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暗闇に浮かび上がった1つ1つの化学反応

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 11 | doi : 10.1038/ndigest.2021.211138

原文:Nature (2021-08-12) | doi: 10.1038/d41586-021-02098-1 | A microscopy technique that images single reaction events in total darkness

Frédéric Kanoufi & Neso Sojic

溶液中で電気化学的に励起された個々の分子の発光反応が直接撮像された。この方法は、外部光源を必要としないため感度が高く、細胞の撮像では、標識付けせずに鮮明な画像を得ることができる。

夜空に輝く壮大な天の川を余すことなく堪能したいなら、都会の光害を避け、月の出ていない(場合によってはロマンチックな)夜を選ぶべきだろう。これと全く同じ道理は、規模において対極をなす、顕微鏡観察にも当てはまる。すなわち、薄暗い対象は、真っ暗闇の環境の方がはるかに観察しやすいのだ。浙江大学(中国)のJinrun Dongら1はこのたび、このシンプルだが説得力のある考え方を適用して、溶液中の個々の化学反応で放出された光子の1つ1つを直接撮像することのできる光学的方法を開発し、Nature 2021年8月12日号244ページで報告した。この方法は、従来の単一分子顕微鏡法で用いられている蛍光に基づく手法とは概念的に異なり、光子の放出につながる励起過程が電気化学と化学反応性によって制御されるため、光の照射を必要としない。Dongらは、この撮像方法で実際に生細胞の超解像顕微鏡観察を行い、その有用性を実証した。

溶液中での化学反応は概して、個々の分子の衝突によって起こる。しかし、そうした反応を測定しても、記録されるパラメーターは通常、分子事象の集団の平均値となるため、個々の事象の特徴は曖昧になり、溶液中の各反応分子がどの時点でどの場所にあるのか、正確に知ることはできない。この問題は、溶液の量を制限したり、複数の事象を空間的・時間的に分離したりして、それぞれの事象を単独で検出可能にすることで、ある程度克服できる。例えば、測定対象を超小型容器に収める、一連の高スループット単一分子測定法の開発によって、個々の生体分子の検出が可能になった2。また、走査型トンネル顕微鏡法(STM)3、ナノ電極を用いる走査型電気化学顕微鏡法(SECM)4、回折限界(一般に光学顕微鏡の解像度を制限する基本的限界)を超える一連の超解像蛍光顕微鏡法5によって、単一分子研究の極めて優れた成果が得られている。

光の照射によって試料の蛍光を制御しながら励起する超解像蛍光顕微鏡法は、数十年にわたる開発を経て、今では個々の分子を「見る」のに最も適した手段になったと言える。実際、2014年には、この分野を代表する2つの技術である、誘導放出抑制(STED)顕微鏡法と光活性化局在性顕微鏡法(PALM)を開発した3人に、ノーベル化学賞が贈られている(2014年12月号「化学賞は細胞内部を観察できる顕微鏡の開発に」参照)。これらの革新的な顕微鏡法はすぐに、生物学者、物理学者、化学者など、広範な分野の研究者に採用された。全ての超解像蛍光顕微鏡法は、美術における「明暗法」さながらに、明暗の巧みな配置を用いている。しかし、そうした明るさの制御には短パルスの高出力レーザーが必要なため、背景散乱光やフォトブリーチング(蛍光分子の連続励起の結果として起こる蛍光退色)によって性能が制限されることも少なくない。また、生物学での応用の場合、強いレーザー光で試料が損傷したり、試料自体が光を放出(自家蛍光)したりするため、目的の蛍光分子の画像が不明瞭になることもある。

生物の中には、外部の光源に頼らずに生化学反応を用いて自ら光を放つものがいる。この現象は「生物発光」と呼ばれ、例えば、光の届かない深海では、こうした発光をする生き物たちが暗闇を照らしている。実は、今回のDongらの単一分子撮像法は、これと似たやり方を採用している。「電気化学発光(エレクトロケミルミネッセンス;ECL)」6,7と呼ばれる発光現象を用いて、発光分子が電気化学的に励起された際に放出する光子を検出する方法だ。この現象は光励起を必要とせず、従って、真っ暗闇で実験を行うことができる。

