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ノーベル化学賞は「真にエレガントな」触媒に

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 12 | doi : 10.1038/ndigest.2021.211205

原文:Nature (2021-10-14) | doi: 10.1038/d41586-021-02704-2 | ‘Elegant’ catalysts that tell left from right scoop chemistry Nobel

Davide Castelvecchi & Emma Stoye

安価で持続可能な触媒を開発したベンジャミン・リストとデビッド・マクミランが、2021年のノーベル化学賞を共同受賞した。

2021年のノーベル化学賞受賞者であるデビッド・マクミラン(左)とベンジャミン・リスト(右)。 | 拡大する

Princeton University, Sameer A. Khan/Fotobuddy; Sascha Schuermann/Stringer/Getty Images News/Getty

2021年のノーベル化学賞は、化学反応を加速・制御する強力な手法を編み出した、マックス・プランク石炭研究所(ドイツ、ミュールハイム・アン・デア・ルール)のベンジャミン・リスト(Benjamin List)と、プリンストン大学(米国ニュージャージー州)のデビッド・マクミラン(David MacMillan)に贈られた。2人は1990年代に「不斉有機触媒反応」と呼ばれる新しい種類の触媒反応を別々に開発した。この反応は現在、薬剤などの化学物質の製造に広く用いられている。重要なのは、リストとマクミランが開発した有機触媒を使うと、右手と左手のように自身の鏡像に重ね合わせることができない分子(鏡像異性体)を区別して、どちらか一方を選択的に合成できることである。こうした合成は「不斉合成」として知られる。

ノーベル化学賞委員会の委員であるPernilla Wittung-Stafshedeは発表時、リストとマクミランが開発した触媒反応を「想像を超えるほど単純で、真にエレガントな分子合成ツール」と表現した。「2000年まで、私たちは不斉合成に使える触媒を2種類しか知りませんでした。しかしこの年、状況は一変します。ベンジャミン・リストとデビッド・マクミランが、小さな有機分子を使って大きな酵素や金属触媒と同様に、正確で安価かつ高速な、環境に優しい反応を進められることをそれぞれ別々に報告したのです」。

受賞発表直後の会場からの電話インタビューで、リストは「全く予想していなかったので大変驚いています。本当に嬉しいです」と感想を語った。「この実験を始めた当初は、何が起こるか分からない状況で、ばかげたアイデアかもしれないし、既に誰かが試みているかもしれないと思いました。でも、うまくいくと分かったときは、もしかすると大発見かもしれないと感じました」。

新たな触媒

触媒とは、化学反応の速度を増大させながら、それ自身は反応の前後で変化せず、消費されることのない物質であり、化学者にとって基本的なツールである。

2000年、リストは、2種類の分子の炭素原子同士を結合させる基本的な化学反応「アルドール反応」において、プロリンというアミノ酸が触媒として働き、不斉反応を駆動し得ることを示した(B. List et al. J. Am. Chem. Soc. 122, 2395–2396; 2000)。同じ頃、マクミランは、炭素間結合を介して環状化合物を生じる「ディールス・アルダー反応」において、電子の授受により不斉反応を効率よく触媒できる有機小分子を設計した(K. A. Ahrendt et al. J. Am. Chem. Soc. 122, 4243–4244; 2000)。

これらの画期的な手法が発表されるまで、キラル分子(鏡像異性体を持つ分子)を合成する触媒は、酵素か、鉄などの遷移金属を含む化合物のどちらかでなければならない、というのが化学者たちの常識であった。「それはまさにパラダイムシフトでした」と語るのは、クイーンズ大学キングストン校(カナダ)の化学者Cathleen Cruddenだ。「長い間、不斉触媒になるのは金属と酵素だけだと考えられてきましたから」。

リストとマクミランの研究チームがそれぞれ開発した「有機触媒」には、金属が一切含まれていない。また、酵素(一般にタンパク質からなる高分子)とは異なり、これらの有機分子は分子量が小さい。「まさに心躍る触媒です」とマックス・プランク固体化学物理学研究所(ドイツ・ドレスデン)の化学者Claudia Felserは言う。有機触媒は金属触媒と比べて製造コストが安く、持続可能性が高いことから、この分野への関心は、論文の発表を受けて爆発的に高まった。

自然からの贈り物

自然界では、規模の異なるさまざまな現象において、鏡像異性体の片方のみが選ばれることが多いと、Felserは説明する。例えば、生物が用いるアミノ酸はほとんどが左手型(S体)で糖は右手型(R体)が多い。

「生物はなぜ片方の型だけを使うのか、自然界にはなぜこうした選択性が存在するのか、まだ分かっていません」とリストは言う。「でも、こうした掌性は触媒反応を通して基質(反応物)にも伝わるので、結果として、より多くの種類のキラル分子が得られます。これはまさに、自然からの素晴らしい贈り物です」。

リストはまた、ノーベル賞受賞の影響について、これまで以上に自由に新しいアイデアを追求できるようになるだろう、と語っている。「受賞者としてふさわしい研究を行い、今後も驚くべきことを発見し続けていきたいと考えています」。

(翻訳:藤野正美)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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