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腫瘍が化学療法を回避する仕組みを根気よく調べる

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 11 | doi : 10.1038/ndigest.2021.211141

原文:Nature (2021-08-26) | doi: 10.1038/d41586-021-02117-1 | A persistent look at how tumours evade therapy

Karen Gomez & Raul Rabadan

化学療法への抵抗性がどのように生じるかを理解すれば、より優れた抗がん剤治療につながる可能性がある。化学療法抵抗性には、化学療法を生き延びた腫瘍細胞である持続生残細胞が関与していると考えられている。今回、細胞の特徴を詳細に評価する方法が開発され、これによって持続生残細胞の起源が明らかになった。

化学療法を生き延びた持続生残細胞のうち一部は、化学療法中に再び細胞周期に進入して分裂し、増殖することができる。 | 拡大する

KATERYNA KON/SCIENCE PHOTO LIBRARY/Getty Images

がんは、一部の腫瘍細胞が化学療法を生き延びた場合に再発することがある。生き延びた細胞は持続生残細胞と呼ばれ、そのほとんどは治療薬の存在下で細胞分裂を停止した状態にあるが、ある細胞亜集団は治療中に細胞周期に再進入することができ、これによって増殖できるようになる。これまでの多くの研究は、治療抵抗性の基盤となる遺伝的機構に重点を置いたものであったが、最近のデータでは、持続生残状態が生じる際には非遺伝的な機構(クロマチンと呼ばれる、DNAとタンパク質の複合体の変化など)も役割を担っている可能性が示唆されている。このほどブロード研究所およびハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)のYaara Orenら1は、DNAバーコーディングと呼ばれる方法を用いて腫瘍細胞とその子孫細胞を追跡することで持続生残細胞の細胞系譜と遺伝子発現プロファイルを調べ、Nature 2021年8月26日号576ページで報告した。彼女らはこの研究で、異なる組織のさまざまな腫瘍の化学療法への抵抗性に、非遺伝的な可逆的機構が役割を担っていることを明らかにしている。

Orenらは、in vitroにおいて、上皮増殖因子受容体(EGFR)をコードする遺伝子に変異を持つヒト肺がん細胞を、EGFR阻害剤であるオシメルチニブを加えた状態で増殖させて、その細胞分裂を解析した。Orenらは、この腫瘍細胞株の細胞系譜を追跡し、14日後には細胞系譜の8%が持続生残細胞を生じていたこと、その持続生残細胞の13%が細胞周期を再開して増殖し、細胞コロニーを形成していたことを見いだした。これらの結果から、細胞分裂している持続生残細胞と細胞分裂していない持続生残細胞は、共に治療過程の早期に生じるが、両者は別々の細胞系譜から進化することが示された。

Orenらは、細胞分裂している持続生残細胞と細胞分裂していない持続生残細胞に関連する分子機構の特徴を明らかにするために、各細胞の細胞系譜、増殖状態、転写状態を同時に追跡する「Watermelon」という系を開発した(図1)。持続生残状態が、持続生残細胞の遺伝的で不可逆的な特性に起因するものかどうかを決定するために、Orenらは、持続生残細胞集団にオシメルチニブを添加した後、それを一時休止し、その後再び曝露した。すると、細胞分裂している細胞集団と細胞分裂していない細胞集団に由来する細胞の両方とも、薬剤感受性を再獲得することが分かった。この結果は、持続生残状態の基盤が非遺伝的な可逆的機構であることを示唆している。

