、安全性、ネットワーク、複雑性を重視するものへと変化している。地球温暖化や新型コロナウイルス感染症(COVID-19;SARS-CoV-2が引き起こす感染症)などの近年の危機は、食料に対する不安を一層強めている。政策立案者もこの不安を無視できなくなっている。

2021年9月、国連事務総長のアントニオ・グテーレス(António Guterres)が、食料システムサミットを開催した(2021年11月号「世界の『ブルー』フードシステムを利用して飢餓に終止符を打つ」参照)。1943年以来、食料に関する国連サミットは今回のものを含めて6回しか開催されておらず、各国首脳が集まる国連総会と並行して開催されたのは今回が初めてである。国連食料システムサミット2021の基礎となる科学の確かさ、視野の広さ、および独立性は、この分野の主要な科学者からなる「科学グループ(Scientific Group)」によって保証されている。本稿の著者は、このグループの委員長と副委員長である。こうしたアプローチは、気候変動や生物多様性などの分野では広く採用されているが、食料を巡る多国間協議に科学者が目に見える形で参加するのは初めてだ(Nature 595, 332; 2021参照)。

世界の食料システムは、社会、ビジネス、技術の側面だけでなく、政策や制度の面でも刷新が必要である3。科学は、それぞれの分野の変化を統合し、全体としてより良い結果が得られるようにするための「レンズ」の1つだ。とはいえ、それは容易ではない。食料問題は、農業、保健、環境科学、人工知能、デジタル科学、政治学、経済学など、多くの分野にまたがっている。食料の真のコストは、気候変動や生物多様性喪失および健康に関する政策がもたらす、間接的な悪影響を考慮して算出され、現在世界で消費されている食料の市場価格の約2倍に上ると推定されている4。幅広い意見に耳を傾けることも大切だ。科学グループは、先住民や生産者、青年団体、民間企業など、市民社会の全体から数百人の専門家の協力を得ている。

本稿では、より健康的で、持続可能で、公平で、レジリエンス(回復力)の高い食料システムに向けた変革を加速するために科学者が果たすべき重要な役割に焦点を合わせる。以下で挙げる7つの優先課題は、科学グループがエビデンスとする50以上の報告書や摘要を反映している(go.nature.com/3dtoazu参照)。

7つの優先課題

以下の7つの課題に取り組むためには、科学主導による進歩が必要である。

飢餓を終わらせ、食事を改善させる。科学者は、多くの人が健康的で栄養価の高い食品を安価に入手できるようにするための最適な投資条件と投資機会を突き止めなければならない。複数の項目を同時に向上させる方法があれば、それが最も効果的である。例えばタンザニアとエチオピアでは、小規模な農地の灌漑を強化することで、生産性、食事の多様性、農家の収入を向上させることができた5

大きなゲームチェンジャーは3つある。1つ目は持続可能な方法で生産性を向上させるための農業・食品分野の研究開発の強化、2つ目は食品の廃棄やロスの削減、3つ目は社会的保護プログラムに収入と栄養の要素を追加することである。食品廃棄の削減に向けた優先研究課題には、食品の加工と保存のコストを下げるために太陽エネルギー技術と蓄電池技術をスケールアップすることも含まれる。また、リサイクル素材や、ナノ材料のコーティング、さらには食用フィルムなどを使った新しいタイプの包装により、食品の鮮度をより長期にわたって保持することが可能になると良い。社会的保護プログラムとして成功したものには、子どもを学校に通わせるインセンティブとして、学校給食プログラムと共に親のための持ち帰り食料などを用意する取り組みがある。例えばマリでは、これにより就学率が10ポイント向上した6。コロナ下のロックダウン時には、こうしたプログラムの重要性がさらに高まった。

ストレス下での間食など、健康的な食生活を阻害する行動についての研究も必要だ。また、教育的な食品ラベルのための政策の指針を策定することや、砂糖やトランス脂肪酸などの健康を害する食品に税金や規制をかけた場合の影響を調べるためのモデル作りも必要である。栄養強化食品や培養肉の健康特性も立証しなければならない。

食料システムのリスクを取り除く。食料システムは、よりグローバルに、ダイナミックに、複雑になるほど、新たなリスクにさらされることになる(2021年10月号「都市の食料不足を供給の多様化で防ぐ」参照)。科学者は、食料システムのこうした脆弱性を理解し、監視し、分析し、伝える方法を改善する必要がある。例えば2008年には、干ばつや、バイオ燃料の利用の拡大、貿易障壁が突然設けられたことによる金融投機などにより、食料価格の高騰が起こった7。2021年はコロナ禍と武力紛争により、アフリカ全土のフードバリューチェーン(食品の流通工程で発生する付加価値のつながり)が不安定となり、食料価格が高騰している。リスク軽減については、食料システムと栄養についての現場での観察と予測を組み合わせた取り組みが成功している。その例としては、飢餓早期警戒システムネットワークFEWS NET(fews.net)や、国連食糧農業機関(FAO)と国連世界食糧計画(WFP)が共同で進めている食料不安の早期警告に関する分析などがある8

