News & Views

孤独なハエに何が起こるか

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 12 | doi : 10.1038/ndigest.2021.211242

原文:Nature (2021-08-18) | doi: 10.1038/d41586-021-02194-2 | Chronically lonely flies overeat and lose sleep

Joel D. Levin

キイロショウジョウバエDrosophila melanogasterは社会的動物だ。今回、キイロショウジョウバエを長期的に社会的孤立状態に置くと、睡眠と摂食パターンの調節障害が起こることが分かり、長期間にわたって社会的接触が断たれると健康にどのような影響が表れるかについての手掛かりが得られた。

拡大する

Joao Paulo Burini/Moment/Getty

神経科学者のBruce McEwenは、2002年にこう記した。ストレスは現代における最も重要な公衆衛生上の問題であり、「慢性的にストレスがかかると、障害が起きて、病気を促進する可能性がある」1。多くのストレス要因は社会的なものであり、McEwen1をはじめとする研究者たち(go.nature.com/3s3b4kw)は、貧困、不十分な教育、暴力犯罪といった社会的圧力が、がんや糖尿病やうつ病などの病気の発症に関与している可能性があることを懸念し、指摘した。しかし、これらの社会的圧力がどのように疾病につながるかについてはほとんど分かっていない。このほど、ロックフェラー大学(米国ニューヨーク)のWanhe Liら2は、Nature 2021年9月9日号239ページで、キイロショウジョウバエを使用して個体の健康に対する社会的状況の影響をモデル化する、興味深く独創的なアプローチを報告している。

McEwenの見解は、強力な地域社会が健康の基盤となり、社会的孤立は病気につながる可能性があるというものである。米国心理学会は、これと一致する調査結果を公表している(go.nature.com/3s7dqicを参照)。それによれば、米国の成人の60%以上が、COVID-19パンデミックの間に体重が増加または減少したという。この期間には、睡眠障害などの精神衛生上の問題も発生しており、さらに、社会的距離(ソーシャルディスタンス)を取るようになったことに伴い、セクシュアルハラスメントや人種間対立の発生件数も増加している3go.nature.com/3s3b4kw)。このように今回のパンデミックは、社会の健康を確保するための新しい戦略を見つける必要性を示す警鐘となっている。

ハエが社会環境の影響を調査するのに役立つとは考えにくいかもしれないが、少なくともこの20年間で、キイロショウジョウバエが社会的状況に反応することを示す研究結果が発表されている4。これらの研究は、社会的状況によって、神経・認知機能と遺伝子発現のレベルが形成され、またその逆も起こることを私たちに教えてくれている。社会的経験と社会的集団の構成は、キイロショウジョウバエの病気に対する感受性だけでなく、交尾、摂餌、睡眠などの行動の多くに影響を与える5,6。キイロショウジョウバエの生活のこうした特徴は、ハエ自身の遺伝的特徴と社会的経験に影響される。ではハエが孤立すると、どんなことが起こるのだろうか?

Liらはキイロショウジョウバエを社会的孤立の影響を研究するためのモデルとし、集団の中で飼育した個体(図1a)と、短期間(1〜3日)または長期間(5〜7日)隔離状態に置いた個体を調べた。その結果、短期間隔離した個体や集団飼育した個体と比較して、長期間隔離した個体は睡眠パターンに障害が起き、2倍の量の食物を摂取することが分かった(図1b)。さらにキイロショウジョウバエの頭部全体で遺伝子発現を分析したところ、これらの行動の違いには214個の遺伝子の発現の変化が伴っており、その中には睡眠の生物学的経路に関連するものが多く含まれていた。

図1 キイロショウジョウバエに対する隔離の影響
a キイロショウジョウバエは通常、社会集団の中で生活する。
b Liら2は、キイロショウジョウバエを短期間(1日)隔離した場合、睡眠時間の増加と食物消費のわずかな増加を示すことを発見した。しかし、長期的に(7日間)隔離した場合、睡眠喪失が起こり、集団で飼育した個体よりも摂食量がかなり多くなった。Liらは、短期間隔離した個体で、脳の上部にあるP2ニューロンと呼ばれる神経細胞のクラスターを人工的に活性化すると、長期間隔離した個体で観察された状態とよく似た行動変化が生じることを発見した。図には示していないが、P2ニューロンは、ハエの脳の扇状体(扇状体の他のニューロンは摂食と睡眠を制御している)に突起を伸ばしている。総合すると、これらの知見は、P2ニューロンは隔離期間が長引くと活性化し(つまり、隔離期間を「追跡」しており)、時間経過と共に行動の変化をもたらす可能性があることを示唆している。 | 拡大する

Liらはこれらの遺伝子のうちの2つに注目した。1つは、飢餓に応答して頭部で発現上昇するホルモンであるリモスタチンというタンパク質をコードする遺伝子で、もう1つは頭部で放出され、飢餓に応答して発現低下するペプチドのドロスルファキニンをコードする遺伝子である。興味深いことに、社会的に孤立した条件下でのこれらの遺伝子の発現パターンは、常に食物を摂取できる状況にあるにもかかわらず、飢餓状態の個体に見られるパターンに似ていた。つまりキイロショウジョウバエでは、社会的孤立は、飢餓に似た症状を引き起こすのである。この観察結果は、社会的孤立が、中脳で空腹によって誘発されるものと同様の食物渇望反応を引き起こすことを示した、ヒトでの研究結果7を想起させる。