図1 腫瘍において持続生残細胞を解析する方法
持続生残細胞とは、オシメルチニブなどの化学療法薬による破壊を回避した腫瘍細胞である。Orenら1は持続生残細胞を解析するための「Watermelon」という方法を報告している。Orenらは、in vitroで増殖させたヒト腫瘍細胞に、人工的なDNA塩基配列を導入した。この配列には、細胞の細胞系譜を識別する固有のDNA「バーコード」に加えて、緑色蛍光タンパク質(mNeon)や、赤色蛍光タンパク質(mCherry;発現にはドキシサイクリン分子が必要)をコードする遺伝子も含まれている。Orenらは、腫瘍細胞にオシメルチニブとドキシサイクリンを添加して、生き残った持続生残細胞を単一細胞解析によって調べた。細胞周期が進行していない(細胞分裂していない)持続生残細胞は、細胞周期が進行している(細胞分裂している)持続生残細胞に比べてmCherryのレベルが高かった。持続生残細胞には酸化的損傷を引き起こす活性酸素種(ROS)が含まれていた。細胞分裂している持続生残細胞は、細胞分裂していない持続生残細胞に比べてROSのレベルが低く、酸化脂肪酸のレベルが高かった。細胞分裂している持続生残細胞には、抗酸化分子や転写因子NRF2の発現など、抗酸化防御の特徴が見られた。 | 拡大する

Orenらは、薬剤添加中の14日間のさまざまな時点において、単一細胞RNA塩基配列解読法を用いて遺伝子発現を評価することで、細胞分裂している持続生残細胞と細胞分裂していない持続生残細胞のRNAシグネチャーを比較した。その結果、細胞分裂している持続生残状態では、「抗酸化分子を産生する防御プログラムの亢進」という独特の特徴が見られた。具体的には、抗酸化物質であるグルタチオンの代謝に特徴的な発現シグネチャーや、酸化ストレスに応答して誘導される転写因子であるNRF2タンパク質の産生などがそれに当たる。さらに、NRF2の標的であるいくつかの遺伝子の発現は、子孫持続生残細胞を多く生じる細胞系譜と相関していて、NRF2の負の調節因子を除去した遺伝学的改変細胞では細胞分裂している持続生残細胞の割合が上昇した。

また、オシメルチニブの添加によって、活性酸素種(ROS)の産生が誘導された。ROSは、酸化ストレスを引き起こすことがある。オシメルチニブの添加を終えた時点では、細胞分裂している持続生残細胞は、細胞分裂していない持続生残細胞に比べてROSのレベルが有意に低かった。Orenらは、ROSスカベンジャー分子を添加して細胞内のROSのレベルを低下させると、細胞分裂している持続生残細胞の割合が上昇することを見いだした。従って、これらの解析から、細胞分裂している持続生残細胞の調節には細胞の酸化還元状態が役割を担っていることが示唆された。

酸化還元のバランスが代謝に関連することは既に分かっているため、Orenらは、細胞分裂している持続生残細胞と細胞分裂していない持続生残細胞の代謝産物のプロファイリングを行い、これら2つの細胞集団の間で存在量が異なる代謝産物を56個特定した。細胞分裂している状態では、細胞分裂していない状態に比べてカルニチン分子(脂肪酸の酸化における予備段階に関与)に関連した脂肪酸の量が多いことが分かった。Orenらはまた、オシメルチニブの添加の結果として脂肪酸の酸化が亢進していることも見いだした。Orenらはさらに、脂肪酸酸化に影響を及ぼす経路を調節して脂肪酸酸化を増強した場合には、細胞分裂している持続生残細胞の割合が上昇すること、逆に脂肪酸酸化を低減させた場合には、細胞分裂している持続生残細胞の割合が低下することを明らかにした。これらの結果は、持続生残細胞の増殖能には、代謝が脂肪酸酸化に傾くことが影響しているという考えを裏付けている。

Orenらは、こうした観察結果が肺がんモデル系以外にも拡張できるかどうかを検討するために、ヒトの別のがん種のWatermelonモデルを、黒色腫、肺がん、乳がん、大腸がんを用いて作製した。Orenらは化学療法の特徴を模して、特定のがんの基盤となる遺伝学的性質に応じた適切な阻害剤を細胞に加えた。すると、別のがん種のWatermelonモデルのほとんどにおいて、細胞分裂している持続生残細胞は、細胞分裂していない持続生残細胞と比べて、脂肪酸代謝、抗酸化応答、NRF2シグネチャーが上昇していることが分かった。そのためOrenらの知見は、肺がん以外のがん種にも拡張できることが示された。