政策や経済的な解決策も必要だ。例えば、リモートセンシングと天気予報を活用した新しい保険商品は、農作物や家畜の損害をカバーすることができるだろう。太陽光発電による灌漑システムは、干ばつのリスクを軽減するだろう。地域の作物の害虫、気象リスク、市場機会に関する情報を農家に提供するスマートフォンアプリは、既にケニア、セネガル、インド、バングラデシュで利用されている9。農家が土壌中や樹木中の炭素を管理・回収し、それを取引することを促すための支払制度も必要だ。

平等と権利の保護。貧困や、性別・民族・年齢による不平等は、多くの人が健康的な食品にアクセスすることを困難にしている。社会経済学者には、世界に4億以上存在する小規模農家を変革するための包摂的な方法を提案することが求められている(2021年1月号「飢餓をなくすには科学研究の重点の置き方を変えねばならない」参照)。研究者は、土地、信用、労働を巡る不公平で不公正な取り決めから抜け出す道を指し示し、女性と若者に力を与えなければならない。例えば、エチオピア南部の女性世帯主世帯が男性世帯主世帯と同じ資源を持っていれば、トウモロコシの生産性は40%以上向上し、男性世帯主世帯と肩を並べるようになるだろう10

何よりも重要なのは、小規模農家、女性、先住民の土地の権利を守ることである。透明性と効率性は、技術によって確保することができる。例えばガーナでは、所有権のブロックチェーン台帳を使って土地の割り当てを行うことができるかもしれない11。国境を超えた規模では、ランド・マトリックス・イニシアチブ(Land Matrix Initiative;landmatrix.org)が低・中所得国における大規模な土地の取得や投資に関するデータを収集・共有しており、世界の約100カ国の取引をカバーしている。同様の解決方法は、先住民の土地の権利を守るためにも必要である12。地域の研究能力を育てる努力や、食と農に関する教育プログラム、農村部での研修や融資の機会も求められている。

バイオサイエンスの支援。研究者は、土壌の健全性を回復させ、作物の栽培、育種、土壌と生物圏の再炭素化の効率を高める方法を見つけなければならない。地球上の全てのシステムの結び付きを考慮する必要があり、これは「ワンヘルス(One Health)」アプローチとして知られる(www.fao.org/one-health)。

動物飼料用も含めた健康的なタンパク質の代替供給源として、植物性タンパク質や昆虫由来タンパク質などの利用を推進しなければならない。肥料の必要性を減らして作物の栄養分を増やすために、空気中の窒素を回収する植物育種技術も研究する必要がある。また、遺伝子工学やバイオテクノロジーを応用して、作物の生産性、品質、害虫や干ばつへの耐性を高めなければならない。最近の例では、フサリウムという真菌によるパナマ病に耐性のあるバナナの品種や、害虫に強いBtナスなどがある(2019年10月号「新パナマ病がついに中南米に上陸」参照)。バイオサイエンス技術へのアクセスを広げるためには、知的財産権や技能およびデータの共有に取り組む必要がある。

資源保護。土壌、土地、水を持続可能な方法で管理するためのツールが求められている。例えば、携帯型のデジタル機器やリモートセンシングにより、土壌中の炭素やその他の栄養分の濃度を追跡することができる。また、人工知能システムやドローンを使えば、農家は灌漑や施肥や害虫駆除が必要な場所をピンポイントで特定することができる(2017年4月号「表現型計測ロボットが植物科学を変える」参照)。さらに、土壌微生物を活用することで、土壌構造や炭素貯蔵量や収穫量を向上させることもできる。研究者はこのような技術を適合させ、スケールアップしなければならない。

生物多様性と遺伝的基盤の保護も行っていく必要がある。種子の多様性を保存し、気候変動と栄養の観点から、その表現型と遺伝子型を調べる必要がある(2016年6月号「植物の進化を追う空前規模の種子保存バンク」参照)。先住民族のものを含む伝統的な食料・森林システムは、国の農業研究システムの中で、よりよく理解され、支援される必要がある。気候変動への適応のために米国の先住民族地域で行われているように、相互利益のための協力を模索していかなければならない13

水産食品の維持。これまで、食料への関心は農産物に集まることが多かった。魚貝類や、海藻などの水生植物には、栄養的にも環境的にも食用に適したものがたくさんある。食料システムに水産食品をもっと組み込んだ上で、食料システムの理解を進めていく必要がある14。研究者は、水産食品の栄養の多様性を高め、海洋環境や淡水環境で炭素を隔離する方法を探っていかなければならない。

インドネシア・バリ島の海藻養殖業者。 Credit: ANTON RAHARJO/NURPHOTO/GETTY

また、外洋、沿岸水域、淡水の資源採取を持続可能なものにし、生物多様性を保護するためには、生態科学的な視点と世界的な協力と制度が必要である。例えば、養殖昆虫、油分の多い遺伝子改変豆類、微細藻類などを魚の餌とする方法を検討するなど、魚への給餌システムの持続可能性についても配慮が必要である。