Liらは、キイロショウジョウバエの脳の中心複合体でリモスタチンを発現するP2ニューロンのクラスターを特定し、それらがハエの社会的孤立の影響に関与することを示した。これらの細胞(かつては扇状体円柱ニューロン8と呼ばれていた)は、突起を伸ばして、ハエ脳の中心にある構造である扇形体の接線方向の睡眠促進ニューロンと接続している8,9。以前の研究で、P2ニューロンは、NPFと呼ばれるペプチドの発現によって特徴付けられている10。NPFは、摂食と社会的行動に関連する、哺乳動物のNPYと呼ばれるペプチドと近縁関係にある。しかし、P2ニューロンの機能はこれまで明確にされていなかった。

今回LiらがP2ニューロンを抑制したところ、社会的孤立による行動への影響が消失した。このことから、扇状体に投射するP2ニューロンによって形成される回路がこれらの影響を媒介していることが示唆される。短期間隔離したキイロショウジョウバエのP2ニューロンを人工的に活性化すると、長期間隔離した個体(人工的にP2ニューロンを活性化していない)と同様に摂食量が増え、睡眠が減少した(図1b)。この結果は、P2ニューロンが隔離の期間を追跡し、隔離期間が長くなるにつれて、睡眠と摂食を調節するニューロンを更新する可能性があることを示唆している。言い換えれば、P2ニューロンはタイマーとして機能しているのかもしれない。

この「タイマー」モデルを証明するには、P2の活性化の強さと社会的孤立の期間との関係を詳しく調べる必要がある。だが、まだ実証されていないとはいえ、このモデルは、P2ニューロンが個体の社会的状態に影響を与えることを示唆している。この考え方は、社会的状態および生理学的尺度に対する神経回路の影響を調べる将来の研究の基礎として役立つ可能性がある。例えば、P2ニューロンの活性化から、個体の睡眠量や交尾回数を予測できるかもしれない11

キイロショウジョウバエは、集団行動、社会的ネットワーク構造、文化的特徴を示す12–14。キイロショウジョウバエにおいて、社会的状況を操作することで集団のメンバーの個体行動、生理学的現象、遺伝子発現が調節されることを示す研究4は増えつつあり、Liらの研究はその一例だ。Liらは、社会的状況、社会的経験、恒常性の三者間における、神経や分子のレベルでの関係を解明し始めたのである。

COVID-19パンデミック下、ソーシャルディスタンスを取ることやテレワークが推奨され、個人が社会から分離されるケースが増えた。こうした社会的孤立により、摂食障害や睡眠障害といった精神衛生上の問題が増加している。キイロショウジョウバエをモデルにしたLiらの研究は、孤立など、社会的状況からのストレスによって生じる問題の対処に役立つかもしれない。 | 拡大する

Luis Alvarez/DigitalVision/Getty

私はこの研究に非常に興味を引かれたが、それはLiらが、キイロショウジョウバエでの孤立による影響と、ヒトの精神衛生に与えるストレスの影響との間に類似性があることを明らかにしているからだ。キイロショウジョウバエは、ヒトと進化的祖先を共有していることで、既にヒトの発達、学習、疾患の根底にあるメカニズムの解明に役立ってくれている15。進化論の観点から見れば、キイロショウジョウバエは祖先の知恵の泉として機能しているといえよう。重要なことに、Liらによって提案されたようなモデルは、ヒトの精神疾患のより深い理解につながる可能性があり、また、孤立、ひいては渇望や依存症を治療する新しい方法の開発に情報を与えてくれるかもしれない。しかし、キイロショウジョウバエの研究によって社会的孤立の複雑な影響に対策を講じられるようになるまでには、まだ時間がかかるだろう。それでも今回のLiらの研究は、他者と日常的に関わりを持つことには利点がある、と私たちに気付かせてくれる。

(翻訳:古川奈々子)

Joel D. Levinはトロント大学(カナダ・オンタリオ州ミシサガ)に所属。

参考文献

  1. McEwen, B. & Lasley, E. N. The End of Stress As We Know It (Dana, 2002).
  2. Li, W. et al. Nature 597, 239–244 (2021).
  3. Bourassa, C., McKay-McNabb, K. & Hampton, M. Can. Woman Stud. 24, 23–29 (2004).
  4. Schneider, J., Atallah, J. & Levine, J. D. Adv. Genet. 77, 59–78 (2012).
  5. Dawson, E. H. et al. Nature Commun. 9, 3574 (2018).
  6. Sokolowski, M. B. Neuron 65, 780–794 (2010).
  7. Tomova, L. et al. Nature Neurosci. 23, 1597–1605 (2020).
  8. Hulse, B. K. et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/10.1101/2020.12.08.413955 (2020).
  9. Donlea, J. M., Thimgan, M. S., Suzuki, Y., Gottschalk, L. & Shaw, P. J. Science 332, 1571–1576 (2011).
  10. Lee, G., Bahn, J. H. & Park, J. H. Proc. Natl Acad. Sci. USA 103, 12580–12585 (2006).
  11. Lee, C. R., Chen, A. & Tye, K. M. Cell 184, 1500–1516 (2021).
  12. Ramdya, P. et al. Nature 519, 233–236 (2015).
  13. Schneider, J., Dickinson, M. H. & Levine, J. D. Proc. Natl Acad. Sci. USA 109, 17174–17179 (2012).
  14. Danchin, E. et al. Science 362, 1025–1030 (2018).
  15. Bellen, H. J., Tong, C. & Tsuda, H. Nature Rev. Neurosci. 11, 514–522 (2010).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度