ECLに基づく解析方法は、励起過程に光ではなく電気化学反応を用いるため、光信号の超高感度読み出しが可能で、強力な解析法として広く用いられている。この方法が特に重宝されているのが臨床診断で8、ECLに基づくイムノアッセイは世界で毎年約20億件も実施されている9。ECLはまた、この10年で撮像法にも採用されるようになった10

原理上、ECLに基づく撮像法は背景光ノイズがゼロに近いため、究極的な解析限界である単一分子の検出が可能なはずである。ところが、蛍光に基づく撮像法では単一分子の検出が日常的に行われるようになったのに対し、単一のECL事象を検出する方法は、これまでほとんど存在しなかった。唯一知られているのは、厳しく制御された実験条件での、個々のECL反応に由来する光子の検出のみで、この研究では残念ながら空間的な解像情報は得られていない11。ナノスケールやマイクロスケールの単一物体(ナノ粒子12や抗原13など)については、ECL撮像が多く報告されているものの、単一分子の撮像例は報告されていないのだ。

この課題を克服すべく、Dongらは、電極表面近傍で起こる一連のECL事象において、励起された個々の発光分子が放出する光子の位置を特定できる撮像方法の開発に取り組んだ。彼らはまず、発光分子の溶液を希釈することで個々の分子が空間的に離れるようにした。これは、多くの単一分子測定で用いられている戦略である。Dongらはさらに、ECL事象に関与する発光分子と共反応物の両方の反応性を入念に制御することによって、個々のECL事象を空間的・時間的に分離した(図1)。光子の放出は、電極で生成した共反応物のラジカルが発光分子と反応すると起こる。このラジカルは寿命が極めて短いため、非常に希薄な濃度でしか存在せず、場所も電極近傍に限られている。従って、希薄な発光分子が希薄なラジカルと遭遇するのは非常に稀で、露光時間がミリ秒スケールのスナップショットに捉えられるのは、1つの反応、つまり1つの光子のみとなる。

図1 電気化学反応を利用した単一分子顕微鏡法
Dongら1は今回、「電気化学発光(エレクトロケミルミネッセンス;ECL)」と呼ばれる発光現象を用いて、電極表面に接着させた細胞を撮像した。電極は、発光分子のルテニウム(Ru)錯体と共反応物のトリプロピルアミン(TPA)の溶液中に浸漬されている。これらの分子はそれぞれ電極表面で酸化され[電子(e)を失い]、Ru錯体は2価から3価に、TPAはラジカル(TPA)になる。TPAは寿命が極めて短く、電極表面上の限られた領域に非常に希薄な濃度でしか存在しない。そのため、3価のRu錯体とTPAは稀にしか遭遇しないが、これら2分子がひとたび遭遇すると、Ru錯体は励起状態になり、ほぼ瞬時に光子を放出する。従って、この光子を検出することで、反応事象がいつどこで起きたかが明らかになる。この反応は電極近傍でのみ起こるため、放出された光子を経時的に繰り返し撮像すると、電極の形状が画像として現れる。電極の上に細胞が接着していると、その領域にはRu錯体やTPAが入り込めず、光子が放出されないため、得られる画像は細胞の接着部分のネガ像となる。 | 拡大する

Dongらは、複数の実験結果を分析し、撮像ごとに検出された光子の数の統計的分布が、全ての露光時間と全ての発光分子濃度においてポアソン統計に従うことを、説得力のある証拠で示している。これはすなわち、電極上での発光分子と共反応物の衝突がランダムに起こることを意味する。彼らはまた、発光分子の濃度と検出された事象の時間間隔の関係を解析して、ECL反応の速度が、発光分子の電極表面への拡散によって支配されることを示している。これは、蛍光に基づく多くの方法において、反応速度が電極表面への吸着によって支配されているのとは対照的だ。

