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東京栄養サミット2021で「日本の栄養」を世界へ!

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 12 | doi : 10.1038/ndigest.2021.211226

第二次世界大戦終戦前後まで、日本を悩ませた問題は「栄養の欠乏」だった。ところが、その問題は1960年代ごろから「栄養の過剰」へと急速に変化する。中村丁次氏は、この両極端な問題を解決して健康寿命の延伸を成し遂げるべく、日本で最初の栄養相談室を開設し、健康な食事を研究、指導してきた。日本の経験は、世界の栄養不良問題の解決に役立つはずだ。そう考えた中村氏は、東京栄養サミット2021に先立ち、日本の経験を科学的見地からまとめた『ジャパン・ニュートリション』を出版した。

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kazoka30/iStock/Getty Images Plus

東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催と合わせて、東京栄養サミット2021が12月7〜8日に開催される。「栄養サミット」は、2012年に当時の英国首相デイビッド・キャメロン氏が、オリンピック開催の機会を活用して世界の栄養不良問題の解決に向けた国際的な取り組みを推進することを目的とし「飢餓サミット」を主催したことに始まる。これまでは主に飢餓と低栄養について話し合われたが、2021年は過栄養も含めた「栄養不良の二重負荷」も議論される予定だ。

このサミットが「日本で開催されることに意味がある」と話すのは、神奈川県立保健福祉大学の学長で、日本栄養士会会長の中村丁次氏だ。日本は世界有数の長寿国であるが、終戦から高度経済成長期にかけてのわずか10年余りの間に、栄養の欠乏と過剰の「二重負荷」を経験した。「経済が豊かになれば、むしろ栄養問題は多様で複雑になる」と語る中村氏は、まさにその転換期に、最前線である臨床現場で苦心し、栄養管理の重要性を国策に反映させるために尽力してきた人物である。

『Japan Nutrition』(Springer)は、こちらのQRコードより誰でも無料でダウンロード可能。 | 拡大する

現在は飢餓に悩む国も、発展と共に栄養の過剰に伴う疾病が問題になるだろう。日本の経験とその克服までの道のりは、そうした国々の役に立つはずだ。中村氏はそうした思いから、このサミットに先立ち『ジャパン・ニュートリション』1(第一出版)を2020年8月に出版。また2021年11月には全世界に向けて、その英語版である『Japan Nutrition』2(Springer)をオープンアクセス形式にて出版した。

今回、中村氏への取材機会を得た小誌は、日本が栄養不良問題をどのように克服したか、また、日本はこの経験をもって世界にどのように貢献できるかについて尋ねた。

―― 最初に、ご専門とされる臨床栄養学とは、どのような学問か教えてください。

中村: 臨床栄養学とは、疾病や障害の予防、治療のための食事法や栄養療法を研究、教育する分野です。疾病の発症を予防するには、どのような栄養補給や食事をすればいいかを考えるだけでなく、疾病や障害による食欲低下や摂食障害、消化・吸収不良、代謝異常などに対応する栄養・食事療法を研究し、臨床で実践します。

―― 現在の道に進んだきっかけを教えてください。

中村: 高校生のときに、ある医科大学の講師から「病気を治療する医者より病気にならない社会を作る医者の方が優れている」という話を聞きました。これに感動し、予防医学に興味を持ちました。

その後、徳島大学医学部栄養学科に入学し、卒業研究でビタミンB6欠乏症の研究を始めました。飼育したネズミが、たった1つの栄養素の欠乏により脂肪肝という病気になり、最後は死にました。このとき、この重要な事実を広く人々に知らせるべきであると考え、栄養学の実践活動の道を選びました。しかし、当時の栄養問題は、食料不足による栄養欠乏症でしたから、農学、食品学、さらに調理学が主体の食物栄養学でした。

経済が発展して食料不足が解決すると、日本人の食事は欧米化しました。その結果、今度は肥満や糖尿病、循環器疾患といった非感染性疾患の予防が重要な課題になりました。

このような疾患を発症させるリスクは、食物に存在するのではなく、ヒトの代謝障害に存在します。そのため、適正な献立を考える「栄養管理」よりも、人間の栄養状態を改善して管理することの方が重要だと考えられるようになりました。そこで、人間の栄養状態を評価、判定して、食事や栄養補給の介入により人間の栄養状態を改善、管理することを目標とした人間中心の栄養学の体系化が必要となりました。これを「人間栄養学」といいます。

最初に唱えたのは、恩師である東京大学医学部の細谷憲政(ほそや・のりまさ)名誉教授です。私が臨床現場で栄養指導を始めたころは、栄養欠乏時代の食物栄養学から、過剰栄養時代に必要な人間栄養学への転換期でした。私はその最前線に立ち、臨床現場で人間栄養学の実践方法を研究、開発することになりました。

豊かになってもなくならない「栄養不良」

―― 栄養指導はどのように変わったのですか?