これらのin vitroでの知見は、肺腫瘍において誘導性の変異型EGFRを発現するよう改変されたマウスモデルを用いて検証された。このマウスでオシメルチニブ投与後に見られた持続生残細胞は、オシメルチニブ投与を受けていないマウスの細胞と比べて、ROSのレベルが高く、脂肪酸代謝に特徴的な遺伝子発現シグネチャーが亢進していた。またOrenらは、EGFR駆動型の肺腺がんの患者、変異型BRAF酵素駆動型の黒色腫の患者(BRAF阻害剤とMEK酵素阻害剤で治療する)、変異型HER2タンパク質駆動型の乳がんの患者(ラパチニブで治療する)の細胞試料において、化学療法前後の遺伝子発現変化を評価した。その結果、これら全ての試料において、ROS産生と脂肪酸代謝のシグネチャーは、治療後の持続生残細胞の方が未治療の腫瘍細胞試料よりも上昇していて、細胞分裂していない持続生残細胞よりも細胞分裂している持続生残細胞で高かった。

Orenらの研究は、持続生残細胞の生存と増殖における非遺伝的機構の重要性を明らかにした最近の研究2–4のさまざまな状況と合致するものである。持続生残細胞を研究する際の大きな問題の1つは、持続生残細胞が初期の腫瘍細胞集団のごく一部であるため、細胞集団の塩基配列を解読しても持続生残細胞の特徴を明らかにするのが難しいことである。OrenらのWatermelon法が有用なのは、持続生残細胞の特徴を単一細胞の分解能で詳細に明らかにできるからである。今後の方向性の1つは、同様の単一細胞手法を、膵臓がん5あるいは前立腺がん6など、他のがん種における非遺伝的抵抗性機構の研究に応用することが考えられる。これらのがん分野では、そのような研究が行われ始めている。

持続生残細胞の動態を理解することは、より有効ながん化学療法の開発に極めて重要である。これまでの研究で、持続生残状態には、乳がんにおいて役割を担っているエストロゲンと呼ばれるホルモン7に応答する経路や、フェロトーシス8,9と呼ばれる細胞死過程に関係する経路が関連していることが分かっている。Orenらは、これらの経路を阻害すると、持続生残細胞の量が減少するが、細胞分裂している持続生残細胞の割合が上昇することを見いだした。このことから、これらの経路は化学療法の標的としては最適ではないと考えられる。

Orenらは一方で、脂肪酸酸化経路を阻害するエトモキシルという薬剤を用いると、持続生残細胞の割合と、細胞分裂している持続生残細胞の割合の両方が低下したことを報告している。この有望な結果から、今回明らかになった脂肪酸酸化経路やこの経路に関係する機能を持つ遺伝子の調節は、新しい治療戦略の開発において検討する価値があると考えられる。

(翻訳:三谷祐貴子)

共にコロンビア大学(米国)に所属

参考文献

  1. Oren, Y. et al. Nature 596, 576–582 (2021).
  2. Salgia, R. & Kulkarni, P. Trends Cancer 4, 110–118 (2018).
  3. Sharma, S. V. et al. Cell 141, 69–80 (2010).
  4. Hata, A. N. et al. Nature Med. 22, 262–269 (2016).
  5. Chen, P.-Y. et al. Cancer Res. 78, 985–1002 (2018).
  6. Jolly, M. K., Kulkarni, P., Weninger, K., Orban, J. & Levine, H. Front. Oncol. 8, 50 (2018).
  7. Garon, E. B. et al. J. Thorac. Oncol. 8, 270–278 (2013).
  8. Angeli, J. P. F., Shah, R., Pratt, D. A. & Conrad, M. Trends Pharmacol. Sci. 38, 489–498 (2017).
  9. Hangauer, M. J. et al. Nature 551, 247–250 (2017).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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