今回のDongらの知見は、「化学に基づく超解像顕微鏡法」という新たな撮像概念に向けて道を開くものである。彼らは、微細加工によりパターン化されたナノ電極を用い、その表面で放出される光子を経時的に繰り返し撮像することで、ECL反応の電極位置への局在化を確認するとともに、最小22nmという空間解像度の値を得た。Dongらはさらに、この方法を拡張して、電極に接着させた細胞の撮像を試みている。その仕組みはこうだ。電極の細胞接着領域では、ECL反応に関与する分子の電極表面への拡散が妨げられるため、光子は放出されず、結果としてこの領域のネガ像が得られることになる14(図1)。実際に得られた画像は極めて鮮明なもので(図2)、超解像蛍光顕微鏡法を用いて得られた画像と相関性があり、この手法の有効性が確認された。注目すべきは、今回のECL法では、細胞に標識を付ける必要がないことだ。

図2 ECL顕微鏡法を用いた細胞撮像
a 電極に接着させた細胞の光学顕微鏡画像。
b Dongらの顕微鏡法を用いて得られた、同じ細胞のネガ像1。この画像は、露光時間が10ミリ秒のフレーム画像1万5000枚分から再構築された。スケールバーは5µm(参考文献1の補足資料図27の画像)。 | 拡大する

撮像されるのは各ECL反応で放出された単一の光子だが、これらの光子を放出するのは、溶液中で生成した励起発光分子のほんの一部であり、そうした励起分子の生成に用いられるのは、電極を通る電子流のごく一部である。つまり、ECL反応中に発光分子から電極に移動した全ての電子を、検出された光子と明確に相関付けることはできない。そのため、単一電子事象の検出と位置特定は、電気化学ではまだまだ難しい目標だろう。

長期的な目標は、今回のDongらの方法をさらに発展させ、さまざまな科学コミュニティーでの採用を促進し、商業化に適したECL単一光子顕微鏡を設計することである。今回の方法はまた、個々の電気化学反応や電子移動を伴うあらゆる反応を研究するための、絶好の機会を開くものと言える。加えて、バイオアッセイや細胞撮像のための新たな戦略の開発につながり、既に確立されている単一分子蛍光顕微鏡法を補完するものとなる可能性も期待できる。

(翻訳:藤野正美)

Frédéric Kanoufiはパリ大学(フランス)、 Neso Sojicはボルドー大学(フランス)に所属

参考文献

  1. Dong, J. L. et al. Nature 596, 244–249 (2021).
  2. Cohen, L. & Walt, D. R. Annu. Rev. Anal. Chem. 10, 345–363 (2017).
  3. Cocker, T. L., Peller, D., Yu, P., Repp, J. & Huber, R. Nature 539, 263–267 (2016).
  4. Fan, F.-R. F. & Bard, A. J. Science 267, 871–874 (1995).
  5. Hell, S. W. Science 316, 1153–1158 (2007).
  6. Bard, A. J. (ed.) Electrogenerated Chemiluminescence (Dekker, 2004).
  7. Liu, Z., Qi, W. & Xu, G. Chem. Soc. Rev. 44, 3117–3142 (2015).
  8. Zanut, A. et al. Nature Commun. 11, 2668 (2020).
  9. Cao, Z., Shu, Y., Qin, H., Su, B. & Peng, X. ACS Cent. Sci. 6, 1129–1137 (2020).
  10. Ding, H., Guo, W. & Su, B. Angew. Chem. Int. Edn 59, 449–456 (2020).
  11. Collinson, M. M. & Wightman, R. M. Science 268, 1883–1885 (1995).
  12. Zhu, M.-J. et al. Angew. Chem. Int. Edn 57, 4010–4014 (2018).
  13. Zhang, J., Jin, R., Jiang, D. & Chen, H.-Y. J. Am. Chem. Soc. 141, 10294–10299 (2019).
  14. Ding, H. et al. Angew. Chem. Int. Edn 60, 11769–11773 (2021).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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