中村: 病院で働き始めたときは、一般的にはまだ栄養不足の状態でした。栄養指導は、栄養価が高くて消化・吸収の良い食品・食事の普及や啓蒙活動が中心でした。つまり、栄養改善は、集団を対象とした公衆衛生上の課題として取り扱われていました。それが、経済が豊かになり、食事が多様化したことで、栄養状態が複雑化しました。患者個々の健康・疾病状態、栄養状態、さらに心身の状態に寄り添った個別の指導が必要になったのです。

栄養不良とは、従来、食物の摂取不足による栄養欠乏を言ったのですが、現在では摂取過剰による肥満やそれに伴う代謝障害も含まれています。経済が豊かになれば、低栄養の一部は解決するのですが、いつでもどこでも何でも食べられるようになり、過栄養の原因となる。また、このような状況では好きなものばかりを食べる「偏食」を助長し、タンパク質、ビタミン、ミネラルの不足状態を起こしやすくなります。それに、過激なダイエットによる低栄養や、健康食品の多量摂取による健康障害も見られるようになりました。

そこで私は、わが国で初めて栄養相談室を開設し、カウンセリング技法を活用した栄養指導を行うことにしました。この業務を国は評価し、国民皆保険制度に「栄養食事指導料」として位置付けました。最初は少額でしたが、指導料は現在、2600円/30分になっています。

―― 栄養不良の二重負荷を乗り越え、どのように長寿国になったのでしょう。

中村: 日本人の栄養改善のきっかけは、約150年前にさかのぼります。明治政府が国家の近代化を図る目的で欧米の学問を導入し、医学、農学とともに栄養学が導入されました。当時の日本政府は「富国強兵」を旗印に、丈夫な国民や兵士を作るために栄養学を活用しようと考えていました。栄養価の高い洋食の導入を図り、栄養状態は改善に向かっていました。

しかし、長きにわたる戦争で食糧事情は悪化。第二次世界大戦終戦時の1945年には深刻な飢餓状態となりました。内戦や気候変動により現在、飢餓状態にあるアジアやアフリカの地域よりも、当時の日本の栄養状態は深刻だったかもしれません。いわば、ゼロから出発したのですが、わずか10年余りでその問題を解決し、現在のような健康な食事を創造できました。

それを成し遂げたのが日本独特な栄養の取り組み、いわゆる「ジャパン・ニュートリション」です。そのポイントは、3つあります。

  1. 日本人は、古い食習慣や自然災害、さらに戦争により、飢餓や栄養不足の恐怖を現体験し、栄養改善が国民や国家にいかに重要であるかを早くから知っていました。栄養政策の重要性を知っていたので、厚生省(現厚生労働省)には栄養課が存在し、「栄養改善法」ができ、科学的エビデンスに基づいた行政指導型の栄養改善が国策として実施されました。
  2. 国策として実際に進めるために、栄養の専門職を他国にいまだ例がないほど養成しました。そして、管理栄養士と栄養士を行政機関や学校、病院、企業、福祉施設、自衛隊などの集団給食施設に配置し、どこで食べても健康な食事と栄養教育にアクセスできる社会を作りました。それから、栄養士のみならず栄養研究者、栄養教育者、食生活改善推進普及員といった多様な栄養関係者も育成しました。
  3. 農業の技術改良や食品産業の近代化が進む中で、多くの技術開発者や企業の創業者が、栄養価の高い食品を作り、国民を健康にしたいとする高い志を持っていました。