デジタル技術の活用。農場での作物の収穫や牛の搾乳などに、ロボットやセンサー、人工知能が使われることが増えている。センサーは、食品加工チェーンに沿って原料や製品の産地と品質を監視し、ロスを減らし、食品の安全性を保証することができる。しかし、ほとんどの農家や生産者はまだこうしたセンサーを導入できていない。センサーの恩恵を広めるためには、デバイスをより安価にし、購入しやすく、使用しやすくしなければならない。また、インドのトラクターのように、ウーバー(Uber)に類似した農機具レンタルサービスを開発すべきである。さらに、農村部の電力供給を拡大すると共に、ITに関する訓練や教育も行う必要がある。

最初の一歩

食料システムサミット2021は、2030年までに飢餓をなくし、持続可能な食料システムを構築するための絶好の機会である。これまでの食料サミットでは、FAOの設立(1943年サミット後)、国際的な食料研究パートナーシップである国際農業研究協議グループ(CGIAR)の強化と国際食糧政策研究所(IFPRI;米国ワシントンD.C.)の設立(1974年サミット後)、「食料への権利」の促進(2002年)、食料価格の危機を警告する監視システムの確立(2009年)などの変化をもたらしてきた。

しかし、2021年のサミットのアジェンダは幅広い。これは目標達成の妨げになる可能性がある。失敗を避けるため、各国の代表は何に注力するかを絞る必要がある。貿易、金融、気候、イノベーション、ガバナンスなどの課題はあるが、世界的なネットワークだけでなく国や地域の多様な食料システムも変革していく必要があり、そのための指針となる枠組みの制定を優先すべきだ。

議論は激しいものになるだろう。食は議論の多いテーマである。目標、変化の道筋やスピード、科学技術や民間企業や国連の役割など、意見が分かれる点は多い。農業においては農業生態学しか受け入れられないと考える人もいれば、バイオテクノロジーや遺伝子編集を危険視する人もいるし、逆にチャンスと考える人もいる。科学グループの目的は、こうした多様な視点に科学的根拠を与えることにある。

行動と目標

国連食料システムサミットで合意された計画は実行に移さなければならない。私たちは以下のことを提案する。

第一に、資金面の強化である。研究については、各国政府が自国の国内総生産(GDP)の少なくとも1%を食料システムに関連した食料研究に割り当てることを提案する。多くの国はその半分しか支出していない。特に開発が遅れている後発開発途上国に対しては、他の開発途上国のレベルに到達するための一層の援助が必要である。最貧層の飢餓をなくすため、私たちは特別基金の設立を提案する。この基金は、先進援助国とIMF債と世銀債によって支えられる。援助の実施とその影響については、研究とモデル作りが必要となる。

キヌアを収穫するボリビアの農家の女性。 Credit: giraudou laurent/Contributor/Sygma/Getty

第二に、科学力の向上である。特別基金を利用して、低・中所得国の研究能力を強化したり、官民間や、農家–フードバリューチェーンを構成するスタートアップ企業–科学コミュニティー間の共同研究を拡大したりする。地球の北側の先進国と南側の発展途上国の間で研究インフラとデータを共有することは良いスタートとなるだろう。

第三に、科学と政策をつなぐインターフェースの強化である。他の多くの分野とは対照的に、農業や食料安全保障、栄養の分野には、行動を強化するための国際的な合意や条約がない。1992年のリオデジャネイロサミットで気候変動と生物多様性と砂漠化に関する3つの条約が採択されたように、私たちは国連食料システムサミットと国連加盟国に対し、食料システムについても政府間条約か枠組み条約が検討されることを求める。この枠組みには、サミットのフォローアップの中で政策提言を行う、独立の強力な科学機関が含まれている必要がある。私たちは、食料に関連した研究を行う全ての科学機関や学会が準備プロセスに関われるようにすることを提案する。

話し合いのテーブルに科学の道具を持ち込むことは、世界の食料システムを変革し、2030年までに飢餓を終わらせ、国連の持続可能な開発目標(SDGs)を達成するのに役立つはずだ。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2021.211230

原文

Food systems: seven priorities to end hunger and protect the planet
  • Nature (2021-08-30) | DOI: 10.1038/d41586-021-02331-x
  • Joachim von Braun, Kaosar Afsana, Louise O. Fresco & Mohamed Hassan
  • 2021年12月6〜7日に日本で開催される「東京栄養サミット2021」でも、貧困と栄養の問題の解決に向けた取り組みについて、各国政府をはじめ、国際機関や民間企業などが発表を行う。日本が第二次世界大戦後の栄養不良問題をどのように克服したかについては、2021年12月号「東京栄養サミット2021で『日本の栄養』を世界へ!」を参照されたい。

参考文献

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  2. Pendrill, F., Persson, U. M., Godar, J. & Kastner, T. Environ. Res. Lett. 14, 055003 (2019).
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