つまり、日本の栄養改善は、近年叫ばれている「産官学連携」で取り組まれた、総合的なビッグプロジェクトだったのです。

学校給食の風景。健康的な食事が常に身近にあることで、日本の栄養は大きく改善された。 | 拡大する

Bloomberg/Contributor/Getty Images

日本から世界へ

―― 東京栄養サミットに合わせて『ジャパン・ニュートリション』(第一出版)1を執筆、出版されました。世界の飢餓問題に目を向けたきっかけを教えてください。

中村: 若いころから国際的な学会や会議に出席する機会があり、いろいろな国の人々の栄養や食事を見てきました。貧困国や発展途上国、あるいは先進国の人々には、栄養・食事や健康の状態に大きな差がある。しかし、どこに生まれるかは自分では決定できず、自分ひとりの努力では何ともならない。この不条理の解決に少しでも貢献したいと思いました。私が国際貢献に取り組む理由の原点です。このことは今も変わっていません。

執筆の具体的なきっかけは、近年、世界の有識者が「栄養不良の撲滅こそがSDGsの目標達成の基盤になる」と主張するようになったことです。今、多くの国や国際的機関が、栄養改善計画や目標を掲げ、「栄養」は私が経験したことがないほど注目されています。しかし、思ったほどの成果が上がらず、それどころかコロナ禍で悪化しています。この現状を打破するには、この問題を乗り越えた経験を持つ「日本の栄養」を世界に発信することが必要だと思いました。

現在の日本人の食事が栄養学的に優れ、健康的であること、そして、世界一の健康・長寿国を維持している原動力になっていることは、国際的に広く知られています。しかし、その理由を科学的に解説した論文は少なく、あったとしても、多くは栄養素、食品、食事の解析であり、その結論は、日本に古くから固有に存在し、一般化している食品や食事が優れているというものが多い。しかし、日本人がもともと健康な食品を摂取していたわけでも、日本に健康的な食事が伝統的に存在していたわけでもないのです。明治時代以前の平均寿命は50歳程度と短命でした。

裕福な貴族や武士を除き、大多数の日本人の伝統的な食事は、塩分の多い野菜や魚の料理を添えて、ご飯を大食する「主食偏重」の食事でした。タンパク質、脂質、ビタミン、ミネラルの欠乏症に悩まされ、成長は悪く、体力はなく、脳卒中や胃がんの発症率は高く、抵抗力が弱かったので、結核などの感染症で亡くなっていたのです。

つまり、現在の日本人の健康的な食事は、もともとあったのではなく、栄養学を基本にした栄養・食生活改善の成果として手に入れたものです。「日本はどのようにして健康な食事を創造してきたか?」を科学的に解説しておくことは、栄養不良で悩む人類にとって重要なことだと考えて、本書の執筆を準備していました。

―― その後、英語版『Japan Nutrition』2をオープンアクセス形式で出版されました。

中村: 本書には、現在のアジアやアフリカと同じように飢餓に苦しんだ日本が、なぜ持続可能な栄養改善に成功して世界一健康な食事を創造できたかを記しました。それを、世界の栄養関係者に読んでいただきたいと思ったのです。

国際的支援は、食糧支援と経済支援が中心で、その支援が終われば対象国の栄養政策は終了し、いつの間にか消滅します。現在の栄養の国際的支援が、「生涯健康で幸せな生活ができる」ことを目標とする栄養改善の運動につながらず、発展していかないのです。栄養問題の解決には、栄養学のみならず、農学や医学、家政学、政治学、社会学、環境学など、多種多様な学問の知識や技術が必要です。その具現化には、専門家や専門職、政治家、ボランティアなど、多くの人々の参加が必要です。そのために、この本を多くの人に読んでもらいたいと思い、無料で読めるようにしました。特に、これから栄養学を学ぼうと思っている学生たちの必読書になれば幸いです。

英語版の出版に当たり、版元であるシュプリンガー・ネイチャーの日英の自動翻訳サービス(註1)を利用しました。以前のように最初から自分で英語へ翻訳することに比べれば、負担は軽く便利でしたが、本書には社会的、文化的、心理的な言語や概念があったので、自動翻訳では難しい要素があったのも確かです。

―― ご著書の中で、東京栄養サミットが日本で開催されることに意義があると述べていらっしゃいます。

中村: 栄養サミットの最大の課題は「栄養不良の撲滅による持続的な発展」であり、食べられない人と食べ過ぎの人をこの地球上からなくして、誰も取り残すことなく健康で幸せな社会を作ることです。そのためには、各国が協力して経済支援と食糧支援を行うことに加えて、その種を開花させるための人材育成と制度設計の支援を行い、支援を受ける国が持続可能な栄養改善を自立して行えるようにする必要があります。このような、ハードとソフトの両面からの支援の必要性が、今回のサミットで共有されるべきだと思っています。また、総合的な栄養政策を展開するには、関連当局や部署の連携、協働が必要になり、組織をどのように運営するかは、それぞれの国で課題になると思います。その際、日本の経験は、栄養不良に悩む多くの国の参考になると思います。

また、サミットでは「コミットメント」が求められます。政府をはじめ、学会や協会、財団、企業、NGOなどの多くの組織や機関が、栄養不良の撲滅に貢献することを国際的に約束することになります。栄養改善を基盤として戦後復興に成功した日本で、このような約束事がされることに意義があると思っています。

それから、このサミットが単にお祭りで終わらず、レガシーが残されるべきだと思っています。サミット終了後に、日本の栄養を導入したい、学びたいという国が現れる可能性は高いでしょう。その受け皿となる部署を創設することも、一案ではないでしょうか。

専門家が書籍を出すことの重要性

―― 今回、書籍として知見をまとめられました。

中村: かって専門家は、自然科学者であっても、社会学者あっても、文化人であり、社会や政治、さらに世論形成に大きな影響力を持っていました。研究者や科学者は、科学論文の執筆のみならず、自分の思想や哲学や理念をもっと社会に発信すべきで、書籍の出版はそのための有効な方法です。また、出版社がその支援をすることは、大きな意義があります。

現在の研究者は、研究業績がポイント化されるので、科学雑誌中心主義に陥っていると思います。また、社会貢献といえば、自分の研究成果を商品化することだと思われているのも残念です。

一般の人々は、研究者などの専門家の個別な研究成果だけを評価しているのはなく、専門家が持つ高い見識を信じようとしています。今回の新型コロナウイルスのパンデミックのようなことが起これば、以前だったら人々は神社仏閣に行き、神や仏にお祈りしたことでしょう。しかし現代人は、科学者や専門家の声に耳を傾けてくれました。専門家は、その期待に応える必要があり、出版を通して高い見識や経験を人々に分かりやすく語るべきだと思います。

―― 最後に、若手研究者がどのように道を切り拓いたら良いか、アドバイスをいただけないでしょうか。

中村: 自分の研究テーマに没頭することは大切です。しかし、そのことだけを目指したのでは、いわゆる偉大なる研究者にはなれません。現在の研究は、さまざまな人と研究資金が集まらなければ、評価される成果を得るのは困難です。日頃から他領域の人々も含めて交流を行い、人間関係を大切にすることが必要だと思います。

また、研究には、神の声のごとく、とんでもないアイデアが浮かんでくることも必要です。そのためには、日頃から芸術、文化、スポーツなどに親しみ、感性を磨いておくことが重要なのではないかと思っています。

―― ありがとうございました。

(聞き手:編集部)

Profile

中村 丁次(なかむら・ていじ)

臨床栄養学者。神奈川県立保健福祉大学 学長、日本栄養士会会長
高齢社会に重要な課題となる保健、医療、福祉の研究、教育、地域貢献について総合的な指揮、監督をしている。また、日本栄養士会の会長、さらに日本栄養学教育学会の理事長として、栄養学のあり方、実践方法について先導的立場で取り組んでいる。

(註1)書籍の自動翻訳出版サービスについて
シュプリンガー・ネイチャーは、母語で書かれた原稿を英語で出版するための自動翻訳サービスを無料で提供しています。『Japan Nutrition』は、この自動翻訳サービスにより日本語から英語に翻訳された、シュプリンガー・ネイチャー初の書籍です。
自動翻訳サービスでは、機械翻訳プログラム「DeepL」をベースにした自社翻訳ソフトウエアにて元原稿を英語に翻訳。その後、著者と弊社による校正を経て出版となります。
詳細は、弊社プレスリリース(go.nature.com/JPNutri_PR)をご覧ください。

東京栄養サミット2021と国連食料システムサミット(2021年9月23〜25日に開催)は共同文書を発表している。国連栄養システムサミットの科学グループによる寄稿では、科学の力で何ができるか具体的に説明をしているので、こちらもぜひ参照されたい(2021年12月号「食料システム:飢餓を終わらせ、地球を守るための7つの優先課題」)。

参考文献

  1. 『臨床栄養学者中村丁次が紐解くジャパン・ニュートリション』(第一出版)ISBN 9784804114187
  2. Japan Nutrition (Springer Nature) ISBN 978-981-16-6316-1

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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